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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
4 王立べラム訓練学校 高等部2
99/134

4-5話 精霊錬金術師6

 ――トゲに刺されてすぐにパックスの耳にルーセントの怒れる叫び声が耳に届く。火であぶられているように熱く感じる傷口からは、少しでも動けば全身に波打つように、鋭くしびれを伴った引き裂かれるような激痛が走った。


 うつぶせに倒れる身体から、大量の血液が地面を染めていく。


「ぐぅぅっ……くそがぁ!」

「パックス、そのまま動かないで! すぐに治すから!」


 予断を許さない状況に、フェリシアが急いでパックスへと近付いていく。遠目に聞こえるフェリシアの声、どんどんと力が抜けていくパックスの視界は、外から闇に包まれて小さく消えていく。いつのまにか痛みさえ消えていた。もはや指の一本も動かない。これでおれも終わりか、と思った矢先に身体が暖かい光に包まれた。


「パックス! しっかりして! パックス!」


 フェリシアが意識を途切れさせないようにと必死に声をかける。全力で発動させた回復魔法が薄緑の淡い光を放つ。五秒ほど続くと傷口が完全にふさがった。

 傷口であった場所に肌色の地肌が姿を表す。傷が消えて痛みがなくなったパックスが、穏やかな表情を取り戻す。そこにヴィラが近付いてきた。


「パックス、傷はどう?」

「ああ、フラフラして気持ち悪いけど、フェリシアのおかげでなんとか」

「もうダメかと思ったよ。無事でよかった」

「不吉なことを言うなよ。まったく二度とごめんだ」

「同感だね。とりあえずこれを、造血ポーション」

「悪い。くそ、気持ち悪い、これが貧血ってやつか」

「とにかく今はうしろに下がろう」


 パックスがヴィラとフェリシアに引きずられて後方へと下がると、錬金科で作った魔法障壁のアイテムをヴィラが発動させる。


 薄く青い光の壁に広範囲が包み込まれた。


 フェリシアがルーセントの方を見ると、ティアが空中を飛んでいた。


「ルーセント! こっちは平気よ!」


 フェリシアの大声にルーセントがうなずいた。

 そこにティアが降り立った。

 なにかを話す二人が動き出した。



 フェリシアがパックスを治療している頃、ルーセントとティア、コローレベルッツァのにらみ合いが続いていた。蜘蛛は二人の出方をうかがってじっとしている。

 ルーセントとティアは魔物から視線を外すことなく、武器を構えて会話をしていた。


「ティア、いつも手首につけてる棒手裏剣は何本ある?」

「これですか? 両手を合わせて十二本です。でも、大したダメージは与えられませんよ。距離だってそんなに飛ばないですから」

「風魔法をまとわせて使うならどうかな?」

「ああ、それなら多分……。試したことはありませんが、その方法なら同時に六本程度なら、何とかなりそうですね。魔力操作で速度も方向も自由に扱えますから」


 ティアは短刀を逆手に持ちながら、右手の手甲に着けている棒手裏剣を見せて会話を続ける。

 ティアの持つ棒手裏剣は、長さが十七センチメートル、重さが四十グラムの鋼で作られていた。


 その姿は、やや長方形の四角柱の形をしていて先端に行くにつれて先細っていた。

 ティアが短刀を鞘に戻して棒手裏剣を手に取る。そこにルーセントが作戦を伝える。


「まずは、オレが火の魔法で一方向に動かすから、動きが止まったところで、それをあいつの身体にこっそりと撃ち込んでくれない?」

「それでどうやって倒すんですか?」

「うん。ここに来る前にヴィラに聞いたんだけど、おそらく体毛はチタン合金製になっているんじゃないか、って言ってたんだ。その表面には皮膜が張っていて、電気が通りにくくなっているかもしれないって。だから、今のままだとオレの雷の魔法がたいして効かない。そこで外郭に鉄の棒を刺して直接体内に雷撃を送ることができれば倒せるかと思って」

「おお! 考えましたね。意地でも成功させて見せますよ。こっちは任せてください」


 ルーセントの作戦を聞いたティアは、両手首の手甲から三本ずつ、計六本の棒手裏剣を両手の指の間に挟んで腕を下ろした。


 準備が整うと目線で合図を送り二人がうなずいた。


 ルーセントが大きく息を吸い込むと、右手に持った刀を頭上に掲げる。すると、ルーセントの頭上に次々と炎の矢が生まれた。その数は二十本にもおよぶ。壁に張り付くコローレベルッツァが火炎矢に反応して頭を地面に、身体を沈み込ませる。


「行け!」


 煌々と赤白く燃えさかる炎の矢が、振り下ろすルーセントの声に合わせてランダムに飛翔する。高速で飛び立つ炎の矢は、赤い光跡(こうせき)を引いた。


 最初の一撃を真横に飛んで回避するコローレ・ベルッツァ。次々と襲いかかる炎の矢に、誘導されるように逃げ惑う。消えることなく壁に刺さる炎の矢、最後の一本がコローレベルッツァの進行方向に刺さったとき、すべての逃げ道をふさいだ。その瞬間、ルーセントが叫ぶ。


「今だ!」

「分かってますよっ!」


 風をまとう棒手裏剣が六本、高速で飛翔しコローレベルッツァの身体へと吸い込まれていく。岩を砕くような音を立てて四本が刺さると、残りの二本は外れて壁に刺さった。

 痛みにもがくコローレベルッツァは、剥がれ落ちるように壁から落下する。体勢を立て直すと、すべての目が赤く光って強い光を放った。


「これで終わっ……」


 ルーセントが追撃に出ようとしたとき『ドンッ!』と地響きにも似た大きな音が空洞内にこだました。


 またか、と全員が身構える。


 たが、いつまでたっても攻撃は始まらず、静寂が空間を支配した。

 しかし、コローレベルッツァの目はいまだに赤く光っていた。


「なんで、何も起きない?」

「でも、空気が変わりましたよ。嫌な圧迫間があって気持ち悪いです」


 疑問を口にするルーセントに、微量な変化を感じとるティア。二人は周囲にキョロキョロと視線を動かしながら、最大の警戒を持ってうしろへゆっくりと下がる。そこに、二人の目の前に天井から小石が落ちてきた。洞窟内に短い乾いた音を響かせた。


「石?」


 不審に思ったルーセントがゆっくりと視線を上げる。そこには天井を埋め尽くすほどの、膨大な数の岩のトゲが地表のすべてを射程に捉えていた。

 天井を見つめたまま固まるルーセントを見て、ティアも頭上を見上げる。

 つられるようにフェリシア、パックス、ヴィラも追従して天井を見上げた。全員の顔がひきつる。


「……なんだ、あれ」

「おい、うそだろ?」

「これは……」


 絶体絶命な状況にして、おそらくはコローレ・ベルッツァの采配でいつでも射出できるであろう状況に退路を断たれる。

 そして誰か一人でも大きく動けば、その瞬間にトゲの雨が降り注ぐであろう状況に誰も動けなかった。

 ルーセントが目を閉じて長く息をはく。覚悟を決めたように、左手で二本目の小太刀を引き抜いた。ゆっくりとした動きで二本の刀を構える。ティアもそれを見て、腰に差した二本の短刀を引き抜いた。


 魔法障壁に包まれている三人も、一応は武器を構える。そしてヴィラが一度だけ障壁を見上げた。

 一枚の壁だけでは持たないだろうと、たすき掛けにしたバッグから拳大の大きさの金属の球体を取り出した。


「フェリシア、パックス、魔法障壁を張るからあまり離れすぎないで」

「それがこの青いやつか」

「ああ。ただ、どこまで耐えられるかは分からないから覚悟はしてくれ」


 不安を残すヴィラの言葉だが、二人はなんとかなるだろうと前方にいる二人に視線を移した。

 意図を察したヴィラは、コローレ・ベルッツァを刺激しないように、控えめな声量でルーセントとティアに話しかける。


「ルーセント、ティア? 今から魔法障壁を張るけどここまでこれる?」


 二人はヴィラの声に反応すると、コローレベルッツァから視線をはずすことなく、声のする方向へ顔を少し傾ける。一度だけうなずいて、ルーセントがティアと視線を会わせる。


「行けるでしょうか?」

「難しいね」

「ですよね」

「でも、試す価値はある。覚悟はいい? カウントをとるよ」


 先に話しかけるティアに、ルーセントが冷静に状況を判断する。ヴィラとルーセントの間は、およそ十メートルの距離がある。二人は後方に向かって走り出せるように、ゆっくり姿勢を変えるとカウントダウンを始めた。


「三、二、一、走れぇええええええ!」


 大声で叫ぶルーセントの声を合図に、ヴィラは魔法障壁を発動させる。ドーム状に展開される青白いヴェールが二重に三人を包み込んだ。

 ルーセントとティアは最高速度でヴィラの元へ向かう。

 そして天井からは、その進路を断つように、すべてを貫こうと豪雨のようにトゲの雨が降り注いだ。


 ――斉射が止んで、覆い尽くしていた砂煙が晴れる。

 降り注いだトゲは消失していたが、地面は大きく(えぐ)れていて、デコボコの荒れ地に変わっていた。

 空洞内には障壁に守られた三人と、地面に倒れるティア。そして刀を地面に刺して、力なくうなだれているルーセントがいた。


 二人は魔法障壁には間に合わなかった。


 すぐにあきらめた二人は、魔法と刀で迎撃を始める。ティアは天井に向けて四方に風の刃を、ルーセントは地表近くから炎の矢を何発も飛ばした。

 それでも次々と生み出されるトゲには対処しきれず、少しずつ傷を増やしていった。


 魔法をかいぐぐって迫るトゲには、両手に構える刀で払い落とすも、瞬く間に鎧は傷だらけになっていったた。まとう衣服もボロボロだった。

 そして次々と無数の裂傷が刻まれていく。その一部は抉れて流れる血により全身を赤く染めていた。

 動く気力すらないのか、ルーセントは刀を地面に刺したまま、それに寄り添うように片膝をついていた。頭をうなだれて呼吸を荒げていた。


 ティアも呼吸するのが精一杯の様子で、地面にうつぶせで倒れている。


 障壁内にいたフェリシア、パックス、ヴィラの三人は、なんとか耐えきった障壁のおかげで無傷でいられた。しかし、ルーセントとティアの状態は誰が見ても急を要するものであり、フェリシアとパックスがすぐに駆け出した。二人の治療に当たろうと近づいていく。その瞬間、二人を止めるヴィラの叫び声が空洞内に響いた。


「まだだめだ! 終わってない!」

「えっ?」

「しまっ……」


 二人が障壁を飛び出した瞬間、コローレベルッツァの目が赤く光る。


 そして、天井から再びトゲが射出された。


 フェリシア、パックスの二人を襲う岩のトゲは降り注ぐ数こそ減ったが、命を奪うのにはじゅうぶんの数だった。


「くそったれ!」


 パックスが瞬時に魔法を放つ。地面から二人を包むようにドーム状の透明な氷の壁が展開された。その厚さは四十センチメートルほどあった。

 トゲは氷の壁に阻まれ砕けて消失していくが、氷の壁も無事ではなく、岩がぶつかるごとに削れていった。


 徐々に穴が開いて全体にヒビが入る。


「だめだ、……持たない。来るぞ!」

「任せて!」


 パックスの氷が砕けると同時に、フェリシアが八身蛇竜(オロチ)と名付けられた魔法を放つ。フェリシアの足元から現れた水の球体が二人を包む。その球体からは、渦を巻くように八本の水の(くだ)が姿を現した。その姿は平たい蛇の頭を持って、長く伸びる水の胴体を持っていた。縦横無尽に空中を泳ぐ八匹の水蛇が、コローレ・ベルッツァの魔法を消滅させていった。


 水竜により消えていくクモの魔法を見ていた二人は、完全にコローレベルッツァへの警戒を解いてしまっていた。いつの間にか壁を移動していた魔物は、フェリシアとパックスに向けて新たな魔法を放っていた。


 天井から降り注ぐ魔法と、二重で放たれたもう一つの魔法は、コローレベルッツァの身体付近から射出された。それは直径二十センチメートルの大量の岩石群だった。二人が高速で飛翔する岩石に気付いたときには、既に手遅れとなっていた。


 フェリシアをかばうパックスの身体には、五発の岩石が命中する。しかしその勢いはすさまじく、パックスの身体が球体を飛び出して吹き飛ばされていた。鎧により致命傷は免れたが、被弾した手足の骨は折れていた。


 フェリシアも逃れることができず、三発の岩石が被弾して吹き飛ばされた。その反動で魔法は消滅してしまう。地面にたたきつけられたときには、天井から落ちてきたトゲが右肩に突き刺さる。しかしフェリシアは、被弾した衝撃によってすでに気絶していた。


「パックス! フェリシア!」


 二人の名を叫ぶヴィラの声に、意識が朦朧とするルーセントがゆっくりと顔を後方に向ける。

 視界に映ったのは、ボロボロになって倒れている二人の姿。横たわるフェリシアを見て、ルーセントが目を見開く。


「フェリ、シア、くそっ! 動け」


 活力を取り戻すルーセントは、立ち上がろうと懸命にもがく。しかし、魔力のほとんどを使いきっていたその身体には、重くのし掛かる疲労感と全身の傷から発せられる痛みで満足に動けずにいた。

 ルーセントは、またしても傷付き倒れるばかりで、仲間の一人も助けられない自分が許せなかった。最近は強くなってきたと自惚れていた結果がこれだ、と情けなく滑稽で、調子に乗っていた自分への怒りがどんどんと蓄積していく。


 必ず助けると誓ったフェリシアさえも助けることができずに、ついにはルーセントの自分に積もった怒りが爆発した。


「くそっ、痛みは邪魔だ! どけぇえええええええええ!」


 動けと自分の身体に命じるルーセント、痛みをこらえて疲労を弾き飛ばす。大絶叫とともに立ち上がった。

 すべての元凶であるコローレ・ベルッツァをにらむ。刀を手放したルーセントが、ヴィラに大声で叫ぶ。


「ヴィラ! 槍を投げろ!」

「わ、分かった」


 ヴィラはルーセントの気迫にのまれる。どもりながらも返答すると、震える手で槍を留める紐を外して背中から槍を手にする。


 ヴィラが投げた槍は、ルーセントの少し離れたところに突き刺さる。


 ルーセントが槍を手にする。武器に魔力をまとわせると雷が走った。ルーセントはゆっくり歩きながら、コローレ・ベルッツァに近付いていく。

 魔物がルーセントの覇気に負けて後ずさる。そこに再び魔法を放った。地面を這うように、ルーセント目掛けて地面から荊のようなトゲが何本も突き出しうねる。


「邪魔だ」そういってつぶやくと、槍を左から右へ凪ぎ払った。


 刃先から無数の雷が扇状にほど走る。その光の筋が次々とうねる荊のトゲを砕いていった。

 なおもゆっくりと歩きながら近づくルーセントに、コローレベルッツァがさらに魔法を放った。天井から降り注ぐ岩のトゲ、ルーセントはまるで落ちてくる場所が分かるかのように避けていく。避けきれなくなれば、槍の持ち手を変えながら凪ぎ払い、打ち払い処理していく。そのトゲに切先が触れれば放電し、爆発をともなって複数の岩を消滅させた。


 すべての魔法を処理すると、追い詰められた魔物がルーセントに向かって跳躍した。ルーセントが再び槍に雷をまとわせると駆け出した。


 巨体と小さな身体がお互いに迫る。


 先に行動を起こすクモの脚が、ルーセントを貫こうと動く。その瞬間、ルーセントが持つ槍の穂先から稲妻が走った。その光が身体の一部に吸い込まれるように向かっていった。ティアの投げた棒手裏剣、その刺さった一本に雷が走った。雷がコローレ・ベルッツァの体内を駆け巡る。轟音が空洞内に響くと、魔物の身体の自由を奪った。その瞬間、ルーセントが全力で槍を投てきした。放たれた槍はクモの身体を貫いた。


 槍がそのまま壁に突き刺さると、雷鳴とともに壁面に紫の稲妻を走らせた。


 ルーセントの頭上を漆黒の巨体が通りすぎて、地面に崩れ落ちた。腹部を天井に向けて倒れるコローレベルッツァは、その生命活動を停止させる。ルーセントが振り向くと、コローレベルッツァは灰となってオレンジ色に光り輝く親指大ほどの宝石を残した。

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