1555. 盗まれる心配がないってことだもの
町の中は、ゆったりと時間が流れるようなふんわりとした雰囲気だった。インゼロ帝国の印象と随分違う雰囲気に私とセバスは驚く。
「住みやすそうな町ですね。ある程度、店も揃っているし、人もちょうどいいくらいにいる。飲食店もあるし、僕らがのんびりと生活することを考えれば、環境的にすごくいい気がする」
「私もそう感じたわ。住むとしたら、こんな穏やかな町で、のんびりと生活したいものね」
「アンナリーゼ様からは、1番遠い言葉ですね」
「そんなことないわよ! 私だって、アンバーでは、そこそこ穏やかに過ごしているわよ!」
「そこそこと言っているあたりが、もう、穏やかではありませんよ。誰よりも、激務なことは、領地にいる誰もが知っているのですからね!」
セバスにしっかり指摘され、私はしゅんとした。アンバー領の改革を始めたころに比べれば、業務を任せられる人が増えたことで、私の仕事量は、格段に少なくなっている。セバスから言わせると、それでも、普通の領主に比べて、仕事量は多いらしい。領地が2つあるのも、その要因かもしれないが、そんなことで、セバスと話しても仕方がない。帰ってから、業務改善について、また、イチアを交えてすることは、目に見えていた。
「私の業務改善の話、文官が育ってきているから、任せられそうなのよね?」
「そうですよ。僕らの仕事も、一部振り分けましたから、あとは、アンナリーゼ様だけです。ただ、領主でなければ、できない仕事もあるからそれらは、他の人には回せない」
「それは、もちろん、わかっているわ」
「ジョージア様も元領主だったわけですから、変わってもらうことも可能ですよ」
「確かにそうね。それも、検討してみるわ! 将来的にアンバー領とコーコナ領ら分けるつもりだし、それまでは……みんなで乗り切りましょう」
セバスと話ながら、町を見て歩く。アンバー領より、コーコナ領に雰囲気が似ているこの町は、とても居心地がよかった。人形を作る職人が定住する町なので、綿花の産地でもあるようだ。
「コーコナ領の未来は、こんな町かしらね?」
「そうですね。雰囲気的に、こういう穏やかな町になることを願っています」
「さて、人形の職人を探すために、書き込みを始めましょう。すぐに見つかるといいんだけど……」
私たちは、町にある雑貨屋のような店に入っていく。外から見たときに、人形のようなものが見えたからだ。
「情報が聞けるといいですね?」
「そうね。期待しすぎずに行きましょう」
私たちは、扉を開け「こんにちは」と声をかけた。すぐに店の者が現れるだろうと考えていたのだが、奥からは一向に誰も出てこない。セバスと顔を見合わせて、「もう一度、声をかけてみましょうか?」ということになった。
「こんにちは! 誰かいませんか?」
「……」
相変わらず、誰からの返事もなく、私たち以外の気配はない。もう一度、声をかけようとしたとき、後ろで扉が開いて、みなが驚いた。そちらに向けば、まるっとしたおばさんが、私たちを見て「おやおや。お客さんでしたか?」とにっこり笑いかけてくれた。
「えっと……」
「よそから来たのかい? 私がここの店主だよ。声をかけてくれたのかねぇ? ここいらの客だと、いつもなら、客が私を探しに来てくれるんだよ。隣のパン屋で油を売っていたんだ。それで、何か入りようかい?」
不自然な人数の私たちを観察している女店主ににっこり笑い、私は、店の奥に置いてある人形を指さした。店主が視線を追って、人形の元へと向かうので、私たちも後ろについていく。
「……なんだか、不用心な人だね」
「盗まれる心配がないってことだもの。それだけ、平和だってことだと思うわ。ますます、この町を気に入りそうよ」
セバスに耳打ちする。店主は、台の上に置いてある人形を持ってきてくれたので、私は手に取った。まさに、ナタリーが『ナンシー』と名付けた人形と同じである。
「これが欲しいって、あんたら、どこかの豪商か何かかい?旦那さんを見る限り、あまり、商売には向いていなさそうだけど」
セバスを見ながら、店主がセバスを評価するので、私は思わず、クスクスと笑ってしまった。
「この方は、私の旦那様ではないわ。旅の途中で、別の人形と出会って、この町で作られてるって聞いたから、立ち寄ったの」
「そうだったのかい? すまなかったね?」
セバスは背中を豪快に何度か叩かれて、よろめいている。いきいきとしている女性は、どこか豪快さを感じるのは、私の周りがそうだからだろうかと、これまで出会った女性たちを思い浮かべてくすっと笑ってしまった。
「それで、人形の話だね」
「えぇ、そうなの。聞きたいのは、この人形を作っている職人さんを訪ねたいと思っているのだけど……」
「人形を買うのでなくて、職人を訪ねたいのかい?これはまた、珍しい話だね。引き抜きでもしようって話かい?」
私は、答えるか迷ったうえで、他国へ行きたいと考えている職人がいないかと尋ねることにした。無理なことは承知の上だったので、渋る店主に、それ以上は言えそうになかった。





