12 騎士と冒険者
「アンコ、準備はよろしくて!?」
父親である王に許可をもらったリリィは、駆け足で自室へと戻った。自室前で足にブレーキを掛けながら、開けっ放しになっていたドアからアンコを呼ぶ。
「はい。既に準備は整っております」
部屋の中には準備を終えたアンコの姿が。手には大きなトランクケースがあって、中にはリリィ用の荷物が詰められているのだろう。
「あとは護衛が来るのを待つだけにございます」
その間、中で紅茶でもどうぞ。そう言って、リリィを部屋のソファーに誘った。
彼女が淹れてくれた紅茶を「ふーふー」しながら飲んでいると、部屋に一人の女性騎士がやって来る。
「失礼します、リリィ様。本日護衛を担当致します。メディナ、参上致しました!」
現れた女性騎士の名はメディナ。アジサイのような綺麗な紫色の長い髪を持つ美しい女性騎士。
白金の鎧を纏い、腰には聖剣アロンダイトと呼ばれる剣が帯剣されている。
歳は二十八。独身。
役職は王族近衛隊『薔薇』の長である。
近衛部隊『薔薇』とは、王族の女性を警護護衛する専門の女性騎士によって編成された部隊。リリィや王妃である彼女の母を守るのが彼女達の役目である。
その中でも王と王妃に『剣聖』として認められた女性こそ、このメディナであった。
剣聖の称号を持つように、彼女の剣術は騎士団一の腕前。騎士団に所属する男連中を薙ぎ倒し、王アーノルドと直接戦った経験を持つ騎士団最強の剣士と言える女性だ。
彼女ほどリリィの護衛として適任はいないだろう。何より彼女は――
「リリィ様と行動をご一緒に出来ること。こ、光栄の極みにございます!」
彼女は騎士礼をしながらも、恍惚とした表情を浮かべて口から涎が垂れていた。
そう、彼女はリリィが大好きなのである。王城で密かに開設された『リリィ王女殿下ファンクラブ』の会員第二号である。一号は父親であるアーノルド王だ。
「メディナ。本日はよろしくお願いしますわ」
「ひ、ひゃい! デュフフ……」
紅茶をふーふーしながら言ったリリィに対し、メディナは顔を真っ赤にして涎を垂らしながら返事を返した。
きっと彼女は心中でシュタインに感謝の念を飛ばしまくっている事だろう。護衛嫌いのリリィに「今後は護衛を付けるよう言っておいた」と言ってくれたのだから。
これで彼女はいつでもリリィと共に行動できる大義名分を得られたのだ。
「まずは冒険者ギルドに参りますわよ。そこで冒険者を雇い、共にグーガー鳥の生息地へ向かいますわ」
「承知しました!」
リリィは紅茶を飲み終えると、二人を連れて冒険者ギルドへと向かった。
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一方で、冒険者ギルドでは小さな事件が起きていた。
「野郎ぶっ殺してやらァッ!!」
ナタのような極太ナイフを持ちながら、どこぞの元大尉みたいに叫ぶのは月光の剣に所属する弓使いのユンだった。
いや、今となっては元月光の剣と言った方が正しいだろう。
「お、落ち着け! 落ち着け、ユン!」
ギルドのカウンター前で叫ぶ彼女を必死になだめるのはギルド長のグライド。
このような状況になった理由は、今朝彼女に起きた出来事が原因であった。
ユンはいつも通り、決まった時間に起床した。前日に気を失って契約宿のベッドまで運ばれた彼女だったが、それでも体内リズムを崩さなかったのは流石と言える。
彼女は起床した直後に先日の出来事を思い出した。大暴れする王女様の姿を思い出し、ぶるりと体を震わせる。
どうにかしないと、と他のメンバーと話し合うべく部屋を出た。隣の部屋で寝ているであろうグレンとアニーを訪ねて行くと……。
中には誰もいなかった。それどころか、二人の私物さえ残っていなかったのだ。
『その部屋のお客さんは契約解除して出て行ったよ。ああ、もしかして知り合いかい? 手紙、預かっているけど』
たまたま廊下にいた宿の新人従業員にそう言われ、ユンは猛烈に嫌な予感がした。受け取った手紙の中身を見ると、一枚の紙に一言だけ書かれていたのだ。
『探さないで下さい』
瞬間、彼女は悟った。
逃げたのだ。奴等は自分を置いて逃げたのだ。
グレンとアニーは付き合っていた。二人して愛の逃避行をぶちかましたのである。
急ぎ、ギルドに向かったユン。カウンターにいた有象無象の冒険者を蹴散らして、受付嬢に月光の剣がどうなったかと問うと……。
『か、解散処理をしろと……。朝一で……』
してやられた。奴等、怖い思いをしたくないとパーティーを解散。更には今後の王族から届く依頼はユンに任せると言い残したらしい。
彼等は彼女をスケープゴートにしやがったのだ。
「野郎ぶっ殺してやらァッ!!」
そして、今に至る。
「おい! ユン、落ち着けよ!? お前、騎士としてスカウトされたいとか言ってたじゃねえか! 良いチャンスだろ? なぁ、そうだろ!?」
「テメェもぶっ殺してやるからなァッ!!」
必死に説得を試みるグライド。
しかし、その声は彼女の心に届かない。シュバッと鋭く振られたナイフは、グライドの頬を薄く切り裂いた。
Aランク冒険者としての腕前が遺憾なく発揮された瞬間である。
「ひ、ひええ~!」
ビビリ散らかした筋肉モリモリマッチョマンは腰を抜かして倒れてしまう。彼の前に復讐の鬼となったユンが立ちはだかるが――
「これは一体何の騒ぎだ!」
ギルドの入り口より、凛とした声が響く。誰もが振り返ると、そこに立っていたのは白金の鎧を纏う女性。剣聖のメディナであった。
「メ、メディナお姉様!」
彼女の姿を見たユンはつい口から漏れてしまう。
剣聖のメディナ、彼女は戦う女性から絶大な人気を誇る美しき女性騎士。ユンも彼女の強さと美しさに惹かれる一人であり、騎士団入りを願っていた理由の一つに彼女の存在があるからでもあった。
「む?」
彼女はコツコツとブーツの靴底を鳴らしながらユンに近付き、彼女の手からナイフを取り上げる。
「危ないだろう。ギルドでナイフを振り回すな。それとも、何か理由があるのか?」
「お、お姉様……」
きゅん。
ユンの胸が鳴る。
即座に断罪するのではなく、理由を聞こうとするメディナの姿勢。これも人気になった理由の一つだ。
「詳しい話を聞きたいところではあるが、今はそれどころではない。リリィ様がギルドに足を運んで下さった。全員、平伏してお迎えせよッ!」
しかし、メディナには優先すべき事がある。問題を一旦置いておき、ギルド内にいる全員にリリィを平伏して迎えよと命じて、王女殿下をお迎えするに相応しい場を整える事こそが最優先。
彼女が命じてからすぐ、ギルド前に馬車が停止した。
「メディナ。先触れ、ご苦労様ですわ」
「ははっ」
ギルド内の者達が平伏する中、悠然とギルドに足を踏み入れるリリィ。メディナに労いの言葉を告げた後、平伏する冒険者の中からユンを見つけると彼女に駆け寄った。
「ああ、貴女。ここにいましたのね。また美味しい物を食べに行きますわ。今度はグーガー鳥の生息地に向かいますわよ」
「グ、グーガー鳥ですか」
ビクリと体を震わせたユンは顔を上げ、口元を痙攣させながら魔獣の名を繰り返す。
「ええ。そうですの。あら? 他のお仲間は?」
「奴等は私を捨てて逃げました」
怨嗟の篭る声で告げるユン。だが、リリィは「逃げた」理由が分からず首をこてんと傾げる。
「そう。可哀想に。では、正式に貴女を私専属の冒険者にしてあげますわ」
ただ、リリィにとって魔獣に詳しい冒険者は一人だけでも構わない。哀れみからかは不明であるが、彼女を正式に召し抱えると宣言。
普通であれば光栄な事であるが、ユンは複雑な心境だろう。しかし、リリィが続けた言葉を聞いて彼女の気が変わる。
「メディナ。貴女が世話してあげなさい。彼女は優秀な冒険者であると聞いていますわ。大事にするように」
「はっ。リリィ様が仰るのであれば!」
片膝をついて頭を下げていたメディナは即座に命令を受け入れた。立ち上がると、平伏していたユンに近付いて行く。
「君、名は何と?」
「ユ、ユンです。冒険者ランクはAランクです」
「そうか。私はメディナ。これより君の教育係となる。まずはリリィ様がご所望する物を手に入れる為に励みなさい」
「は、はい! お姉様!」
まさか、憧れの女性騎士とお近づきになれるとは。リリィの事はまだ恐ろしいようだが、憧れの女性の傍に居られるのであれば話は別らしい。
ユンは瞳の奥にハートマークを浮かべながら歓喜した。
「た、助かったぁ……」
一方で頬をナイフで斬られたグライドは、命拾いしたと泣いて神に感謝した。