光の加護
洞窟から最寄りの村まで移動したサラール達は、第一にウェールド地方北部の子供達の誘拐被害にあった領地や村にいる教会騎士や領主達に連絡を取った。
幸いにも子供達で亡くなった人はいなく、環境の悪さから病にかかっている子供がいるのみだった。近場で多くの薬師がいるリンドへ派遣依頼を行い、子供達だけではなくバラール地方の誘拐された人々の治療にもあたる。バラール地方の村々にもリンドへ行くまでの道程に救出した人々の名簿を渡した。
諸々の連絡の手配が終わったサラールは天幕へと入り、不破のローブを脱ぐ。辺りはすっかり夜になり濃密な一日を終えて疲労感が襲う。今まで持ち堪えていたがサラールも洞窟での戦いと脱出でマーラの消費が激しく疲れきっていた。
「ふぅー、疲れた。あとは薬師が来たら治療して、回復したら子供達は領軍に引き取ってもらう。村の人達は私達とリンドに行く道中で帰して、そこで衛兵と別れる。それでコバクに寄ろうかしら」
村の人が用意してくれたベッドに横になり、やる事を考える。無理矢理にでも考える。そうしないと、この喪失感はすぐに襲って来るだろう。
「あの調子だとエリーは大丈夫だろうけど、アルト君はどうしようかしら」
直接の弟子であるエリーは村まで来る途中に、声を掛けて瞳に力を宿していた。自分達を助ける為に犠牲となったマードックの死から、すぐには立ち直れなくてもまた立てる。辛い事だが、最愛の恋人を失った経験がエリーを強くしている。
「師事していたマスターの死なんて、私でも経験をした事がないのに。どうすればいいの」
師と弟子。それは、ただの立場だけの関係ではなく、時には親子。時には兄弟。時には親友。そして、時には恋人。色々な関係の師と弟子がある。どちらにしろ、大切な存在を失った悲しみはある。
サラールの友人で戦いの末、師を失って悲しみを乗り越える事が出来ずに、最悪な選択をした人もいた。
「でも、あの遺言の意味って」
マードックからアルトへの遺言。
サラールの知っているマードックに関する話で、後半の部分は意味を理解している。それだけで、マードックがどんな心境だったのか察せられる。アルトへの感謝の思いが伝わる。
だが、前半の部分は意味がわからない。
「『マーラと共に道を進めば、また会える。死を悲しむな』っか。アルト君ならこの意味がわかるのかしら」
色々と考えている内に、眠気がやって来た。そのまぶたの重さに逆らわずに、サラールは眠る。意識が沈む前にマードックの背中が見えた。
***
アルトは暗闇の中にいた。それは目を開けているはずなのに、目を閉じているかのように真っ暗だ。自分の姿さえ見えない。
「ここは?」
自分のいる場所に戸惑いながら、最後の記憶を思い出そうとする。
「ナリダスの勇者って奴と戦って。それで」
アルトを見下ろす黄金の瞳。弓を引いて、狙いを定める。
「エリーだ!」
狙いはアルトからエリーに変えられた。光の矢が放たれて、マーラを使い切り疲労で動けなくなったエリーの元まで、必死に走った。間に合えと必死に走った。
「あの時、エリーの側に誰かいて。俺に手を向けていた?」
記憶を探っている内に段々と思い出してきた。
「手を向けられて俺の中から、ごっそりと何かを抜かれたんだ。それが光の矢に向かって何かをした。でも、その後が。ここはどこだろう?」
記憶が途絶えた所までを思い出せた。そして、今の状況に再び疑問を持った。
『ここはお前の中、核だ』
「誰だ!」
『未熟で暗闇が核を支配している。だが、核の外は温かいもので満ちている。弟や死んだ家族への思い、養子となった家族への親愛。ザクルセスの塔で出会った仲間達との友情。何よりラーグという親友と強く結ばれた絆。旅の中で出会った人々への感謝。師マードックへの尊敬と父へ向けるような気持ち。そして、ミーナへの強い愛情』
アルトの心の内を声が暴く。誰ともわからない存在が自分を暴いていく。アルトは叫ぶ。
「やめろ! お前は誰なんだ!」
『心を満たすもの。それは愛だ。アルトは、あの選択で愛を選んだのか』
選択という言葉にアルトは反応する。恐る恐る、思い当たる名前を出した。
「マードック?」
その問いに声は答えない。だが選択という言葉から、マードックが教えた生命のマーラに関する何かだと思った。
「あなたは生命のマーラですか?」
『よく気付いた』
暗闇の中からフワッと弱い光の塊が現れた。その光を受けて、ようやく自分の体が見える。
『ここはお前の心の中にある中心部、核の中だ』
思わず自分の胸に手を当てると光が笑ったような気がした。
『今、存在するお前は、この核の一部だ。この暗闇は、お前の恐れを表している』
「俺の恐れているもの?」
『わかっているはずだ』
アルトはしばらく口を開かなかった。それは答えがわからないからではなく、怖かったのだ。光は待つ。
「失くすこと」
その静かな呟きに光に微かに照らされていた空間は暗闇を強める。
『そうだ。この暗闇は失うことを恐れている、アルトの本音とでも言うべきものだ』
強くなった暗闇に寒気を感じて腕をさする。言葉に出してからは更に暗闇がゆっくりと強くなっている。
そこに光が語り掛ける。
『昔にあった話をしよう』
唐突に何かと、うつむいていた顔を光に向ける。
『かつて、アルトと同じように生命のマーラの道を歩んでいた者がいた。道を究めんとした彼は強大な力を手に入れた。だが、その力に酔いしれる事なく謙虚だった。強大な力であると自覚し、適切に使い人々を救った。だが、一つだけ道を誤った』
光はそこで揺らめいた。
『ある日、彼が最も大切にしていた者、愛していた者を悲惨な理由で失ってしまった。その悲しみは言葉では言い表せない。長い悲しみの内、彼の力は変容していく。核が崩壊したのだ。悲しみが怒りに変わった事で核が崩壊した。そこから発せられる力は凄まじく、さらには生命のマーラで手に入れていた力も合わさった。闇へと堕ちて行った彼は、昔の輝きを失い、最早、救える者ではなかった。たった一つの学びを忘れてしまった事で』
「一つの学び?」
『そうだ。彼が生命のマーラを見つける前に、気付いた学びだ。アルト、それはお前が一番最初に知った事だ。そして、感じている事だ』
光の言葉に悩む。自分が一番最初に知った事、感じている事。長い時間を考えていたが、わからなかった。
「わかりません」
『新しい道を歩めば、かつての道は見えなくなるものだ。まるで、価値が無くなった様に』
その言葉にハッと気付いた。光はその様子に笑う様に揺らめく。
「生命のマーラではなく。この世界に満ちている大きなマーラ。一番最初に知ったのはティトや父さん達がマーラになっていた事です!」
何故これを忘れていたのかとアルトは驚いた。家族はマーラになって自分の側にいてくれると、家族との繋がりはマーラだと知っていたのに。
「いつの間にか、目に見えている生命のマーラのみしか考えていませんでした」
『生命にはマーラが宿っている。だが、命尽きればそのマーラは世界に満ちているマーラに溶け込む。そして様々な方法で新たな命へとマーラが宿り、世界を造る。彼は、目に見えている生命のマーラしか見ていなかった。だから、愛し大切にしていた者達の存在を感じれず、それが孤独と怒りにより生命を見る目さえ失った。マーラの導きを、灯となる光を失くした瞬間だった。マーラの導きの重要さを最初に発見したにも関わらず』
アルトは光が話した内容にマードックの教えが入っている事に気付いた。
『ここまで話せばわかるだろう。彼は生命のマーラを見つけた時に何を選択したか?」
「愛する人を守りたい」
『そうだ。そして核にあった恐れは、失う事だった。アルト、お前と同じだ』
「はい」
『そして今、お前は知った。失う事は恐れではないと』
「はい。世界のマーラに溶け込み、いつも側にいてくれると」
『マーラは世界を造る根源だ。それを感じ知る事が出来るのは、マーラの感知者だけだ。失った時は悲しいだろう、涙も出る。だが、恐れる事ではない。姿形を変えて常に側にいてくれる。さぁ、心を開放しろ。師から学んだ事を行え。マーラを信じ、身を委ねろ』
目を閉じてマードックに学んだ事を思い出しながら集中する。すると、感じていた寒さが和らいでいく。何かが溶けていくような感覚もする。
『さぁ、直感力を高めて目を開けるんだ』
「・・・すごい」
目を開けた先の光景は先程の様な暗闇ではなく、真っ白な空間が広がっていた。そして、様々な光を放つ粒が漂っている。
『これで心の核は破られた』
気付くと、淡い光があった場所には淡い光で人の形をした何かがいた。
「あなたは誰ですか?」
『秘密だ。その方が楽しい。いつか会った時にどんな顔をするのか見てみたい』
人差し指を立ててを恐らく口のある所に当てる。
『さて、最後に加護を与えよう。光の加護だ』
光の人は両手をアルトに差し出す。
「加護? どんな加護ですか?」
『アルトのマーラの灯を強くして生命のマーラの道を歩みやすくする。特別だぞ! あとはこの場所を守る壁を強くして加護を保てる様にする。それと、まぁいいか』
「何がいいんですか!?」
『まぁまぁ、いいから。両手を握れ』
光の人に一抹の不安を覚えながら手を握る。すると、ゆっくりと熱が伝わる。熱くなくポカポカとする気持ち良い熱だ。体が熱に満たされると光の人は手を離した。何故か、キケロ・ソダリスとの出会いを思い出した。
『それじゃあ、目覚めようか。かなりの時間を眠っていたからな。起きたら、飯を食べろよ』
「眠っていた?」
『起きればわかる。それと起きた後は生命探知を使え。その後のやる事が自然とわかるから。あとはそうだな、うん。思う様に行動しろ』
「何だか適当ですね」
『心配するな。目の前の事をやれば、あとマーラが導いてくれる。ただ、忘れるなよ。マーラは道を示してくれるが、それがいつも最善とは限らないからな。最後は自分で考えて決めるんだぞ』
「わかりました。色々とありがとうございます!」
『気にするな。アルトの為なら、いくらでも力を貸す。それじゃあ、起こすぞ?」
「はい!」
光の人はパンッと両手を合わせた。その瞬間、アルトは姿を消した。
誰もいなくなった空間で、光の人は座った。
『これで心配はいらないだろう、マードック。あとは、お前の遺した物であの子は成長するさ。頑張れよ、孫弟子』
最後の一言は、とても愛おしそうに大切にそうに呟く。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
またお越しを心よりお待ち申し上げております!




