1565. 思い残すことがあれば……
「これで、先に進めるかな?」
「そうね。予定より少し早いけど、帰路につきましょうか?」
「じゃあ、俺は、隊長に話してくる。荷物の準備とか必要だったら、明日の朝の出発でもいいけど?」
「荷物は、ほどいていないし、ここにある調理器具とかをしまうだけでいいから、みんなの食事が終わったら、出発でもいいかもしれないわね」
「わかった。じゃあ、話つけてくる」
ウィルは、私たちの元から去り、隊長のところへ、出発することを伝えに行ってくれた。私は、近くにいる近衛に声をかけると、すぐにかけてきてくれる。
「どうかされましたか?」
「えぇ、ここでの野営なんだけど、今すぐに解いて帰る準備をするとしたら、どれくらいかかるかしら?」
「そうですね。今、交代したものたちが、朝食をとっているので、30分ほどで、準備が整うと思いますよ。警備に出ている者たちを呼び寄せますか?」
「そうね。お願いできるかしら?」
「かしこまりました」と軽く一礼をした近衛は、指笛を吹くと、散らばっていた者たちが、集まってきた。指笛は、目の前の近衛だけでなく、何か所かからも聞こえてきていたのは、きっと、遠くにいる者たちにも聞こえるようにだろう。私は、集まってきた近衛たちに、帰る準備をしてほしいと言うと、さっそく取り掛かってくれる。隣にいたトレビも何か手伝うことはないかと、そわそわしていたので、馬車へ一緒に向かうことを提案した。馬車の中では、ナタリーとセバスがそれぞれの仕事をしていたので、声をかけに行く。
「ナタリー、セバス。急で悪いのだけど、出発することにしたの」
「本当に急ですね。トレビさんは、諦めたのですか?」
「いいえ。トレビが決心してくれたから、私たちは領地へ戻る準備をするわ」
「……とりあえず、公都だけどね。トレビさんは、どこに?」
「ここです!あの……この馬車に乗せていただくことになったのですが……その」
「本当ですの?それは、歓迎いたしますわ!私、人形のお話をもっと聞きたいと思っていたのです!」
予想通りのナタリーの言葉に、トレビは苦笑いしている。私が言った言葉が信じられなかったようだが、実際、ナタリーの歓迎ぶりを見れば、わかっただろう。
「……公爵様は、このようになることを予想していたのですね」
「もちろんよ。私たちは、身分は違えど、友人ですもの。それに、同志でもあるから、だいたいの反応くらいわかるわ。学生時代からの付き合いですもの」
ふふっと笑うと、ナタリーが怪訝そうに、私たちを見ていた。さっき、トレビと二人で話していたことを伝えると、ナタリーもセバスも笑っている。当たり前すぎて、トレビの反応に驚いたようだ。
「……公爵様の周りは、こういう人が多いのでしょうか?」
「私の周りにも、貴族らしい貴族はいるわ。でも、あなたを招待するアンバー領は、私の領地だから、自由にさせてもらっているの。それに、領地自体が、再興している途中だから、正直なところ、貴族や領民と身分を言っていられるほど、裕福ではないわ。今は、少しずつ改善はされていて、食うや食わずの生活からは脱却しているけど、まだまだ、潤いすぎているというほどではないの。だからこそ、新しい人や技術をどんどん取り入れて、発展させることが、私の使命でもあるんだけどね。トレビのような技術を持っている職人が、のびのびと腕を振るえる場所でもあるわ」
「それは、太鼓判を押しますわ。私も、服を作るというめんで言えば、職人と同じですもの。貴族令嬢という肩書より、今はアンナリーゼ様のドレスを作っている人というほうが、知れ渡っているかもしれませんね」
「……そういうものなのですか。貴族令嬢の方は、屋敷で……その……」
「昔は、私も、トレビのいういように大人しく刺繍や読書など、部屋でできることをしていましたが、今は、馬に跨り、領地間を行き来していますの」
「……馬に、ですか?」
「女性だからこうありなさいという考えも、未だ根深いものはあるわ。でも、私のお母様は、戦場に立つような人でしたし、とても強い人でしたから……私も、家で大人しくしているより、街中の子どもたちを引き連れて、いたずらしては怒られていましたわ」
「……それは」と言葉に詰まるトレビを哀れに思ったセバスは、「アンナリーゼ様は特別だよ」と苦笑いをしたあと、馬車へ乗るようにトレビを促していた。
「私たちは、そこら辺の貴族とは、少し風変りなのよ。だから、あまり気にしなくてもいいわ。アンバー領では、貴族である私たちが主体というより、あなたのような領民が主体となり、私たちが後方支援をする形になっているの。領地を発展させるには、領主の手腕を問われるけど、領主だけじゃ、領地は成り立たないもの。みんなを盛り立てていくことが、私にとっての領地運営だわ。そんな中にあなたも入ってくれて嬉しいわ。もう少ししたら出発だから、思い残すことがあれば……」
「もうありませんよ。別れは、ちゃんとしてきましたから。ここには、戻れません。でも、胸いっぱいに希望を持って町を出ました。アンバー領へ向かう日がとても楽しみです!」
トレビは、眩しいくらいの笑顔で、私たちに応えてくれた。「あと少しで出発できるって」と、ウィルが馬車に近づいてきたので、私も自身の馬の方へ向かった





