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第六話


 王立学園で騒動を起こし、色んな大臣から御小言をもらい、父の公爵から大目玉をくらったカミルはしっかりと反省……することはなく、コンラートへの恨みを募らせていた。


「ああもう腹の立つっ! なんで僕がこんな目に合わなきゃならないんだ!! これというのもアホのコンラートがお父様に言いつけたのが悪いんだ。なんとかしてアイツが凹むような大ダメージを与えてやりたい……!!」

 可愛らしい顔を醜悪に歪め、カミルはぎりぎりと爪を噛む。



 カミルは必死に悪知恵を働かせた。

「そうだ。アイツの王太子の地位はヴァイス公爵家あってのもの。直接アリシア嬢にあいつの悪口を吹き込もう。可愛い僕が虐められていると知ったらアリシア嬢もアホのコンラートに愛想をつかすだろう」


 カミルはにんまりとほくそ笑み、さっそく従僕を呼んでヴァイス公爵家を訪問する手配を命じた。


 父は出仕、母はお茶会に行っている今、カミルを止めるものは誰一人としていなかった。

 カミルはさっそくめかしこんでヴァイス公爵家に向かった。

 薔薇模様の刺しゅうを施したジレと目いっぱい胸元にフリルを付けたブラウスはカミルの愛用品である。

「僕がもう少し成長していればアリシア嬢を虜にできただろうけど、こればかりは仕方がない。コンラートの悪行をアリシア嬢に吹き込んで婚約破棄に追い込んでやろう」

 馬車に揺られながらコンラートはそんなことを考えていた。



 一方、コンラートの下に密偵からの知らせが届いた。

 カミルの性格上、どうせ大人しくしていないだろうと踏んだコンラートは、カミルの屋敷に密偵を放ち、監視していたのである。



「なにっ? カミルがアリシアの屋敷に行くだと? 謝罪目的だというが、あのガキはそんなタマじゃない。絶対に何か裏があるに違いない」

 コンラートは危機感を募らせてすぐさま馬車を手配した。





 そのころ、カミルの訪問を受けるヴァイス公爵家は色々と首をひねっていた。

「不思議ですわね。カミルさまとは全く面識がない上に、なんの関わり合いもないのにいったいどういう風の吹き回しかしら」

 アリシアはうっすらと式典で見かけたことのあるお子様の顔を思い出す。

 ウェーブのかかった黄金の髪、ぱっちりとした青い瞳と白い肌は天使のように愛らしかった。


「お嬢様。もしかして学園で起こした騒動の謝罪かもしれませんよ。話を聞いたところによると、お嬢様の悪評を流していたそうではないですか。王弟殿下や王太子殿下に叱責されて反省されたのでしょう」


「まあ、そうなのね。きちんと謝罪ができる偉い子にはご褒美を上げなければね。折角だからクッキーでも焼きましょうか」

 アリシアはそう言って厨房に向かった。


 公爵令嬢ともなると料理をする必要などはないのだが、アリシアは公務の息抜きに少々料理を嗜んでいる。

 特に小麦粉を粘土のように捏ねるのは頭のリフレッシュにちょうどよく、たまの休みに焼き菓子を作ってはティーブレイクを楽しんでいる。



 こうしてアリシアが焼き菓子を作り終えたころ、カミルがやってきたのだ。

 使用人が勢ぞろいし、アリシアは先頭に立って玄関前からカミルを迎える。


「ようこそいらっしゃいました。アリシア・ヴァイスでございます。お会いできてうれしいですわ」


 濃い色の金髪、吊り上がった目、分厚めの唇。

 長身でいて豊満な胸と細い腰を持つアリシアは大人の色香を持つ美女である。

 国一番の美女と言っても過言ではないくらいだが、カミルが抱いた感想は全く違う。

『なんかちょっと怖そう。物語に出てくる悪役みたいだ。コンラートは女の趣味が悪いなあ……でも政略結婚なんだからこんなもんか』

 カミルは非常に失礼なことを考えながらアリシアを値踏みする。


『待てよ? 逆にこの人とコンラートをくっつけた方があいつにとって大打撃になるかもしれない。だって僕がこの人といきなり結婚しろと言われたら絶対泣くもんね』

 当初の予定は婚約破棄だったが、怖い女性に惚れられる方がコンラートに仕返しができると踏んだカミルは予定を変更してコンラートをべったべったに褒めることにした。



「はじめまして、アリシア嬢。コンラートの従弟のカミルです! あの、ボクのせいでお二人にたくさん迷惑をかけてしまいました。本当にごめんなさい」

 うるうると青い目を潤ませてカミルはアリシアを見つめた。

 大抵の人間はこれでカミルに落ちる。

 顔を蕩けさせてカミルを可愛い可愛いと褒めたたえ、下僕のようになるのだ。


『ふっふふ。僕の可愛さに酔いしれろ!』

 

 そう思うカミルだが、アリシアの態度は変わらなかった。

 日夜、業突く張りの商人や海千山千の他国の外交官たちと渡り合うアリシアにそんな小手先の可愛さなど通用しないのである。


『あら、これは反省していない顔ね。王弟殿下たちが甘やかすからとんでもないモンスターに仕上がったのだわ。ここは少し厳しく言っておきましょうか』


「カミルさま。過ちを認めるのは上に立つ者としてとても大切なことですわ。ですが、多くの人に迷惑をかけたこと、よくよく覚えていてくださいませ」

 まるで家庭教師のように上から目線でアリシアは言う。

 叱られたカミルは内心カチンときた。

『この僕に説教だなんてどういう了見なんだ!! なんて傲慢で無礼な女なんだろう。はっ。あの神経質で年中怒ってばっかりのコンラートとお似合いだな! 結婚して苦労するがいい!!』

 

 腹の中では黒いものが渦巻いているカミルだが、表面上は天使のような顔を浮かべてアリシアの話を聞く。

「わかりました。肝に銘じます」

 仔犬のようにしゅんと顔を落とすカミルはとてもいたいけである。

 だが、二枚舌を読み取ったアリシアは内心で舌打ちをしていた。

『食えない子供だこと。王弟殿下や王太后様が甘やかしたのね。それにしても、謝罪ではないのなら、この子一体何しにきたのかしら』

 アリシアは頭をフル回転させて考えるが、全く見当もつかない。


 そうこうするうちにカミルがアリシアに話しかけてきた。


「あ、あの。僕の従兄のコンラートのことでお話があるのです」

 うるうると瞳を揺らせてカミルは言う。

 ここでアリシアはピンときた。

『ああ、なるほどコンラートの悪口をわたくしに吹き込んで離間策を講じるつもりね。コンラートの後ろ盾は我がヴァイス公爵、わたくしとの仲が壊れればコンラートが失脚する……それが狙いね』

 アリシアはようやく腑に落ちた。

『そもそもコンラートとわたくしは幼少期から付き合っていたのよ。あの男がどういう人間か嫌と言うほど知っているから、いまさら何言われても驚きはしないわ』

 歪んだ優越感に浸りながら、何も気が付かないふりをしてアリシアはとびっきりの優しい笑顔を見せる。

 

「まあ、何かしら。ぜひお聞きしたいわ」

 ふんわり美しく笑うアリシアにカミルは意気揚々と嘘八百を話し出す


「驚かないで下さいね。我が従兄、コンラートはアリシア嬢をこよなく愛しているのです!!」


 カミルの発言にアリシアは硬直した。

 いままでどんな商人がやり込めようと懸命になっても高笑いで一蹴してきたアリシアの顔が、石像のように固まった。


 背後に控えているメイドたちは目を見開き、その後でちらっと主人を見つめる。


 カミルはアリシアの変化に気づかず、唇に蜜でも塗ったかのように滑りよくペラペラと話し出す。

「僕は従兄弟ゆえに彼をよく知っているのですが、あいつは奥手で天邪鬼な所があり、素直にあなたへの愛を伝えられないのです。僕がここに来たのは誤解を解くためです。彼はいつもあなたに酷いことを言っていますが、それは本心じゃありません!! 僕が保証します!!」

 カミルは熱が入った演技で一生懸命アリシアに訴えた。


 当のアリシアはずっと硬直したままである。


 なにしろ、アリシアは生まれてこの方コンラートと張り合うしかしてこなかった。

 婚約者として式典やパーティに出席するが、口にするのは腹の探り合いかマウントの取り合いである。

 そのため、アリシアにとってコンラートは『婚約者』という甘酸っぱい存在ではなく『屈服させる相手』だった。



 今まで一度たりとも、『異性』として見たことはないのだ。

 ところがカミルからコンラートの気持ちを伝えられて、アリシアは戸惑うしかなかった。

 


『コンラートがわたくしを……? 嘘……よ。だって、顔を合わせばいつも罵り合いばかりで、優しい言葉一つ……なかったわ。もちろんそれはわたくしもだけれど……』


 アリシアが混乱している最中、ようやくヴァイス家にコンラートが到着した。

 王太子の権力を傘に取次ぎも通さず無理やり押し入った。

「殿下、無礼ですよ」

「俺はアリシアの婚約者だぞ! 無礼なことあるか!」

 と家臣が諫めても、カミルの悪事が気になるコンラートは止まらない。


 執事を恫喝してカミルの居場所を聞き出し、コンラートは走り出した。

 ノックもなしにコンラートが応接間の扉を勢いよく押し開いた。


「ひぃっ! コ、コンラート!? なんでここにっ!!」

 カミルは目を丸くして驚き、悲鳴を上げた。


「どうせお前のことだから何かやらかすだろうと監視を付けていたんだ。今日は一体何をやらかした!?」

 ぎろりとコンラートが睨むとカミルは気まずそうに目を反らす。

 唇をきゅっと噛むのは反骨精神の表れである。


「ほう、素直に答えないつもりか。まあどうせお前のことだから、俺の後ろ盾であるヴァイス公爵家との離間策を考えたんだろう。あいにくだが、アリシアは俺を嫌っているから全く無意味だぞ」

 フンと不敵に笑ってコンラートが言う。


 カミルは相変わらず唇を噛んでじとっと恨めし気にコンラートを見るのだが、アリシアから何の反応がない。

 いつもなら皮肉の五つや六つが飛び出るのにどうしたことかとコンラートはアリシアの方を見る。


「!?」

 コンラートは目を疑った。


 アリシアが真っ赤な顔で俯いているのだ。

 横顔しか見えないが、普段の傲慢さがどこへやら、頼りない子供のように微かに震えている。


 そんなアリシアを前にしたコンラートは不本意ながらも心が動いてしまった。

 

『か、可愛い……いやいやいや相手はアリシアだぞ俺は馬鹿か。きっとこれは何かの間違いで俺は錯乱しているだけなんだ。最近忙しかったから頭が疲れているんだな。スケジュールを調整して休養するとしよう。まずは深呼吸だ』

 

 心が動かされた自分を認めたくないコンラートは胸に手を当てて深呼吸をする。

 だが、胸の鼓動は祭りの楽団かというくらいに激しくドンドコ鳴り響いている上に視線はアリシアから逸らせない。


 切なそうに、苦しそうにアリシアを見つめるコンラートの顔はまさしく恋する漢の顔である。控えていた使用人は『まぁ』と甘酸っぱい雰囲気に心を躍らせていたが、恋の経験がないカミルは黙りこくったコンラートを気味悪げに見ていた。


『な、なんだこいつ? 急に黙った上に顔も赤くなってきたぞ? そういえばアリシア嬢も顔が赤いな。もしかして、二人しておかしな病気にかかったのかもしれん。その点僕は元気百倍。日頃の行いが良いからだな』

 一人納得して優越感に浸るカミルはふと面白いことを思いついた。


「アリシア嬢、申し訳ありませんが、部屋を一つ用意して頂けませんが? どうもコンラートが体調を崩したようなのです。元々、やせ我慢するタイプの男でして、無理やりでも休ませないと暴走機関車のごとく突っ走ってしまうんですよ」

 カミルは『従兄弟を心配する優しいボク』を演じてアリシアに言った。


 コンラートが元気ならげんこつの二発くらいカミルの頭上に落ちているだろうが、今の彼はアリシアにぼうっと見とれてウワの空である。

 

 それはアリシアにも言える。


 黙って立っているコンラートはまさにアリシアの理想だったのだ。

 少し怖そうに見える凛々しい目元も、武術の訓練で引き締まった体躯も、すらりと伸びた背丈も、どれもこれもアリシアの好みだった。


 今までは怒鳴り合いか嫌味の応酬しかしていないため、成長してからまともに顔を合わせたのはこれが初めてである。


『どうしましょう。胸の鼓動が止まらないわ。コンラートってこんなに素敵な人だったの?』

 胸のときめきに混乱しているアリシアはカミルの声など入ってこない。



 二人から無視されたカミルはこの世の終わりのようにひどく落ち込んだ。

 甘やかされた彼は常に注目を浴びていないと気が済まないのである。

 しかし、カミルは癇癪を起さなかった。


 その寸前、優秀な使用人がカミルを別室に連れ出したからである。


「あちらで美味しい美味しいお菓子を用意しておりますよ」と囁かれたカミルはノコノコついていったのだ。



 二人きりになったアリシアとコンラートは無言のまま互いを見つめ合った。

 最初に口を開いたのはアリシアだった。


「よろしかったら、お茶を召し上がりませんか?」

 風に溶けそうなくらい小さな声だが、コンラートの耳にしっかりと届いた。

「ああ、貰おうか。……ここに座っても?」

「ええ、もちろんですわ。すぐにお茶を用意しますわね」

「あ、ありがとう」

「い、いえ」

 なんとなく気恥ずかしくなりながら、アリシアは使用人に茶器を持ってこさせると手ずから茶を注いだ。

「良い香りだ。しかし嗅いだことがない匂いだ……どこかスパイシーさを感じるな」

「シェリアン公国の茶葉ですのよ。香辛料を入れてミルクで煮だすのがあちらの作法だとか。我が国でも流行るかもしれないと思って専用のサロンを建築中ですの。ウェイターもあちらの服を着るんですのよ」

「ほう。さすがだな。確かにそれは確実に売れる。出来上がるのが今から楽しみだ」

 何気なくコンラートが言うとアリシアは目をパチパチと瞬かせた。はじめてコンラートがアリシアを素直に称賛したのだが、本人は気付いていない。

「ど、どうかしたか?」

「いえ、何もありませんわ」

 アリシアは照れを隠すために微笑んだ。

 はにかんだアリシアの笑顔が可愛らしくてコンラートは心が躍る。

 今までどんな美女を目にしても心が動いたことはないのに、アリシアが微笑むとそれだけで心が満たされていく。


 そして何より話をするのが楽しかった。

 教養溢れるアリシアの話はどれも興味深いものばかりの上、こちらの話題にも鋭い突っ込みを入れてくるので飽きがこない。


 コンラートはここに来た目的も忘れてすっかり、アリシアとの歓談に熱中した。

 そしてふと、たまたま目に入ったクッキーに話を移した。

「このクッキーも美味しそうだな。貰ってもいいか?」


「ど、どうぞ」

 アリシアは裏返った声で答えた。

 自分で作ったとは気恥ずかしくて言えなかったのだ。

「ありがとう。……おお、これも美味いな! 甘いクッキー生地とナッツのまろやかさがとても合う。実に美味い」

 コンラートはクッキーを絶賛した。


 アリシアはむず痒いながらも嬉しくなった。

『今度はケーキを焼いてお持ちしてみましょう。コンラートは何が好きなのかしら? チョコレート? それともナッツ? 思い切って茶葉を入れるのもいいかもしれないわ』



 クッキーを堪能したコンラートは、真剣な眼差しでアリシアを見た。

「アリシア。今更と言われても仕方がないと思っている。だが、俺は改めて君を婚約者として接したい。そして、今まで君を蔑ろにしていてすまなかった。とてもじゃないが、紳士らしくなかった」

 コンラートは真摯な目でアリシアを見つめ、これまでのことを謝罪した。


 アリシアは突然の告白に目を丸くする。

 急に言われて困り果てた欲しいものは全力で取りに行くタイプの彼女は、『このチャンスを逃したらきっと一生後悔するわ』と前のめりになった。


「もちろん、喜んでお受けしますわ。それに、わたくしの方こそコンラートさまに色々と失礼なことをしましたわ。お詫びいたします」

 しおらしく謝るアリシアにコンラートも頭を下げる。

 

「いや、俺の方こそレディに暴言を吐いたり、手柄を横取りしたりと実に酷いことをした」


「そ、そんな。コンラートさま。わたくしの方こそ嫌味を言ったり、情報をかすめ取ったり、淑女として恥ずかしい限りでしたわ。あと、手柄も頂きましたし……」


「いやいや、俺の方が手柄を取っているし……」


「いえいえ、わたくしの方が……」




 謝り合戦に突入したところで、お互いが噴出した。


「どうも俺たちは似た者同士らしいな。だが、君も俺と同じ気持ちでいてくれるのは嬉しい。そうだ、今度、二人でどこかに出かけないか? 一緒に遊んで楽しんで、もっと君のことを知りたい」


「ええ、コンラートさま。もちろんですわ! とびっきり楽しいお出かけに致しましょう! 流行りの演劇から評判のカフェまで、なんなりと手配しますわよ」

 いきいきとするアリシアにコンラートも楽しくなる。

 

「それは嬉しいな。ならさっそくスケジュール調整して段取りを組もう。次に会うのが楽しみだ」


「まあ、殿下ったら。わたくしもですわ」

 すっかり打ち解けた二人は長年の恋人のように甘い雰囲気になった。


 元々、婚約当時に二人は一目ぼれしていたのだが、幼い精神と素直じゃない性格から認めてこなかっただけである。



仲良くなった二人は夕食も一緒にとり、尽きない話題に花を咲かせた。


 ちなみに、別室で茶菓子のもてなしを受けているカミルは出ようとしても引き留められて、実に機嫌が悪かった。

 

「おい、僕はもうそろそろ帰るぞ!」


「新しいお菓子が焼けました。ご賞味くださいませ」


「僕はお腹いっぱいなんだ!」


 カミルがいなくなるとコンラートも帰ってしまうと危機感を抱いた使用人たちは扉の前に立ちふさがり、あの手この手で邪魔してくる。

 もはや軟禁状態なのだが、頭の回転が良くないカミルは気付くはずもなく、唇を尖がらせてむくれているだけだった。



 ようやく、コンラートが帰宅する段になってカミルも解放されたが、お腹がいっぱいですでに夢の中である。コンラートは「しかたがないな」と自ら背負ってやった。


「まあ、コンラートさま自ら背をお貸しするなんて仲が良いのですわね。まるでご兄弟みたいで微笑ましいですわ」


「仲がいいかどうかは微妙な所だが、こいつのおかげで君と心を通わせることができたんだ。感謝代わりに背中くらい貸してやるさ」

 コンラートはそう言って笑った。



 馬車に乗り込んだコンラートは屋敷までカミルを届け、自分の宮殿へと戻っていった。


 復讐の相手であるコンラートから感謝されているとは知らないカミルは自室で目覚めた後、自分を運んだのがコンラートだと知ると毛布を被って怯えだした。

「あ、あいつが何の企みもなしに優しい行動をするわけがない! きっと、あの魔女みたいな女と二人っきりにしたことに激怒して、『ヴァイス公爵家で眠りこけた男』とか不名誉な噂を流すにきまってる!! お父様のゲンコツは本当に痛いんだぞ!」

 自分を基準に考えたカミルはびいびいと泣きわめいた。

 その様子にあきれ返った侍従が突っ込む。

「背中を貸すくらいでそう怯えなくてもよろしいでしょう。それにコンラート殿下がそんな幼稚な真似をするとは思えませんが」

「いいや、アイツならやりかねない! なにしろ僕の血縁だからな!」

 カミルの言葉に侍従はものすごく納得した。


「あー。たしかにそう仰られますと……とそうですねえ」


「だろう? こうしちゃいちゃいられない。王都からすぐに脱出するぞ。ほとぼりが冷めるまで雲隠れするんだ」

 無能だが行動力があるカミルは侍従に命じて旅支度を始めた。

 

 家出する方が怒られるだろうと侍従は突っ込みたかったが、一度動き出したカミルは止まらないので黙って指示に従った。

『どうせすぐに見つかって連れ戻されるのがオチだしな』

 愛用の衣装、大好きなお菓子、慣れ親しんだ寝具……と色々とトランクに詰め込み、カミルは屋敷を脱出したのである。


 なお、馬車は王弟の紋付きの豪華なものなので、城門もフリーパスで通れたが、しっかりと記録されていることにカミルは気付いていなかった。



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