4-4話 精霊錬金術師4
一夜が明けて、ルーセントたちは村の西にある山の洞窟の前に立っていた。
アークは申し訳なさそうにルーセントに声をかける。
「悪いな、面倒なことを頼んじまって」
「気にしないでください。これもオレたちの役目ですから」
「そう言ってもらえると助かるよ。精霊の話は戻ってからだ。無事に戻ってこいよ」
無事を祈るアークに、元気よく返事を返すルーセント。そこへルーセント一行を洞窟に呼んだ張本人のレーベンが話しかける。
「協力に感謝する。大した報酬は払えないが、長老からはいつでもこの村に行き来できるように、と許可をもらっている。それに、素材を好きに採っていっていいそうだ。ここの素材の品質は最高級で申し分ないぞ。それと、特別に錬金アイテムも売ってもいいと許可も出てる。こっちも最高級だ、損はないはずだ」
「十分すぎる報酬ですよ。それに、報酬なんてなくても引き受けましたよ」
「ありがたいが、それはダメだ! 善意は尊い物だが、与えすぎも相手を腐らせる。何かを得るなら対価を払うべきだ」
短い金髪の髪を風に揺らして、細くひょろりとした身体から続く左足に義足を着けたレーベンが感謝しつつも苦言を呈す。そこにアークが少しうんざりしたように会話に混ざった。
「お前はいつも固すぎるんだよ。タダでくれるって言うんだからもらえばいいだろ?」
「それだから、お前はそんなにも適当な性格に育つんだ」
「知らねぇのか? 適当はな、適度にちょうど良いって意味だぞ。人生を楽しく過ごすコツさ」
「まったく……、減らず口もそこまでいけば立派な特技だな」
お互いがお互いに不満を言い合うが、二人の表情はどこか楽しそうにも見えた。
ルーセントたちもその光景を見て、自分たちもこうありたいな、とほほ笑んでいた。
二人のやり取りが終わってレーベンが再びルーセントに振り向く。
「済まない、無駄に時間を取らせた。ここは俺たちにとっては大事な場所なんだ。どうか頼む」
「任せてください。必ず倒してきます」
頭を下げて頼むレーベンに、ルーセントは笑みを浮かべて自信満々に答えて見せた――。
前日にアークの家の扉をたたいたのはレーベンであった。
アークとともに書斎に現れたレーベンは、訓練生たちに依頼を持ってきた。
「あなたたちが村に来た冒険者か?」
「冒険者じゃなくて、べラム訓練学校の生徒だよ」
アークはレーベンの認識を正すように伝えると、来訪者の表情が数段と明るくなった。
「おお! と言うことは全員が上級守護者を持っているのか!」
「はい、こっちにいるヴィラとフェリシア以外は戦闘教練科の高等部一年です。ヴィラは錬金科で戦闘には不慣れではありますが、その技術はたしかです。そして、神聖科のフェリシアは戦闘に関しても問題はありませんよ」
ルーセントの紹介に二人が、そして全員が自己紹介をしていく。
レーベンも自己紹介を終えると本題に入った。
「あなたたちに、一つだけ頼みたいことがある。この村の西にある山に、精霊を祀る洞窟がある。厳密にはこの村民の墓地も兼ねているんだがな。そこに、四年ほど前から蜘蛛の魔物が住み着いて困ってるんだ」
「その蜘蛛を倒せば良いんですか?」
「ああ、その通りだ。報酬については長老と相談させてもらうが、引き受けてはもらえないだろうか?」
ルーセントは一度考え込むと、魔物について質問をする。
「何の種類の蜘蛛か分かりますか?」
「恐らくだが、エインソーグ種だと思う」
「エインソーグ……」
ルーセントはどんな魔物か思い出そうと、その名をつぶやいた。そのつぶやきにヴィラが答える。
「エインソーグ、鉱石を主食とする大型の蜘蛛の魔物だね。平均的なやつだと体長は一メートルほどで、脚を広げれば三メートルにもなる。犬のような長い体毛に包まれていて、外郭は食べた金属で作られる厄介なやつさ」
「さすがに詳しいな。ここの山は石炭が多く、次いで鉄、わずかだがチタニウムも存在する。そのせいか身体は黒色でそんなに外郭は硬くない。が、体毛が極細の鉄とチタニウムの合金でできているようだ。そのせいで斬ろうとしても刃が通らない。脚の爪は鋼のように固く鋭利な刃物のようだった」
レーベンの口から詳細に語られる情報に、ルーセントは疑問を抱いた。
「ずいぶんと詳しいですね、戦ったことがあるんですか?」
「ああ、村の若いやつらで何度かな。おかげで俺は左足の膝から下を失った。爆弾を持っていったんだが、体毛のせいか、ほとんど効果がなかった。はき出す粘糸は鉄並みに硬くて火は恐れるが効果は薄い。槍を持ったやつの攻撃でなんとかダメージを与えられた。が、そこまでだった。それ以来、洞窟には鉄の扉をつけて封印してある」
「そうなんですか、少し相談させてもらって良いですか?」
「もちろんだ。少し外しておこう。行くぞ、アーク」
「いや、俺もかよ!」
面倒くさがるアークを連れて、レーベンは書斎を出ていく。残されたルーセントたちは依頼を受けるかどうか話し合いを始めた。
最初にルーセントが皆に意見を求める。
「受けてはあげたいけど、どうしようか? どう見ても厄介な相手だけど」
「刃が通らないってのがキツいな。おれらは斬るのが主体のチームだからな」
「だからって槍を持っていくのは無理ですよ。そもそも私は使えませんから」
「それに、全員が槍を持っていったところで、洞窟じゃ邪魔になるだけだろうしな」
最初に答えたのはパックス、メインの攻撃方法が使えないことに懸念を示す。
そこへ、静かにしていたフェリシアがさらに追い打ちをかける。
「話を聞く限りだと、魔法も当てにできそうにもないわね」
「そんな感じだね。そうなると、やっぱり槍が一番かな。この中で槍が得意なのは誰がいるんだい?」
ヴィラの問いに、全員がルーセントを見る。
「そりゃあ、ルーセントだろ。授業じゃいつもトップだしな」
「聞くまでもなかったね。じゃあ、ルーセント君に槍を持ってもらって、僕らは蜘蛛の足止め要因でいいかな」
パックスの言葉にヴィラは笑顔を浮かべ答えると、考えた作戦を伝える。
ところが、ルーセントは刀を手にすると槍の使用に難色を示す。
「それも良いんだけど、こっちの刀の方がいいかな。最近だと、コツはいるけど鉄も斬れるようになったし」
「そういえばカーリド合金鋼でできてたんだったね。じゃあ、念のために僕が槍を持っていくよ。必要になったら渡す」
そこで、ルーセントが「あっ!」と声をあげた。
「どうした? 急に」パックスが驚いた様子で相棒にたずねた。
「いや、弓も持ってきてるから、それをヴィラに使ってもらったらどうかなって」
「おお、あのでかいやつか。それはいいかもな、あれなら何でも貫けそうだしな」
一同がヴィラを見る。
しかし、ヴィラの表情は困惑していた。
「僕は弓なんて使ったことがない。まともに使えるとは思えないけど」
「大丈夫だよ。あの弓はカーリド合金鋼と一緒に見つけたやつで、サイトに着弾予想地点が表示されるから外すことはないよ」
「それは興味深い話だね。あとでその弓を見せてもらえるかい?」
「もちろん」
こうしてレーベンの依頼を受けることになり、その日は夜遅くまで対策をたてることになった――。
洞窟の中は、ひんやりと肌寒いほどには空気が冷えていた。
入り口の扉から続く道は、高さが四メートルほどで、三メートル幅の通路がまっすぐ伸びる。その壁面には、ディエナス鉱石が星空のように点在していて、洞窟内を幻想的に黄緑色に照らしていた。
パックスがディエナス鉱石に触れながら、ヴィラに振り向いた。
「この光ってる石って何て言ったっけ?」
「ディエナス鉱石だよ。深緑色の鉱石で、空気中等に存在する魔力に触れるとその色に発光する。ただし、六十度以上の熱を加えると発光しなくなってしまうよ」
「へぇ、ルーセント、ちょっとこの石を燃やしてみてくれよ」
「面白そうだね。ちょっと待ってて」
パックスは好奇心が押さえられず、ルーセントに燃やすように頼む。ルーセントも興味を引かれたのか、即答で石に近付くと火魔法で石を炙りだした。
十秒ほど熱すると魔法を切って様子をうかがう。炙られた石は、数十秒待っても発光することはなく、存在し続けた。
パックスは感心したように声を出す。
「不思議なもんだな、本当に光らなくなった。もうこいつが光り出すことはないのか?」
「残念ながらね。でも、装飾品には人気の高い素材だよ。光らなくなっても、透明できれいな深緑色の石には変わりないからね」
納得したようにうなずくパックスに、一同が再び歩き出す。しばらく進むと目の前に開けた空間が広がった。
地底から天井まで三十メートルほどの高さがある。その空間全体が、ディエナス鉱石により明るく黄緑色に染まっていた。
そこの一角に、壁際に洞窟自体を削り出した階段が下に向かって続いていた。
ルーセントたちはジグザグに折り返しながら続く階段を降りていった。
途中の踊り場付近には通路が広がっていて、村民の墓地へと続いていた。
ルーセントは景色に圧倒されながらも階段を降りていく。さらには、周囲を警戒しながらティアに話しかける。
「ティア、気配の方はどう? 魔物はいそう?」
「いえ、この辺りにはまったく気配がないですね。もっと奥の方でそれなりに反応があります。いまのところ、目標としている魔物の反応はありません」
ティアの言葉に安心するも、警戒を緩めず階段を降りていく一同。
地底までたどり着くとさらに驚きが襲う。
壁だとばかり思っていたその場所は、岩自体を削り出して作った神殿が構えていた。中に入ると、まるで教会のような作りに圧倒される。
ルーセントたちは三つに別れる通路の真ん中を歩いて奥へと進む。
突き当たりまで来ると、正面には青く塗装され金の細工が施された金属製の扉があった。
扉を開けると以外に軽く、左右の扉の接地面が黒いことから、ルーセントはカーリド合金鋼であろうと推測する。
千年近く前に作られたであろうその存在に、部屋の中は予想を遥かに越えていた。
大理石の磨かれた白く光るタイルが床を占めていた。そこから延びる壁面と天井には、岩を削りだした緻密な彫刻が神々しさを際立たせていた。
背もたれのついた焦げ茶色の木製の長椅子が、左右七列に並んで、さらにその奥には祭壇がそびえている。
祭壇は一・五メートルの高さの土台に、四本の石柱が立って屋根がつく。その中央には、彫刻が施された金の箱が存在していて、玉座のような椅子が二脚並んでいた。
そして祭壇を囲う壁には、細長い楕円の形をした高さ五メートルほどのステンドグラスがあって、紫を主体に青と赤のステンドグラスが二枚一対にして半円状に五セットが並ぶ。祭壇を眺めていたティアが、うっとりした様子でつぶやく。
「すごいです……、こんなに豪華な祭壇はパトロデルメス教皇国にもありませんよ」
「ずっと見ていたいね。王都の教会よりすごいかも」
ティアの言葉にフェリシアも反応する。
全員が目的を忘れて椅子に座って祭壇を眺めていると、突然ティアが叫び出した。
「あ! 気配の魔法にかかりました。魔物です! ここからずっと奥にいますよ」
ティアの報告に全員の顔に緊張が走る。
全員が立ち上がると、フェリシアがナビゲーターをかって出る。
「道は私に任せて、耳飾りのおかげで大体は把握できてるから」
「分かった! よしみんな急ごう!」
フェリシアを先頭にして全員があとに続いた。
神殿を出て右にある通路へと駆けていく。
フェリシアはティアの情報をもとに迷いなく通路を選んでいった。途中で現れるエインソーグ種の小さなクモを倒しながら進んでいくとフェリシアが声を出した。
「この先に大きな空間があるから、きっとそこね」
「間違いありません、気配もこの先からです!」
ティアの補足を聞いて、ルーセントは刀を握る手に力を込めると一気に駆け出して先頭に立った。
「先にいくよ、援護よろしく!」
「まかせろ!」
「任せて!」
「やっちゃってください」
「槍が必要なら言ってください」
それぞれがルーセントに言葉を返すと、魔物がいる空間に飛び出した。




