第一話
いくら家柄が釣り合ったとしても、見た目もお似合いだったりしても、自分が一番じゃないと気が済まない人間同士がハッピーウェディングにたどり着くなど無理な話である。
ラーデタ王国王太子コンラートは癖のない黒髪と切れ長の緑の目を持つ、類まれな美形である。さらに文武に秀でて大臣博士から大絶賛を浴びる将来有望な少年である。
そして彼の婚約者こそ、ヴァイス公爵家のご令嬢、アリシアである。
黄金にきらめく長い髪に青い瞳、きりりとした目元は少々怖そうだが、人形のように整った美少女である。
人形のように可愛らしかった幼い二人を「きゃあ、お似合いだわ」と二人の母親が言い、妻にメロメロな夫たちが婚約を取り付けたのが騒動の始まりだった。
自分が一番じゃないと気が済まない二人は会えば睨み合い、嫌味皮肉の応酬を繰り返し、周囲を怯えさせるのである。
「コンラートや。相手はレディだ。もうちょっと歩み寄ることはできんか」
「アハハハ。父上、面白いことをおっしゃいますね。アレがレディだというならゴリラは貴婦人ですよ」
にこやかに言い切って見せるコンラートに国王は肩を落とす。
「ああ、やっぱり子供の意見を聞かずに勝手に婚約を取り付けたのがマズかったかのう……。 コンラートや。この際、婚約を解消してみるのはどうだ?」
国王エグモントが提案するとコンラートがギロリと父親を睨んだ。
「はあ? 寝言は寝てから言って下さい父上。公爵家との婚姻を解消するなんて敵に付け入る隙を与えるようなもの! いくら性格が悪い女でも利用価値はあります。婚約解消は絶対にしませんよ」
「ふむ? ウチみたいな平和ボケした国に敵なんぞおったか?」
「なに耄碌しているんですか。クーデターを起こそうとした地方の伯爵とか、大陸を制覇するとかなんとか抜かしていた平原の民族とかいたでしょうが」
「あー。アリシア嬢が未然に防いだ案件だったけか。あまりにも手際が良すぎてすっかり忘れておったわい」
国王エグモントがポンと手を打つ。
「言っておきますが、事前に情報をキャッチしていたのは俺ですよ! 民に余計な不安を与えないように秘密裏に処理するつもりだったんです! それをあの女がっ!!」
「いや、アリシア嬢も国民に気づかれないように処理しとったぞ? 実に見事な手際だった」
国王エグモントが感心するように言えば、コンラートがギリリと歯ぎしりをする。
「あの女は俺のところへ向かう途中の密偵を捕まえて情報を横取りしたんですよ!! おかげで俺は後手に回っていつのまにか手柄があの女のものになっているんですよ!!」
コンラートは目を吊り上げて声を荒げる。
数年規模でホシを監視して証拠を確保したのに最後の最後でかっさらわれたのである。コンラートが悔しがるのも当然だ。
「大臣たちの称賛を浴びるのは俺の筈だったのに! あの女の勝ち誇った顔、今思い出しても腹が立つっ!!」
ぎりぎりとコンラートは怒りに顔をゆがませる。
クールな美形の顔が今は影も形もない。
荒ぶる息子に戸惑いながら、国王エグモントは余計な一言をぽつりとこぼす。
「ん? そういや前にも似たようなことはなかったか? あれは海賊が攻めてきたときだったが、何やらアリシア嬢ともめていたような……」
「ああ、あれは素晴らしい捕り物でしたね。湾に追い込んで一網打尽したときは実に清々しい気持ちでしたよ。あのときのアリシアの顔と言ったら目を吊り上げて睨んでいましたしね」
にこりと微笑むコンラートに先ほどの醜悪な面影はない。
「いや、確か海賊の情報をキャッチして追い込んだのはアリシア嬢だったんじゃ……」
「おや父上。俺も元々海賊を追っていましたよ。しかしながら、たまたま偶然思いかけず、ひょんなことから海賊どもが湾に逃げ込む情報を入手したので海軍を動員して捕縛したまでですよ」
ハッハッハとさわやかな笑顔でコンラートは言う。
「それを世間じゃ横取りと言うんだろうが。“たまたま”も”偶然”も似たような意味だろうに、連呼されると疑わしくなるわ」
「言葉のアヤですよアヤ。横取りなんて人聞きの悪い、俺は善良な国民を守るため、正義を貫いただけですよ。あ、そろそろ登校時刻なので俺は学校に行ってきますね」
笑顔で去り行く息子にエグモントは苦笑するしかない。
「……はぁ。やっぱり婚約者の選定を間違えたかのう」
息子が去った後、エグモントがため息を吐く。
すると傍に控えていた侍従がその言葉を拾った。
「いやむしろピッタリかと。殿下もヴァイス公爵令嬢も有能でありながら負けず嫌いゆえ、いい刺激になるようですぞ。競うように成果を上げ続けていますので」
「それ、婚約者である必要ないじゃろ」
国王はそう言って肩を落とした。