プロローグ
Twitterでセクマイ小説の企画があったので乗っかりました。ちょうどNHKで1月からアセクシャル同士のルームシェアのドラマが始まると知り、便乗するため投稿します。
大きな図書館の目につかない隅にある非常階段。踊り場で段差に腰をかけ彼女は一心不乱に本を読んでいる。服装はトレーナーとカジュアルパンツ、髪は後ろで一束にくくり、化粧っけは全くない。
「本子さんやっぱりここにいた。いい加減に携帯電話ぐらい持ってよ!連絡方法が無いじゃない!」
彼女はようやく顔を上げた。この一回り近く年齢が上の友人の関心はもっぱら書籍である。毎月大量の本の購入に給料を費やしているため、他に予算を回す余裕は無いらしい。仕事、図書館司書なのに。職場でもしょっちゅう借り出しているはずなのに。
「あっ桃ちゃん。今日の食べ物なに?」
最初に餌付けをしてしまったのがまずかったらしい。私は好きな恰好をして人気のない公園に行くのが習慣になっている。ところがその日は先客がいた。行き倒れがいたのだ。
慌てて救急車を呼ぼうとすると、お腹がすいたと訴えられた。ベンチで食べようと思っていた朝食用の焼きたてのスコーンを差し出すと、すごい勢いで完食されてしまった。聞くと、欲しかった本が立て続けに発売され、持ち金を全部つぎこんでしまい、食事を抜いていたらしい。これをキッカケに懐かれてしまい日々食べ物をたかられている。
私は黙って紙袋を差し出した。
「あっ今日はミートパイだ。うーん、桃ちゃんが作るミートパイはおいしいんだけど、食べづらいんだよね。ポロポロこぼれて本の隙間に入っちゃうし。今度はサンドイッチかおにぎりがいいなあ」
贅沢をいう友人を見限り、紙袋を取り返し帰ることにした。こんな自己中な人間に悩みを打ち明けようと思ったのが間違いだった。
「ごめんっ桃ちゃんが作るお菓子は全部おいしいです!さすがインスタ界のカリスマインフルエンサー!!」
「……私の話を、聞いてくれたらあげるわよ」
手のひらを返し媚びてくる友人にあきれつつ条件を出した。
「オッケー!あれっそういえば桃ちゃん、いつもより髪が短くない?美容院に行ったの?イメチェン?」
「……本子さんが、他人の容姿の変化に気が付くのは奇跡的なことだって知っているわよ。でもね、もっと驚く事があるでしょ!私は今日は学ランを着ているのよ!!」
今まで本子さんと会っていたのは、大好きなゴシックロリータの服を来ていた時のみ。彼女が指摘した髪型はウイッグ。いくらイメチェンでもふつうは腰まである金髪ロングヘアを真っ黒な地毛の 5 分刈りにはしないわよ。
「あっそうか。いつもと同じ黒色の服だから気が付かなかった。それでどうして学ランなんか着ているの?高校の文化祭の仮装?」
やはり気が付いていなかったらしい。
「違うわよ、こっちが通常の姿。私は生まれたのが男の身体だったのよね。だから普段は男子高校生をやって、インスタの時だけ本来の自分に戻るの……って、こっちが一世一代のカミングアウトしているのに、なんであんたは読書の続きに戻っているのよ!ミートパイ持って帰るわよ!!」
「ああっ聞きますっ聞きます!どんどん話して。そしてなるべく手短にして。お昼休みにこの本を読んじゃいたいもので」
つっ疲れる。ある意味予想通りの本子さんの反応に挫けそうになりながらも、話を続けることにした。
「えーっと、本子さんって結婚てどう思う?」
「したい!実は最近、職場の同僚が授かり結婚したの。それでね、仕事を辞めて家庭に入るんだって。いいなあ、ずうっっと家で本を読んでいられる。私も主婦になりたいんだけど、今まで誰も私を好きだって人がいなかったのよね。プロボーズしてくれれば即受けるのに」
「28歳で何を夢みたいな事を言っているの!だいたい主婦業は何が出来るの!掃除も料理も壊滅的でしょ!!」
本子さんはしばらく考え込んでから、表情を明るくした。
「留守番!」
「自宅警備員だけはやめてくれって親御さんたちから説得されたんでしょ!!ただでさえ『本子』って命名したのがいけなかったのかと後悔されているのに」
以前、本子さんが一人暮らをしているアパートの部屋の前で鉢合わせしたご両親。人の好さそうなご夫婦は終始にわたり自分たちを責めて嘆かれていた。
ご両親は彼女の心配だけをしていた。自分たちの利益や見栄とは何の関係もなく。少し、本子さんが羨ましくなる。
気を取り直して話を続ける。
「実は私、早急に結婚する必要があるの」
「なあんだ、早く言ってくれればいいのに。プロポーズ喜んでお受けします」
目の前の相手の首を絞める必要もあるかもしれない。
「誰が本子さんと結婚したいと言ったの!大体、あなたと結婚したら生活費を私に稼がせて家事も全部やらせるつもりでしょ!私にメリット無いじゃない」
「まあまあ、そこは愛の力で乗り越えて」
「本子さんを恋い慕う気持ちはカケラもない!」
ぜえぜえと息を整える。……疲れる……本当に疲れる。
「結婚したい相手は別にいるの!最初から説明するわね。私の家っていわゆる旧家なの。親戚にも弁護士や検事がやたら多くてね。私の父も裁判官をしているの。お堅い父の悩みの種が私ってわけ。髪も無理やりこの短髪に刈り上げられたのよ。子どもの頃は鍛えるためだって空手の道場に放り込まれそうになったこともあったの。あの時ほど体育が苦手で良かったと思った事はないわ。道場の方で断ってくれたから……って人の話を聞きなさいよ!隙あらば読書に戻ろうとしないで!」
「ごめーん、話が長くなってきたから」
まったく悪いと思っていない声で返してきた。
「はあ、それで父親が2つの条件を出してきたのよ。これさえ守れば干渉しないし家を出て生活するのも認めるって。まずは将来司法試験に受かるために、最高学府の大学の法学部に合格すること。これは別に問題ないわ。私、勉強は得意だし、弁護士になってマイノリティのために仕事をするのもやりがいありそうだし。ただもう一つが問題。結婚しろっていうのよ。私が女性の恰好をしているのがバレた時に父も考えたみたい。女をあてがえば治るんじゃないかって。本当に旧態依然過ぎてあきれちゃう」
彼女はチラチラと手元の本を見ている。読みたいみたいだけど、私の視線が怖くて実行に移せないらしい。
「それで、結婚相手を探そうとしたけど困っちゃって。実は私、本子さんだけじゃなく他の人にも恋愛感情がわかないのよね。女性にも男性にも。打算から嘘の気持ちで愛をささやくのもいやだし。そんな時にインスタを通して知り合ったお友達に告白されたの。『私は男の人が怖いです。出来れば女の人と暮らしたいと思っています。桃子さん、高校を卒業したら私とルームシェアしてくれませんか?』って。それで彼女と友情結婚をすることを思いついたの。彼女が男が怖いなら、この先に結婚する予定もないだろうし」
不満顔の本子さん。
「えーっどうして彼女と結婚するのは良くて、私は駄目なの?違いは?」
「性格!!彼女、すっごく気遣いが出来るし優しいの。洋服の趣味は甘ロリでね。ピンクのロリータが本当によく似合って。来年、専門学校を卒業したら、インテリアデザインの会社へ就職が決まっているんですって。私は料理が得意でしょ。彼女に家の中のコーディネートを任せて、私が毎日ご飯を作って、きっと楽しいだろうなって」
本子さんは目をキラキラさせて同意した。
「本当に楽しそうだね!それで私はいつお邪魔すれば良い?何ならアパート引き払うよ」
「しれっと混ざろうとしないでよ!それで早速彼女に、籍を入れることを提案しようと思ったの。でも不安が出てきたの」
「そうだよね。女性の2人暮らしは危ないものね。留守を守る人が必要だよね」
しつこく、しつこく加わろうとしてくる。
「セキュリティのしっかりした住居探すから、専属の警備員はいらないわよ!そうじゃなくて、彼女も私と同じで身体が男性なんじゃないかって思ったの。彼女、私と同じぐらいの身長なのよね。女性としてはかなり高いわ。滅多に声を出さないし、告白の時が一番しゃべったんじゃないかしら。それにロリータは露出が少ないでしょ。女装だとしてもバレにくいのよね。私もインスタやってて指摘されたことないし」
「そうだよね、私が気が付かなくても当たり前だよね!」
「本子さんは私が学ランを着てても気が付かなかったでしょ!……それで悩んでて、ルームシェアの返事を保留にしてもらってるの」
キョトンとする本子さん。
「なにが問題なの?」
「えっなにって、もし彼女が男だったら籍を入れられないし……」
「なら話は簡単だ。桃ちゃんに結婚する必要があることを説明して、ご友人に戸籍の性別を聞いてみればいいのよ。女性だったら改めて申し込めばよいし、男性だったら私と偽装結婚すればいいじゃない。戸籍使用料を毎月払ってくれればよいよ。お父さんが様子を見に来た時だけ彼女に私の名前を名乗ってもらえばいいんだよ」
突拍子もない提案。だけど私には一笑に付すことが出来なかった。確かにそれはとんでもないようにみえて非常に現実的な案だ。
「……そんな簡単の問題じゃないわよ」
「そう?難しくしているのは桃ちゃんじゃない?だって桃ちゃんにとって彼女は大切にな人に変わらないんでしょ。男性でも女性でも。桃ちゃんが悩んでいるのは、本当に戸籍だけ?」
本子さんからの問いに、押し込めていた感情が浮かび上がる。私が本当に怯えていたのは、彼女に自分の事を告白することだ。。
男性の身体で生まれてきたこと。そして女性の心を持っていることを周囲に告げる勇気も出ず、インスタの世界に逃げていたこと。
私がいくら彼女に、自分には恋愛感情や性欲は無い!あなたに危害を加えるつもりはないと言っても、男の身体を持つ私を彼女は受け入れてくれないかもしれない。いっそうの事、彼女も自分と同じように男の身体だったら、と彼女の様子から根拠を探して思い込もうとしたんだ。
そして、わかってしまった。私がこの薄情な友人に結婚という大事な事を相談しようとした理由。彼女は一切の忖度をしない。相手の感情を思いやったりはしない。だからこそ、躊躇なく真実を教えてくれる。私がこれから為すべきことを。
私は告白をしてくれた彼女と、これからの人生をともに歩みたい。そのためには、自分の事をさらけ出さなければいけない。例え私の真実の姿が、彼女に受け入れて貰えなかったとしても。
「私は彼女が桃ちゃんと同じ、男の身体だったらいいなあ」
これからの事を思い悩んでいると、本子さんが呟いた。ドキッとした。さっきまでの私の心の奥底の恐れを見抜かれたのだろうか。
「だって結婚するとしたらご祝儀をあげなきゃいけないじゃない。だけどお友達が男だったら籍は入れられないんでしょ!?結婚じゃないからお祝いも渡さなくてもいいって事だよね。……あれっ桃ちゃん!?帰るんだったらミートパイは置いてってよ!」
私はこの風変りな彼女を得難い友人だと思っている。彼女は年齢や性別、価値観や背景で人を判断しない。常にシンプルな答えをくれる。
しかし、時々どうしようもなく彼女に腹が立ち縁を切ってしまおうかと考えても仕方がないことだと思う。
まあ、次の差し入れは本子さんの好物のたらこおにぎりにしておくけど。
メディアでも取り上げらることが増え、少しずつ認知が進んでいるアセクシャル・アロマンティック。ドラマをきっかけに知る人が増えていくといいなあと思っています。
念のため申し上げておきますが、本子さんや桃子さんはフィクションですよ!!私が知っている当事者の皆さんは常識人で素敵な方ばかりですから!!こんなぶっ飛んだ人たちはいませんから~(自分は除く)
誤字脱字報告を頂けると助かります。
感想や星を頂けると拝みます。
セクマイについても知りたいことがあればぜひ。エッセイ書きます( ..)φカキカキ
それでは次作でお会いできるのを楽しみにしています。