36 謁見式
昼食会は恙無く終わり、とうとう謁見式へ赴くことになった。
嘘です。
昼食前にウィルとシェイルにめちゃくちゃ叱られました。
塔の内階段から上に登ったメンバーからすると、ようやく上にたどり着いたと思ったら私とレイチェルが揃って転落死していたように見えていたらしい。
カーラと、庭の警戒にあたっていた騎士の証言で事実を知ったらしい。
無茶をし過ぎだと言われたが、後悔していない。
レイチェルは終始兄達を宥めるでもなくニコニコと笑っていた。
先の捜索では誰だか分からなかった貴族達も参加していた。騎士団長のユード・ウォルコットさんと、副団長のグレン・マグダールさんというそうだ。
この昼食会の時衝撃の事実を知らされたのだけど、それは取り敢えず後回しにして、まずは謁見式を乗り切らなくては。
私の身を守るものはレイチェルが貸してくれたドレスのみ。
夏の空のように深い青色に金糸の刺繍が施された肩からストンと落ちて広がるような前の開いた上着の中に純白の柔らかい生地のドレスを着込み、それらを上着と揃いの刺繍の施された紺色のベルトで縛るような、シンプルながらもきっちりとしたドレスだ。
サイズもぴったり。
髪もシンプルに纏めて、これまたレイチェルが貸してくれた黄金の台座に青い宝石がはまった髪飾りをしている。
レイチェルはドレスをデザインするのが好きで、自分の着るものは全て自分でやっていたという。
今度彼女のフルコーディネートを受ける約束をさせられてしまった。
鏡に映るクロウツィアも大変な美少女で、自分なので表情もポーズも思いのままなので楽しいは楽しいのでまぁいいかと思っている。
「クロウツィア」
謁見前の控え室で声を掛けてきたのはまさかのお父様だった。
シェイルとの初対面の晩餐以来の遭遇である。
「レイチェル様のお命を救ったと聞いた。良くやったな」
そっと頭に手を添えられた。
髪型を崩さないようにだろうか、労わるような優しい接触だった。
思わず頰が紅潮してしまったのが分かった。対面して話すことすら少ない父親からの久々の接触に無意味に興奮してしまった。
端的に言って嬉しい。
「ただ、もう少し自分の身を大切にしてくれると助かる」
「お父様……」
なんと!
この人に子供を慈しむ気持ちがあったのか!
些か失礼過ぎる感想を抱いてしまったが、かなり衝撃である。
表情に乏しいのと、たっぷりめの口髭の所為で怒っているようにも見えるが、頭から肩に移動して軽く力を込められた手には確かな愛情が感じられた。
「時間だな。謁見の間には、王族だけでなく城に勤める貴族が立会人として出席しているが、お前なら大丈夫だろう」
何が!?
プレッシャーが増えたとしか思えませんけど。
「私も共に中に入る。エスコートはしてやれないが、落ち着いて私に倣って振る舞えば良い」
父が背を向けるのと同時位に、騎士が中に入れとばかりに扉を開けてしまったので、親子の語らいは強制終了した。
先に歩く父から半歩遅れて歩く。
正面には豪奢な椅子に腰かけた王族一家がずらりと並んでいる。
王様を中心に左側に王妃様、ウィル、レイチェル。右側に王太子と第二王子が居る。
周囲に視線を向けることは出来ないが、さっと伺ったところによるとかなりの数の貴族が私達が通る道の周囲に立って居る。
これだけの人数が居るにも関わらず誰も一言も言葉を発さないし、息使いさえひっそりとして水を打ったように静かだ。
「アレクセイ・ヴィラント、クロウツィア・ヴィラント。召喚に応じ馳せ参じました」
父が礼をするのに倣って私もスカートを両手で軽く摘まむ淑女の礼をする。
父と同じ右手を左胸に充てる騎士の礼をするべきなのか迷ったが、クロウツィアの受けた教育の中にそんなものは無いので、不格好になっては困るので慣れた礼を取ることにした。
「面を挙げよ」
顔を上げると、王様と王妃様が柔らかい表情でこちらを見ていた。
精悍な美青年で金髪碧眼、正統派王子様な王太子を更に年齢による深みを帯びさせたどっしりとさた風情の王様は、父と同年代とは思えない程若々しいし、王妃様はレイチェルをほぼそのまま大人っぽい顔立ちにして背を高くして女性らしく肉感的にしましたって感じの美女だ。
さすが王族、美男美女揃い。
因みにゲームには王様も王妃様もモブ扱いで画像は無かったのでこれが完全に初対面だ。
ゲームに出てきたのは、王太子のジェイクトールと第二王子のクリストフ、そして第三王子のウィルことウィンスターだけだ。
ジェイクトールは優しげな笑みを浮かべている。クリストフは紺色の髪に同じ色の瞳と斜に構えたような表情がうらぶれた雰囲気がある。二人ともゲームそのまんまだ。
第二王子は攻略対象じゃないんだけどね。確か、王太子ルートのみに登場するラスボスだった筈。といってもプレイした記憶が無いので自信が無い。茜はウィルルートしかクリアしていないので、他は友達経由の知識だけ。
彼がラスボスとして何をしてくるのかはさっぱり分からないのだ。
「ウィンスターと騎士達から話を聞いたよ、クロウツィア。レイチェルを助けてくれてありがとう」
「私からも礼を言うわ。二人とも無事で本当に良かったわ」
王様と王妃様が揃って礼を述べてくれた。
王妃様は瞳がウルウルになっていて、大変お美しい。
やっぱり王族と言ったって家族なんだよなーと明後日な感想を抱きつつ「光栄です」と答える。
「近衛候補生となってくれたと聞いた。レイチェルを頼んだよ」
「女性騎士は珍しいので色々あるかもしれないけれど、何かあれば遠慮無くウィンスターに相談するようにね」
「勿論です」
王妃様の目配せにウィルが朗らかに応じた。
別に男所帯の中女が混じることでのトラブルは慣れっこなので大丈夫だと思うんだけどねー。
「マナスールの使い手であり、近衛候補生でもある君にこれを」
王様が手を述べるような動作をしたかと思ったら、父と同年代くらいの男の人が、青いビロードの布が張られた台座を捧げ持った従者と一緒に歩み寄ってきた。
台座の中心に置かれていたのは金の台座に小指の爪程の大きな青い宝石が中央にあしらわれたどう見ても勲章だ。
え、これくれるの?
たったあれだけで?
戸惑っている私の様子がおかしかったのか、目の前の男性がニヤニヤしてこちらを見ている。
白に近いアイスブルーの髪をオールバックに撫で付けた男性の、モノクルを掛けた銀の瞳は鋭く突き刺さりそうだ。
かなり高位の貴族なのだろう。
「お初にお目に掛かりますクロウツィア嬢。私はガイル・ガーランド。宰相を勤めております。この勲章は王家への忠誠の証。近衛となって最初に下賜されるもので、候補生でこれを受ける者は少ない」
思い出した!
ガーランドって攻略対象の家名だ。名前は確か、アルバート。
髪色と瞳の色が父親と同じで、かなりのツンデレキャラだったはず。
「何か?」
「失礼致しました。似た方を知っている気がしたもので」
「あぁ、息子のアルバートでしょうか。先の夜会に参加していたので面識があったかもしれませんね。避難誘導に従事していたから挨拶が出来なかったと残念がっておりました。学園に所属しているのでその時は是非宜しくお願い致します」
「はい、こちらこそ宜しくお願い致します」
まぁ、方便だろうなぁ。
友達がゲームしているのを横で見ていた限り、彼が他人と進んで接触したがるとは思えない。
初対面ではデレなどカケラも見当たらない絡み辛いキャラだったし。
それよりも、勲章について確認しておかないと。
「この勲章を私に? ですが先の件は、私はウィル……、ウィンスター殿下方の助けを借りなければ成し得なかった事だと思っておりますし、こんな物を戴くのは」
私がした事って、片っ端から敵対した相手を叩きのめして、騙されかけて、ウィルに助けられて、最終的にはマナスールを無理に使って貧血で気絶。
かなり迷惑もかけているしあまり胸張って言い回るような事じゃないと思う。
「そういう、自分の功績を語らないところは御父君譲りだな。そう構える事は無い。最初の勲章だと言っただろう。希少なマナスールの使い手が、王族であるレイチェル様を身を呈して守る程の忠誠を示した。それだけで、この勲章を授かるに値する」
私の振る舞いは随分好意的に捉えられているようだ。
ガイル様の冷たい印象のある外見とは不釣り合いに暖かい声で語られた言葉は、私の心を柔らかく包んだ。
ガイル様が私の左肩から勲章を垂らすように付けてくれた。
「我が国の宝を護りし者の忠義に加護をもって応えよう」
次の瞬間、それまでうんともすんとも言わなかったマナスールが竹刀に変わった。
周囲にいた貴族達が、あれがマナスールか、などと騒めき出した。
え、どうしようこの空気。
周囲を伺っていると、王様が立ち上がって手を軽くあげた。ただそれだけでしんと静まり返ってしまった。
流石のカリスマ性。
「それが、刃の無い剣か」
「あの……、申し訳ございません、このような場所で」
私はマナスールをこの場で使うつもりは無かった。
というよりさっきまでうんともすんとも言わなかったのに突然なんだというのだろう。
「この勲章はマナスールの使用制限を解く為の物だ。君の性質にマナスールは余程馴染んでいるとみえる。普通は腕輪から僅かに変化が見られたら城で受け望む形をとらせるよう訓練が必要なのだがな」
「そうなんですか?」
王様は特に怒ってはいないようでホッとした。
マナスールについては分からない事が多すぎるので試行錯誤しているところだけれど、私みたいにポンポン変わる事は無いようだ。
「悪いがマナスールについての話は後にさせてくれるか。時間が押しているのでな」
「はい」
「今回の件、大儀であった」
何か、無駄に騒ぎを起こしてしまった気がする。
恥ずかしいな。
私の謁見は終わったので指示された場所に立つ。
父も決まった立ち位置があるようで、別方向へ移動して行った。
私の立ち位置は、護衛に立つことが正式に決まったのでレイチェルの後ろだ。
そして私の隣には、サッパリと短く髪を切っているゼクトルが何食わぬ顔でウィルの真後ろに立っている。
昼食会で明かされたのは彼の話だったのだ。
彼はレイチェルを救うために30人もの人間と一人で立ち向かったそうだ。
流石に疲労困憊でフラフラになった所をカルスヴァール子爵に不意を突かれて腹部を刺され、重症を負っていたのをマノンで回復させた状態だ。かなり無理をしているのだろう、顔色は白い。
彼は敵方に所属していたもののレイチェルを救う為に尽力したことをレイチェル本人が切に訴えた事で恩赦を受けることになった。
だが、彼は悪名高いプリモワールの嫡子で、ゼビルとして敵方に所属していた事は事実なので、諸々の事情を考慮してとある提案がされ、彼はそれを受諾した。
ゼビル・アグロシアは先の事件の際に死んだという事にされ、彼はヴィンターベルト出身の庶民だったがその実力を見た騎士団長が養子として迎え入れた『ゼクトル・ウォルコット』という話になった。
そして、ウィルが自分の護衛に召し上げた。
流石にレイチェルの護衛にさせるのは色々不安があるのでこの形になったという。
私が考え事をしている間も、次の謁見が行われていた。
騎士団長による先の事件についての調査結果報告だ。
そこで、セイムリーア伯爵と、アグロシア男爵、その他事件に関わったと思われる人物達の捕縛と、カルスヴァール子爵夫妻の失踪が報告された。




