1560. ……手にとってもいいですか?
トレビが部屋に入ってきた瞬間、風にふわりと、人形の金色の髪が揺れた。キラキラと光る髪に、ナタリーは思わず声を上げてしまう。
「なんて美しいのでしょう……」
口を手で隠すようにしながら、目はトレビの人形に釘付けのナタリーを見て、トレビが少し笑った。人形を褒められたことが、やはり嬉しいようで、すぐに表情を戻したが、頬の筋肉はゆるゆるのようだ。
「トレビさん、人形をお借りしてもいいですか?」
「えぇ、もちろんです。今朝、出来上がったばかりのものです」
渡された人形は、まだ服を着ていない。なので、パーツごとに見えるようになっているので、私はトレビから人形を借り、そのひとつひとつを見ていった。丁寧な造りになっており、どこを触っても滑らかで、艶やかだった。
「私が持っている人形も精緻な造りだったと思いますが、素晴らしいですね。この人形は、もう、お嫁に行く先は決まっているのですか?」
「いえ、私の作ったものは、まだ、世には出せませんから、しばらくは、あの作業場に置いておくことになります」
私は人形に触れながら、トレビの話を聞いていく。滑らかにしているのは、やはり技術のいるようで、ここまでになるには、相当な時間がかかるようだ。材料の話も聞いていく。もし、アンバー領で人形を作るとしたら、どんな材料があればできるのか、また、どれくらいの流通があれば、手に入れられそうなのかと質問をしていくと、嬉々として話してくれた。
「あの……公爵様」
「なんでしょうか?」
「作る工程や材料なんて聞いて、どうなさるおつもりで?」
「領地でも、人形をつくれないかと考えていまして……材料だけでなく、いろいろと設備が必要なこともわかりました」
「でも、職人がいなければ、人形は作れません」
「確かにそうですね。繊細な作業が必要なようですもの。それをすぐに作れるようなものは、いないでしょう。それこそ、何年も時間をかけていかなければ、難しい。この人形の瞳も綺麗なガラス細工ですものね」
「トレビは、まだ、瞳の部分は作れないので、町の工房で作ってもらっています」
「それは、先ほど、伺いました」
「ね? トレビさん」と話を振ると頷いている。何か考えていたのか、少し反応が遅く、ナタリーが人形を褒めたことを喜んでいたのかもしれない。
「それで、領地で人形を作りたいと申し出だが、どうするおつもりなのですか?職人を私どもに預けるのでしょうか?」
「いえ、たまたま、インゼロ帝国へ来て、見つけたのです。人形制作の職人になりたい人を連れてきてはいませんし、私たちが帰ったら、再び、インゼロ帝国とは国交が断絶することになっていますから、例え、職人見習になれる人を連れてきていたとしても、その人は、帰る手段はありません」
「……それなら、職人をここから連れて行きたいと聞こえますが?」
「端的にいえば、そうなります。これは、強制ではありませんし、アンバー領へ行ってみたいと願う職人さんがいれば、私は後押しは惜しみません。ただ、その職人がいるのかどうか……」
ちらりとトレビの方を見てみたが、何かを考えているのか、トレビは何も言わなかった。親方も先ほどはにこやかにしていたが、表情が少し硬い。命令ではないとはいえ、公爵のお願いなんて、命令に近いので、困っているのだろう。
「本当に、強制でも命令でもありません。もし、私の領地の繁栄に手を貸してもらえるなら、私は、私たちは、その職人への手厚い後押しをお約束します」
「失礼な話ですが、それは、職人にとって、都合がよすぎやしませんか? 例えば、作った人形の安値で買われたり、職人が使いつぶされたり……」
「言いたいことは、わかります。私も、これまでに、たくさんの方に声をかけさせていただきました。そのなかで、もちろん、話がうますぎると断られた方もいます。今回も、そうなる可能性は十分だとおもっていますが……」
「……トレビ?」
親方に声をかけられて、ハッとしたようにトレビは肩を震わせた。私が見つめているのに気が付いたのか、ジッと見て来る。値踏みされているような、試されているような気持ちだが、私は、この手の視線は慣れているので、トレビに微笑んだ。
「ナタリー、ドレスをお出しして」
「かしこまりました」
ナタリーが馬車の中で作っていたドレスを机の上に並べる。1着だけかと思っていたが、2着に増えていて、少し驚いたが、それ以上に、親方とトレビが驚いている。
「……手にとってもいいですか?」
「もちろんよ。ナタリーが買った人形に着せるために作ったものよ。ちょうど、トレビさんの人形もあるから、着せてみてはいかが?」
「……よろしいので?」
「えぇ、どうぞ」
私は、ドレスを人形に着せるように促すと、トレビが震える手でドレスを着せていく。採寸は、ばっちりのようで、「ほう……」と二人が感心している。
……丸め込むタイミングね。
私は、二人の反応がいいことに、もう少し、お願いしてみることにした。でも、心配しなくても、さっきからトレビがアンバー領での人形造りに興味を持ち始めていることは確実であった。





