1564. ……確認は大事って言ったのは、姫さんだよ
「結構、歩きました」
「ふふっ、普段はあまり、歩かないのかしら?」
「もっぱら、荷馬車での移動が多いですよ。商品を運んだりするので、歩き回ることはほとんどありません」
「そうすると……馬車に乗る方が、移動はいいかしら?」
私がニコリと笑いかけると、「できれば……」とトレビが苦笑いする。私たちは、元々、貴族用の馬車と荷物を運ぶための荷馬車しかない旅なので、少し考える。貴族用の箱馬車に乗ってもらってももちろんいいのだが、トレビが気後れしないか、心配なのだ。
「馬車がないなら、歩いて……」
「そうはいうけど、ここから、公都まででも、結構な道のりなのよ。ほとんどが、護衛だから、騎馬隊だから……必然的に馬車に乗ってもらうことになるんだけど」
私の視線を追うトレビ。その先にあるのは、本来、私が乗る用の馬車だ。それを見て、「……あれですか?」と、疑問を投げかけてきた。私は頷くと、さすがに、黙ってしまう。
「仕方ないわ。移動は、あれに乗ってもらうことにします」
「そんな。公爵様と一緒になんて……」
「あぁ、言ってなかったわね。私は、馬車には乗らないわ。馬での移動よ。あの馬車に乗るのは、ナタリーとセバス。今、怪我をして馬に乗れないウィルよ。だから、気にしないで乗ってちょうだい」
「……みんなお貴族さまですよね?」
「もちろん、そうね。でも、あの三人は、貴族と言っても、貴族らしくないから……」
「そんな……何か、私に粗相があっては……歩きます!」
「ダメよ。あなたに合わせて進行はできないから、馬車に乗ってもらいます。心配しなくても、大丈夫よ。三人とも平民に交じって雑魚寝するくらいだから、領地で貴族として扱われてもいないわ。まぁ、いざというときは、貴族として差配することにはなっていて、みんなそれを心得てはいるけど、それぞれが、自分の体を使って、商売をしたり、領地運営をしたり、警備兵を育てたりってしてるから。トレビもそれほど、気にすることではないのよ」
私の話を聞きながらも不安そうにしている。貴族と平民となると、トレビの反応は、正しい。だからこそ、今、困っているのだが、旅程で急な話になっているので、そこは、トレビに折れてもらうしかないのだ。
「大丈夫よ」
「……本当ですか?」
「えぇ、補償するわ!ねぇ、ウィル」
「おっ、噂をすればだな。さっき、巡回のヤツから聞いたから、来てみてよかった。だいぶ、困っているみたいだな」
「……貴族の方と馬車の相乗りだなんて……」
「気にすることないさ。俺たちだからな。まぁ、他の貴族とは違って、そもそも、姫さんがいなければ、俺もセバスも貴族位の持たない、ただの武官と文官だから」
「そうなのですか?」
「そうそう。俺は、子爵家三男だし、セバスは男爵家五男。貴族っていう感じではないだろう?爵位は元々持てないんだから。だから、俺は、アンバー領で領民と一緒にいる生活の方があっていると思っているくらいだから。馬車の中の狭い空間で、貴族と一緒にいると思うと恐縮してしまうかもしれないけど、アンバー領で一緒に働く同僚と考えてくれれば、いいだけだ」
ウィルが、上手に諭してくれるので、トレビは、なんとかなりそうかもしれないという気持ちになったようだった。
「そうそう。それに、たぶん、馬車に乗ったら、ずっと、ナタリーが人形の話を聞いてくると思うから、あっという間の旅になるはずだ。人形の服をここ数日間で、かなり熟知してきたみたいで、いろいろと試しているみたいだからな。ところで、こんな話をしているってことは、領地へ移動してきてくれるってことで、よかったんだよな?姫さん」
ウィルに指摘されるまで、トレビの意思確認をすることを忘れていた私は、思わず「あっ!」と声を上げてしまう。それを見たトレビも同じような表情をしており、ウィルは、大きなため息をついた。
「……確認は大事って言ったのは、姫さんだよ。わかってる?」
「えぇ、もちろん。それで、トレビ。今日、ここへ来てくれたということは、アンバー領へ来てくれるということで、間違いないのよね?」
「……はい、そうです。少し迷いもありましたが、私は、自分の腕を試してみたいと思いました。親方のもとで、まだ、修行を重ねていきたいという気持ちは正直ありますが、公爵様のお話を聞いて、私は、挑戦したいと……」
「わかったわ。私の領地には、若い職人もたくさんいます。まだ、修行中の人もいるし、一人立ちできたものも。お互い、作るものは違ったとしても、切磋琢磨しているようよ。私も自身で迎えた職人が何人もいるから、トレビの人形造りにも影響を与えてくれるものもいるかもしれないわ。ゆっくりでもいいから、アンバー領の職人たちになじんでくれると嬉しい」
「ありがとうございます。私を選んでよかったと言ってもらえるよう、誠心誠意、心を込めて作り上げますので、どうか、末永く領地に根付かせてください」
「もちろんよ!それこそ、私の願いだわ。よろしくね!」
私から握手を求めると、ズボンで手を拭き、私の手を両手で握り返してくれた。職人らしいしっかりした手に、私は微笑み返した。





