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教会騎士アルトの物語 〜黎明の剣と神々の野望〜  作者: 獄門峠
第二部:殿上の陰謀 第一章:暗闇の弓矢
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祝杯とそれぞれの任務

 各地での任務を終えたアルトとマードックはエストに帰還した。アルトはこの日に帰還できた事が嬉しかった。マードックはアルトの心境を知っていたので弟子の抑えきれない喜ぶ顔に微笑む。そのアルトの気持ちの高ぶりはアルトが纏うマーラにも揺らぎがあるほどだ。


 それほどアルトにとって嬉しい日。

 それはエレーデンテ達の卒業。下級騎士の任命式だ。

 アルトは特例みたいな形で他のエレーデンテよりも早く下級騎士になった。だが、一般的にはエレーデンテとして二年間の修業期間があったのだ。そして、今日は二年間の修業を終えたエレーデンテ達が下級騎士になる日。

 アルトの仲間達。エリー・レドロ、クラルド、パトロ。この三人の卒業式。


「マスター、ありがとうございます。この日に間に合うように任務を終わらせていただいて」


「いや、アルトの頑張りの成果だよ。それにこの日は私も楽しみなんだ」


「楽しみですか?」


「この日は『酔いどれ騎士亭』が全品半額になる」


「え! そうなんですか!?」


『酔いどれ騎士亭』。アルト達がエレーデンテになったばかりの頃からお世話になっている店だ。料理も酒も美味く、お気に入りの店だ。


「アルト達も、友人を連れて行くと良い。しばらくは本部での仕事だ。今日くらいは良いだろう」


「ありがとうございます!」



 ***



 地下聖堂。ここに訓練を終えたエレーデンテ達が集まっていた。アルトは二階席から下の様子を見ていた。もしかしたら、仲間達が見えるかもと探した。すると、鐘の音が響いた。ざわざわとしていた空間が静かになる。

 一段高い所に白い祭服を着た人達と、黒と赤のローブを着た人達が出て来た。教会騎士団を管理する司教と教会騎士団長だ。

 そこから、儀式が始まり司教は福音書から最後の言葉を告げた。


「ここに、我が名において教会騎士の誕生を祝う。汝らの元に、サドミア様の祝福とプルセミナ様のご加護がありますように」


 地下聖堂に集まったエレーデンテ達は跪いた。

 そして、エレーデンテ達を代表するように一人が前に出て剣を抜き宣言した。それはエリーだった。


「我が剣は、教会の守護。我が心は、鉄の決意。プルセミナ様のご加護を賜らんことを請い願います」


 すると、ザクルセスの塔の鐘が祝福をする様に鳴り響いた。



 ***



「かんぱーい!」


 酔いどれ騎士亭では色々な所から乾杯の声が上がる。今日、教会騎士になった若き騎士達が厳しいエレーデンテ課程を終えた事を喜び、先輩である下級騎士達はその賑やかさに交じりながら祝福をする。その歓声は当然、アルトの周りにいる人達も例外ではなかった。


「皆、かんぱーい!」


「乾杯!」


 ジョッキをぶつけ合い、溢れた麦酒が散る。


「皆、無事に教会騎士になれて良かったよ。それにまさかエリーが首席になってるなんて思わなかった」


 本来、首席になるはずだったイーグニス・エレーデンテであるアルトと次席であるラーグが追放された事によりエレーデンテ達の中で序列が変動していた。その後の訓練の結果エリー・レドロは首席の座を手に入れた。

 アルトの言葉にエリーは胸を張って左手の拳を胸に当てた。


「当然よ。私には、いつもリーがついてくれているもの。私とリーの力があれば首席にだってなれるわ」


「そっか」


 満面の笑顔を浮かべ自信満々に話す言葉にアルトは安心した。アルトの過ちにより復活した、古代のノーラ王レバレスによって取り憑かれたリーこと、リークトは心を吞み込まれてしまい死んでしまった。アルトや仲間達の良き友人であり、エリーの最愛の人の死は、皆の心に苦しみを与えた。


 だが、アルトは知っている。例え死んだとしても、それはマーラになり自分達の側にいてくれるのだと。姿形は無く、声も聞こえず届かないが、彼らはそこにいるのだ。この世界に満ちたマーラの流れの中にいて生きている自分達を見守ってくれているのだと。

 それを証明するように、アルトはエリーの周りに以前は感じなかった大きなマーラの存在感を感じるのだ。そして、その影響か以前よりエリーは強くなりエレーデンテ首席となり卒業となった。

 エリーの左手首に二つのバングルがカランと音を鳴らす。『秘密の茶会』のメンバーと絆を記したバングルだ。リークトの分はエリーが身に着けていた。


「クラルドも、まさか覇者の型の片鱗を掴むなんてすごいよ!」


 赤毛の友人は麦酒をグッと飲み、自慢げに話した。


「そうだろ! 剣の型で教官達を圧倒できるようになったから、上級剣術の習得の許可が貰えたんだ。それで色々と試したら覇者の型が良いって気付いたんだ。それに、身近なところに良い教師がいたからな!」


 クラルドの横で話を聞きながらニヤニヤと笑っているパトロにワインを注いだ。溢れそうになったワインを急いで飲みながら、クラルドの言葉に返す。


「俺もまさか、アルト以外のエレーデンテで上級剣術を習得しようとする人が出るなんて思いもしなかった。良くて下級剣術の完全習得だろうなって考えてた。というか、俺も実力がバレちゃって訓練から外されてクラルドの世話ばかりしてたな」


 パトロはラーグとの特殊な奴隷契約により本来の力を制限されているが、本当の姿は強力なマーラの感知者で上級剣術の覇者の型の使い手である。アルトとラーグがアカウィル村に行く間、ラーグにより制限を解除されたパトロは自分の力を発揮していた。


「それにしてもパトロは残念だったわね。ラーグも帰還できたら良かったのに」


「別に良いさ。あいつはここにいるより、任務で外に出ている方が安全だから。それに各地の美味しい物でも食べて、悪くない旅だって思っているさ」


 ここにいないパトロの主人、アルトの仲間、ラーグ・ボルティア・エスト=セレスはアルトと共に下級騎士に任じられエストに帰還後、師匠たる上級騎士と共に各地の任務へと出て行った。ザクルセスの塔では内紛に巻き込まれる可能性があるので、パトロとしてはラーグが外で活動している事が望ましく思っていた。

 時々やってくる情報によると、ラーグと上級騎士は魔物の討伐も行っているが、非選任貴族の出身で貴族の論理を熟知しているラーグは、選任貴族達の利害の調整なども行い外交官みたいな仕事もやっていた。

 それにより、平民の反乱寸前の貴族家の政情を安定させて平民の暮らしの改善や貴族家の争いを抑えている。この話を知ったアルトはとても嬉しかった。かつて、一緒にルーダム山地を乗り越える時にアルトに約束をしてくれた事を、ラーグの出来る限りの範囲で実行してくれているだとわかったからだ。


(ラーグ、ありがとう)


 アルトは胸の中で、今、この場にいない親友に感謝と任務の無事と幸運を願い、ジョッキを捧げた。


 アルト達の仲間はそれぞれが成長し、それぞれの道を歩むことになった。

 それぞれが灰色の不破のローグを翻し、教会騎士専用の剣を腰に下げてザクルセスの塔を旅立った。



 ***



 エレーデンテ達の下級騎士任命式後、下級騎士となった彼らは上級騎士の指導を受けながら任務を行うために、それぞれエストを出発した。アルトは、マードックの研究に合わせて共に図書館やマードックの私室でマーラの研究をザクルセスの塔で行っていた。


 最近、四十五歳になったマードックはアルトの力を活かす意味ともう一つの意味を持って騎士団長ロベルトの差配でこの組み合わせとなった。マードックは高名な上級騎士で、下級騎士達の間では弟子になりたいと願う者が多い。

 アルトとマードックは外での魔物討伐や各地の細々とした任務の片手間に、マーラにまつわる物の調査や回収。その後、ザクルセスの塔に戻り、回収品の調査とアルトの能力を調べていたりする。


「アルト、衝撃波を出してくれ」


「はい!」


 アルトは言われた通り、手を突き出し衝撃波を出した。これを何度か繰り返し、アルトの衝撃波を出せる回数や、その時の感覚などを細かく聞く。今日は衝撃波の解析だ。


「距離によって衝撃波の威力に違いがあるのか。手前だとすぐに的は吹き飛び、遠くだと少しの時間の後に吹き飛ぶ。遠くの的の後ろにある的も吹き飛ぶとなると、効果範囲はくれくらいか。七回、衝撃波を出したが体調に変化はあるか?」


 強く息をしながらマードックの質問に答える。


「丁度、七回目で疲れが来ました。身体強化で、マーラを使い切った後の様な感覚です」


「なるほど。私の感覚だと、手を突き出した時に周囲のマーラが動いているように思える。アルトが体内に宿しているマーラが呼び水となって周囲のマーラに影響し衝撃波が起こる。だから、回数を重ねると使い切った後の脱力感がでる、か」


 マードック自身の感知力が鋭く、今の状態を冷静に分析する。


「体内に宿るマーラの放出が鍵となっているのか。アルト、魔物が魔法を使っている時に周囲のマーラが集まると言っていたな」


「はい。見た目は掌にため込むような仕草で、マーラが集まっているような感じがしました」


「その時にマーラの放出は感じたか?」


「すいません。その時は戦闘中なので、観察出来る程の余裕が無くてわかりません」


「それもそうか。魔物を相手にそんな余裕を出せる訳はないか。すまない。責めたわけではない」


 二人はアルトの消耗もあるので休憩とした。マードックはアルトに紅茶を渡し対面に座る。茶菓子を食べながら、二人は何となく雑談をした。


「マスターの感知力って鋭いですね。周辺のマーラの動きがわかるなんて」


「あぁ。子供の頃から感知力が鋭くてな。周辺に感じる何かの存在に気付たんだ。それを話すと周りの人は気味悪がったよ。・・・それが後で教会騎士にあってマーラだってわかったんだ。常に何かの存在を感じるのって、小さい子供には怖くてしょうがないものだったなぁ」


「そうですよね。俺はマーラを感じた時は、何というか万能感に包まれました。何でも出来ると思いましたよ」


 マードックは紅茶を一口飲み、考えるように呟いた。


「覚醒の時か。そういえば、修業とかで覚醒したわけではなかったな。確か・・・」


「キケロ・ソダリスです」


「あぁ、それだ。まさか、人のマーラを覚醒させれる人がいるなんてな。あれ以来、会っていないんだったよな?」


「はい。色々な所で聞きましたが、手がかりが無くて」


「黒髪に黄金の瞳。おまけに端正な顔立ちか。そして、教会騎士を名乗る人物。色々と怪しい人だな。その覚醒をした時の感覚って覚えているか?」


「はい。頭に手を向けられて、しばらくすると、ゆっくりと頭から熱を感じました。それがだんだん下へと向かって行き体中が熱に満たされました。そこから、何か光る物を感じた後から、世界がガラッと変わりました」


「覚醒だな」


 アルトは返事をして紅茶を飲む。少しの間の沈黙の後、マードックはやはり、と呟いた。


「マーラの放出が、それらの事象に繋がっていると思う。放出の方法を探らないと始まらない気がする。初めて放出した時の感覚は覚えているか?」


 そこから今までアルトが経験した事を細かく話しながら、マードックも実践していき放出について調べた。



 ***



 今日の実験や調査が終わり、アルトは下級騎士にあてがわれる私室に入った。


「ふー、疲れた」


 ベッドに寝転がり、溜息と共に疲れを溢した。胸に冷たく感じる物を取り出す。緑の宝石を麦の紋章が入った台座がしっかりと支える指輪だ。指輪を眺めながら、晴天のような青い髪と碧眼の女性を思い出す。力と勇気を貰える笑顔。抱きしめた時の優しい温もり。髪に顔を寄せその甘い香りに心を癒される。遠く離れている愛おしい存在。その存在の代わりとして貰った指輪を握り目を瞑る。


「ミーナ・・・」


 小さく、何度も、その名前を呼ぶ。アルトが教会騎士になる上で手放なさなければならなかった、愛しい彼女。様々な戦いの中、生きて帰るたびにアルトの中で思いが溢れて来る。教会騎士になる選択を後悔したことは無いが、もう触れることが出来ない温もりに寂しく思う日は幾度もある。その度に、この指輪を見つめ握りしめ彼女を想い、次の戦いへと挑むのであった。

 一人じゃない。ここに彼女がいる。自らを奮い立たせ、立ち上がるのだ。アルトは道を進むしかないのだ。その道の先にいる強大な存在を倒し、カバヴィル大陸に平和をもたらすために。彼女や大切な人達が笑顔でいられる未来を勝ち取るために。

 いつか、ミーナの側に帰るために。


 アルトは指輪を握り休むのであった。

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