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第三話

 ところ変わって都立学園ガンブラム。

 貴族や資産階級が通うところはシュバルデンと変わりがないが、ここはどちらかというと甘ったれなお坊ちゃまお嬢ちゃまの通う学校である。

 早い話、答案用紙に名前すら書かなくてもゲンナマさえあれば入学できるのだ。


 そこの生徒会長、ケリジェーク公爵……の息子、カミル子爵は王太子の従弟である。まだ12歳の彼だが、入学と同時に金にモノを言わせて生徒会長の座に座ったゲス野郎だ。

 

 コンラートのクールな見た目と異なり、カミルは深窓の美少年。クセのある金髪、つぶらな青い目、雪のように白い肌はまさしく天使である。


 乳母やメイド、従僕たちが甘やかしまくった結果、「僕の方がアイツより国王に相応しい! アイツを失脚させて僕が国王になってやる!」という身の程知らずのモンスターが生まれてしまった。


 側近たちはバカボンの癇癪だとロクに対応せず、ハイハイと表面上はイエスマンに徹していた。


 しかし、行動力のあるバカは非常に厄介である。カミルもこのタイプだった。


「近隣諸国および歴史を調べた結果、王太子の失脚に色仕掛けが通用することが分かった。お前たち、コンラートの身辺を嗅ぎまわって女の気配がないか調べろ!」


 カミルの指示に側近たちはとりあえずイエスと答えた。

 なにしろ逆らうと癇癪がひどくて何かと面倒なのだ。


 部屋から退室した側近たちはうんざりした顔でグチを言い合う。


「カミル殿下じゃあるまいし、優秀なコンラート殿下がそんな間抜けな隙を見せるはずないのになあ」


「しょうがないさ。自分の都合の良いようにしか考えられないのがカミル殿下なのだから」

 肩を落とし、側近たちは形だけでも指示通りにしようとシュバルデンに向かった。



 王立学園シュバルディンの警護は厳重である。

 許可のない人間が侵入するなどもってのほかだ。


 側近たちも、本気で入ろうと思ったわけではなく、たんなる形だけのつもりだった。

 ところが、前を行く女子学生の声がふいに耳に入ってきたのである。


「もしかして……相手は文化委員長?」

「うん」


 綺麗な女性徒が顔を赤らめてコクンと頷いている。

 側近そのいちは「これは恋してる女性の顔! ソースは俺の姉!」とすぐに察知した。


 側近たちは角に引っ込み、頭を突き合わせて相談する。

「文化委員長……コンラート殿下のことだよな?」

「ああ、そうだ。見たところ、アリシア嬢と真逆の純朴でほんわかしたお嬢さんじゃないか。癒しを求めてコンラート殿下もコロっと参ったのかもしれん」

「たしかにアリシア嬢は美人だがキツイからなあ」

「とすると、コンラート殿下失脚の可能性もあるのか……? そうするとカミル殿下の側近の我らにも恩恵があるかも!?」

「もしかして大臣に任命されてしまったりする?」

「それどころか将軍にもなれるかもしれないぞ!」

「俺、将軍になってお姫様を助けに行きたかったんだよなあ。そしてお礼にってほっぺにチューしてもらうんだ」


 背伸びをしていても所詮彼らはお子様である。

 将来の夢へ期待を膨らませ、彼らはすぐにカミルの下へと戻った。


 話を聞いたカミルは大喜びし、鼻息荒く高説を垂れる。

「はははは! 間抜けなコンラートめ! 王太子でありながら身分違いの恋に溺れ、婚約者をないがしろにするとはなんという愚か者!! やはり僕こそが王太子に相応しいんだ!!」


「さようです!カミルさまこそが王太子に相応しいです!」

「一生ついていきます俺はあなたのしもべです!」

「カミルさまばんざーい!!」

 途方もない夢を抱いた側近たちはカミルを讃え始める。


「ふっふっふ。さて、諸君らにはもう少し働いて貰わないといけない。なにしろ、コンラートが廃嫡されるにはもう一押しが欲しい。例えばアリシア嬢に冤罪を着せて一方的に婚約破棄をするとかな」


「近隣諸国の王子でそういう人いましたよね。結局、人格に難ありとして廃嫡されましたが」


「その通り! 日頃アリシア嬢といがみ合っているし、コンラートはチャンスがあればすぐに婚約破棄するはずだ。だから、僕たちはそのお膳立てをしてやる」


「つまり、アリシア嬢が浮気相手に意地悪しているという証拠を掴むんですね?」


「うむ。コンラートは間抜けだから、きっと校内で浮気相手とデートを繰り返すだろう。も、もしかして、て……手を繋ぐかもしれない」

 顔を赤らめながらカミルは言う。

 貴族の子弟はその手の教育を受けるものだが、勉強嫌いのカミルはすべてシャットアウトしていた。それゆえ、手をつなぐということだけでも一大事なのである。


「なんと不埒な!」


「いけませんいけません!! 不純異性交遊反対!!!」

 似たようなオツムの側近どもも騒ぎ出す。


「落ち着けお前たち! つまりだ。そのタイミングでアリシア嬢が虐めたように工作する。すると恋に狂ったコンラートがアリシア嬢を糾弾し、二人の仲は決裂! そこから婚約破棄をつきつけて公爵との仲が悪くなり、王太子としての資質を糾弾されて見事廃嫡されるという寸法だ!!」

 カミルは声高らかに騒ぎ立てる。

 自信満々なその姿は王者の風格だったが、いかんせん言っている内容が酷すぎる。しかし、側近たちも似たようなレベルであるため、誰も突っ込むことなくむしろ褒めたたえるのだ。



 

 カミルが壮大な計画を立てる三か月前、シュバルディン王立学園に季節外れの転入生が入ってきた。

 名前をエレナ・ブラウエン。

 地方の男爵令嬢である。

 貧乏貴族ゆえに進学せずに就職するつもりだったのだが、教師陣の説得と特待生の特権に目がくらんではるばるやってきたのである。


「王立学園と聞いていたけれど、内装以外は普通の学校と変わらないのね。どこからか大声が聞こえるし、カエルの合唱みたいに騒がしいったらありゃしないわ」


 ピカピカ光る美しい校舎を見てもエレナは動じず、入学案内書に従って廊下を突き進む。

 庭園の見える回廊に差し掛かった時、大量の書類の束をヨロけながら歩く少年を見つけた。


 フラつく彼を見捨てておけず、エレナは声をかけた。

「良かったら手伝いましょうか?」

 エレナの言葉にか細い声が返ってくる。


「あ、ありがとうございます。でも、大丈夫です。紳士たるもの女性に重いものを運ばせるわけにはいきませんから」

 少年は小鹿のようにプルプルと腕を振るわせながら答える。

 にこっと微笑んだ少年に他意はない。



 しかし、エレナにとってまさに目から鱗だった。


 今までエレナはそんな言葉を男性からかけてもらったことはない。

 貧乏暮らし故、力仕事はもちろんのこと、猟銃を手に持ち夕飯を獲りに出たこともあるエレナは女性扱いナニソレ状態で生きてきたのだ。


 エレナは彼の言葉に何かがパァーンとはじけた。


 硬直するエレナを少年は不思議そうに首をかしげる。

「ど、どうかしましたか?」


「い、いえ。なんでもないです……」

 エレナはぶんぶんと首を振り、気恥ずかしくなって俯いた。

「そうですか? 顔が赤くて……熱でもあるのでは?」

 少年はエレナを気にしていたが、ますますエレナは恥ずかしくなり、エレナは叫びながら走り出した。

「本当にっ! なんでもないですからお気になさらずっ!!!」



 あてもなくさまよい、気づけばよくわからに場所に出たエレナは、冷めきった頭で己の間抜けさに項垂れた。

「名前、聞いておけばよかった」

 

 エレナ・ブラウエン。人生16年、初めての恋である。



 エレナが学校生活を始めて三か月、勉強は楽しく友達もでき、充実した生活を送っているのだが、心を占めるのは初恋の彼の事である。


 たびたび、ため息をついてウワの空のエレナと友人たちは女のカンを働かせて問い詰めた。


「エレナ、好きな人いるの?」


「……う、うん」

 とっさに尋ねられ、思わず赤くなって頷いたエレナに友人たちは興味津々で矢継ぎ早に訪ねる。

「え、だれだれ!?」

「クラスの男の子? それとも他のクラス?」

「もしかして先輩だったりしてっ!」


「名前も学年も知らないんだけど、転校初日……庭園のところで会った。サラサラの黒髪で紳士で素敵な人、委員の書類を持っていたから、何かの役員だと思うんだけど……」

 もじもじしながらエレナが答えるのだが、興味津々だった友人たちは徐々に顔を曇らせていった。


「……もしかして、文化委員長?」

 尋ねてきた友人の声は固い。

 だが、初恋のときめきに心がとろけているエレナは気が付かず、なんとなく頷いてしまう。

 なにしろ、出会った彼は見るからに繊細そうで文化部がよく似合うのだ。

「たぶん、そうだと思うわ」

 エレナの答えに友人たちは困惑した様子で顔を見合わせる。

 何しろ文化部委員長はコンラートでこの国の王太子である。さらに、公爵令嬢アリシアと言う完全無欠(性格の悪さはコンラートにのみ発揮される)の婚約者がいるのだ。


「エレナ、悪いことは言わないからもうあきらめて。彼には婚約者がいるから」


「ごめんね。こればっかりは応援ができないの」

 友人たちの言葉にエレナはショックを受ける。

 胸がきゅうと締め付けられて痛くてたまらないが、仕方のないことなのだ。



「……そうだったのね。知らないこととはいえ大それたことをしてたわ。大丈夫よ、すぐにあきらめるから」

 エレナはにこっと皆に向かって笑った。

 ただし、腹の中では大泣きである。

 初恋が無惨に散ったのである。


 話がこれで終わればよかったのだが、カミルの側近がこの会話を聞いてしまったことが、騒動の発端である。


 エレナは知らず知らずのうちに壮大な計画のキーマンとして勝手に組み込まれていた。 


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