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1 おっさん、追放される


 冒険者ギルド『黄金の騎士』。


 数ある冒険者ギルドの中でも最大規模を誇り、あらゆる冒険者の憧れの的、()()()()


 だが、それももはや過去の話である。とある冒険者の告発をきっかけに、数々の不祥事が暴露され、名声は地に落ちた。ギルドに所属していた冒険者たちは、真っ当なものはギルドを早々に抜け、真っ黒なものは軒並み豚箱にぶち込まれた。


 大都市グランの中心部に建てられた豪勢な拠点には、もはや誰一人として足を踏み入れるものはおらず、広々とした内部は、調度品の一つすら無くなっており寒々としていた。


 そんな拠点の最上階、ギルド長室において、今まさにある一人の男が断罪されていた。


「俺は昔、あなたに憧れてこのギルドに入った。だが、あなたは俺の心を裏切った」


 そう告げるのは、軽鎧に身を包んだ若い男だ。


 彼の名はクロム。かつて『黄金の騎士』に所属していた冒険者であり、ギルド凋落のきっかけを作った張本人である。


 彼は『黄金の騎士』時代、仲間に小間使いとしてこき使われた挙句、『黄金の騎士』内の汚職の濡れ衣を着せられ、ギルドを追放されたのであった。


 だが、運命は彼を見捨てなかった。


 環境が変わったことで彼の才能は開花。いくつもの難関を乗り越えて、ついには自身でギルドを発足させたのだ。その勢いで『黄金の騎士』の不正を暴いた結果、『黄金の騎士』は解散。彼のギルドは新進気鋭として注目を浴びている。


 そして、かつて自分を追放した男の幕を引きに、今日彼はこの場へ足を運んだのである。彼の目の前でへたり込む、『黄金の騎士』のギルド長の。


「な、なあ……あの時追放したのは悪かった……。そ、そうだ! 私と一緒に汲まないか! あの時のお前は屑だったが、今のお前は最高だ! きっといいパートナーになれる!」


 クロムに対し、男は卑屈な顔で勧誘する。彼こそが、このギルドの長であり、クロムに濡れ衣を着せ追放した男――ギルバートであった。


 そんな男の様子を見て、クロムは心底呆れたようにため息をつき、踵を返した。


「……その言葉を、俺はあの時聞きたかったよ。だが、もう遅い……もう遅いんだギルバートさん……」


 もう遅い。


 クロムの決別の言葉を聞いたギルバートは、がっくりとうなだれるのだった。そんな、かつての憧れに一瞥をくれることなく、クロムはギルド長を出て行った。


 と同時に、兵士たちがドカドカと踏み込んでくる。彼らは、もはや国の押収物となったギルド拠点に、ギルドが潰れてなお居座るギルバートを追い出しに来たのだ。


 クロムが出ていくまで押し入らなかったのは、『黄金の騎士』の不正を暴いた功労者である彼の頼みであったからである。そのクロムの用事が終わった以上、彼らに待つ理由はなかった。


「この土地に貴様が入る権限はもはやない! 逮捕されないだけ、ありがたく思え!」


 そう怒鳴った兵たちに、ギルバートは乱暴に両腕を掴まれる。ギルバートは抵抗すらできず、両腕を引きずられたまま、外へ連れ出され、放り出される。無造作に放られた彼は、ごみのように地面に這いつくばった。


 土にまみれながら、のろのろと立ち上がろうとするギルバート。そんな彼の姿を、道行く人たちが噂する。


「うわぁ……あれが大ギルドのトップの末路か……」


「噂じゃ汚ねぇことばっかしてたらしいぜ……投獄されてねぇのが不思議だよ……」


「それがクロムさんが嘆願したらしいぜ……自分を追放した奴にすら温情をかけるなんざ、懐の広い男だよ……」


 ごちゃごちゃとした言葉がギルバートの背中に降りかかる。だが、そんな言葉が耳に入らないほど、彼は失意のどん底にいた。


「何が悪かった……私は最善を尽くしたはずだ……」


 取り憑かれたようにブツブツとギルバートはつぶやく。そんな彼を遠巻きにし、道行く人々はひそひそと、あるいはあからさまに侮蔑と嘲笑の目線を向ける。


 もともと、『黄金の騎士』はこの十年で急成長したギルドであった。冒険者として名声を得たギルバートは若くして冒険者を引退、ギルド経営を始めた。そして、その辣腕と強引な方法で一気にギルドを成長させたのである。


 だから、いつかどこかで歪が出ることはギルバート自身分かっていた。そうなる前に、冒険者ギルドを統括する、通称『本部』へ成り上がる予定であったのだ。


 だが、夢は今潰えた。富も、名声も、ギルドも全てを失った。もはや、彼の手に残っているのは、身にまとったボロのみである。


「クソ……何が……何が……」


 よたよたとギルバートは歩き出す。そんなやつれたみじめな男を、誰も彼もが面白そうに見ていた。


 元々、ギルバートの評判はあまりよくなかった。強引な手法、横柄な態度、だが成果だけはあげてくるので性質が悪い。そんな絶頂にいた男が、今や自分たち以下のどん底にいるのである。これが愉快でなくて何なのか。


 好機と蔑みの目に晒されながら、ギルバートは道の端へ隠れるようにして歩く。ビクビクと、何かにおびえるようなその様からは、彼が大ギルドを率いていたとは誰も思わないだろう。


「随分と情けなくなったわね、ギル」


 不意に、ギルバートの前に影が立った。


 彼が顔を上げると、銀色の髪を持つ、銀色の根を担いだ女性が立っていた。特徴的なのは彼女の耳で、長くとがっている。それは、彼女がエルフ族であると言うことを示していた。


「リーファ……リーファかお前?」


 ギルバートにとって、彼女は久しい顔であった。ギルバートがまだ冒険者であったころのパーティーメンバーの一人である。彼女は一級のレンジャーであり、特に弓の腕は抜群で、ギルバートも随分と助けられた記憶がある。


 銀色の短髪に深い深緑の瞳は、以前と全く変わらない涼やかさを宿している。リーファの容姿は、美形と言われるエルフ族の中でも指折りだろう。


 噂通りであればまだギルドに所属しないフリーの冒険者であるはずだ。そんな彼女が、急に何の用だろうか。


「忘れていなかったのね。てっきり、とうの昔に忘れ去られていたと思っていたけど」


「わ、忘れないさ。それにしても、君は変わらないな」


「そういうあなたは老けたわね。で、少し話があるんだけど、付き合ってくれる。この先にいいカフェがあるの」


「きゅ、急な話だな……も、もちろん構わないが。ただ、一つ聞きたい」


 キョトンとするリーファに、ギルバートは真剣な表情で一つ頼みごとを口にした。


「……おごってくれるんだよな?」

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