12 後でレイチェルが激怒しそうな話
「それにしても驚きましたよ。庭園へクロウツィア嬢をご案内されていた筈のウィンスター様が外から飛び込んでいらしたんですから」
「妹がお騒がせして申し訳なかったな。本当に悪戯好きで……」
外観の印象に違わぬ暖かで可愛らしい雰囲気の食堂に、いつになく弾んだ笑い声が響く。
私と食卓を囲んでいるのは、カルスヴァール子爵夫妻とウィルだ。レイチェル様はやはりというか帰ったらしい。果たしてあれを悪戯好きで済ませて良いのか?
やけに対応が手馴れている様子のウィルに突っ込むべきか迷う。
「それにしても、良く見抜けましたね。レイチェル様の変装を見破ったのはクロウツィア様が初めてなのですよ」
あれで?
一目で違和感を感じたくらい違ったと思うのに、とウィルを見ると困ったように頷いている。
「小さいころは何度もそれで困らせられたものだ。身に覚えのないことで叱られたことも一度や二度では無い。最近は無くなっていたから油断していた」
「ということは、レイチェル様がウィルになりすましたのは幼いころだけということですね。なら納得です」
どういうことだ? とウィルが片方の眉を跳ね上げた。私は口に入れてしまった鴨肉のローストをしっかりと飲み込んでから続きを話す。
「レイチェル様がウィルに成りすまして違和感が無かったのは、二人とも幼かったからだということです。だって今のウィルはレイチェル様とは全く違うでしょう」
「剣ダコと筋肉か……」
やはり聞かれていたか。予想はしていたとはいえ恥ずかしい。何というか女らしさの欠片もない。嘘でも愛の力とか言えば良かったのか。いや、そんなの聞かれていたらもっと恥ずかしいな。背中がかゆくなるわ。
ていうかウィル、自分で言ってて照れてんなよ。ちょっと赤くなちゃって可愛すぎかっ。
駄目だ訳の分からないこと口走りそうになる。落ち着け私。
「コホン。まぁそうです、男性と女性では双子でもどうしても成長するに従って明確な差異が生まれます。それに気づかないままウィルの服や所作を真似たとしても直ぐに分かりますよ」
「いやぁ、さすがですな。気づかないままクロウツィア嬢を貶める手伝いをさせられてしまっていた我々は恥じ入る思いだよ」
「本当に、申し訳ございませんクロウツィア様」
眉を下げているカルスヴァール子爵夫妻に気付いて今の私って当て擦りしたように思われてるのかも。と思い至って青くなる。そんなつもりじゃなかったのに。
「そんなつもりでは……」
「カルスヴァール殿、責任は全て僕の監督不行き届きにある。ローツィも変な意味で言ったのではないと分かっているよ。君はそんな方ではないと僕は思っている」
「ウィル……」
カルスヴァール子爵夫妻へ真剣な顔を向け、次に私に向いたウィルはその冷たささえ感じる程高貴な金の瞳を緩く細めた。眼を逸らさなければ吸い込まれてしまうのだと言われていたとしても見つめ続けてしまう。それほどに綺麗だった。
「さすがのレイチェルも真正面から論破されて懲りただろう。デビュタントでは再会することになるだろうが、どうか仲良くしてやって欲しい。どういう訳か同性の友達を作ろうとしないのでね」
どういう訳かじゃないでしょうよ。あんなに全身全霊でお兄様大好きな人間が自分の傍にご令嬢を近づかせる訳がない。
あらかた食事が終わり、食器が下げられた後で、カルスヴァール子爵が席を外した。別室にお茶を用意しているので準備が出来るまでお待ちくださいとのことだ。これは私とウィルを二人きりにさせる方便だろう。何か話があるっぽい。
「ローツィ。これを」
そう言って手渡されたのはリボンの掛けられた四角い箱だった。そこそこ大きい。促されてリボンを解いて中身を確認すると、豪奢なケーキだった。王族に献上する為に贅を尽くして作られたであろうケーキは、花を象ったクリームで彩られていて、更に繊細な飴の飾りが散りばめられている。
「これは……」
「花束は勝手にレイチェルに渡されてしまったのでね。急遽用意させたもので申し訳ない」
プレゼントまで持ち出されたウィルはさぞ焦ったことだろう。私がもしシェイルに同じことされていたら泣くまで殴る。
それにしても、レイチェルによって渡された花束がウィルが用意していたものだと分かっただけでも嬉しかったのに、まさかケーキが貰えるとは思ってもみなかった。
「ん……?」
ケーキをよくよく見ると飴細工の一部にレイチェルと読める文字がある。これ、レイチェル様のだ。そっとウィルを伺うと、うん? と首を傾げられる。なるほど、レイチェル様に花束を奪われた代わりに、レイチェル様用に用意されていたケーキを持ってきたらしい。
確かに短時間でプレゼントなど新しく用意する時間は無かっただろう彼が思いついた苦肉の策に違いない。
レイチェルの文字が無ければ完璧だったが、よーく見なければ気付かない程繊細な描かれ方をされているので、焦っていて気付かなかったのだろう。
「気に入らなかったか?」
「い、いえそんな。とっても美味しそうで嬉しいです! ありがとうございます」
「というわけで、あのケーキを贈られたのです」
「ふーん」
あれから数日、ようやくヘリオスの背でバランスを保てるようになった私は、馬上に乗ったまま誕生日の夜の出来事をシェイルに話して聞かせるくらいにはなれた。ちなみにシェイルは隣を歩いている。勿論徒歩だ。これでは牧場の乗馬体験ではないかと思うが怖いものは怖い。
あのケーキはカーラを含む侍女達と食べた。シェイルはその時所用で出ていたので後で切り分けたものだけ渡して詳しい経緯を話していなかったので今話しているのだ。
件の飴細工については、名前の部分だけさりげなく砕いてから持ち帰ったので、そのあたりの部分を誰も知らない。話がややこしくなるしね。
「で? そのレイチェルって女がパーティーで絡んでくるかもしれないから何とかしろって?」
「んなこと言って……ません! というか王女様に向かって女なんて言い方してはいけませんよっ」
んなこと言ってないから! と言いそうになった。シェイルと話していると素が出そうになる。何というか、前世で中学の頃よくつるんでいた男友達にそっくりなのだ。喧嘩っ早いところとか、話し方とかが。高校に上がって普通の友達が出来てからも、時々会っては馬鹿をやっていたものだ。ちなみに弓道部。矢を叩き落す訓練を言い出したのもあいつだ。今頃どうしているんだろうか。
「というか、お兄様にレイチェル様の対応をさせるなんて、猛獣の前に猫を放り出すような真似するわけがありませんわ」
「えらい言い様だなオイ。そろそろ走ってみるか」
「いやぁっ嘘ですごめんなさい」
今にもヘリオスをけしかけようとその尻へと振り下ろされようとする手を慌てて制止する。このやり取りは何度目になるか分からない。
一回その所為でバランスを崩して振り落とされたけどねっ。やり過ぎたと焦って受け止めようとして受け身を取ろうとした私と激突したのを忘れたのか脳筋め。
ちなみにその時私はうっかり肘を腹部に喰らわせてしまい、シェイルは吐瀉物を撒き散らした。怖い思いをさせられた上に服を汚された私は激怒したし、シェイルも痛みと嘔吐の疲弊感で逆ギレしていたので割と大喧嘩になって決闘騒ぎにまでなったけれど、カーラに怒られたのでその場は収まった。カーラマジ怖い。シェイルもあれ以来カーラには頭が上がらないようだ。
だから、このシェイルとのやり取りもフリだと分かっているが、あの時は本気で怖かったので毎回必死で止めている。馬から落ちたのが怖かったからか、カーラが怖かったからかは混濁していてはっきりしていないが。
「シェイル様、お嬢様、そろそろお時間です」
「もうそんな時間か」
シェイルがかなり嫌そうな顔をしながらも、私をエスコートしてヘリオスから降ろしてくれる。
心なしかどんよりとしてテンションを下げているのとは正反対に私はにやりと効果音が出そうな顔をしているに違いない。
「さぁ、まいりましょう。お・に・い・さ・ま」
猛獣調教のお時間ですわ! なんてね。




