6 訓練開始
持っていた木剣が弾かれて飛ばされ、私も地面にたたきつけられ、「ぅあんっ!」と自分の喉から漏れたとは思えない可愛らしい悲鳴が漏れた。
「勝負あり!」
「また負けた……」
立ち上がって周囲をハラハラと見守っていた侍女が集ってくるのを手で制しながら身体についた砂を自分で払う。
私は今、周囲にいる侍女と同じ訓練着を着ている。丈の短い腰を紐で縛るタイプのワンピースに、ゆったりとしたシルエットのズボン。そしてヒールのついていない靴。
胸を押しつぶすような形のコルセットのおかげで飛んだり跳ねたりしても胸部が揺れず動きやすい。
右側の胸の上のあたりにヴィラント家の象徴である紫の瞳を持つ黒豹のマークが刺繍されているのが特長だ。
戦場ではこのマークが刺繍された軍機を掲げていたらしい。
ようやく訓練に参加する許可がおりて、走り込みや準備運動の後、侍女の一人であるミンネとの模擬戦までこぎつけた。ここまでが大変だった。
走り込みも準備運動もクロウツィアはかなり減免されていたのを使用人たちと同じものにしてもらったのだが、かなりキツイ。
初日などは走り込みだけで疲れ果ててしまったし、翌日は筋肉痛に陥った為に訓練参加は見送られた。
その翌日は準備運動までたどり着いたもののそこでギブアップというか気絶した。
実はこれでも手加減されているのを知っている。だって他の使用人達の訓練の様子は見えているから。でもいきなりあれは無理。死ぬ。
そして一日挟んで今日。
ようやく戦闘訓練までこぎつけたのだが、あっさり負けた。
まず訓練用の剣が重いのだ。
クロウツィア自身はこれの扱いに多少慣れていたが、私は竹刀しか使ったことが無いので自分の剣道をうまく活かせない。
結果クロウツィアとしての戦い方しか出来ず、我が家の使用人の中では最弱と言われるミンネにすら勝てない。これで本当に騎士になれるのか、疑問だ。
ちなみにカーラは侍女では最強で、使用人全員の中でも十指に入る実力者らしく、あの日の飛来した剣も、私が割り込まなければ避けられたらしい。私が割り込んで一人で転んで捻挫した感じで滅茶苦茶恥ずかしい話だ……解せぬ。
「今日は終了です。お父上が戻られますのでご準備を」
「あぁ、今日だったっけ」
身体の砂を払った手も打ち合わせて払い、お風呂へ向かう。
このお風呂のお湯にはマノンと呼ばれる薬草が浮かんでいて、このマノンの効果で身体についた細かい傷はみるみる治る。そう、この世界には魔法は存在しないけどポーションのようなものが存在していて、よほど大きな傷で無ければ治る。
私の捻挫が三日と言わず二日程で治っていたのもこのお風呂のおかげだ。
見た目にはパクチーみたいな葉っぱで、食べることは出来るが美味しくはない。
かなり高価なものなので、平民はよほど大きな怪我でなければ使わないらしいが、ヴィンターベルトはその栽培を担っている領地なので、入浴剤代わりにするような贅沢な使い方をしている。
おかげで私はお肌がつるつるだ。
使用人達はさすがにそんな使い方はしていないが、ある程度傷を負うとマノンで作ったポーションのようなもの……マノン・ヴィーノで治すようにしているので傷跡の残っている者はいない。
マノンは我が領地の主産物で。
王から領地を貰えると決まった時に希望したのがこの土地だったのがヴィンターベルトの始まりらしい。確かに自分の力で戦争を終わらせた英雄が求めるにふさわしい土地だと二つ返事で与えられたらしい。
防波堤代わりの山といい、マノンといい、かなりちゃっかりしていると思うのは私だけだろうか。
本来の貴族女性はお風呂の際侍女に全身隅々まで洗われるものだが、クロウツィアは使用人に肌を触られるのを嫌がってさせていなかった。もちろん私もお風呂は一人で入りたいので訂正していない。
勿論この湯船から一歩出れば、衝立の向こうで待機しているカーラ達侍女軍団が私をタオルでくるんで服を着せにかかってくるのだが、ドレスを一人では着られないのであきらめるしかない。
全身くまなく整えられて、髪はツインテール。毛先は元々クセッ毛で巻き気味なのを更に巻いてロール状にされた。
ドレスは瞳と同じ紫。黒髪に紫って禍々しいと思うんだけど、鏡に映ったクロウツィアには良く似合っている。装飾やレースに黒を使っているのも原因だと思うけど。
微笑むと、ニッコリってよりニヤリって感じで妙に何か企んでそうに見える。
お化粧で目じりに紫が施されて赤い口紅を塗られると、14歳とは思えない色気がある。
スチルで見た悪役令嬢クロウツィアにそっくりだ。とか思ってドレスをつまんでひらひらさせたり背を向けてして鏡相手に遊んでいたら、カーラに冷ややかな眼で見られていた。恥ずかしい。
「お父上がいらっしゃいましたので、そろそろよろしいでしょうか?」
「……はい」