前舞台
前回の続きを書こうとしましたが、もうしばらくかかりそうです。代わりに本子さんのお仕事エピソードを書きました。彼女は意外と有能です。(笑)
本子さんの図書館でのお仕事はレファレンスです。図書館利用者さんの質問や相談を受けて必要な資料を探すお手伝いの仕事です。大きな図書館なので大忙しですが、本が大好きな本子さんは今日も頑張ります。
「おはようございまーす」
「やっと来た、始業時間ギリギリだよ。とにかく席について」
「すみません、館長。昨日読み始めた本が面白くて止められなくて、つい夜更かししちゃって」
まだ眠いのか目をこする本子さん。ついでにあくびもしています。
「ああっ遅くなった理由なんかどうでもいいから。昨日は本子さんが休みだったから問い合わせが溜まっているんだ。メールの返信をしないと。まずは1件目。海外からの問い合わせなんだけど、『最近の鬼滅の刃ブームでわが国でも日本古来の怪物の鬼に注目が集まっている。ジャパンカルチャーの初期の鬼について知りたい』だそうだ」
眠そうな表情から一転し仕事モードになった本子さん。
「手塚治虫氏の作品『どろろ』、主人公の百鬼丸が生贄として捧げられた魔人が鬼を思わせる描写です。貸本時代から活躍している水木しげる氏の漫画にも、牛鬼など数々の妖怪が出てきます。少女漫画では24年組の山岸涼子氏が短編でたびたび鬼を題材としています。珍しいところでは永井豪氏が書いた『鬼―2889年の反乱』。鬼の言い伝えをSFと融合させ差別問題に切り込んだ作品です」
「次はえーっと、芥川龍之介が反出生主義について言及してある作品ってあるかい?」
「晩年に書いた作品『河童』にそれを思わせる描写があります。今まさに生まれてくる子どもにむかって親が生まれてきたいかと問います。作中で子どもは自分の将来を悲観し誕生を拒否しました。そのため出産は行われませんでした」
そこへ電話の受話器を手にした同僚が声をかけてきました。彼女は出産のために退職が決まっています。本子さんは彼女をとても羨ましがっていました。
「ナイチンゲールがクリミア戦争で経験した事を知りたいと問い合わせが。他館からです」
「日本国内では表層的でナイチンゲールを神聖視した書籍が中心です。英語圏の書籍ではクリミア戦争でのナイチンゲールの感染対策の誤りなどが紹介されています。手っ取り早く情報を得たいのでしたら『Nightingale mistake』でGoogle検索すると海外のサイトがいくつか出ます。日本語に翻訳すれば読めます」
今度の問い合わせはカウンターからです。この職員さんは既婚者です。本子さんの先輩である彼女は結婚退職する同僚を羨ましがっていた本子さんを窘めていました。
「あなたは仕事に生きたほうがいいと思うわ」
本子さんは全く納得できませんでした。だって本子さんは、家の中で本を読んでいる事以外で得意な事は無いと考えているから。
「昔読んだ絵本を探しているという問い合わせが。ピンクのキリンが出てきたとしか覚えていないそうだけど、さすがにわかんないよね!?」
「該当する絵本で過去に一番照会の依頼が多かったのは、中川李枝子氏が文、中川宗弥氏が絵を担当した『ももいろのきりん』です。中川李枝子氏は実妹と共著の『ぐりとぐら』シリーズが有名です。挿絵の絵柄が違うためか『ももいろのきりん』と同一作家とあまり知られておらず、結果問い合わせが多いようです」
問い合わせは次から次へと来ます。他館からはもちろん、本子さんの噂を聞きつけた教育機関や県外の施設からもです。
「あっ12時だ。お昼に行ってきまーす」
正午の時報を聞いた本子さんは、嬉しそうに声をあげました。
「えっちょっと待ってよ!!まだ問い合わせのたくさん来ているんだよ!!」
館長をはじめ職員のみんなが引き留めようとしています。しかし、本子さんはきっぱりと言いました。
「お昼休みに昨日買った本の続きが読みたいんです。徹夜したんですが、読み終わらなくて」
館長がなおも声をかけますが、本子さんは振り向きもしません。お気に入りの非常階段の踊り場に向かいます。
カウンターに珍しく学ランを着た友人が、自分に会いに来たのにも気がつきませんでした。
本子さんの読書好きはギフテッドです。本人は気が付いていませんが……
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それでは次作でお会いできるのを楽しみにしております。