変えた心
上級騎士カバルトとの戦いを終えたアルト達は、穴を掘って遺体を埋めた。その後は、本来の予定通りに休息をした。まだ弱っているラーグを休ませて、アルト達は近場の使えそうな木を集めて焚火をする。
「はぁ、暖かい」
「さっきは、お疲れ様。まさか上級騎士まで襲いに来ていたなんて思わなかったわ。それに勝っちゃうアルトもすごいけどね」
「相手が守りに弱い敵だったから勝てただけだよ」
「そうなんだ。でも、これからも大変ね。上級騎士も来たって事は教会だけじゃなく教会騎士団内部でもラーグの派閥は疎まれているって事でしょ。上級騎士達も今の教会騎士団の状態に危機感があるのよ」
メアリーの考察にアルトも不安を抱えていた。これから先、教会騎士になっても派閥抗争に巻き込まれるのか。出発前パトロは、ラーグを守る為に南部派を作ったと言っていた。もちろん、病室でラウが話してくれたラーグを使ったセレス家の乗っ取りの可能性もあるが、パトロの言葉通りなら争う必要は無いと思う。
しかし、アルトとグラウェルの事件をきっかけに濡れ衣を着せてラーグは処刑させれそうになった。言うならば、教会がラーグの命を狙う限り、この派閥抗争は終わらない。カバルトが言った通り、教会騎士団が分裂していると魔物やそれを召喚しようとする異教徒に対抗できない。
「はぁ。良くない状況だけど、教会がラーグを狙う限り派閥抗争は終わらないかもね」
「まぁ、未来の話は一度置いておきましょう。教会で色々とごたついているのは、いつもの事だけど、アルト達が向かう先ではゆっくりと休めると思うわよ」
「向かう先ってアカウィル村の教会にいる司教のこと?」
「えぇ。ウェル・バーンズ司教は教会の中でもとても良識のある方で、村の人に優しいの」
メアリーの話に興味を持ち、続きを聞く。
「バーンズ司教は、実質的に選任貴族が支配している今の教会の在り方に批判的な人なの。教会の力を使えば、貧民を助ける事が出来るのに、権力闘争に明け暮れる枢機卿団を真っ向から批判したの」
「それは、すごく勇気のある人だね」
「えぇ。元々は大きい町の司教をやってて未来の大司教を期待されていた人なんだけど、ある日に天啓を受けたんだって」
「天啓?」
「『法を守り、民を助けよ。それが我が正義』って。司教様はそれをプルセミナ様の天啓だと思ったの。そこから、人が変わった様に平民の救済や在地の貴族を糾弾したりして、町を変えていったの。だけど、エストにいる枢機卿団はそれを面白く思わない。だけど、町やその一帯で尊敬を集めた司教様に下手な事は出来ない。だから、僻地の民の救済って名目にアカウィル村に左遷されたの。だけど、司教様について来た人達のお陰で、アカウィル村は良くなったわ。ただの寒村が豊かな作物も良くとれる豊かな土地になったの」
「すごい人だね。司教様は」
メアリーは目を輝かせて、アルトの言葉に頷いた。
「そうよ、すごい人なの! 皆で朽ちた教会を立て直して、村人全員でお金を出してプルセミナ様の像を作ったの。皆、司教様に感謝してるわ。私達に教会の法や学問を教えてくれて、村人は読み書きと計算が出来るの」
メアリーの幼い頃の出来事やウェル・バーンズ司教の話は盛り上がった。その話を聞いていく内に、アルトもアカウィル村での労働という使命に安心した。
日が沈み始めるとラーグが起きて来た。
「ラーグ、起きてても大丈夫?」
ラーグはゆったりと笑いながら大丈夫、と返した。
「腹も減った頃だろう。夕食を作ろう」
「手伝うよ!」
「・・・アルトは、皮むきをしてくれ」
「わかった!」
「ふふふ」
メアリーはラーグの間が何を示しているのか理解して微笑んだ。
今日の夕食も三人が満足する出来であった。ちょっとだけ、野菜の形が不格好であったが。
***
焚火を囲みながら、三人は談笑していた。きっかけはアルトがラーグと仲直りしたいという話から始まった。どんな思いでラーグを捜索したか。最後にラーグの優しさを利用したいと下心を伝えた。ラーグが南部人以外にも優しく出来るように自分も頑張ることも伝えた。
ラーグは笑いながら、仲直りしようと受け入れてくれた。アルトはとても嬉しく、自分が焼いていたマシュマロをラーグにあげた。熱いマシュマロをハフハフと食べて、アルトにラーグ自身の思いも話した。
「俺もお金の戦争がどれだけ酷い被害を大陸中に与えているかは知っている。それでも俺は、故郷と俺達を慕う領民、愛してる人が大切にしている南部を守りたかったんだ。この話を聞いた時に葛藤もあった。
貴族と教会だけが苦しむなら何とも思わないが、無辜の民まで苦しめる必要があるのか。戦争を止めようと色んな手段を考えた。だけど、結局は貴族と教会を苦しめるにはその基盤となっている民を攻撃するしかないと結論を出した。その夜はずっと泣いたよ。今までとこれから飢えや苦しみに塗れながら死んでいく人達を想像して。
だけど、教会が南部を潰そうとする企てがある限りやめる事は出来ないんだ。アルト、わかるだろう? 故郷を守りたいだけなんだ」
「・・・わかるよ。それだったら、教会が南部を攻撃しないようにすれば戦争は終わる?」
「そうだな。南部に干渉しないなら、戦争をやめる目途は立つ。だけど、民の苦しみは続くぞ」
「どうして?」
「戦争をする前から教会や貴族の税が重すぎるんだ。当時のセレス公爵は各地の情報を集めて、止めの一撃として、お金の戦争を思いついたんだ。税が軽くならない限り、戦争をやめても民の苦しみは続くままだ」
ラーグの言葉に嘘は無い。それならどうすれば、この苦しみの連鎖が終わるのか。アルトは新たな問題に直面した。
「この問題ばかりは、教会騎士の身ではどうにもならない。政治に関与できないからな」
教会が南部へ攻撃しない事、教会税や領地税の軽減。この二つの問題は今のアルトにはどうしようも無かった。
「だからアルト。俺はアルトの思いに応える方法の一つとして、約束しよう。俺の出来る範囲の中で、南部人以外にも民や賊となった者を助けてやる。崖下の住人の時みたいに、全てが上手くいくかはわからないが、出来る限りの援助をする。今、俺に出来る事はそれぐらいなんだ」
ラーグの黒い瞳はしっかりとアルトを捉えて、決意を伝える。その眼差しを受けてアルトの胸は熱くなった。
「ありがとう、ラーグ。ラーグの力と優しさがあれば、今の言葉に心配はいらないね。本当にありがとう」
「俺の気持ちを変えたのは、アルトの行動と優しさがあったからだ。これから俺が助ける者達はアルトに救われたも同然だな。・・・いっその事、アルト教を作るか」
「えぇ!」
「良いわね。それなら私が第一の信徒になるわ!」
「残念だが、俺が第一の信徒だな。そして、アルト教の教会騎士になってやるよ。南部派も率いて、ザクルセスの塔を乗っ取ろう。そしてペラギウスの館を攻略して、アルト教皇の誕生だ!」
「あはは。アルト教皇、良いわね!」
ラーグの心を少しでも変えれた事にジーンッとしていたら、大変な方向へと話は流れて行った。三人は笑い合い、アルト教皇に自分達がアルトよりも上手に焼いたマシュマロを献上するのであった。
***
体調も良くなったラーグは足取り軽くメアリーの案内に従って歩く。今日の隊列はメアリー、ラーグ、アルトだ。
今日の昼過ぎには、この雪山を越えることが出来る。折り返しとなる山頂付近に着いたアルト達を迎えたのは、ノーラ地方中部の大都市ホワイトランディングを一望できる光景だった。
「二人共、あれがホワイトランディングよ。そして、ちょっと奥にある山に目的地のアカウィル村があるわ! もうすぐよ!」
アルトとラーグ。二人は少しだけ涙を溢した。
ラーグは晴天と雪の幻想的な光景に感動し。
アルトは皆を守って、ここまで来れた事への感情が溢れて。事情があれどリークトは助けれなかったが、ラーグを守り助けることが出来た。そしてこの先、ラーグが助けるであろう人達の未来を見た気がして。
この時、誰も気づかず、知らなかったが、アルトの行動によって日沈むカバヴィル大陸に一筋の光が差したのであった。
「さぁ、山を下りましょう!」
「あぁ」
「うん!」
三人は陰謀渦巻く雪山を越えたのであった。
第三章『赦しへの旅路』前編を終わります。次回からは後編となります。
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