バーンズの願い
小説更新について。
適時、更新していきますのでよろしくお願いします。
引き続き、お楽しみください。
朝、教会の庭でラーグが薪を運んでいると挨拶が飛んで来た。
「あ、フードのお兄ちゃんだ。おはようございます!」
「あぁ、おはよう」
教会に向かう親子は薪を抱えているラーグに挨拶をした。アカウィル村でのラーグの出身を秘密にしている為、日中はフードを被り過ごしている。
その親子の後ろを人々が通り教会の中に入っていく。人々は皆、挨拶をしていく。
アカウィル村では、朝の決まった時間に教会に集まりウェル・バーンズ司教の説法を聞き、仕事に入る。そのため、人々が教会へと集まるのだ。
アルト達が到着した日にその話を聞かされた二人は、翌日から朝の説法の準備に取り掛かっている。ラーグは教会内の暖炉に薪を置き火を付ける。アルトはやって来た村人達に本を渡していく。プルセミナの福音書だ。福音書を貰った村人達は、近くの人は話ながら説法が始まるのを待つ。
じっくりと温かくなっていく教会にはアカウィル村のほとんどが入った。椅子に座り切れずに立ち見の人もいた。
「すごいな。こんなに集まるんだ」
「そうよ。バーンズ司教の説法は人気があるの。説法に興味があるというか娯楽の一つみたいなものね」
アルトの独り言にいつの間にかやって来たメアリーが答える。側にはメアリーの妹のソフィアもいた。
「ア、アルトさん。おはようございます」
「ソフィアさん。おはようございます」
ソフィアは俯きがちにアルトを見て挨拶をする。その様子に人見知りなのかと思いながら挨拶を返し、話しかける。
「いつもはソフィアさんが朝の説法の準備をしているんですよね。すいません。仕事を奪ってしまって」
「いえ! その昨日、司教様から久しぶりに帰って来た姉さんとしばらく家族団欒で過ごすように言われたので」
モジモジとしながらアルトと話していると、メアリーはソフィアの髪を撫でた。
「ふふふ。ソフィアは人見知りする子なのよ。それなのに頑張ってアルトと話してるの。もう、可愛い!」
「姉さん!?」
メアリーはソフィアに抱き着き頭を撫でる。微笑ましい姉妹を目に弟ティトや義妹のアリルのことを思い出す。二歳になった義妹はたどたどしくも喋れている頃かなっと思い、エストに帰って来た時に手紙を出そうと思った。ティトのことは色々な思い出があるが、マーラとなって現れた時にアルトの手に重ねられた温かい手を思い出していた。
(懐かしいな・・・)
「アルトさん?」
思い出に耽っているとソフィアに呼ばれた。そろそろ、説法が始まるという事だった。
バーンズが出てくると、お喋りで賑わっていた教会が静かになった。
「皆さん、おはようございます」
バーンズの穏やかな声の挨拶を村人達が返して、朝の説法が始まった。
「今日は、福音書の五十八ページの内容を話そう。亜人種について」
「司教様、亜人種って何?」
村の子供がバーンズに尋ねた。アルトはこの話を聞かせる事に躊躇いがあった。亜人種の歴史は奴隷の歴史だ。それを小さい子供に教えるのかと。
「亜人種とは、獣人族、オーク族、エルフ族の事です。この種族は大昔、エスト帝国という悪い国で人類を苦しめた種族だと福音書には書かれています。かつて、救世の巫女プルセミナも獣人族の奴隷の様なことをさせられ、とても苦しんだそうです」
「プルセミナ様、可哀想」
「そうですね。プルセミナ様は、奴隷の様な労働をしている時に女神サドミア様から神託を受けました。
『慈悲深き乙女よ。我は汝に命じる。人類を救うのです。正義の剣を持って足の鎖を断ち切り、我を信じ、我が名を唱え、我が法のもと、邪神の力を使い人類を苦しめる者達に裁きを下すのです。その杖は我が祝福です。杖を振るい人々に我が法を教えるのです。そうすれば、彼らは汝の下に集い邪神を切り裂く剣となるでしょう』。
これが、プルセミナ様が受けた神託です。この言葉を素直に考えれば亜人種や、当時、邪神を信奉したエスト帝国は裁きを受ける必要があるでしょう。ここで皆さんに問いたい。今、奴隷とされている亜人種は、今も奴隷である必要があるのか?」
「司教様。そりゃ、奴隷になるのは仕方がないんじゃないか。奴隷でなくなったら奴らは邪神を崇拝して災いが起きるさ」
一人の村人が答えた。それにバーンズは笑みを浮かべた。
「皆さん、本当に亜人種の奴隷は開放されると災いが起きるのでしょうか? 彼らが奴隷となり、最早、二百年が経っています。邪神の力を使って災いをもたらした人達は、皆、死んでしまいました。今、生きている奴隷は邪神の力を使える二百年前の人達ではありません」
「確かにそうだ・・・」
バーンズの言葉にざわざわと村人達が話し合う。そこでバーンズは続けた。
「二百年前に罪を犯した者達の子孫や種族が、今も苦しむ必要があるのでしょうか? それに当時のエスト帝国では人間種も邪神の力を使ったとあります。それなら、今を生きている我々も奴隷になるべきではないでしょうか?」
「俺達が奴隷に!」
「私達は邪神なんて信奉していないです!」
慌てる村人達を宥めた。
「皆さん。皆さんが邪神を信奉していない事はわかっています。それは今、奴隷となっている亜人種達も同じ事が言えるではないでしょうか?」
村人達から同意する声が上がり始め、バーンズの話の続きを聞こうと静かに待ち始めた。
「サドミア様の言った事をもう一度言います。
『邪神の力を使い人類を苦しめる者達に裁きを下すのです』。
つまり、悪い人に裁きを下すという意味です。そして、大事な所です。サドミア様は何故、『人類』と言ったのでしょうか? 調べによると当時は人間族と獣人族、エルフ族とオーク族と呼ばれていました。今の様に人間種と亜人種と言う呼ばれ方はしていませんでした。サドミア様が言った『人類』とは何を指し示すのでしょうか?」
「・・・・・・もしかして、『皆』をまとめてサドミア様は人類って呼んでるってことかも」
「そうです。サドミア様は『皆』をまとめて、『人類』と呼んでいると解釈できます。そうすると今、奴隷となっている獣人族達は開放されて、邪神の力、サドミア様以外の力を使って悪い事をする人達から守らないといけないのではないでしょうか?」
村人達は頷き合う。アルトも訓練では聞いたことの無い話に夢中になっていた。
「奴隷の身分になっている獣人族達に対する奴隷はやめないといけないと思います。
その為には、私達の理解が必要です。彼らはサドミア様ではなく他の神。言うなれば、邪神を信奉しています。私達は彼らの考えを理解しないといけない。理解する事で危険なのかどうか判断しないといけない。
だから、現状の種族が違うだけ、先祖が悪い事をしただけ、サドミア様を信じないだけで奴隷となってはいけないのです。先程言ったように、邪神の力を使い人類を苦しめる者の罪を問わないといけないのです。異教徒だから、罪なのではありません。悪い事をしたから、罪なのです。
私は今、奴隷となっている人達に罪は無く、自由になって良いと思います。皆さんは、どう思いますか? これを家族や友人達と是非、話し合ってみてください。今日はここまでとしましょう」
バーンズの説法が終わると、村人達はそれぞれ話ながら教会を出て行った。アルトはメアリーとソフィアの側で話を聞いていた。
「すごかった・・・。福音書にあんな解釈を入れれるなんて思わなかったよ。ザクルセスの塔での教育だと考えられない話だった」
「そうなんだ。あたしたちはここでしか説法を聞かないからわからないけど、驚くことなの?」
「うん。ザクルセスの塔でこんな説法を話していたら追い出させるんじゃないかな。異教徒の理解の所は、本当に驚いた」
「アルトさん。ザクルセスの塔って、もしかして・・・」
「あ、言ってなかったわね。聞いても叫けんじゃだめだからね。アルトとフードを被っている人は教会騎士の見習いなの」
ソフィアは驚き、声が出そうになる口を急いで手で覆った。そこから声を落としてアルトに聞く。
「それってエレーデンテって事ですよね。初めて会いました」
少し興奮気味にアルトにザクルセスの塔やエレーデンテ課程の話など、色々な質問をしていくソフィアは敬虔な信徒なんだなっとアルトに印象付けた。
(これは、ラーグの正体は明かさない方がいいな)
「はいはい、ソフィア。ここまでにしましょ。アルトも教会の仕事があるんだから」
「あ、すいません! 絵本とか物語でしか見た事がないから興奮しちゃって・・・」
恥ずかしそうに顔を赤くして謝罪をする。白い肌だからか、余計に赤くなっているのがわかる。
「俺やラーグは、しばらくアカウィル村にいるから聞きたい事があったら来てもらってもいいですよ」
「本当ですか!? ありがとうございます!」
ソフィアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべ、今日の仕事へと行った。
「アルト、ごめんね。あの子、ずっと教会騎士に憧れていたからはしゃいでるのよ。暇な時に付き合ってあげて」
「うん。いいよ。そこまで話せる事があるかわからないけどね」
「一応、言っておくけど暗殺とか濡れ衣の話はしないでよ! 純粋なんだから!」
メアリーの念の為の言葉にアルトはギクリとした。全部、話そうとしていた所を止められた。アルトの様子にメアリーは溜息をつき、確認して良かったと呟いた。
「あたしも仕事に行くね。家の手伝いしないと。それじゃあまたね」
メアリーも教会を去った。アルトは教会を掃除しているラーグの元に行った。
こうして朝の説法は終わり、それぞれの仕事へと行った。
***
夜、教会の食堂でアルトはバーンズと共に、ラーグの作った夕食を食べていた。
「二人共、この村はどうかね」
バーンズの質問の意図がわからなかったが、アルトの感想を答えた。
「良い村だと思います。皆、活き活きと働いて仕事を楽しんでいるような気がします」
「そうか、そうか。セレス君はどう思う?」
アルトの答えに朗らかに笑い、次はラーグに尋ねた。
「村人達が不安ですね」
「不安?」
「はい。あの説法はここだから通用するものです。あの話を近場のホワイトランディングや他の町で言えば異教徒だと捕まり、それこそ奴隷にさせられる話です。猊下のあの説法は村人を危険にさらしている様に思えて不安です。内容は興味深かったですが」
「星の民である君の興味を惹けたのは嬉しいが、不安か。正直に言うと私の人生は残り少ない。神託を受けて以来、朝の説法の様に話し続けたが、この話を受け入れてくれる人もいれば、拒絶する人もいる。その拒絶された先に、今ここにいるのだがね」
バーンズはワインを飲み、一息ついて続けた。
「最早、私一人では今の世界を変える事はできない。今の現状がこれからも続けば、いつか反乱という言葉ではすまない、人間種と亜人種による戦争が起きると思う。私はそれを防ぎたかった。だが、時間が私に迫って来る。だから、小さくてもいい。種を撒いておきたかった」
「そのために私達がいる前で、あの朝の説法ですか」
「ラーグ、どういうこと?」
アルトの疑問にバーンズが答えた
「教会騎士の中でも異色な存在である君達に私の考えを引き継いでもらいたかったんだ。君達には時間があり、これからの成長も未知数な存在だ。私の意思という種を、時が来たら土に撒いて欲しい」
「思いは理解しますが、私はお断りします。星の民の存在を知っているならご存じでしょう? 我々の知っている事を」
バーンズは肩を落とし、目を瞑った。
「確かにそうだ。残念だが、そう判断すると思っていたよ。アルト君はどうかね?」
「俺は、奴隷解放には賛成です。猊下の説法に納得いくものがあります。今、何が出来るかわかりませんが、俺は猊下の意思を尊重したいと思います。いつか時が来たら、その種を撒きます」
アルトの言葉にバーンズは安心したように頷く。
「アルト君、ありがとう。君がいつか大きな存在になった時に頼むよ。私は貴族に負けてしまったのだ。あとはここで虚しく話すだけかと思っていたが、村人達やアルト君やセレス君みたいに私の思いを聞いてくれる人に出会えて良かったよ。ありがとう」
ラーグは何か言いたげだったが、何も言わない事にしたみたいだった。
夕食を終えたアルトは部屋でバーンズの言葉を思い出しながら、その日を終えた。
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