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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-9話 王都へ

 バーチェル、ルーセントが王都に行く日が近づいていた。

 道場で門下生に剣術を教えていたバーチェルのもとに、領主の所有する馬車が家の前に到着する。黒い執事服を着た人物が敷地内へと足を進めた。

 それに気が付いたバーチェルが師範代にあとを任せて黒服の男を出迎える。


「領主の使いの方ですかな?」

「はい。旦那様から連れてくるように、と言付かっております。先日、国王様から書状が届いたとのことです」

「わかりました、すぐに参りましょう。準備をしてきますので少しお待ちくだされ」

「かしこまりました。それでは馬車でお待ちしております」使用人がきれいに一礼すると道場を出ていった。


 バーチェルは、そのまま自宅内の井戸まで移動すると水をくみ上げてかぶった。風魔法で瞬時に身体を乾かすと着替えを済ませる。そのあとには、閉ざされたままのルーセントの部屋の前までやってきた。


「ルーセント、領主様に呼ばれたのでな、今から城に行ってくる。何かあれば師範代に頼め、よいな」


 一日中部屋にこもりっぱなしのルーセントから「わかりました」と消え入りそうな声が返ってきた。力のない小さな声に、バーチェルがため息とともに視線を落とした。

 再びルーセントの部屋を振り返るが、これ以上は相手を待たせては申し訳ない、と馬車まで急いだ。



 子爵の城に到着すると、出迎えに来ていた兵士につれられて執務室へと移動していく。部屋の扉をノックする兵士が、バーチェルが来たことを伝えた。すると、中から「入れ」と短い声が響いた。

 室内では、書類に目を通していた子爵がバーチェルに顔を向ける。その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。


「このような場所ですまないな。早速だが、きのう王城より書状が届いた。内容は“できるだけ早く登城するように”とのことだ」子爵はそう言いながら、大きな封筒から二つのものを取り出した。


 最初につかんだのは、十センチメートルほどの大きさのカードだった。

 子爵がそれを見せながら説明を始める。


「外の城門に着いたら、そこの兵士にこの入城許可証を見せるといい。そのあとに王城の手前にある入城門まで行ったら、そこの門兵にこの書状を渡すように、とのことだ」


 子爵がカードと書状をもってバーチェルに見せる。そして、再び封筒に戻すと入城許可証、王家の紋章が刻まれた封蝋(ふうろう)付きの書状を渡すと、子爵が壁の時計を見た。


「出発するには今日はもう遅い。準備が終わっているなら、明日にでも王城に向かうといいだろう」


 バーチェルは「わかりました」と答える。そして、来た時と同じ兵士につれられて馬車まで戻ると、そのまま道場へと戻っていった。



 夜になり、バーチェルがルーセントを居間に呼び出した。


「どうやら昨日のうちに国王様から書状が届いたらしくてな、明日出発することになった。朝の七時の馬車に乗る予定だから、そのつもりで準備しておくのだぞ」


 用件を聞いたルーセントは、いまだに暗い顔で「わかりました」とつぶやいた。


 最初のころに比べれば、ずいぶんと落ち着いてきたようにも見えるが、まだふさぎ込んでいるようだった。

 バーチェルが沈み込んでいる息子の背中にそっと手を添える。


「無理はするなよ。ゆっくり解決していけばいい。お前の母親は立派だった。どれほどの恐怖があったか、それでも命をかけてお前を守った。それは誰もができることではないぞ。強くなれ、母親に負けないくらいにな」


 バーチェルがルーセントの頭をやさしくなでると続けて話す。


「それにだ、せっかく助けた息子がそんなに暗く沈んでいては母親も悲しむぞ。息を引き取る前に“幸せに過ごしてほしい”と、お前の幸せを願っていた。ふさぎ込んでいたってどうにもならん。うしろを向いていたって前には進める。堂々としていろ」


 ルーセントはうつむいたまま首を縦に動かした。

 それを見たバーチェルが「お前はあの勇敢な母親の息子ではないのか?」と問いかけた。

 ルーセントは、しばらくの沈黙の後に「はい! 母さんの自慢の息子です!」と、ぎこちなくも、できうる限りの笑顔で答えた。


 次の日、無事に馬車へ乗り込むと王都に向けて出発する。馬車が一日に進める距離は、およそ五十キロメートルほどだが、馬を休ませるために十五キロメートルごとに休憩をとる。

 休息地には宿場町があって、日が暮れ始めるとそこで一泊することになった。


 日が昇れば、また新しい馬車に乗って王都を目指していく。


 順調に王都に向かっているさなか、馬車に揺られているルーセントは、ぼんやりと外を見ていた。草原や森林地帯、大陸の西側を上下に分断して緩やかに流れている大河『コロント河』を眺める。ときおり現れる魔物の影におびえながらも、道中を無事に過ごしていった。


 うまいこと気分転換ができたのか、部屋にこもっていた時とは違って、景色を眺めながら一日、また一日と過ごすうちにその顔は明るくなっていった。

 王都に近づくころには、普段の明るい笑顔が戻っていた。



 アンゲルヴェルク王国 王都フエストディール

 フエストディールは、海を背にしている半円状の都市。その半分近くが海に面しており、肥沃(ひよく)な大地にも恵まれている。王都の三分の一近くが農業区として城壁内にあって、風光明媚(ふうこうめいび)な景色を作り出していた。


 都市には六十万人が暮らしている。年間を通じて気温差の少ない温和な気候の大都市である。


 都市を囲う城壁には国王の居城もあってか、その高さは十二メートル、厚さは五メートルもある。さらにその長さは全長で四十キロメートルにもおよんだ。

 城壁にはほかにも、一定の間隔で三メートル幅の楕円(だえん)のような形をした塔がある。全部で二千六百個の塔と十個の城門が存在していた。


 その城壁や塔の胸壁は二メートルほどがある。さらに塔の屋上には一基ずつ、百五十二ミリ魔道砲と呼ばれる砲台が備えられている。防衛用のその兵器は、平時ではまれに現れる魔物にたいして使用されていた。



 ルーセントとバーチェルの二人が王都に着いたのは、出発してから六日目の夕方になる頃合いだった。

 二人が西側の城門付近で馬車を降りると、門兵に入城許可証を見せる。許可証を見た兵士が慌ててほかの仲間に何かを伝えると、馬を走らせて壁の内側へと消えていった。

 二人はそこから一時間ほど待たされてしまう。出ていった兵士が戻ってくると、そのうしろには、もう一人の人物が立っていた。


 兵士と入れ替わって自己紹介をするのは、近衛騎士団のラーゼンという青年だった。

 柔和な笑みとともに赤みの強い茶色の髪を風に揺らす。


「お待ちしておりました。バーチェル様に、ルーセント様ですね。私はラーゼンと申します。陛下を守る直轄部隊、近衛騎士団の一人です。本日はずいぶんとお疲れでしょう。詳しいことは明日にして、今日はもうお休みください。こちらで商業区に宿をとってあります」


 ラーゼンはどこまでも丁寧に二人を扱って歩き出す。バーチェルとルーセントは、普段とは違う慣れない扱いに少し照れつつも、さわやかな青年のうしろをついて行った。

 三人が長い城門を抜けたとき、最初に目に入ってきたものは城壁に沿って延びる三十メートル幅の石畳の道路だった。

 そこから王都の中央に向かって、十メートル幅の馬車や馬が走る大通りが広がっている。その大通りの車道の上、五メートル上には歩道が橋のように作られていた。


 二人はラーゼンの後について歩行者用の空中回廊に上がっていく。多くの歩行者でにぎわうその道は、田舎しか知らないルーセントにとっては、まるで祭りのように見えていた。

 しばらく歩き続けると、右手側に外壁がすべて水色に塗装された四階建ての建物が見えてきた。

 ラーゼンは建物の近くにある魔道エスカレーターを使って降りていく。ラーゼンは入り口の前で止まると、二人に振り向いて建物に手を伸ばした。


「こちらが予約をしてある宿、ウヌアクラーソンです。それでは中に入りましょう」ラーゼンが黒く大きな木製の扉を開けた。

 見慣れぬ宿のなか、狭い田舎で暮らす二人の目の前に広がったのは、今まで見たことのない荘厳な雰囲気を漂わせるロビーだった。

 子爵の城にも負けてはいない、その豪華な内装、ルーセントとバーチェルは自然と「おお!」と驚きの声をもらしていた。そして、キラキラとまぶしく輝く室内に足を止めた。


 そのきらびやかなロビーは白を基調としていた。


 床には光を反射させるほどに磨かれた大理石、見上げる天井には絵画が描かれていた。

 天井にあるのはそれだけではなく、装飾が豊かなガラスのシャンデリアが、淡いオレンジ色の光を放っていた。

 バーチェルは、まったくもって場違いな場所に、恐る恐るラーゼンにぎこちない顔を向ける。


「ラーゼン殿、本当にここでよいのか? 間違えてはおらぬか?」

「ええ、ここで間違いありません。一週間ほど滞在すると聞いておりましたので、七日分の部屋を押さえております。すでに料金もこちらで支払い済みですので、お気になさらず安心してお過ごしください」ラーゼンが柔らかな笑みで二人に返した。


 ラーゼンがそのまま二人に頭を下げると、受付を済ませるためにカウンターへと歩いて行く。見たこともない室内に、圧倒され続けているルーセントが辺りをきょろきょろと見回している。


「父上、すごいところですね。本当にここに泊まるのですか?」

「そ、そのようだ。なんだか落ち着かんな」バーチェルの顔は、どれも無駄に高そうな調度品の数々に引きつっていた。


 ルーセントは、そんな父親にカウンターの反対側にあるソファーセットに指をさした。


「あそこにあるツボとか、ずいぶん高いんでしょうね」


 少年の指の先にあったのは、色鮮やかな絵が印象的な大きな白磁のツボだった。

 バーチェルが無意識のうちにルーセントの腕を押さえると「よいか、決して触るでないぞ。壊したら帰れぬかもしれん」とのどを鳴らして注意した。


「は、はい。気を付けます。部屋は、……普通ですよね」

「それは……無理であろうな」


 気疲れのせいか、ぐったりしている二人のもとへ、ラーゼンが戻ってくる。その手にはカードキーが握られていた。


「バーチェル様、こちらが部屋のカードキーです。認証機構が組み込まれているので、扉に近づくだけでカギと扉の両方を開閉できるようになっています」

「そんなものがあるとは、カギひとつとってもすさまじいな」バーチェルがあきれたようにつぶやいた。

「ここらでは、わりと普及しているものですよ。それでは今日はゆっくりとお休みください。それでは、私はこれで失礼いたします」


 この日の役目を終えたラーゼンが軽く会釈すると立ち去っていった。

 そのうしろ姿を見送った二人は、入り口近くにある魔道エレベーターに向かっていった。


「では、いくか。部屋は四階のようだな」


 バーチェルが階数ボタンを押すと、天井から青白い光の筒が降りてくる。そのまま足場まで光が降りると、乗り込んだ二人を四階へと連れて行った。

 四階にあるのは一部屋だけ。バーチェルが部屋に近づくと解錠音とともに扉が開いた。


 部屋に足を踏み入れた二人は、今日だけで何度目かのため息をついた。。


 そこにはガラスがはめ込まれた黄金でできたテーブルに、ロビーにあったものにも負けてはいないガラスのシャンデリア、さらには一生かけても変えなさそうな調度品であふれていた。圧倒されたその光景に、二人が「はは」と乾いた笑いを浮かべる。一週間後、無事に帰れるだろうか、とその日は二人とも泥のように眠った。

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