1561. トレビさんは、どうしたいですか?
「どうかしら?」
「えぇ、素晴らしいです。こちらのドレスは……えっと、ナタリー様がお作りになったのですか?」
「そうです。私は、アンナリーゼ様が治めるアンバー領とコーコナ領の二つの領地で、アンナリーゼ様を始め、ご婦人方のドレスを専門に作っています。領民たちの服も」
「アンバー領では、このように品質の良いドレスができあるのですね」
「コーコナ領は、良質な綿花の生産地として、名をはせています。生糸も生産しているので、良質な布を手に入れることは容易ですわ」
「もしかしなくても、公爵様の着ていらっしゃるその服も、ナタリー様が手掛けていらっしゃるのですか?」
移動のため、ドレスではなく男装をしている私に、トレビは興味を示したようだ。人形本体ももちろんのこと、その人形が着る服に関しても、興味がありそうだった。
「えぇ、そうですわ。私は、アンナリーゼ様専属の御針子ですもの」
「……貴族令嬢が、自身を御針子というのは、変な気がするよ」
「セバス?」
「あぁ、ごめんごめん。ナタリーは、世界一の御針子だね。うんうん」
慌ててナタリーに謝るセバスを親方とトレビはぽかんと見ていた。身なりの整った私とセバス、ナタリーは貴族かそれに準ずる豪商のものだと考えてはいたらしいが、貴族令嬢が御針子だと胸を張っていることに驚いたようだった。
「それほど、驚くことではありませんわ。私も、幼い頃は、このような未来があるだなんて、思ってもいませんでしたもの。女性が活躍できる場所を増やしたいと、私は考えていた矢先に、手を差し伸べてくださったのがアンナリーゼ様です。私は貴族の令嬢ですが、私のもとには、普通に主婦の方もいらっしゃいますし、女性が活躍できる職場がたくさんあるので、領地の女性たちはとても輝いていますわ」
「……そうなのですか」
家事を全般にしており、外で働くこともなく、社会的に認められている女性はこの地でも少ないようだ。お互いの顔を見ながら、ナタリーの話を半信半疑で聞いている二人に、領地の話をすることにした。
「私の元には、多くの職人や学生が集まってきています」
「それは、どうしてですか?」
「そうですね……優遇しているからと言えばいいですか? 職人を育てるには、時間がかかります。それは、お二人はよく知っていることですね」
「はい。私も、ここまでになるのに7年かかりました」
「そう、そこなのです。職人として、一人前になるには、時間がかかる。その間、面倒を見てくれる親方の存在があればいいですが、なかなか、そこまでの経済的な支援は難しいという人もいます。そういった人に、定期的に仕事を割り振りして、安定的な収益をもたらし、職人を育ててもらうことにしています。様々なコンテストも毎年何かしらしていますから、職人のみなさんは、積極的に技術開発もしてくれています。アンバー領もコーコナ領も領地自体は、正直なところ、豊かではありません。でも、そうやって、後進を育ててくれるおかげで、伝統的な技術が育ち、新しい技術が生まれ、領地全体を富ますために、手を貸してくれているのです。いい面だけお伝えしているように聞こえるかもしれませんが、実際に、多くの職人が、国で認められる職人へと変貌しているのは、私たちの領地での実績だと考えていますわ」
私は、胸を張って、領地の職人の話をできるのは、ひとえに、向上心を持ってくれている職人が多いからだろう。職人だけでなく、領地全体がそういう気風なのだから、領地が改善していっている事実はウソではない。
「……素晴らしい領地なのですね」
「えぇ、ここまでくるまでには、それなりの摩擦もありましたし、領主に見捨てられた領地と言われていた領民の意識を変えるために、対話も続け、お互い、苦労も多かったと思います。今は、領民との信頼関係もあって、領地自体が富んできていますから、これからの学都計画も順調に進んでいくと確信していますわ」
「そうですか。ここでは、私は、一人前になったとはいえ、まだ、半人前ですから、そういった場所で、研鑽してみたい……あぁ、えっと」
「……トレビさん」
「はい」
私は、トレビの目をジッと見つめる。さっきから、胸の内で、モヤモヤとしているものがあるのは、見ればわかる。育ててくれた親方に対しての感謝と尊敬もあり、口に出すことを迷っているような雰囲気が伝わってきた。
「アンバー領で、トレビさんの腕を試してみませんか?人形職人は、残念ながら、領地にはいませんが、素晴らしい職人はたくさんいます。あなたの今の技術を磨くつもりで……」
「公爵様、その申し出はありがたいですが、トレビをよそにやるつもりはありません」
「わかっていますわ。でも、トレビさんがどうしたいかは、トレビさん自身が決めていいと思います。親方の育てとしての親心もわかりますから、おっしゃることは重々に。トレビさんは、どうしたいですか?」
私は、一度もトレビから目を離さず、見つめたままだった。その視線に居心地の悪さを感じていることもわかる。親方からの視線も向かい、トレビの胸の内は、ゆらゆらとしているようだった。





