2 騎士団の下見
ふわりと広がる赤に黒のリボンやレースがあしらわれたひざ丈ドレスのスカート。手を覆うのはレースに縁取られた黒い手袋。靴も靴下も黒に赤の装飾があしらわれていてドレスと揃えて作られているとわかる。レースのあしらわれた黒い日傘を手にすれば、どこからどう見ても貴族の御令嬢。(ゴスロリver)
って、騎士団入団の為の下見という勇ましい目的の割に随分妖しげな出で立ちにされてしまった。
犯人のカーラは一歩後ろを涼しい顔で付いてくる。
まぁ、急に外出なんて言いだした私が悪い。この城へは婚約式の為だけに訪れたのだから。貴族というのは日帰りでもある程度服を持参するものなのが幸いしていた。
王宮を囲む城壁に沿って歩くこと約2キロの距離を息を乱すことなく歩く。
実はこの身体は案外鍛えられていて力もある。それはこのクロウツィアの家名ヴィラントに不随する事情によるものだ。この日傘も、ただの日傘ではないし、このドレスだって見た目より軽くて動きやすい。
それでも、厚底のヒール靴は既に砂で汚れ、足が痛い。カーラが無言でついてこられるのも居心地が悪い。何とかならないものか……。
内心でブツブツ呟いていると、ようやく騎士団詰所が見えて来た。
詰所敷地内には宿舎を兼ねた建物と、訓練場がある。目的はもちろん訓練場だ。
訓練場の中心では模擬戦が行われていて、訓練用の剣をぶつけ合う数組の騎士の姿がある。良いタイミングで来れたようだ。
端っこで目立たないように見る予定だったが、さすがに男ばかりの訓練場にいかにも貴族のご令嬢といういで立ちで現れた私は注目の的で、とても目立っている。
すると、背後でざっと砂を踏む音がした。
「クロウツィア。具合が悪かったのではなかったのか? 見舞いなら後で向かうから今は帰って安静にしていろ。生憎僕は忙しい。毎度毎度ご令嬢の娯楽に付き合っては居られないんだ」
振り返れば、立っていたのはウィンスター様だった。心底私を邪魔に感じているのが分かる視線が痛くて傘を持つ手に力が入る。
忘れてた。
騎士団に来れば彼がいるのは当然だ。
ゲーム内でも、休日に騎士団に出向いてウィンスター王子と会話することで好感度を稼いでいたのだから。
傘の隙間からそっと顔を伺えば、機嫌が悪そうにこちらを睨んでいる。
元々クロウツィアはストーカーよろしくウィンスターを追い回していた。現時点で騎士団に入団したいと言ったところで、不純な動機を疑われてしまうだけだろう。
とにかく今日は下見だ。ウィンスター様に邪見にされたところで引き下がるわけにはいかない。そういう気持ちを込めて傘を肩に掛けてはっきりと顔を見上げると、ウィンスター様が少し息を詰めたように口ごもった。
「身体はもう問題ございません。ご心配をおかけして申し訳ございませんでしたわ。今日は騎士団の訓練を見させていただきたく寄せさせていただきました。婚約者として未来の夫の仕事の一旦を知りたいと思いましたの。邪魔は致しません。あちらの端で立っていることをお許し下されば十分ですわ」
「……好きにしろ。おい! 気を散らすな。再開だ」
微笑んで一息に言い切ると、ウィンスター様は背を向けて去って行ってしまった。
つらつらと出てきた令嬢言葉に鳥肌が出そう。不自然じゃないと良いけど……。
ほっとして自分で指定した場所へ向かう。審判役として立っている騎士の数歩後ろは、模擬戦を見物するのに好都合だ。隣には当然のようにカーラが立つ。
私の登場に少しざわめいていたが、ウィンスター様の号令で模擬戦が再開した。
一番近いところにいるのは新人なのだろう、まだ少し拙い。右の騎士が剣を繰り出すと、もう片方が剣で受ける。左の騎士は右の脇が甘い。私ならそこを狙う。逆に右の騎士は剣の振りが大振り過ぎるので、受けられた今懐に大きな隙がある。足技を使っていいのなら一撃で終了できそうだ。
奥で戦う騎士は力の均衡した良い試合をしている。二人とも楽しそうだ。
あぁ、私も混ぜて欲しい。
新人達の模擬戦は左にいた方の騎士が勝った。
向こうで戦っている二人は模擬戦というよりもベテランに稽古をつけてもらっている感じだ。実力差がはっきりしている。
「随分熱心に見ていますね、そんなに面白いですか?」
いつのまにか隣に年配の騎士が立っていた。全く気配を感じなかった。
「ええ、まあ」
まさか初対面の相手に私も参加したいとは言えないので、曖昧に微笑んでごまかした。
「次は、メインイベントですよ」
「メインイベント?」
隣に気を取られているうちに模擬戦はひと段落したようで誰もいなくなっていて、奥から二人が模擬戦場に上がってくる。
逆光になっていて顔が見えにくい、目を細めてみると、一人はウィンスター王子だった。お相手はと確認しようとして目を見開いた。
「お父様!?」
ウィンスター様の対戦相手は、先程仕事に向かった筈のお父様だった。
「なぜ、お父様が?」
「ご存知ありませんでしたか? 貴方のお父上、ヴィラント侯爵は元騎士団団長であり、剣聖とまで呼ばれたお方。侯爵位を賜り、領主となった現在でも時々後輩に稽古をつけるのは国王直々に命ぜられた大切なお役目でございます」
忘れてた。ヴィラント家はいわゆる武家というやつで、父アレイスター・ヴィラントは元平民の騎士だったが、先の戦で武勲を多く挙げたことで叙爵して侯爵家に上がった人だ。
クロウツィアが女だてらにある程度鍛えられた身体をしているのはその為だ。まぁ、元のクロウツィアはあまり熱を入れて鍛えていたわけでは無かったので、ヴィラント侯爵家最弱という不名誉な称号を持っていたが……。
お父様もお母さまも普段領地で生活していて、王都で暮らしている私とはほとんど交流が無かったので、剣聖なんて呼ばれていたというのは初耳だが。ゲームでは、両親にあまり手をかけてもらえなかったことで婚約者であるウィンスター王子に対してヤンデレ化したお嬢様という印象しかなかったし。
騎士服に身を包んだお父様は客観的にみてもかなりかっこいい。
元々クロウツィアの父親なのだから当然といえば当然のように美形で、紫色の鋭い眼光と口ひげが貫録があって、黒髪と紫眼というクロウツィアとはカラーリングは同じなのに雰囲気が全然違う。うっかりときめいちゃいそう。危ない危ない。
元々私は強い男が好きだし、金髪やら銀髪やらチャラ男っぽくてあまり好きではない。この世界では地毛なのでしょうがないのは分かっていても、黒髪のほうが親近感があるのはどうしようもないのだ。
そんな熱い視線を父親に向ける私の頬にチクチクと視線を感じたのでそちらに目を向けると、ウィンスター様がこちらを睨んでいた。
「?」
私大人しく観戦してるだけだし、ウィンスター様を見つめていたわけでもないのに何だというのだろう。
不思議に思っていると、視線が外れ二人が剣を構えて向かい合った。
「始め!」
審判役の騎士の合図で斬り合いが始まった。
同時にウィンスター様が会場を走り回り始めた。剣道の試合と違い、場を広く使うようだ。それに対しお父様は開始場所から全く動いていない。隙は全く無く、切り込む場所が無い。ウィンスター様は隙を伺っているようだ。
攪乱の為に走っていたのだろうが、父親に効果はなさそうだ。時々切り込むが、最低限の動きではじかれてしまっている。
「速いな……でも……」
ウィンスター様の足は速いことは間違いない。訓練用の鎧をつけていてあの速さだ、良く訓練しているのが分かる。
父の様子を表現するなら泰然自若。実力差が大きすぎて自ら攻撃することすらしない様子だ。ウィンスター様の顔にははっきりと悔しさと焦りが見える。呼吸が乱れていて長くはもたないだろう。
私が戦うならどうする?
「貴方が戦うならどうされますかな?」
「んーー……手数で攻めつつフェイントを仕掛けて……」
言い切ったところでハッとして我に返る。考えていたことを横から問いかけられて思わず応じてしまった。こんな小娘が騎士相手に何を言い出すのかと笑われるところだ。
「あ、いえ、戯言を申し上げましたわ。おほほほ」
笑って誤魔化そうとしたところで、周囲がざわりと騒然となった。模擬戦場へと向き直ると、父の剣がウィンスター様の剣をはじいたところだった。そして、信じられないことに、弾かれた剣がまっすぐとこちらに飛んできていたのだ。
それはくるくると放物線を描きながら飛来して、その軌道上には――。
「カーラ!!」
咄嗟に閉じた日傘を下から振り上げた直後、鋭い金属音が響き渡った。
直後に剣が地面にざっくりと刺さり、蒼白になったカーラが尻もちをついて座り込んだのがちらりと見えた。
私はというと、瞬発的に全身から力を振り絞った影響で全身で息をしながら頽れた。当然ながら日傘はめちゃくちゃになっている。
直後に周囲からわっと歓声が上がった。肩で息をして周囲を見る余裕がない私は、耳だけでその歓声の内容を聞き取っていると、「さすが剣聖の娘だ」とか「ウィンスター王子の婚約者としてこれ以上相応しい方はいない」だとか賞賛されているようだ。
嬉しいが、剣をはじいただけでここまで消耗している現状ではあまり嬉しくは無い。それに邪魔をしないと言ったにも関わらずこんな騒ぎを起こしてしまったのだ、ウィンスター様も苦々しいお顔をされていることだろう。それに、この婚約を不本意に思っている相手に賞賛が集まる状況は好ましくはないことだろう。
そう思っていると、誰かが手を差し伸べてくれた。手の主を顔を上げるだけで確認すると、ウィンスター様だった。呆然とする私の手を引いて立たせてくれる。
「危険な目に遭わせてすまなかった。大丈夫か? 怪我は」
「ええ、なんともございません。カーラ……カーラは!?」
はっとして隣を確認すると、近くにいた騎士がカーラに手を貸して立たせていた。
「わ、私も大丈夫です。お嬢様」
カーラは慌てた様子で応じてくれたが、痩せ我慢をしているわけではないかとカーラの全身に目を走らせるが、砂が各所についてしまっている以外は何ともなさそうだ。ほっと胸をなでおろすと、足首と右手首に痛みが走った。無理な体制で無理な力を入れた所為で痛めたらしい。思わずよろめいてしまったのをウィンスター様に抱き留められてしまった。
「も、申し訳ございません。今日は下がらせていただきますわ……ひゃぁ!?」
慌てて離れようとすると、そのまま抱き上げられてしまった。女性とはいえ立っている人間を強引に持ち上げるなど、何という力かと驚いて硬直してしまった。
クロウツィアは見た目の割に筋肉がある上にドレスを着ていてかなり重い筈なのに。
しかも、相手はあのショタ女装枠のウィンスターである。
「ウ……ウィンスター様?」
「詰所で手当てを受けると良い。侍女殿も申し訳なかった。見た所怪我は無さそうだが一緒に来て手当てを」
「いえ、私は大丈夫です。屋敷から迎えを呼びますので、お嬢様をよろしくお願い致します」
「分かった」
短いやり取りの後、ウィンスター様は私を抱えたままさっさと歩きだしてしまった。カーラやお父様の様子が気になったが、ウィンスター様の身体で見えなかった。