西方調査
アルトはマールやゴル村の頃からの友人である『からかいのジェット』や、会いたい人達の元に行き再会を喜んだ。懐かしい顔ぶれに会う度にアルトの胸は熱くなる。
夜は、マールを招き実家で夕食を食べてマールの恋人の話やアルトの過ごした二年を話す。両親と師匠は話に時に笑い、時にアルトの背中に手を回して撫でる。アルトはそれまでの辛い出来事を乗り越えて来たが、背中に伝わる温もりにホッとする。ミーナから貰える温かさとは違う家族の温かさだ。
食事も終わり就寝となり、久しぶりの自分のベッドに眠りについた。
翌朝、二階にある自室にバターの香りが届く。美味しそうな匂いに反応して起き上がる。かつての見慣れた光景に、今までの事が夢ではなかったのかと思ってしまう。しかし、椅子に掛けたられた灰色の不破のローブが現実を思い出させる。
「この匂い・・・」
アルトは起き上がり一階へ降りていく。ジューと鉄板に液体が焼ける音がする。
「おはよう、アルト。すぐに出来るから、顔を洗ってらっしゃい」
「うん。母さん、この料理って」
「ふふ。さぁ、早く洗ってらしゃい」
アルトはアリアの手元でひっくり返されるパンを見て、一瞬で喜びが湧く。
顔を洗いに水場に行くとモルがいた。
「父さん、おはよう!」
「お、おはよう。元気だな」
「まぁね。朝食が大好物だった」
「あぁ。砂糖をたくさん使うやつか。あれ、アリルも好きなんだよ」
思わず妹の好物を聞き、ルンルンとした気持ちで家に戻る。テーブルには砂糖と卵をといた牛乳を染み込ませて焼いたパンがあった。バターの香りが部屋に満ちる。
起きたアリルも席についていた。
「おはよう、アリル」
「おはよう」
アリルのたどたどしい挨拶を聞き、笑顔で席に着く。アリルも昨日よりアルトへの人見知りが和らぎ、ちょこちょこと会話をする。
「今日はアリルの大好きなパンが出て来るんだよ」
「ドロドロのパン?」
「ドロドロ・・・」
表面は焼かれてカリッとしているが、中のシットリ感はアリルにとってはドロドロであった。モルも家に戻り朝食となった。リンド村を旅立つ前、アリルは幼くこのパンを食べれなかった。しかし、三歳になりこのパンに蜂蜜も着けて食べれるようになった。アリアに口を拭かれながら食べる、小さかった妹の成長に頬を緩ませながらアルトも食べる。そんな子供達を見て両親は小さく笑う。
朝食を済ませたアルトはマードックとの待ち合わせの為、衛兵隊長のモルと共に監視塔に行く。
「それじゃあ行って来ます。また、帰って来るから」
「えぇ、待ってるわ。気を付けてね」
「うん。アリル、お兄ちゃん仕事に行って来るね。バイバイ」
しゃがみ込み、アリルに目線を合わせて手を振る。
「ばいばい。アルトおにいちゃん」
「!」
アリルは照れた様子でアルトに手を振りアリアの後ろに隠れた。アリルに再会してから初めて名前を呼ばれて驚いた。感動に浸っているとモルに肩を叩かれた。
「気持ちはわかるが、行くぞ。ミーナちゃんも待ってるんだろう?」
「そうだね。それじゃあ、行って来ます!」
「行ってらっしゃい!」
母と妹に見送られながらアルトは監視塔に向かった。道中、モルとアリルに名前で呼ばれた喜びを共有した。
監視塔の広場にはマードックとエルス。そして、少し離れた所にミーナが待っていた。
「おはようございます。マスター、エルスさん」
「アルト、出発の準備は出来た。しばらくは帰ってこれないからな。会いたい人には会えたか?」
「はい。時間をくださり、ありがとうございます。出発の前に少しだけ待ってください」
マードックに待ってもらいミーナの元に行く。
「見送りに来てくれてありがとう。嬉しいよ」
「私も行く前に会えて良かった。・・・また、会えなくなっちゃうね」
「うん。落ち着いたら手紙を出すよ」
「うん。待ってる。・・・アルト」
ミーナはアルトの体を抱きしめた。アルトもそれを返すように抱きしめる。お互いの温もりを感じ合い、体を名残惜しく離す。
「アルト、行ってらっしゃい!」
「行って来ます!」
ミーナの笑顔に、アルトも笑顔で返し別れを告げた。マードックの元に戻り馬に乗る。
「アルト、気を付けてな! マードック殿、よろしくお願いします」
「はい。出発しよう」
マードックはアルトと共にリンドを出発した。アルトは後ろ髪を引かれる思いだが、自分の背中を見つめているミーナや大切な人達を守る為、気を引き締め道を進む。門の近くで待機していた小隊と合流し西方調査に向かう。
***
「リンドの西方には点々と村が存在します。我々はそこで聞き取りをしながら進もうと考えています。騎士殿達はいかがされますか?」
一緒に出発した小隊の隊長ダラーはマードックに問いかける。彼らの目的は西方に巡察に行って行方不明になった二名の衛兵の捜索だ。
「私達も一緒しよう。誘拐犯と思われる獣人の後を追いたい。村人が何か知っているといいが」
リンド村が魔物に攻撃された時、壊滅した西方のダボンの町まで村々は破壊されて、生き残った人々はリンド村に来た。魔物との戦いが終わりリンド村を拡大する際、一部の人は故郷に戻ると言い破壊された村に戻った。その後、村々も再建され現在はリンドの西に小規模な村が点在する。アルト達と捜索に出た小隊はそこで聞き取り調査をすることになった。
西へとずっと進み村が見えて来た。
「あの村が西側で最初の村です」
そこは小さな村で寒村と言う言葉が合いそうな、貧しい様子の村だった。アルト達と小隊は村に入り、村長に会う。
「我々はリンドに駐屯している聖地衛兵隊の者だ。聞きたい事がやって来た」
「はぁ。聞きたい事ですか?」
「しばらく前に二名の衛兵がこの村に寄ったはずだ。何か知らないか?」
村長はしばらく考え、側にいた年配の村人が答えた。
「はい。確かに二名の衛兵がいらっしゃいました。巡察していると聞きました」
「そうか。その衛兵と話した事と、どこに行ったかは覚えているか?」
「話した事と言えば、この辺りで獣人がいるから気を付けるように言われました。それと行き先はわかりませんが西に向かったようです」
村人の言葉に行方不明になった衛兵はここまで来たことはわかった。マードックとアルトは村の様子を見る。
「マスター」
「あぁ。村長、話にもあったが獣人を辺りで見かけたか? それか、何か異変はあったか?」
「・・・あなたは、教会騎士ですか。いえ、見ておりません」
二人はここに集まった村人達を見て頷き合った。小隊の隊長が声を掛ける。
「騎士殿、我々はここよりもう一つ西にある村に行きますが、お二人はいかがされますか?」
「私達も行きます。この時間だと、その村で野営ですか?」
「はい。その村を調査して野営します」
ダラーは村長に異変があればすぐにリンドに報告するように指示を出し、アルト達と共に村を出発した。しばらく道を進んだ後、マードックはダラーに話した。
「隊長。さっきの村だが、様子がおかしかった」
「様子ですか?」
「あぁ。若い男女と子供がいなかった。マーラで辺りを調べたが存在を感じない」
ダラーは村の広場に集まった村人達を思い出す。
「・・・確かに、若者と子供は見ませんでした。あの村にも若者はいたはずですが」
「何かあったはずだが村長達は何も無いと言った。私達はあの村に忍び、調べてみる。我々が来た事で何か反応があるはずだ。隊長達はこのまま西の村に行ってほしい」
「わかりました。この先の村にも同じ事がないか見ておきます。お二人共、お気を付けて」
「そちらも」
アルトとマードックは小隊と別れ、村に戻るのであった。
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