3-17話 借刀殺人11
「お前の書状にあった者どもは、今ごろ一族もろとも捕縛されているはずだ。ただ、県尉のコルプシオだけはすでに死んでいて回収するだけにいたった。それと、捕らえられていたお前の部下二人だが、保護をしたら診療院で検査をさせろと命じている。安心するといい」
前将軍は自分の思い通りに事が進んでいることに、部下の安全が確保されることに安堵していた。
「部下を助けていただき感謝いたします。コルプシオの件はこちらでも確認済みです。そのことには疑問が残りますが、それよりもコルプシオの金庫はどうでしたか?」
「それならすでに回収済みだ。ここにくる少し前に受け取った」
王子の合図に護衛としてついてきた兵士が、手にする証拠品の数々を机の上に置いていく。
テーブルの上に並ぶのは、賄賂のやり取りを記した帳簿と三百万リーフ、山賊から県尉に宛てた書状であった。
将軍は帳簿を手に取るとページをめくり中身を確認する。
写真にあったものと同じだと確認すると、テーブルの上に戻した。今度は書状に手を伸ばすと王子に閲覧許可を求めた。
「帳簿はこれで間違いありません。しかし、これには見覚えがありません。なかを見てもよろしいですか?」
「かまわん。確認せよ」
王子の許可をとって書状を広げる前将軍、写真には写っていなかった身に覚えのない書状を読む。しかし、その書状こそディフィニクス本人が偽造したものであった。
王子さえも騙し通せていることに、書状の内容に合わせてほくそ笑んだ。
「これがあれば、あの二人が賊どもと関係があったことを証明できます。言い逃れはできないでしょう」
王子が前将軍と同じ意見を持ってうなずく。しかし、すぐに顔をしかめた。
「だが証拠はこれでいいとして、コルプシオの死んだタイミングが気になるな。病理診療院が静観しているということは、不自然な外傷も毒物も検出されなかったのだろう。ディフィニクスはどう思う?」
王子は険しい表情をしたまま将軍に意見を求めた。
前将軍は少し悩んだあとに答える。
「おそらくは、県令の仕業かと思います。こんなすぐに王子が捕らえに来るとは思ってもいなかったのでしょう。その証拠に、コルプシオの金庫の中身は残ったままでした。ですが、この証拠さえあれば気にするほどのことではないかと」
「それもそうだな。生きていたとしても結果は変わらんだろうからな」
将軍の言葉に納得したように何度か頷く王子。今度はディフィニクスが懐から写真の束を取り出してテーブルの上に置いた。
「それよりも、こちらをご覧ください。これは諜報部隊に監視させて撮った写真です。こちらは賊と取引している写真です。もうひとつの方が県令の息子が金品を受け取っている場面です。この男をご覧ください」
「この男がどうしたと言うのだ? ……これは同じ男か! まさか息子ともつながっていたとはな。でかしたぞディフィニクス、これで完全に追い込めるな。この写真はもらっていくぞ」
王子は写真をひとまとめにすると、新たに手に入れた証拠品を付き添いの兵士に手渡して椅子から立ち上がる。
将軍も遅れて立ち上がって握手を交わすと礼を述べた。
「今日は部下を助けていただき感謝いたします」
「堅苦しいことはいい。お前も父上の勅命を早く片付けてこい」
将軍は苦笑いを浮かべると「必ずや」と誓いをたてた。
そこに、ドアがノックされて部屋に声が響く。
部屋にいた四人はドアの方に視線を向けた。
「将軍、ジェイとアンディです。無事に県尉府から戻って参りました」
声の主はルーセントたちの護衛役として、露店街で捕らえられていた部下であった。
将軍は王子に軽く頭を下げると、歩みを早めドアを開けて出迎える。
二人の姿を確認した将軍は、満面の笑みを浮かべて二人を部屋へと促した。
二人を見た王子が不思議な表情をしたままジェイとアンディに話しかける。
「ずいぶん早かったな、診療院は近くになかっただろ?」
戻ってきた二人が王子の顔を見て驚いていた。すぐに「王子に拝謁いたします」と跪礼を行った。
「立つがよい」と王子が笑顔で答えた。
「感謝いたします。私たち二人は診療院に向かっていたのですが、途中で今回同行している訓練生に会いまして、回復魔法と軽い診療を済ませてもらいました」
「訓練生? なぜ訓練生と一緒にいるのだ?」
王子は答えにたどり着けず、将軍の方を見ると疑問の浮かぶ顔をディフィニクスに向けた。
ディフィニクスが笑顔を浮かべる。
「せっかくの実戦なので、訓練生に経験を積ませてやろうとギルドに依頼を出しに行ったのです。そうしたら、なかなか優秀なやつらが集まったようで、将来が楽しみですよ」
「ほお、それは興味深いな。その訓練生の名は何と言う?」
王子は国王の手土産に、将軍が期待する訓練生の名を聞こうと将来の武将候補をたずねる。
将軍は自慢げに自身が見つけた秘蔵っ子の名を列挙していく。
「全部で五人いますが、特に興味を引くのは三人。まずはリーダーのルーセント。この者は去年の行軍訓練のときに、準エンペラー種ともいえるジュラミーベアを倒した少年です。まだ経験不足の感は否めませんが、経験を積んだ暁には私と肩を並べる将軍に育つのではないかと言ってもいいほどの逸材です。ぜひとも自分の手で育てたい人物です」
王子がルーセントの名を聞くと目を輝かせる。それはまるで自分が褒められたかのようにうなずき笑顔を浮かべた。
興味深そうに話を聞く王子に、将軍は次の訓練生の名を口にする。
「次は神聖科のフェリシア。医療の知識はまだそれなりですが、扱う回復魔法はおそらくこの国でもトップクラスかと思われます。戦闘能力も我が軍のなかでも中位に位置しているかと思います。部隊を任せても面白いでしょう」
「ほお、フェリシアもいるのか。久しいな」
フェリシアの名を聞いた王子は、むかしを懐かしむようにつぶやいた。
ディフィニクスは王子の反応に疑問を浮かべる。
「ん? 王子はフェリシアをご存じで?」
「何だ? 知らないで連れてきたのか? フェリシアの家名はエアハート、伯爵の娘だぞ」
エアハートの名を聞いた瞬間、その場にいた全員が驚き言葉を失う。
最初に口を開いたのはウォルビスだった。引きつる表情で将軍に話しかける。
「やばいぜ兄貴。俺たち結構、雑に扱ってなかったか? 伯爵を敵に回したら首なんていくらあっても足りんぞ」
ウォルビスの言葉に、将軍と王子以外の人物が一斉に自身の首をなでる。それを見た王子は笑いをこらえられずに笑いだした。
「ははは、心配するな。あの娘はそんな小さいことを気にする性格などしてはおらん。そのむかし、あの娘が我に何て言ったかわかるか? “えらいのは王様なのに、あなたはずいぶんえらそうね”って抜かしやがったんだぞ。言い返せば“たまたまここに産まれただけでしょ、まだ何もしていないじゃない”とも言われたな」
「はっはっは、王子にそこまで言えるのはフェリシアだけでしょうな」
王子の思い出話しに将軍は笑いながら返答した。
ウォルビスはボソッとつぶやく「怒らせないようにしないとな」と、他の兵士たちは何度もうなずき心に刻み付けた。
場が落ち着いたところで、王子は三人目の名を聞き出そうとする。
「で、三人目の名は何と言うのだ?」
「三人目はティア。性格はお調子者で少しひねくれていますが、諜報活動をさせたら我が軍で一番の能力を有しております。今回のほとんどの諜報活動もティアの仕事です。戦闘能力はルーセントにも劣りません。将来性は抜群かと」
将軍の口から述べられた聞いたことのない名前に、王子は掘り出し物を見つけた、とほほ笑む。
「これは、父上にいい手土産ができたな」と上機嫌で部屋を後にしていった。
次の日、王子は軍を束ねると鉄製の四頭曳きの牢獄馬車に犯罪者を収容し王都へと帰還する。
王都へついたのは夜も深まった頃、玉座の間に県令とその息子を連行して王の判断を仰いでいた。
国王は、王子から受け取ったすべての証拠を確認する。自身の先にいる二人をにらんでいた。
「これだけの証拠がそろっているが、言い分があるなら聞いておこう。あるなら申してみよ」
県令とその息子は、槍を構え警戒する近衛騎士の二人の先で、両手足に枷をはめられてうなだれていた。
国王の言葉に反応するのは県令のペルソン、早口で捲し立てて自身の無罪を訴える。
「陛下、今回のことはすべて誤解です。県尉のコルプシオから何度か出資は受けましたが、断じて賄賂ではありません! それに、賊どもなどと関わったことなどありません。何者かの陰謀です! コルプシオが賊どもに脅されて相談を受けたのもつい最近に知ったのです」
「陰謀か、県令のお前を貶めて誰が何の得をするのだ? ここにある証拠を見ても、まだ同じことが言えるか!」
国王は怒りに任せて、証拠のすべてを無罪を主張する二人に投げつけた。王と罪人の間に、証拠の数々が散らばる。枷をはめられた二人が証拠を手に取り身体を震わせた。
突きつけられる疑いのない証拠に二人は言葉を失う。
しかし、なおもペルソンが抵抗しては無罪を主張する。
「これは真実ではありません! 本当にこんなものは知りません。たしかに賄賂を受けたことは認めます。ですが、それ以外のことは私は知りません!」
すべてを認めようとしない罪人に、国王が手元に残した写真を見せつける。
「ならばこの二つの写真を見てみよ。お前の息子が写っている写真の男と、県尉と山賊が取引している写真に写る男を。同じ男であろうが、少なくとも息子は山賊と通じていると言うことだ! 書状とてお前との関係を示している。これでもまだ言い逃れようとするか!」
「陛下! それこそ何者かの陰謀です。それを撮った者を調べるべきです! 私たちはその者に騙されているのです! 陛下! どうかその者をお調べください!」
いつまでも言い訳を述べるだけの男に、国王の怒りが頂点に達する。目の前の机を両手でたたいて立ち上がった。
「貴様は事実を認めるどころか、すべての罪を他人に擦り付ける気か! これ以上は時間の無駄だ! 今すぐ牢に連れていけ! そんなに話しをしたければ、そこで好きなだけ話すと良かろう」
国王の命により、近衛騎士たちが二人を牢へと連れていく。
県令親子は「自分たちは何もしていない、何かの間違いだ」と叫びながら玉座の間から消えていった。
それから三日後、牢に送られてから続けられた拷問に耐えきれず、二人は山賊とつながっていたと自白してしまう。
親子はその日の内に毒を飲まされた。五時間ほど苦しんだ後に、縄で首を絞められ処刑された。
一族もほぼ全員が斬首の刑に処され、県尉の一族は鉱山送りにされる者が大半で、県尉に近しい者は斬首され処刑された。
国王の執務室にて、政治のトップを務める司徒兼軍師のファンゲルと国王が、今回の件について会話をしていた。国王は褒美についてファンゲルに相談する。
「ディフィニクスの今回の采配は見事であったな。余が軍を送って捕縛したことにより、民衆の余の評価も上がるであろう。ディフィニクスにはなにか褒美を取らせねばなるまい。あやつには何が最適か?」
「陛下、今回の件は将軍に褒美を与えず、部下に官職または褒美を取らせればよろしいかと」
軍師の言葉に国王は怪訝な表情を露にする。
「なぜだ? ディフィニクスが探らなければ不正を見逃したままであったのだぞ。功を上げれば賞するのは当然であろうが」
「たしかに陛下のおっしゃる通りです。ですが、前将軍は民からの評価が絶大です。その上で、さらに兵力を増大させたとあれば牙を剥くことになるやも知れません」
国王は黙ってファンゲルの言葉に耳を傾ける。視界に入る空間をぼんやり眺め思考する。
「ディフィニクスが謀反を起こすと?」
「絶対ではありません。ですが、ゼロとも言い切れません。兵とは兵器です。正しい方向に向いていれば頼もしい矛となり盾となりますが、ひとたび傾けばその限りではありません。飼い犬とて手に噛みついてくるものです。過信しすぎませぬように」
一言、一言を噛み締めるようにゆっくりうなずく国王は、それでもなお疑問に思うことをファンゲルに問う。
「だがな、評しなければ不満とてたまるであろう。そっちの方が問題ではないのか?」
「いえ、今回に限って言えば、勅命により動いております。その内容は山賊の討伐であって不正を取り締まることではございません。決して功とはなり得ぬもの、それを部下と言えど評するのです。部下を大事にする前将軍ならば感謝こそすれ、不満には思いますまい」
国王が今度は目をつむる。いままで言われたことを反芻して飲み込んでいった。
考えがまとまり目を見開く。
「そなたに従おう」と答え筆を手に取った。
最後に、息子のアルガンザからルーセントたちの情報を聞いた国王は、ルーセントの成長に喜び笑みをこぼした。
自分の代で現れた最上級守護者に、国の安泰と自身の名誉のために。




