15 光と影のデビュタント
今日はとうとうデビュタントの日。
私は侍女に取り囲まれてウェディングドレスのような真っ白なドレスで身体を拘束されていた。
「お嬢様ぁ! とってもお綺麗ですぅ!」
そう、拘束。コルセットはガチガチだし、キラキラとした輝きを演出するための小さな宝石が何百と編み込まれたドレスはかなりの重量を誇る。
侍女達は楽しそうだが私は結構辛い。
まぁまぁ鍛えている私でも結構大変なのに、これでダンスとか凄いなご令嬢。持ち上げるパートナーも大変だ。シェイルならともかくウィルは大丈夫か?
「このレース、凄い細工ですねぇ。さすが王家御用達のドレス店『マダムリリス』ですぅ。このドレスを着こなせるのはお嬢様だけでしょうねぇ。物理的にも」
ため息交じりにドレスを愛でつつ、私を賞賛しているのか貶しているのか判断しづらいコメントをしてくれているのは初日の模擬戦で私をぶっ倒してくれた使用人最弱の侍女ミンネだ。
ちなみに竹刀を手に入れてからリベンジ済。
『お嬢様ぁ、明日はとうとうデビュタントですねぇ。きっと気に入らない貴族の一人や二人出てくると思いますけどぉ、心配はご無用ですよぉ。私ぃ暗殺が得意ですからぁ』
昨夜、夕食後の紅茶を、朗らかな笑顔で給仕していたミンネが突然被っていた猫を放り捨てた。普通の侍女として見ていた私は、話し方も内容もいきなりぶっ飛んだミンネが信じられなくて「え、なんて?」と素で聞いたら、同じことをもう一度言われた。
のんびりほんわかしたキャラのように見えてしっかり毒を持っているのがまるで鈴蘭のようだ。さすがうちの侍女。とりあえず「暗殺は駄目」とだけ言うと不満そうに「大丈夫ですよぅ。証拠は残しませんからぁ、安心して下さい!」と言われた。なんにも安心できない。
「このドレス、予算限界ギリギリまで駆使しつつ、お嬢様の魅力を引き立てつつ、お嬢様が動ける程度の重量を計算して、ヴィラント侯爵家の紋章まであしらって……ここまでくると執念ですねぇ」
デビュタントは白いドレスと決まっているので、レースの素材や宝石などでその家の個性や財力を表す。うちのドレスにはスカートの部分によーく見ると大きな豹の横顔の刺繍が施されている。ドレスなのになんとも勇ましいことだ。
スカートが派手な分、上半身はシンプルにぴったりとしたフォルムで、露出しすぎない程度に開いた襟元にはアメジストのペンダントが飾っている。同じデザインの大振りなピアスが耳元を飾っているので、顔を動かすたびにシャラシャラと揺れる音がする。
結いあげた髪にも小さなアメジストとダイヤモンド配した華奢なチェーンが巻き付いている。
ちょっと派手すぎやしないだろうか。
心配になって鏡を見ると意外とそうでもなさそうだ。陽の光に溶け出しそうな白いドレスに身を包んだ黒髪の美少女がこちらを見返していた。随所に散りばめられたアメジストと瞳の紫がアクセントになっている。クロウツィアのスチルにあったような暗い雰囲気が真っ白に塗りつぶされていて、ここまでくると詐欺だ。
ちなみに重量的に運搬が難しいということで、職人は連日ここに泊まり込んでいたらしい。なんでも、ここまで拘ることは重量の面をクリアすることがとても難しかったらしく、鬱屈していた職人が嬉々として作り上げたそうだ。完成したドレスを見せに来た職人は眼が血走っていて怖かった。
「おかしい、私は剣を振り回せない位には非力な御令嬢の筈なのに」
「またまたぁ。貴族の御令嬢なんて普通剣を持つことすら出来ませんからぁ。勝てないまでも戦える時点で非力とは言えませんよぉ。ちなみにこんなドレス、鍛えていなかったら男の人でも動けませんからねぇ」
「……」
何となくショック。非力ぶりたいわけでは無かったけど……。
確かにドレスというのは持ち運ぶ以上に着て動くのはかなり大変だ。ただ立っている時に重量に耐えるだけでなく、ドレスの裾が床を擦るのを防ぐ為軽く蹴り上げるように歩く必要があるので脚力はもちろん持久力も要る。しかも、このドレスの重量を生み出しているのはスカートに施された細工だ。きっと夜には足がパンパンになっているに違いない。
でも、ちょっとキツイなと思うだけで歩ける時点で、確かに私だけのドレスかもしれない。
「お嬢様、これをお持ちください」
カーラに手渡されたのは黒い骨組みに真っ白なレースが施された扇子だった。見た目に反して重い。何だこれ。思わずカーラを見ると、何故かこくりと頷かれた。いや、私なんにも察してませんけど。
「ダンスホールは剣を含む武器の持ち込みは禁止されておりますし、マナスールは作動しない仕掛けがあるという話ですからこちらをお持ちください」
「……社交界って何だっけ? 戦場にいくわけじゃなかったと思うんだけど」
「護身は淑女の嗜みです。ダンスホールは貴族の戦場だといいますしね」
「……」
絶対意味が違うと思うんだけどカーラは本気で言っているんだろうか。
思わず胡乱な眼で見つめてしまったけれど、カーラに動じた様子は無い。何か問題でも?とでも言いたげだ。
私は深く考えるのをやめた。
溜息をつきつつ扇子を開いてみると、骨組みが何かとてつもなく固い何かで出来ている以外は普通の扇子だ。刃がついたりもしていない。
マナスールが使えないというのは納得だ。仕組みは全く分からないけれど、自由自在に形を変えて武器を形成するなんて代物を持った人間なんて、対策もなしに王族の前に立たせる訳にはいかないのだろう。
でも、だからってこんな武器としても使えそうな扇子を持たせるなんてカーラはダンスホールに何が潜んでいると思っているのか。
骨組みの部分をいじったりして矯めつ眇めつしているとカーラが呆れたように囁いた。
「……あくまで護身用ですよ。少し気になったことがあったもので」
「気になったことって何?」
言いにくそうにそっと告げたカーラに問い返すと、他の侍女に部屋を出るように告げた。二人きりになった後、窓際の一際明るい場所にしつらえたテーブルセットの椅子に腰かけるように誘導されたので従うと、自身は立ったままで紅茶を給仕しつつ、重そうに口を開いた。
「以前お話頂いたげぇむの話なのですが、レイチェル様が登場しなかったというのは本当ですか?」
「あ、うん。妹なんて設定に覚えが無くて不思議には思ってたんだけど」
「レイチェル様は第三王子ウィンスター様とは双子という間柄にあり、御年15歳。今年学園に入学することが公式に発表されています」
「そうなの!?」
そんな重要な役どころがゲームに姿を現さないなんて不自然だ。マナスールやマノンといったゲームには無かった要素が登場する時点で、純粋にこの世界はゲームと全く同じと言うわけでは無いという可能性を考慮するにしても、能天気に構えていられない事態といえよう。
「レイチェル様は政治的にも難しい立場にある上に、その天真爛漫な振る舞いの影響を受けた貴族令嬢も居ますので……」
「暗殺の可能性があると?」
レイチェル様はウィルそっくりの美貌を持つ王女でありながら婚約者が決まっていない。彼女を娶れればその地位は確約されるからモテモテだろうし、他国に嫁がれては困る勢力もあるだろう。更には、レイチェル本人がウィルに扮して彼の婚約を潰してきた経歴まで持っている。何も知らずに騙されたご令嬢達はさぞかし怒っていることだろう。
これだけ高位貴族のヘイトの集まった少女はそうそう居ない。
「学園入学前にレイチェル様が王城を出られるのはこのデビュタントだけですから、何かが起こるとすれば……」
「今日しかないというわけね」
「あくまで可能性の話です。ホール内には入れませんが、屋敷の中には待機しておりますし、お嬢様は気にせずデビュタントをお楽しみくださいませ」
今回の会場につれていける使用人は二人までと決まっているから私はカーラとミンネ、シェイルの分として後二人連れていく。一騎当千の彼等が居ればたとえ何かがあるとしても未然に防いでくれそうだ。
後は、ホールの中で何かがあった時の為にこの扇子を授けてくれたという訳だ。
これは完全にフラグといって良いだろう。
うーん。シェイルだけじゃなくレイチェル様も監視する必要がありそうだ。




