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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第一章:暗闇の弓矢
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頑張る糧

 アルトとミーナ。二年ぶりに再会した二人はお互いを抱きしめる。この二年で成長したアルトの体格はミーナを包み込む。


(帰って来たんだ)


 変わり果てた故郷に帰郷したと実感が持てずにいたアルトは、今ようやく帰って来たのだと実感した。この腕の中の温もりがそれを教えてくれる。


「えっと、ミーナさん?」


 同僚である従業員が、静まり返った店の中でミーナを呼び掛ける。


「え。あ!」


 ここがどこか思い出したミーナは涙を拭い顔を赤くしてアルトの手を引いて店の奥に行く。


「ごめん! ちょっと奥に行くね」


「あ、はい」


 ミーナはアルトを連れて店の奥に消える。すると、少しの静けさの後に店内は騒ぎに包まれた。「誰だ、あの男は!?」や「あぁ、ミーナさん」と大騒ぎだ。

 厨房を通り抜ける時に、ミルテナが出て来た。


「ミーナ、どうしたの? この騒ぎは?」


「お母さん、アルトが帰って来たの!」


「え、アルト君?」


 ミルテナはミーナの後ろにいたアルトを見た。驚きに目を大きく開き、唖然としていた。


「アルト君かい!? ふぅ、そう言うこと。部屋に行きなさい。アルト君、おかえり」


「はい。ただいまです。ミルテナさん!」


 ミルテナは大騒ぎになっているホールに皆を静かにさせるために出て行った。

 アルトとミーナは二階へ上がり部屋に入った。息切れをしてるミーナの背中に手を当て大丈夫かと聞く。


「ありがとう。大丈夫よ。あはは。恥ずかしかったー」


 衆目の中で、アルトに抱き着き薄っすらと泣いてしまった事に恥ずかしさが込み上げたのか顔が赤くなる。アルトもその言葉に笑うが、次第に思い出して顔に手を当てると熱くなるのを感じた。

 赤い顔の二人はお互いを見て笑う。


「アルト、顔が赤いよ?」


 ミーナの頬に手を当てる。突然触られる事に驚いたミーナだが、手に頬を寄せる。


「ミーナの方が俺より熱いから、ミーナの方が顔が赤いよ」


 ミーナはクスッと笑い、その笑顔をアルトは両手で包み優しく口付けをした。


「ただいま。ミーナ」


「おかえり。アルト」


 体を寄せ合い静かな空間の中、抱きしめ合った。


 しばらくして体を離し、アルトはリンドに帰ってきた理由などを話す。


「そんな事件があったんだ。それにしても獣人かぁ」


「怖い?」


「ううん。きっと、この事件もアルトが何とかしてくれるって信じてるから。でも、この町も大きくなって色んな人が来るから色んな話を聞くの。獣人だけじゃなくて亜人種って呼ばれる人達。誰も覚えていないような昔の話が理由で、辛い目に遭わさせる。それが原因で人間を恨みゴル村の時の様に魔物を呼び出す。この連鎖って途切れないのかな・・・」


「教会が変わらないと出来ないだろうね。友達が言ってたんだけど、奴隷は共和国の経済を支える必要不可欠な存在なんだって。亜人種が辛い仕事をして、それによって売り物の元の値段を安くするんだ。それを人が高値で買って世間に出回る。そうやって商人達はお金を儲けて選任貴族に多くの税を納める。貴族にとって美味しい話は、結局、教会にも美味しい話だから変わる事はないだろうって」


「そんな。私達が買っている物が、そんな事になってるんなんて。知らなかったわ」


「うん。俺も驚いたよ。でも、各地を見ると本当なんだなってわかった。城壁造りや、大量の荷物の運搬。亜人種の子供が命懸けの仕事をしているのも見たよ。辛い光景だけど、助ける事が出来なかった」


 アルトの言葉をジッと聞いていたミーナは、アルトの手を握る。


「どうして助けることが出来なかったの?」


「・・・心のどこかで、恨んでいるんだ。父さん(オーロン)母さん(アルマ)が死んだことに。あの時、獣人がゴル村に来なければ二人共死なずに済んだのにって。裏であの獣人達を操っていたやつの正体も知ってるけど、獣人を見ると思ってしまうんだ。だからと言って、命懸けの仕事をしていたあの子が悪いわけじゃないのはわかってる。ただ、教会騎士としても・・・。んー、ごめん。色んな気持ちが混ざって言い表せないや」


 アルトは困った様に苦笑いを浮かべてミーナを見る。アルトの手を握っていたミーナの手に力が籠り、額を肩に当てた。


「アルト。いつかアルトは獣人や亜人種の人達を助ける時が来ると思う。今は、オーロンさんやアルマさん。アルトが今まで見て来た事で頭がいっぱいなのかもしれない。だけど、アルトは亜人種の人達を助ける日が来る」


「・・・なんで、言い切れるの?」


 肩に額を当てていたミーナは顔を上げた。


「アルトは、とても優しい人だから。人を思いやり、命を大切にして、慈しむ。葛藤するのは、助けたいと思うからよ。その時が来たらアルトは必ず亜人種達を助けるわ」


「そう、かな」


「そうよ。アルトはそういう人よ。だから、好きなの」


 ミーナはアルトに体を預け、「そういう人」と小さく呟いた。


 アルトはこの二年間の話をミーナとした。楽しい時もあれば悲しい時もあった。時にクスクスと笑い、時に手を握り寄り添い、アルトの話を聞いた。手紙では伝えれなかった事を話て二年間の間を埋めていく。そしてミーナの話をたくさん聞いた。アルトがリンド村を旅立った後の話だ。村の変化、人の変化。そして、アルトがいなくて寂しかったと。手紙が来た時は本当に嬉しかったと。嬉しそうに話すミーナをアルトは抱きしめて話を聞いた。こうして、二人の間にあった二年は埋め尽くさた。

 二人は寄り添い、手を握り、ミーナがアルトに贈った帯状のお守りの正体の話や秘密の茶会のメンバーが彫刻されたバングルの話、そして首に下げている指輪の話をして、離れる時間を先延ばしにしていた。だが、時間は進む。


「離れたくないなぁ」


「私もよ。まだ、マールさんにも会ってないんでしょ。日が暮れる前に会いに行かないと」


「うーん」


 ミーナにもたれ掛かるように抱きしめるアルトを受け止め小さく笑う。


「大きいな子供ね。・・・ほら、いってらっしゃい!」


 アルトの頬に柔らかい温もりが触れる。その温もりにビクッと体を震わせて体を離す。


「行って来る。・・・次は、口にして欲しい」


 立ち上がって振り返るアルトにミーナは口付けをした。いたずらが成功したとミーナは微笑む。


「これで頑張れるよね?」


「頑張る。明日、見送りに来てくれる?」


「うん。行くよ」


 二人は手を繋ぎ一緒に外へ向かう。アルトは、わざとまだ食堂の客が残っている宿屋のホールを二人で堂々と通った。その意味するところにミーナは照れ笑いを浮かべる。



 ***



 マールは大きな薬草畑で作業をしている人達に声を掛けた。


「おーい。そっちの世話が終わったら休憩にしよう!」


 作業員達の返事を聞き、屈んで作業をしていた体をグッと伸ばした。晴れやかな天気のお陰で薬草も順調に育ち、必要な薬の生産予定を考えた。

 後ろを振り返ると、昔とは様相を変えた建物がある。以前は、自宅と作業場を兼ねた小さな治癒院は、三階建ての建物となりリンドに住む人々にとって欠かせない場所になった。怪我人、病人をたくさん受け入れるような設備を備え、それらを看護する人もいた。以前は弟子と二人で細々と経営をしていたが、千五百人の都市に変わり、需要が高まり治癒院を大きくした。


 そして、旅立ってしまった最初の弟子に変わり、魔物の襲撃を受けて壊滅したダボンの町の生き残りにいた薬師見習いを新たな弟子にした。そこに、新たな仲間も加わった。リンド村攻防戦の際に後方でマールと共に負傷者の看護に当たっていた女性だ。門で戦う恋人の為に、勇敢にも看護を志願した人だ。あの後に看護の手際の良さなどを見込みマールは治癒院の看護師として女性を誘った。彼女はすぐに了承の返事をくれた。大勢が犠牲となり落ち込むリンド村に何か貢献したいと言った。

 マールはその返事にとても助かった。アルトが旅立った後も戦いで重傷を負った人達の世話や治療をしないといけなかった。聖地コバクから救援に来た人達がいても、一人でするには限界があった。そこに彼女の助けが入り、お陰で幾分か仕事が楽になった。その後、新しい薬師見習いが加わり現在の治癒院となった。


「マールさん。昼食の準備が出来ましたよ! 早く来てください!」


「わかった。すぐに行く!」


 新たな弟子ラウルドが治癒院の二階から呼ぶ。マールは向かいながら、今日の弁当は何かと楽しみにしていた。

 あの戦いを切っ掛けにアルトだけではなく大勢の運命が変わった。仕事としてはマールはバラール地方一の薬師オーロンの弟子という事もあり、その知見を見込まれリンドに点在する他の薬師達の集まりである薬師会で大きな存在になった。私事では、恋人が出来た。


 薬師会に所属している薬師の娘で、妻のいないマールにお見合いみたいな形で紹介された。最初は相手の顔を立てるつもりで引き受けたが、薬師の娘というだけあって話が合った。普段は本音を幼馴染のモルとアリアぐらいにしか話さないマールだが、ポツポツと本音を溢していった。


 それはマールの心の傷だった。ゴル村の戦いで両親と師匠の死を受けてとても悲しみ、それを今も抱えている事とマールに与えられた二つの使命。これがマールを立っていさせる力となっていた。一つは薬師として戦いで生き残った人々の治療。二つ目は師匠オーロンから託されたアルトの存在だった。


 親を亡くした未成年を里親として引き取る話が出ると真っ先にマールはアルトを引き取ろうとした。オーロンから託させたアルトを守り育てようと決心していた。しかし、そうはならなかった。誰にもわからないマールの変化を幼馴染のモル夫妻が気付かないわけがなかった。マールの性格を知る二人がマールが抱えた悲しみに気付かないわけがなかった。

 マールは最期の時にオーロンから託された事や薬師として育て上げる事を理由にしたが、モルとアリアはマールがアルトに依存するのではないかと危惧をした。人は育ち、いつかは旅立つ。アルトが旅立つ時に、マールはそれを受け止める事ができるのか。マール自身はそれで大丈夫なのか。三人は何度も話し合い、マールはアルトの親になる事を諦めた。親になる事だけが守る事ではない。モルに諭されたマールは心の療養と仕事を優先させた。

 結果で言えば、それは正解だった。アルトの成長を兄弟子として師匠として友として、落ち着いて受け止められ、アルトの幸せを一線画した所で祝わう事が出来た。モル夫妻からすればやり過ぎな所もあったが、アルトを大切にしたいという気持ちがマールを立たせた。だが、大勢を救ったマールの心の傷だけは治らなかった。その気持ちを隠し、日々を過ごした。


 そんな中、事件が起きた。リンド村に魔物が襲来した。この時、マールはアルトが教会騎士になる道を防ごうと思い、逃がす計画を立てた。しかし、アルトの選択はマールの願いを裏切った。ゴル村とリンド村で経験した魔物の恐怖、そしてオーロンから聞いた危険な世界。アルトはその危険な世界を選んだのだ。悲しみと憤りがあった。なぜ、守らせてくれないのか。だが、アルトはマールに伝えた。大切な人達を守りたいのだと。その為に戦う。

この時、モル達に言われた事を思い出した。『人は育ち、いつかは旅立つ』。今なのか。今、アルトは自分の下から旅立つ時が来たのか。壮大な話を聞くにつれ手を離す時なのだと自覚した。緩んだ手からはヤケ酒で飲んでいた酒瓶が落ちる。そこでマールも手放す覚悟を決めた。大きくなった背中を見つめ、見送る決意をした。


 アルトが旅立った後、孤独に浸る余裕はなかった。大勢の犠牲と負傷者を出したリンド村の再建があった。新たな弟子や仲間を加え、村から都市に変わる忙しさに追われマールは自分の傷と向き合うことがなかった。

 大勢がマールを頼り、大勢を救ったマールの心は軋んだ。


 そんな時に、何となく受けたお見合い話で出会った女性。孤独感と悲しみが拭えずにいたマールに彼女は寄り添ってくれた。共に時間を過ごす内にマールも本音を話し、彼女は聞いていた。いつしか、ゴル村で過ごしていた頃の様にマールに笑顔が増え始めた。少しずつマールは心の整理がつき始め、過去の苦しみを受け止めれるようになった。アルトを思う気持ちは変わらないが、それを支えにしていた生き方が変わった。薬師として人々を助けたい。そして、隣の女性を幸せにしたいと。


 治癒院の二階へ上がったマールを弟子のラウルド、看護師のアフェリ、恋人のミラが待っていた。


「はい、マール。お弁当」


「ありがとう、ミラ」


 ミラから弁当を受け取り、恋人と仲間達と共に昼食を食べるのであった。


 そして、治癒院の外では飴色の髪の青年が大きくなった薬草畑を見ていた。彼がマールの元に訪れるのは数分後の事である。

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