7 シェイルという男
食堂に行くと、貴族らしい正装をした男性が二人立っていた。
一人は言わずもがな、クロウツィアのお父様だ。相変わらずいかめしい顔をしているが黒い衣装がとても似合っている。
そして隣にいる細身の男が義理の兄となる人だろう。父がかなりごついので細く見えるが、ウィルと比べれば見比べなくても一目瞭然に体格が良い。
髪は緑、瞳は黒、衣装も緑に金の装飾。
イケメンってより野生的なタイプの男前って感じ。
撫でつけられた髪の為に大人しそうに見えないこともないが、実際にはかなり気が強そうだ。まるで野生動物のようなギラギラした目つきをしている。
ゲームでも結構ワイルドなタイプでフィリーナをガンガン攻めていた。好きなキャラという訳でもなくて、詳しいエピソードはあまり覚えていないが、クロウツィアと仲が悪かったことだけは覚えている。
さて、ギンギンと私をにらみつけるこの男の名前は何だったか。
「先週ぶりだなクロウツィア。足の具合はどうだ」
「はい、もう問題ありませんわ」
ひざ丈のドレスの両端を少し広げてお辞儀をする。
前世の私とは似ても似つかない所作も言葉遣いもクロウツィアのものだ、敬語を使おうとすると自然とこうなるのは条件反射だ。不自然さが無いと良いけど。
「この者が先日我が侯爵家に迎え入れたシェイルだ」
父に促されて、傍らに立って居た男が一歩前へ出て嫌そうな顔のまま一礼をした。
そうだ、シェイル・ヴィラント。
次期侯爵であり、ゲームの中ではフィリーナに一目ぼれして以来ちょっかいかけまくってガンガン押してフィリーナが攻略するというより、攻略されてるって感じだった。全攻略対象の中でも攻略難易度が一番低い。人気も一番低かったと友達が言っていた。
私の前では無言を貫くつもりのようだ。仲良くなるつもりはないので問題ないが感じ悪い。
「確か分家筋の年頃の男性の中では最強なのだとか?」
分家の次男以下家を継がない20歳以下の男が全員で勝ち抜き戦を行い優勝した結果選ばれたのがシェイルらしい。なんとも馬鹿らしい選び方だがこれがヴィラント家のやり方らしい。
だから人格は選定方法に入っていない。
こんな男がヴィラント家を継いで大丈夫なのかと小一時間問いたい。
「とにかく食事にしましょう。厨房のハンス達が腕によりをかけてくれましたのよ」
「まて、先にこれを」
席を促そうとすると、呼び止められて左手に何かを通された。
左手を掲げて確認すると、それは黒いブレスレットだった。
材質は金属のようだけど、黒いのは塗装には見えない。それに、嵌められる時は大きな物だったのに、手に嵌ると小さくなって簡単に外れなさそうな状態になった後、突如何か棒状のものが手に現れた。
思わず握った後で、凄く覚えのある感触に目を瞠った。
手に現れたのは、真っ黒な竹刀だった。
重みも、形も前世のままだ。
柄頭の部分に親指の爪程の紫色の宝石がはまっている。かなり大きな石のようなのに、重みに影響を及ぼしていなさそうなのが不思議だ。
どういうことかと問いかけようと二人を見ると、お父様もシェイルも凄く驚いた顔をしていた。二人とも初めて仏頂面でも無表情でもない顔を見た。そう思いながら二人を見ていると、父が近づいて私の竹刀の先を軽く握ったり、重さを確認したりし始めた。
「意外だな、もっと華美なものや装飾品のようなものに変化すると思っていたが。これは剣……か? 変わった形をしているし、軽くて攻撃力は弱そうだ」
そりゃ、竹刀は実戦を想定していないので攻撃力は低い基本的に竹で出来ているから軽いし。でも、何故突然竹刀が出て来たのか。どう考えても先程の腕輪が関係していそうだが……。
「マナスール。我が家の為に授けられたものだ」
「……これが!?」
マナスールはわが国の王家から特に認められた家だけに授けられるという王家の宝だ。家庭教師が渡してくれた本のなかに書いてあったもので、実際にあるのかどうかも定かになっていなかったし。詳細は書いていなかった。
魔法のブレスレットということだろうか。マノンもそうだけどゲームではこんなもの無かった筈だ、実はこの世界はゲームと完全にリンクしていないのだろうか。
「こんな大事なものをいただいてよろしいんですの?」
「問題ない。マナスールは持ち主を選び、持ち主の望む姿を取るという。クロウツィア。お前は選ばれたのだ」
「私の望む姿……」
シェイルが悔しそうな顔をしているので、彼は選ばれなかったということだろう。
両手で握ると、前世でずっと馴染んできた竹刀は手に吸い付くようにぴったりだ。この世界の剣なんかよりずっと馴染む。
その竹刀の先に父が手を添えて柔らかく眼を細めた。仏頂面のままだけど一応笑っているのだろうか。
「さすが私の娘だな。そこで選ぶのが武器とは」
「……」
貴方の娘だからじゃないけどね、竹刀だし。気まずい。
竹刀が手に入ったのは嬉しいがいい加減食事に移りたい。お腹がすいてしまった。
「お父様、ありがとうございます。さぁ、食事にってぇえええ!?」
竹刀を壁に立てかけて席を促そうと手を離すと、元の黒い腕輪になって私の腕に嵌ってうろたえてしまった。真っ黒で細い腕輪だが、竹刀の時の柄頭に嵌っていた紫色の石が装飾としてついている。何これ凄い、例えば打ち合いになってふっとばされても腕輪に戻るだけで取り落とすことは無いということだ。
「主の望む姿を取ると言っただろう。用が無ければ元の腕輪に戻る」
お父様そんな呆れたような顔も出来るんですね、驚いたり呆れたりが顔に出るタイプだとは思ってませんでした。
クロウツィアの記憶の中でも仏頂面しか記憶に無かったよ。
腕輪と父に視線を往復させる私を放って、シェイルを促して父は席についてしまった。
私も咳ばらいをして席に着く。
「お父様がお好きだというメルシード地方のワインを用意してもらいました。食事もメルシード地方の伝統料理で揃えましたわ。シェイル……お兄様の口にも合うと良いのですけど」
「ほう」
父は心なしか嬉しそうだ。シェイルは無表情でよく分からないけれど、食べる手が止まらないところからするとそれなりに美味しいのだろう。上品な食べ方は一応身についているようだ。
にしてもシェイル交流する気ゼロだな。父も特に会話を促す様子もない。
「領地の様子はどうですか?」
「特に変わりない」
「ワインのお味はどうですか?」
「うまい」
かっ会話が続かない……。
仕方ない、嫌だけどシェイルに話しかけてみるか。
「お、お兄様。お料理、どうですか?」
「うまい」
こっちもかー!
二人の会話は諦めて無心で料理を口に入れることに熱中することにした。
これなら一人で食べる方が美味しいのではと思うくらい重苦しい食事だった。
食事を終えるとさっさと二人はシェイルの滞在する屋敷へと去っていった。シェイルは兎も角お父様まで行ってしまうのかよとびっくりした。どんだけ親子の交流をしないんだ。