3-20話 零宝山の攻防1
将軍が率いる一万の軍は、オルマンの街から西方十キロメートルの位置に軍営を築き駐屯していた。
偵察からはすでに半月が経過している。
将軍の幕舎には作戦に関わる主要メンバーが召集されていた。
テントのなかでは、前将軍を筆頭に弟のウォルビス、将軍の軍師として作戦を立案するバーゼル、ルーセントら訓練生、諜報部隊からはレイラが、そして各部隊を率いる部隊長が作戦について話し合っていた。
「バーゼル、今回はどういった作戦が妥当か?」
はじめにディフィニクスが、軍師バーゼルに作戦の説明を求めた。
バーゼルが「はい」と声を出す。幕舎の中央に置かれた地形図から、百八十センチメートルの身長から歩む一歩に長髪が揺れる。
「今回は山中での戦闘です。大軍で攻めるのは不可能ですので、少数で攻略するしかありません」
バーゼルが地形図に刺さっている旗を引き抜くと、説明しながら部隊を模したその旗を刺していった。
「まず、前将軍とウォルビスの部隊は南の門にそれぞれ三百名を率いて布陣していただきます。門に通じる山道には、その手前に山を挟み二手に分かれている道があります。なので、伏兵に警戒しつつも東の山道を前将軍が、西の山道はウォルビスが進軍してください。前将軍は途中で、山道東側の斜面に別動隊の伏兵を二百名ほど潜ませるのをお忘れなく」
「やはり少数でしか動けないか」
「そうですね。当初は、山道以外の場所にも兵を配置する予定ではありましたが、偵察によれば魔道具を使ったトラップが多数設置されている、とのことです。私たちがここにいることはすでに向こうにも伝わっております。なので、人数を無駄に増やしたところで余計な犠牲を増やすだけでしょう。もちろん、ある程度の後詰めは送らせていただきますが。ただし、道幅は人が二十数人が横並びにできるかどうか、というほどしかありません。それに、林に布陣したところで火をかけられたら全滅もありえます」
ディフィニクスの質問に、バーゼルは表情を変えることなく冷静に答えていく。しかし、不利益ばかりではなく、利となることも付け加えていく。
「ですが、条件としては相手も同じこと。相手はコロント河の支流に架かる橋を渡った先の門を通らなければ山道には出られません。一度に出られる数にも限度があります。数としては互角か場合によっては優位に立てるやも知れません。それに後方の山には、五百の伏兵を置くので万が一が起きても対処が可能です」
「なるほどな、続けてくれ」
将軍が納得してうなずくと、話を進めるためバーゼルを促した。
バーゼルは地形図の北側に部隊の旗を刺していく。
「それでは次ですが、北の門から北西の門へA~Eの記号をつけています。Aの門にはルード隊、Bはラグリオ隊、Cはモーリス隊、Dにはドレアス隊、Eはランブル隊に担当していただきます。こちらの隊は二百名ずつに別れて夜のうちに進軍していただきます。山道から離れた山林に潜み待機してください。布陣については以上です」
名前を呼ばれた全員が地形図をのぞき込んで自分の担当領域を確認する。
続いてバーゼルは、布陣が完了した後の行動について地形図と旗を動かしながら伝えていく。
「まず、前将軍側の部隊は敵を引き付けてください。先制攻撃で門が破壊できれば最良です。最初は優位に攻め立てて敵の援軍を集めてください。援軍が現れたら徐々に後退を始めて二手に分かれた道まで下がってください。そのあとには信号弾を二発打ち上げて斜面に置いた伏兵に合図を出して敵側面を攻撃。混乱が生じたところで山に置いた伏兵が魔法で追い打ちをかけます。そのまま追い込んで山寨内に侵入してください」
南の門を担当する将軍とウォルビスは、バーゼルに何度か確認した後、地形図を使って動きの最終確認を行う。
次にバーゼルは北側に布陣する部隊長に作戦を伝える。
「北側の部隊は合図があるまで待機。諜報部隊が敵の援軍の移動を確認後に信号弾を一発上げます。それを合図として門を破壊して一斉に侵入、各陣営を占領してください。各部隊の五十人は捕虜の確保と脱出を実行。残りは脱出のフォローに従事してください。脱出完了後は南の門に向かって進軍、AからCの門の部隊は本営を隔てる防護壁の東の門へ。DとEの部隊は西の門から本営陣地へ侵入してください。恐らく敵は南西の門から逃げるはずです。南西の門へは、諜報部隊が合図を送った後に進攻して占拠、逃げてきた敵を奇襲し投降を呼び掛けてください。賊を統率する兄弟の捕縛をお願いします」
バーゼルがひととおり作戦を伝え終えると、ルーセントたちの方を向いて所属する部隊を告げていく。
「最後に訓練生の所属部隊ですが、ルーセントとフェリシアはCの門を担当するモーリス隊へ、ヴィラは陣営でアイテムなどの作成、ティアは引き続き諜報部隊に、そしてパックスは南の山に布陣する伏兵部隊に付くように」
指示を受けたルーセントらはそろって返事を返す。
一区切りがついたところで、バーゼルが将軍に向き直る。
「今回の作戦は以上です。何か気になる点はありますか?」
「そうだな、俺たちがここにいるのはすでにバレている。戦ってる最中に街や村に散らばってる賊どもにうしろを突かれてもつまらん。作戦実行時には、麓の山道の入り口を小成をもって陣を引け。さらには、やつら独自のルートがあってもおかしくはない。南の門に通じる二手に分かれた道には、一陣を四隊ずつに別けて哨戒に当たらせろ。それと今日から各街や村に、千人に分けた部隊を送り込んで怪しいやつらを捕らえるか、追い払っておけ」
「なるほど、思慮が足りませんでした。すぐに編成し直します」
バーゼルが将軍に一礼して下がる。
ディフィニクスが地形図に目を移すと、凛々しくも剛勇な威圧感を漂わせてその場の全員を見た。
「今回は少数での戦となる。一つのミスが作戦の可否を左右する。各自が作戦の徹底と連携を確認しておけ。どんなことでも分からないことはすぐに確認して頭にたたき込め。訓練生は特に気を付けろ。些細なことでも疑問に思えば聞け。それでは作戦の執行は本日より一カ月後とする。その間は各部隊、全体を通して訓練を行う。以上だ」
将軍の言葉に全員が返事を返して解散となるが、幕舎を出ていくものはいなかった。全員が地形図の周りに集まり作戦の確認と動きを確認している。
パックスは目を輝かせてテンション高めにルーセントを見る。
「やっぱり学校の授業とは全然違うな。これぞ戦って感じだ。漂う緊張感も何もかも桁違いだし」
「うん。でも、作戦決まってからすぐに攻めるかと思ったんだけど違うんだね。訓練期間があるのはありがたいけど、最前線だし緊張するよ。失敗したらどうしよう」
「私も不安だよ、対人戦なんて初めてだもん。ちょっと怖いな」
パックスのテンションの高さとは変わって、緊張と不安を露にするルーセントとフェリシア。
そこへティアとヴィラも参加してくる。
「ふっふっふ、二人とも以外と臆病なんですね。始まる前からいろいろと考えるから悪いんですよ。“まずは殺してから考えろ!”これが大事なんです。人間なんてたまたまこの世界のドアを開いて入ってきただけです。死んだら別のドアから出ていくだけです。気にするだけ損です」
「どんな環境で育ったらそんな性格になるのか。相変わらずティアさんは破天荒に生きてますね。まぁ、僕は戦場に出るわけではないから、偉そうなことは言えないけど。でも気を付けてくださいね。会えなくなるにはまだ早い」
恐怖や不安を微塵も感じさせないティアと、無事に戻ってくることを願うヴィラに一人の男が近づいてきた。
「ルーセントとフェリシアだな、C隊を指揮するモーリスだ」
「よろしくお願いします」
ルーセントとフェリシアは声をそろえてあいさつを交わす。
モーリスが軽くうなずく。笑みを浮かべ作戦について確認を取った。
「俺たちの部隊の動きは理解できているか?」
「はい。夜間のうちにC扉の山道脇の林に潜み、諜報部隊の合図とともに侵入、陣営の制圧ですよね」
「ああ、大丈夫そうだな。そのあとは南へ進軍したのちに包囲だ」
「分かりました」ルーセントの表情に緊張が浮かぶ。
「……表情が固いな。いまからそんなに緊張してたら持たんぞ。訓練を重ねればマシになるだろうが、考えすぎるなよ」
モーリスが笑みを浮かべて、ルーセントの肩をたたいて緊張をほぐそうとした。そのままきびすを返して軽く手を振って幕舎を出ていった。
ルーセントがみんなから気を遣われていることを気にしてそっとつぶやく。
「そんなに参った顔してるのかな?」
「ガチガチだぞ。顔色も若干悪いしな」
ルーセントのつぶやきに反応したのは、歩み寄ってくるディフィニクスであった。
「まぁ、無理もないがな。どこぞの嬢ちゃんみたいに、いろいろとぶっ飛んで振り切ってれば別だがな」
「心外ですねぇ。経験豊富なだけですよ!」
ディフィニクスの皮肉にムッとした表情で言い返すティアに、前将軍があしらうように手を振った。
「頼むから、指名手配だけは勘弁してくれよ。お前は捕まえるのに骨が折れそうだからな」
「ふっふっふ、簡単に捕まるようなヘマはしませんよ! 大丈夫です!」
「否定をしろ、否定を! ったく」
なぜ注意をされたのか理解できない、と不思議に顔をゆがめるティアを横目に、将軍はルーセントに話しかける。
「とは言え、悔しいことにあいつの言ったことは正しい。悩むなら殺した後に悩め。思い詰めればどうあったって不安はなくならない。不安とは自分の心が作り出す物だからな。考えるのなら、何のために生きて戦い武器を取るのかを考えろ。それでもダメなら俺を責めろ、憎め。全部引き受けてやる」
将軍はそれだけを言うと「訓練は明日からだ、遅れるなよ」と言い残して幕舎を出ていった。
ルーセントはその昔、フェリシアと一緒に誘拐されたことを思い出していた。
バスタルドの部下を斬った感覚がその手によみがえる。それだけではなく、バスタルドを倒したことも、フェリシアを守ろうとした映像が頭によぎった。
そして、あの日刻んだ覚悟と信念を思い出す。
その顔からは不安は消え去り、王者の風格を漂わせていた。




