西の暗雲
ザクルセスの塔で研究などをしていたマードックとアルトに新たな任務が出された。大陸西部のウェールド地方で広範囲の誘拐事件が多発し、領軍の手に負えない状態になったので教会騎士の派遣となった。
ウェールド地方は昔から大陸の食糧庫と呼ばれるくらい、肥沃な大地の恵みを受けて大量の麦がとれる地域である。食料の心配が無い影響か、政情は安定し豊かな社会を形成している。そして大陸では珍しく、選任貴族ではなく食料を生産する農民の代表者が領地での影響力を持っている。
そんな中、領地を越えての誘拐事件に住民は戸惑い、各貴族領で力を持つ有力者達は事件の早期解決を求めた。領内からの圧力も加わり貴族達は領軍の総力を挙げて事件解決に挑み、犯人を捕縛した。
しかし、ここで大きな問題が発覚した。その犯人は領軍が仕立て上げた偽物だったのだ。この事実に有力者達は激怒し、食料生産の低下や麦の出し渋りを行い、大陸の食糧事情を混乱に陥れる対応を取りつつあった。この事態に至り、選任貴族は教会に助けを求めた。教会もこれを放置する訳にはいかないので、教会騎士を出動させた。
アルト達以外にも教会騎士がウェールド地方北部に派遣されて事件の解決に動いている。アルトはバラール地方とウェールド地方の境にある小さな領地ファルムに着いた。最後に誘拐事件があった場所だ。マードックとアルトはファルム男爵に着任の挨拶に向かう。
「エストで渡された資料によると、攫われたのは農家組合長の子供とその農家の子供か。他の地域でも子供ばかり攫われているらしい」
「許せませんね」
「ただ、地位のある子供ばかりを狙っている訳ではないようだ。共通点は子供か」
「子供だけを狙う理由・・・」
二人が考えていると通りで複数の怒鳴り声が聞こえた。何事かと二人は声の元に向かった。そこには屋敷の前で数人の平民と門番をしている兵士が言い争っていた。
「俺の息子はいつ帰って来るんだ! おい、男爵を出せ!」
「落ち着いてください! 閣下は病に伏せっておられます。面会もかないません!」
「マーレンや子供達が攫われたってのに、何が寝込んでいるだ。おい、ファルム! お前が要望した食糧計画は白紙だ!」
男は屋敷に向けて怒鳴り、屋敷の前にいた人達を連れて去った。門番をしていた衛兵は深く溜息をついた。二人はその門番に声を掛けた。
「失礼する。私は教会騎士のマードックだ。ファルム男爵の要請によりエストから派遣された。男爵との面会を願いたい」
「え、教会騎士! ちょ、ちょっとお待ちください」
門番は屋敷に入り、数分後に戻って来た。
「あの、家宰のジュナル様がお会いになさります。こちらへどうぞ」
門番の後をついて行き屋敷に入り、応接室に通されると家宰ジュナルが待っていた。
「おぉ、教会騎士殿! よく来てくださった。待っておりましたぞ」
「お待たせしました。私は上級騎士のマードックです。彼は下級騎士のアルトです」
「私は、ファルム男爵家の家宰をしておりますジュナルです。今回は助けに来ていただきありがとうございます。早速ですが、事件についてお話いたします」
ジュナルはここ最近の誘拐事件とウェールド地方北部の状況のあらましを話した。
小さな農村から始まった事件。そこから瞬く間に誘拐事件が多発し、北部の領民は恐怖に陥っている。領軍も使って解決に挑んだが、手がかりが見つからずに手をこまねいていた。そこに北部東側の領地で誘拐犯を捕まえたと連絡が入った。だが、それは偽物であった事が判明した。
各領地の農家の有力者達は怒りの声を上げて食料の生産及び、麦の出し渋りを行いつつある。このままでは麦の価格が高騰し、大陸中が飢えに苦しむことになる。
そうなる前に、北部の選任貴族達の間では麦の強制徴収を行おうとして、いつそれを実行に移そうかと考えている。強制徴収を行えば、農家の有力者達の私兵との戦いが避けられない。勝っても今ある分だけの麦の確保は出来るが、対立した有力者達は麦の生産をしなくなる。負ければ領内の力関係が揺らぎ、選任貴族達の立場が危うい。天秤はいつどちらに傾いてもおかしくないのだ。
「なので、教会騎士の方には一刻も早く事件を解決していただきたいのです。ご主人様や他の貴族の方々は領軍を使い、強制徴収だけではなく農民を奴隷化させようとも考えている方もいまして・・・」
「それは、まずいですね。奴隷化にしたら、それこそ生産力が・・・」
「はい。状況はご理解いただけたでしょうか?」
「わかりました。すぐに取り掛かります」
マードック達は屋敷を後にした。すると門番に声を掛けられた。
「あの、どうか、子供達を助けてください。自分の友達の子供も誘拐されて・・・」
肩を震わせる門番にマードックは手を門番の肩に置き、穏やかな声で語りかけた。
「大丈夫だ。子供達は必ず取り戻す。君の友達の子供もだ。教会騎士に任せてくれ」
「はい! お願いします!」
二人は宿屋に向かいながら、これからどうするか話し合った。
「マスター、まずは被害者に話を聞きに行ってみますか?」
「そうだな。それは私がやろう。アルトは、この村で不審人物や変わった事が起きていないか聞きに回ってくれ」
「わかりました。それでは、後で」
二人は手分けをして別れた。その二人の後ろを見つめる陰に気付きながら。
マードックと別れたアルトはファルムの村人達に最近、不審な出来事はないか聞きに回っていた。マードックと分かれる前にアルト達を見ていた陰はアルトの方について来た。特に何か仕掛けて来る様子は無かったのでそのままにしていた。
「不審な出来事か・・・。だいぶ前だが、狼が来た事があってな。ここら辺で狼なんて見ないから驚いたよ」
「あぁ、そんなこともあったな。襲って来るのかと思ったが、そのまま去って行った。不審というよりも珍しい出来事かな。それより、あんたら教会騎士なんだろ。子供達を頼むぜ」
「はい。子供達を急いで発見できるように頑張ります。なので、また変な事があったら教えてください」
村人達は去って行った。すると、誰かが近づく気配がした。隠す気も無いような気配に後ろを振り返ると子供達がいた。
子供達はアルトが振り返った事に驚き、身をすくめた。
「君達、俺に何か用かな?」
アルトは優しく問いかけると、先頭にいた子供が恐る恐るアルトに聞いた。
「兄ちゃん、教会騎士なんだよな? 証拠みせてよ」
「証拠? 証拠と言われてもな。このローブが証拠みたいなもんなんだけどなぁ」
ジッとアルトを見つめる子供達にどうしようかと思っていたら、思いついた。
「それじゃあ、ジャンケンしようか。お兄さんは教会騎士が使える秘密の技で未来が見えるんだよ。それで五回勝ったら、教会騎士って信じてもらえる?」
「わ、わかった」
「それじゃ。じゃんけん、ぽん」
アルトは五回ジャンケンをしてすべてに勝った。子供達は驚いた顔でアルトを見た後、周りの子供を見渡し頷いた。
「・・・その、騎士様。俺達、変なのを見たんだ」
「変なのを見た?」
「うん。母ちゃんや他の大人に言っても信じてもらえなくて。その、狼が人間に変わる所を見たんだ。原っぱで遊んでたら狼に会ったんだ。それで急いで隠れてたら、狼が人の姿に変わって行って、獣人になったんだ。それで別の獣人もやって来て、何か話した後にどっかに行ったんだ」
「狼から獣人に変わった。とりあえず、君達が無事で良かったよ。獣人はいつ来たか覚えてる?」
「誘拐が起こる二日前」
「わかった。教えてくれてありがとう」
アルトは子供たちの髪をワシャワシャと撫でて感謝を伝えた。子供達はアルトを見上げ、お願いをした。
「あの、友達を助けてください。お願いします!」
「あぁ。絶対に助けるからね!」
子供達に約束をして、アルトはマードックの元へと行った。
マードックは被害者の家に向かい話を聞きに行っていた。
「マスター!」
ちょうど家から出て来たマードックを鉢合わせた。アルトは子供達から聞いた話を伝え、マードックは考えた。
「狼に変身する獣人。誘拐の二日前の目撃。こっちの話だと、遊びに出たまま帰ってこなかったそうだ。ここら辺の子供達が遊ぶ場所は村を出てすぐの原っぱだそうだ。行ってみよう」
マードックとアルトは原っぱに向かい辺りを見渡した。
「なるほど。ここからだと、村が見渡せるな」
「はい。逆に村からもこっちの様子がわかりますね」
「直感だが、獣人はここにいたみたいだ」
「はい。辿ってみますか?」
「あぁ。・・・ここからは、草を踏みしめた後がハッキリわかるな。行ってみよう」
マーラによる直感と地面の様子を見ながらマードック達は道を辿っていく。すると、ある場所まで来た。
「ここから先は、・・・バラール地方だな」
「獣人がバラール地方に」
アルトの脳裏に浮かぶのは故郷ゴル村での獣人との戦い。その後のナリダスが召喚した魔物との戦い。
「とりあえず、ファルム村に帰ろう。家宰にこの事を相談してバラール地方に行くのを許してもらおう。それと他の地区にいる教会騎士に連絡して情報を共有しよう」
「はい!」
マードックとアルトは家宰ジュナルにこの事を報告し、バラール地方に向かう許可を得た。ついで、ウェールド地方北部の誘拐事件に派遣されえている教会騎士達にも連絡を取り情報共有を行った。
***
アルトはバラールの地を踏みしめ、懐かしさを感じていた。アルトは十六歳でリンド村を旅立ち、バラール地方を旅立った。思わずミーナの姿を思い浮かべるが、頭を振るい獣人の痕跡を追う。
「この方向だと大街道は避けて進んでいるな。行くぞ、アルト!」
「はい!」
二人は馬を駆けさせて、道ならぬ道を進み獣人の痕跡を追いかける。平原が続くバラール地方では見通しが良く、建物があると見つけやすい。半日ほど、馬を駆けさせた所で、野宿をする事になった。
アルトは設営を行い、マードックは周辺の地図を見ながら獣人達が進んだ経路は近辺の村などを見ていた。
「このまま進むと魔物に滅ぼされた町ダボンがあるな」
「ダボンですか。俺がリンド村で戦った時に、分かれた魔物が襲った町です」
「そうだったのか。あの事件の時のか」
「はい。そういえば、ダボンの町やリンド村が襲われた時の経緯はまったく聞かなかったんですが、何が原因だったのでしょうか?」
「うーむ。まぁ、アルトには話していいか。実はなドンゴ地方南部の鉱山でオーク族が魔物を召喚したんだ。だけど、そのオークは魔物に殺されて、残った魔物、ドヴォルだな。ドヴォルは何らかの理由で南下してバラール地方の村々とダボンの町を襲い掛かったんだ」
「そうだったんですね。魔物を召喚したのか。何の為に召喚するんだろう・・・」
「そのオークはボロボロの状態でな。魔物にやられたんじゃなくて、私達、人間の手でなされた事だ。恐らく人間への復讐のために魔物を召喚したんだろう。亜人種には魔物や邪神崇拝の手段が口伝で今も伝わっているんだ。もしかしたら。その口伝を知っているオークがあの事件を起こしたのかもしれないな」
アルトは、今まで見て来た奴隷達の姿を思い出していた。エストで荷物をいっぱい運ばされていた獣人の子供が転んで、主人に暴行を受けていた姿。アルトはあれは異常だと思いながらも、止める事が出来なかった。それは勇気が無かったからなのか、ゴル村で獣人に家族を殺された恨みがあったからなのか。今も迷う気持ちがあり助ける事が出来なかった。
一年前、アカウィル村でウェル・バーンズ司教の教えを受けてから、奴隷制度のおかしさに気付かされて一年経つが、未だに彼らに手を差し伸べる事が出来ない。
「この先に行くとしたら補給が必要だな。ここから近いのは、要塞都市リンドだな」
マードックの思いもよらない発言にアルトは、今年一番の驚きをした。
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