それぞれの再会
宿屋エイドは毎日が大忙しだ。リンド村を増築、改築していく中で大勢の人間がリンド村にやって来て建設仕事をしている。彼らの上役は宿泊先を唯一の宿屋である宿屋エイドにした。宿の部屋は満員となり、その世話と酒場を兼業しているので一日の労働を終えた人々が続々とやって来る。宿屋を親子三人と一人の従業員で営業していたが、人手が足らず更に従業員を増やし営業をする。この忙しさにミーナの父親であるコーゼルも懸命に働いた。以前なら、客と一緒に酒を飲んでヘロヘロで仕事をしていたが、さすがに真面目に仕事をしている。母親であるミルテナは新しく雇った従業員と共に厨房で料理をどんどん作り、カウンターに出していく。ミーナと残りの従業員は接客、会計などホールで大忙しだ。
村の発展と共に他の宿屋もできて、この忙しさも一時的なものだろうと宿屋エイドで働く者は誰もがそう思っていた。
しかし、それはなかった。他の宿屋の開業で宿泊客は落ち着きつつあったが、兼業酒場と食堂は更に忙しくなった。それには三つの理由があった。
一つ目は、宿屋エイドにしかない料理。アルトの母アルマの遺したレシピの料理だ。リンドが村の頃から、アルマのレシピは村人と一部の人しか知られていなかった。それが今や人口千五百人の都市。宿屋エイドの料理の美味しさに大勢が気付き食堂は大忙し。
二つ目は、最愛の人が置いて行ってくれたある薬だ。それは街中の酒飲み達にとってありがたい薬。それは二日酔い止めの薬だ。これは宿屋エイドにしか売っていない薬なのである。アルトからレシピを引き継いだマールは、この薬をミーナ達の所にしか売っていない。他の宿屋から購入の依頼があっても宿屋エイドにしか卸さなかった。この薬のお陰で酒場は忙しさと共に大儲けである。
三つ目は、ミーナである。宿屋エイドの看板娘。晴れた空の様な青い髪と碧眼を持つ美女。アルトの一歳上の十九歳となった今、美しさに磨きがかかり街の年頃の男達の憧れだ。彼女の姿を見ようと人は集まり、アプローチをするが華麗に流される。年齢もあり結婚してもいい頃合いなので求婚者はいるが、皆、断られてしまう。何故あんなに美しい女性が独り身なのか。新しくやって来た人達は謎に思っている。
だが、リンド村の頃から住んでいる人は知っている。ミーナがずっと想っている人がいる事を。何も無ければ結ばれるはずだった男のことを今も想っていると。彼の無事を毎日祈り、たまに届く手紙をとても楽しみに待ち、別れる前に貰った白檀の香り袋を使い、彼との思い出の香りを楽しむ。別れの辛さは今もミーナの心を支配するが、彼との思い出を胸に日々、頑張っている。
「ミーナ、料理お願い!」
「はーい!」
昼食の時間帯。食堂としての宿屋エイドは今日も盛況だった。ミーナは厨房から出て来た料理を客の元に運ぶ。まとめられた美しい髪はサラッと流れる。
「はい、マトスの香草焼きです!」
「ありがとう、ミーナさん! あの、良かったら休みの日・・・」
「ごめんなさい! 次の料理を運ばないと。また後で聞きますね!」
料理を置かれた客はミーナに誘いをするが、サッと次の仕事へ向かう。
「ははは。ミーナを口説くにはタイミングが悪かったな!」
隣の席に座っていた男が料理をモシャモシャと食べながら慰める。誘いをかけた男は香草焼きを食べながら、悔しそうにする。
そんな店の中でチラホラ聞こえる声にミーナは苦笑いをしながら仕事をする。
「ミーナさん、大丈夫?」
従業員の子がミーナを心配する。
「大丈夫よ。いつものことだから。ふふ。諦めが悪いんだから。さぁ、仕事しましょ」
「はい!」
そんな会話をしていると、店の入口から来店を知らせる鐘の音がした。ミーナは振り返り、歓迎の言葉を言おうとした。
「いらっしゃい、ま、せ・・・」
***
アルトは、母アリア妹アリルと別れた後にマードックとの待ち合わせ場所であるダンマーの店に向かった。
街を通る中で父モルが働く聖地衛兵隊の詰所である監視塔を見上げたり、変わった街並みにキョロキョロと見渡しながら進む。
すると、アリアが教えてくれた店を見つけた。アルトは店に入るとマードックがいた。マードックの側には衛兵の姿をした若者がいる。
「アルト、丁度良い所に来た。こちらは、リンドの防衛をしている聖地衛兵隊の方だ。彼の話を聞いていたんだが、私達の任務に関わりそうな事を聞けた」
「誘拐についてですか?」
「あぁ。獣人を追っているわけだが、ここ最近リンドやバラール地方で獣人の目撃があるそうだ」
「それは、偶然とは思えませんね!」
「そうだ。今から聖地衛兵隊の詰所に話を聞きに行く、アルトもついて来てくれ」
「はい!」
アルト達は店にやって来た聖地衛兵隊の使いに案内されて詰所の監視塔に行く。
(ここが父さんの職場か)
広場では剣や槍の訓練をする人や筋力を鍛えている人達がいる。衛兵たちはアルト達を興味深げに見ながら訓練をする。中に入ると応接間に通された。案内してくれた若い衛兵が上官を呼んで来ると退室した。
「立派な監視塔だな。衛兵たちの練度もなかなかだ」
「そうですね。こんな所で、働いているなんて・・・」
「誰か知り合いがいるのか?」
「実は・・・」
アルトが言いかけた所でドアがノックされて人が入って来た。
「お待たせしました。こちらリンド駐留聖地衛兵隊の隊長のモルです。・・・・・・隊長?」
「・・・・・・アルト?」
「父さん。ただいま」
アルトは固まってしまったモルに帰還の挨拶をした。副官のエルスはアルトの言葉にモルを見る。
モルは状況を理解したのか、ゆっくりとした足取りでアルトに近づく。
「アルト、無事だったのか!」
「父さん!?」
モルはアルトを力一杯に抱きしめた。
「こうして、生きて会えるなんて。大きくなったな!」
モルは二年ぶりに再会した息子の姿に涙を溜めた。それは零れ落ちる前に袖に拭われた。
「来てるなら言えよ。驚いたぞ!」
「ごめん。流されるままに来てたら言うタイミングが無くて」
「まったく。町に来た教会騎士はお前だったのか」
モルは大きく溜息をつき、昂った気持ちを落ち着けた。それを見計らって副官が話を戻した。
「隊長、落ち着きましたか? 私は隊長の副官をしているエルスです」
「私はプルセミナ教会騎士団、上級騎士のマードックです」
お互いの挨拶を済ませてソファに座る。エルスは二人にここに来た理由などを聞いた。
「使いの者からザックリとした話は聞いています。教会騎士の任務に関係があるのだとか」
「はい。今、ウェールド地方北部の広範囲で子供達の誘拐事件が多発していまして。調べてみると獣人が関わっていると読んでいます。そして、その獣人の後を追うとバラール地方西部に向かっているとわかりました」
マードックの話を聞いたモルとエルスは頷き、リンド側での話をした。
「最近、リンドの西方で獣人が目撃したと報告がありました。私達は数名の衛兵を派遣して調べていたのですが帰って来る事は無く、小隊を派遣して行方不明となった衛兵と西方の調査をしようと計画していました。そちらの話を聞くと、接点がありそうですね」
「マードック殿、そちらの調査を含めて派遣予定の小隊を使ってください。獣人がウェールドの子供を誘拐してリンドの西方にいるなら、我々と協力してこの件の解決にあたりたい」
モルの提案にマードックは了承した。出発の日取りを決めてモル達との話し合いは終わった。
「それでは明日の朝、よろしくお願いします。マードック殿達の今日の宿泊先は決まっていますか?」
「いえ。本来、すぐに立とうと予定していたので決めていません」
「それなら詰所の部屋をお使いください。建てたばかりなので快適な部屋になっていますよ」
「ありがとうございます。それでは私はそちらに泊まりましょう。アルトは折角の故郷だから家族と過ごすと良い」
「マスター、ありがとうございます!」
「気にするな。会える時にしっかりと家族の時間を過ごすと良い」
「マードック殿、お気遣いありがとうございます」
モルとアルトは深々と礼をした。そんな二人にマードックは温かい目をした。アルトから見て、マードックは日頃から穏やかな雰囲気を放つ存在と感じていたが、今は、どこか懐かしいものを見るような眼差しと少しの寂しさを思わせる雰囲気を纏っていた。その様子に引っかかりを感じたが、今は心からのお礼の気持ちを持った。
「アルト、この時間なら昼はまだだろう。行って来たらどうだ。絶対に驚くぞ」
モルの言わんとしている事はすぐにわかった。リンドに一泊すると決まってから、頭の片隅には彼女の存在があった。
「うん。そうだね。でも・・・」
言い淀むアルトにマードックは笑い、気にするなと言った。
「会いたい人がいるんだろう。折角、一泊するんだ。私のことは気にせずに会いたい人、全員と会って来なさい。さぁ、行きなさい。明日の朝、詰所の広場で会おう」
「はい!」
アルトは一礼し、部屋を出て行った。部屋に残った三人はその姿を見送り、モルは改めて感謝し、マードックは優しくそれに応えるのであった。
***
アルトは小走りで監視塔を出て、目的地に向かう。早く会いたい。胸の鼓動は早まり気持ちが昂る。
二年。この二年はアルトにとって何度も生死を賭けた戦いを繰り広げ、その中で大切な友を失い悲しみを乗り越えながら過ごした日々だった。
苦しくなるたびに、彼女から自分の分身だと渡された大切な指輪を握り彼女の存在を確かめ力を貰い、数々の試練を戦い抜いた。教会騎士としての人生を分ける戦いであったイーグニス・エレーデンテを賭けた戦いではたくさんの思いを込められた手紙を受け取り、ラーグとの決戦に勝てた。
彼女の存在なくして、今のアルトは存在しなかった。
「やっと、会える!」
思わず零れる言葉に、どれほどの喜びが込められているか。街に出て小走りから鍛えられた脚力を使い急いで宿屋エイドに向かう。
道行く人達を上手く避けながら、教えられた場所に着いた。最後に見た時よりも立派な店構えだった。だが、出入り口の扉は昔のままだった。十六歳の頃、師匠のマールに酒場の営業時間に連れて行かれた時に重く感じた扉だった。
ドアノブに手をかけて押し開く。それはやっぱり昔のように重く感じた。
チリン、チリン
ドアに付けられた鈴が鳴る。
「いらっしゃい、ま、せ・・・」
笑顔で振り返った彼女は、アルトの姿を見て歓迎の言葉を途切れ気味に言った。
アルトの記憶よりも大人びて見えるミーナの姿に会えなかった時間を感じさせる。アルトは店の中へ一歩、また一歩と入って行く。
近づいていくミーナの顔には驚きが浮かび、嬉しくなった。自分の事を認識してくれている。自分の事を覚えていてくれた。二人の瞳はお互いを捕らえ合う。綺麗な碧眼は湿り気を帯びていった。
「アルト?」
「うん。ミーナ」
「アルトなの?」
「うん! やっと会えた・・・」
「アルト!」
ミーナはアルトの腕の中に飛び込んだ。アルトはミーナを受け止め優しく抱きしめる。腕の中のミーナはアルトにしがみつき、アルトの胸を濡らす。懐かしいミーアの温かさにアルトも涙が浮かぶ。
「ただいま。ミーナ」
「うん! おかえり、アルト」
見上げて来る眩しい笑顔に、アルトは帰って来たのだと自覚した。
読者のみなさまへ
今回はお読みいただきありがとうございます!
「面白かった」
「続きが気になる」
と思われた方は、よろしければ、広告の下にある『☆☆☆☆☆』の評価、『ブックマーク』への登録で作品への応援をよろしくお願いします!
執筆の励みになりますし、なにより嬉しいです!
またお越しを心よりお待ち申し上げております!




