思わぬ帰郷
「この先の補給のために要塞都市リンドに行こう」
マードックの言葉にアルトは今年一番の驚きで返した。
「リンドに行くんですか!?」
「そうだが。どうした」
「すみません。まさか、故郷に行くとは、思ってもみなかったので」
その言葉にマードックは思い出した様に声を出した。
「そうか、リンドはアルトの故郷だったな。悪いな。久しぶりの故郷でゆっくりしたいかもしれないが、少ししか滞在できない」
「いえ。大丈夫です。攫われた子供達が優先です」
アルトの言葉にマードックは頷き、アルトと共に要塞都市リンドに向かった。
(ミーナ・・・)
胸に仕舞っている指輪をアルトは握った。
***
要塞都市リンド。
約二年前に魔物の大群の襲撃を受けて、リンド村は大きな被害を出した。しかし、バラール地方を実質的に治める大司教カラムリア・テイゾの復興計画により大きな変化を遂げた。
二年前の魔物の襲撃でリンド村の北の村々と西にあった町ダボンは壊滅し、大勢の難民を出した。この難民を受け入れる場所はリンド村しかなかった。そこでテイゾ大司教はリンド村を魔物からの更なる攻撃に備え、バラール地方の西の要塞とすべく増築を行った。アルトの最初の故郷ゴル村との合併により、三百人程度の人口になったリンド村を要塞都市化させて二千人規模の都市へと変えた。
実際に住むのは千五百人程度となったが、これで西側の避難先が出来た。
アルトはこの事をエレーデンテの時に届いたミーナの手紙で知った。たまに届くミーナからの手紙にはリンド村が変わっていく様子が書かれていた。その様子を想像し一抹の寂しさを感じながらも、変わっていく第二の故郷に思いをはせた。
しかし、もう帰る事は無いと思っていたアルトにとって、今回の帰郷は嬉しい誤算だった。もちろん、攫われた子供達の救助と誘拐事件の解決が最優先だが、少しだけでも彼女や大切な人達に会えると思うと胸は高鳴る。思わず、馬を走らせる速度が上がってしまう。
徐々に丘を登っていくとそれは見えた。以前は無かった城壁と城門。奥の方には塔が立っていた。増築を始めてまだ二年。建設し終わっていない所もあるが、立派な都市になっていた。
「すごい・・・」
たった二年でここまで変わるのかと、時間の速さに驚いた。自分の知っている故郷の姿はもはや無い。
「大きな町だな。これでまだ建設途中か。完成が楽しみだ」
横にマードックがやって来て感想を言った。アルトは早くリンドに向かいたく、そわそわしてしまった。それをマードックに笑われてリンドに向かった。
近づくにつれて、カンカンカンと建設作業をしている音が聞こえる。人々はそれぞれの作業を行っている。
アルト達は城門に近づくと、門番に止められた。
「お前達、止まれ。この町に何をしに来た」
「我々は教会騎士だ。この町に物資の補給に来た」
「教会騎士なら、手首に紋章が出せるだろう?」
二人は門番の言う通り、エレーデンテを卒業した時に付けられる特殊な紋章を浮かび上がらせた。それを見た門番は納得して門を通してくれた。マードックはついでに物資が買える所を聞いた。
大きな一本道を馬でゆっくりと進み周りを見渡す。レンガ造りの家々と昔では考えれない人の多さ。故郷に帰って来たが、故郷ではない風景に違和感を感じながら進んで行く。かつては広場があった場所には倉庫が並び、知り合いの木造りの家があった場所はレンガ造りの家に変わっていた。
「あっ・・・」
街を進んで行くとアルトが目がある場所に留まった。そこには新しい家族と過ごした家があった。柵に囲われ記憶よりも立派になった家があった。
行きたいけど、今はダメだと葛藤してどうしようかと悩んだ。
「行って来なさい」
「え?」
「所縁のある場所なんだろう。行って来なさい。私は、教えられた店に行って来る。ここに住んでいる人なら、その場所も知っているだろう。後で合流しよう」
「はい!」
アルトは馬を降りて、家に向かう。高鳴る気持ちを出来るだけ抑えて、家の敷地の前に立つ。
「ふぅー・・・」
二度深呼吸して敷地に入り、ドアをノックする。沈黙が続き、家に誰もいなのかと振り返ろうとした時。
「はーい。ちょっと待ってね」
その聞き覚えのある声が家から返って来た。この家の主を確信してアルトはゴクリと喉を鳴らし、ドアから少し離れた所で待つ。
「どなたですか?」
「その、アルトです!」
「え?」
「アルトです!」
ドアがゆっくりと開いていく。そこにあった姿にアルトは涙が溜まりそうだった。
「アルト? アルトなの?」
「うん。ただいま。母さん」
アルトが言葉を言い終わると、アリアはアルトを抱きしめた。
「アルト・・・!」
「母さん、ただいま・・・!」
再会した母と息子はしばらくお互いを抱きしめ合った。
お互いの気持ちが落ち着いた頃、アリアはアルトを家に入れて、話を聞く。
「それで、物資の補給のためにリンドに寄ったのね。立派に教会騎士の仕事をしているのね。たまたまでも、こうして会えるなんて思ってもみなかったわ。本当に嬉しい。アリルは人見知りしちゃってるけど」
アリアの横に座るアルトの義妹アリルは三歳になり、今はアリアの服を掴んでアルトの様子を窺っている。
「アリルも三歳かぁ。大きくなったな。抱っこしたいけど、この調子じゃダメかな」
「いいのよ。抱っこしても?」
「嫌われたら、立ち直れないからやめておくよ」
アリアは妹を溺愛するアルトを知っているから、その言葉に笑ってしまう。そういえばと、思い出したようにアルトに話した。
「モルは衛兵隊の隊長をやっているのよ。今は、街の奥にある衛兵隊の詰所になっている塔にいるから会ってあげて。マールは二年前と変わらず、同じ場所で治癒院をやってるわ。とても大きくなってるけど。後はミーナちゃんよね。宿屋の場所が変わって今はここにあるの」
アリアは街の地図を指し示す。
「ありがとう。一度マスターと合流してから、行ってみるよ。多分、今すぐには出発しないと思うから」
「わかったわ。でも、無理はしなくていいからね。子供達の誘拐事件も大事だから。仕事を頑張るのよ!」
アリアは自分より背が高くなったアルトの髪を撫でた。
「それじゃあ、行って来ます。アリル、またね!」
母と妹に手を振り、マードックと合流すべく教えられた店に行く。
***
要塞都市リンドの監視塔兼衛兵隊詰所は引っ切り無しに人が出入りする。人口千五百人の町ともなれば、様々な問題が起きる。
人口に合わせて門番の集まりから警備隊に変わり、最終的にバラール地方の聖地衛兵隊と格上げされて、それが要塞都市リンドに駐屯するという形となった。人数もかつての門番の頃の五人から百人の組織だ。
そして、その百人の組織の長にモルは就いた。ゴル村では獣人やアルトの力ではあるが魔物と戦い。リンド村では教会騎士の指揮の下、村人達の指揮を行い何度も魔物と戦った。それらの功績が評価されて門番から要塞都市リンド駐留聖地衛兵隊隊長になった。その職責は聖地衛兵隊という名前だけあって、聖地コバクの防衛と神聖不可侵と定められたバラール地方の防衛が任務だ。その一つとして今は要塞都市リンドの防衛となった。
ただの村人の門番からの大抜擢。正直、モルには重すぎる職務だった。門の側に座り、門番仲間とカードに興じていた頃が懐かしく思う。今は隊長室で、聖地コバクから派遣された若い副官に支えられながら何とか日々の運営を回している。まさに書類との戦い。たまの息抜きと言えば、新兵の訓練で剣を思いっきり振る事だ。若い新兵と打ち合い、鍛える。その若い新兵の姿に義理の息子の姿を重ねる。一生懸命モルから剣術を学び。自らの闇との戦いを勝ち抜いた息子。大切な息子。
モルが日々の職務を頑張れるのは、間違いなく息子アルトの存在があるからだ。教会騎士になるべく旅立った息子。アルトの事だ、必ず頑張りすぎていると確信を持っている。教会騎士として頑張るアルトに比べたら、自分の仕事はまだ楽な方だろうと考える。
だが、そんな気持ちだけで隊長をやっているわけではない。ここにはモルの大切な人達と、何よりアルトの大切な人がいる。教会騎士にならなければ必ず結ばれていた二人だが、アルトの運命がそれを許さなかった。別れの日に見た、アルトとミーナの抱擁。あの二人の姿に胸が苦しくなったのはモルだけではないはずだ。
アルトは途方も無く大きな目的を果たすために最愛の人の手を離し旅立った。本心では自分が守りたかったはずだ。だが、旅立った。アルトの父として出来る事は無いか。さんざん考え、妻アリアと相談し、振って来た衛兵隊長の仕事を引き受けた。アルトの代わりにミーナや、アルトの大切な人達を守ると決めた。
モルは今日も書類と戦い、息子の為に、家族の為に頑張るのであった。
「隊長。ご報告があります」
「何だ?」
「門番からの報告ですが、二名の教会騎士が物資の補給の為に町に入ったとありました。ダンマーの店に行くみたいです」
教会騎士。その言葉に自然とアルトの姿を思い浮かべたが、すぐに頭を切り替えた。
「教会騎士か。わかった。ダンマーの店に、使いを送って何か要望があれば衛兵隊でも準備すると伝えてくれ」
「はっ」
報告に来た衛兵に指示を出した後、側にいる副官に気になっていた事を尋ねた。
「エルス、西にやった巡察からの報告はあるか? まだ来ていないが」
「帰還していないですね。二日程度の巡察ですが遅いですね」
「んー、西で獣人を見たって連絡があったから送ったが。嫌な予感がするな」
「はい。巡察に出た二人の捜索を出しますか?」
「そうだな。手が空いている小隊がいたな。それを出して西側を捜索してくれ」
「はい。直ちに」
副官エルスは部屋を出て、小隊へと命令を出しに出た。
「はぁ。また、獣人か」
窓辺に立ったモルは溜息を洩らし、目撃情報が増え始めた獣人の警戒を考えた。ふと下を見ると灰色のローブを着た人が見えた。件の教会騎士かと思い、しばらく観察した。飴色の髪をした騎士は息子を彷彿させて、懐かしい姿が脳裏に浮かんだ。
「よし。頑張るか!」
気合を入れ直し、再び机に向かい書類の処理をしていく。息子に会えた時に、『父は立派に仕事をしているぞ』と誇るためにも。
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