3-13話 借刀殺人7
県令府に忍び込んでいるレイラは、外壁と植木の影に隠れ県令の『ペルソン』の監視に当たっていた。
県令府は二階建ての大きな屋敷が一棟、それに広々とした敷地に芝生、樹木、草花などの植物、池がある庭園が構える場所であった。
ペルソンは建物の一階、裏手側の東端に位置する部屋の中にいた。
広い机の上には書類が積まれ、一つ一つに目を通しながら何かを書き込んでいる。最後に印を捺し、他の書類と一緒に重ねると再び新しい書類に手を伸ばす。
レイラは普通に仕事をこなしているペルソンを見ながら愚痴をこぼす。
「今日で二日目だけど、なかなか尻尾を出さないわね。こんな小物にいつまでも構っている暇はないのだけれど」
それから数時間、ほとんど誰とも接触することもなく、ただ無駄に時間だけが過ぎていくだけだった。
この日の空は重苦しい灰色の雲が支配していた。
いつもはオレンジ色や紫色に染まる夕暮れも、今は薄暗い闇が辺りを包み込む。
一日のうちに、諜報部隊の部下と何度か交代を繰り返しながら監視を続けているが、将軍の予想とは裏腹に一向に尻尾を出す気配はなかった。
夜の七時になり、今日も何事もなくペルソンを乗せる馬車が県令府の前に止まる。帰り支度を整え、家に帰るだけのペルソンが建物から出てくると、馬車へと乗り込んだ。
「今日もここまでのようね。……ん? いつもと方向が違うわね」
ペルソンを乗せた馬車は、家に向かう方向とは真逆の路を走り出す。
将軍の予想が見事に当たり、レイラはやっと終わらせられる、と嬉々とした表情を見せて追跡を開始する。
しばらく走ると、馬車は一軒の高級感があふれるレストランの前で停車した。
レストランの建物は、大きめな窓枠を囲うように濃い茶色のレンガの外壁を黒い板で覆っていた。
入り口には、二本の黒く塗られた木の柱に支えられる庇があった。その両サイドには花瓶からミニバラが顔をのぞかせ、葉の緑色と花弁の赤色が黒色の店を華やかに彩っていた。
扉の前には用心棒が立っている。体格の良いタキシードを着る男が馬車を出迎えた。
店の前に立つペルソンは、一度だけ二階のテラスへ視線を移すとエントランスに足を踏み入れ、店の中へと入っていった。
県令は二階のベランダのオープンスペースの席に座ってメニューを読み出した。二階の席は柵状の手すりに、赤い花が咲くツタ状の植物が飾られ、観葉植物で何脚かあるテーブルを区切っていた。
所々に背丈の短いオレンジ色の街灯が設置され、二階を穏やかな光が照らしている。
レイラは通路の向かいにある三階の建物の屋根から見下ろす形で監視を始めた。
「これで県尉が来ればありがたいんだけど、……いい加減、おなかが空いたわね」
レイラが空腹と格闘していると、誰かを待っているペルソンがワインを飲み始める。ちょうどその時、一台の馬車が店の前に止まり、中から県尉のコルプシオが降りてきた。
「さすがは将軍ね、本当に来たわ」
長方形の大きな木箱を抱えたコルプシオは、ペルソンのいるテーブル席に座ると、抱えていた木箱を手渡す。
木箱を開けるペルソンが中をのぞき込むと、高さ四十センチメートル程のつぼを取り出した。ペルソンは満足そうな笑顔を浮かべ、再び木箱に戻す。
「なるほど、あのつぼの中に賄賂が入ってるってことかしら? 直接渡すほど馬鹿じゃなかったようね」
残念ながら、直接賄賂の受け渡しが行われたわけではなかったために、証拠としては弱い。しかし、レイラは受け渡しの場面を魔導カメラにしっかりと納める。
レイラは二人の食事が終わるのを待って、再びペルソンを追跡し家の敷地内に忍び込んだ。
毎日のように侵入しているため間取りには詳しく、ペルソンの部屋が見える位置まで移動すると、植木に隠れてカメラを構えた。
書斎に入ってきたペルソンは、嬉々とした表情で椅子に座る。そして、コルプシオから受け取った木箱開けた。にやける表情をさらに緩ませ、つぼの中に手を突っ込む。そこから引き抜かれた手には札束が二つ握られていた。そして、楽しそうに紙幣の枚数を数え始めたのだった。
レイラも「お疲れさま」と口元をニヤリと歪めると、賄賂を手にした様子をカメラに納め、音も立てずに立ち去った。
宿に戻ったレイラは、すぐに将軍の部屋へと急いだ。
「二人が接触し、賄賂のやり取りを無事に納めました」
「よし! よくやった。これで最終段階に移行できるぞ。疲れただろう、明日はゆっくり休め」
「ありがとうございます。失礼します」
将軍の部屋を出ていくレイラ、将軍がその後ろ姿を見送ると、魔導カメラ三個を手に人を呼んだ。その人物にティアとレイラ、県令ペルソンの息子を監視していた部下の魔導カメラを渡し現像を命じる。
再びテーブルに戻ると、二通の書状をしたためた。
日が変わり、将軍はティアと弟のウォルビスを自分の部屋へと呼び出す。
「おう、兄貴。今日は何の用だ?」
「今日は二人だけですか?」
呼び出されたティアとウォルビスは、互いの顔を見合う。将軍は軽く笑みを浮かべ、二枚の封筒を二人の前に並べた。
「ああ、やっと準備が整った。まずはティア、もう一度だけ県尉の部屋に忍び込み、こいつを机の上に置いてこい」
「楽勝です! 任せてください」
ティアは封筒を手に取ると、自信満々に返事を返す。
「ウォルビスは、こいつを陛下にお届けしろ。緊急だと伝えれば大丈夫だろう。ただし、入城するのは日が暮れてからにしろ。いいな」
「ああ、任せてくれ。必ず届ける」
二人が命令を承諾すると、すぐに部屋を出ていった。
将軍が軽く息を吐くと、部屋にいる兵士に「明日動く、準備をしておけ」と指示を出した。
将軍は窓から県尉府の方を見つめて「覚悟しておけ」とつぶやいた。
県尉のコルプシオは、仕事に区切りをつけ自身の執務室へと戻る。何気なく机に目を移すと、一通の封筒が置かれていることに気が付いた。封筒に手を取り、差出人を確かめるように封筒の表と裏を確認する。何も書かれていない真っ白な封筒、コルプシオは透けないか、と光にかざした。
「何だ、この封筒は? 何も書かれていないではないか。一体、誰からだ?」
光に当てただけでは中身は分からず、コルプシオは警戒することもなく封を開けた。中から書状を取り出すと同時に、机の上に落ちた写真に言葉を失った。
「こ、これは……」
拾い上げた写真には、商人と県令のペルソンに賄賂を受け渡した場面が納められていた。パニックに陥るコルプシオは、震える手で同封されている書状を開き、その文字に目を通す。
『我々はジャフール山賊である。
同封されていた写真は気に入ってもらえた事だと思う。
そこで、貴殿にはぜひとも協力を仰ぎたい。
明日の朝十時、プルタント商会、ティル商会から発注済みの武器と、兵糧の輸送を担っていただきたく思う。
それと、こちらには武官が三人ほど滞在している。
助けたいと思うなら、三百万リーフを用意しろ。
そして、すでに街の中には我らの同胞が多数潜伏している。ぜひとも拒否することのないように、貴殿の幸あらん生活が続くことを望む。
それでは明日、ジルディーテ廃村にて待つ。
不測の事態が起きたときには、五千の同胞が街を、王城には写真が届けられることを忘れぬように』
書状を読み終えたコルプシオは、崩れ落ちるように床へ座り込むと、手にしていた書状を握りつぶした。
短く荒い呼吸とともに両手で頭を抱えると、そのまま土下座をするように地面に頭をつけた。
「ああああああ、おのれええええええ」
怒りと不安、その恐怖に、伏したまま何度も床を両手でたたきつけるコルプシオ。なおも呼吸を荒げたまま机の椅子へ座った。そして、脱力状態のままボンヤリと天井を眺めた。
「ジャフール山賊と言えば、つい最近王国軍を退けたと噂の賊共か。もはや逃げ道すらも用意されてはおらぬのか? 従うほかあるまいか……」
部屋の中、そこにはもはやどうにもならない状況に、うなだれ意気消沈したコルプシオの姿があるだけだった――。
将軍の命を受け、時間を合わせて王城にたどり着いたウォルビス。すぐに取り次ぎを頼むと国王に拝謁を行った。
国王は、火急の用件だと聞き軍師とともに玉座へとやって来た。そして、跪礼を行うウォルビスを視界に捉える。
「まずは立つがよい。してウォルビスよ、急な用件とは何だ? 賊共が動いたのか?」
「恐れ入ります。とある理由により、我々は今だリレーシャの街より動けずにおります」
国王はウォルビスのふがいない報告に、とたんに眉をひそめ怒りの表情を露に目の前にある机を強くたたいた。
「何だと! 勅命を出してから一週間近くもたっているではないか! ディフィニクスは何をしておるのだ!」
リレーシャの街は王都からおよそ一日の距離にある。本来なら、すでに目的の街に着いていてもいい頃合いに、国王はディフィニクスの行動に苛立ち、ウォルビスに怒鳴った。
ウォルビスは貧乏くじを引かされたな、と冷や汗を流しながら遅れている理由を説明した。
「お待ちください陛下。これには理由があるのです。我が兄、ディフィニクスから受け取った書状がここにあります。どうかこちらをご覧ください」
「書状だと? 早く寄越さぬか!」
国王の催促に、ウォルビスは急いで王の前まで移動すると、取り出した封筒を手渡す。
「ずいぶんと厚みがあるな。何が入っておる?」
国王はウォルビスから受け取った封筒の封蝋を割り、その中身を取り出した。
封筒の中には、将軍の書状、県尉の印が捺された武器と兵糧の発注依頼書、県令と県尉の賄賂の受け渡しの写真、県尉の帳簿や執務室の数々の写真、ならびに県令の息子が、街人から金品を受け取っている写真が入れられていた。
「これは……、ファンゲルよ、これをどう見る」
国王は写真を確認すると、司徒を兼任する軍師『ファンゲル・スターレイン』に意見を求めた。
「間違いなく賄賂の受け渡しの場面でしょう。ただ、こちらの発注依頼書が気にかかりますね。印は県尉のものに間違いありません。しかし、あの街の規模からするに、県尉にこの量の武器も、ましてや兵糧など必要ありません。それに、これだけの物資なら、県令も気がつくはず。それを黙認していると言うことは……、陛下、ディフィニクスの書状にはなんと書かれているのでしょうか?」
「おお、そうだな。先に書状を読もう」ファンゲルに促された国王は、すぐに書状に目を通す。
『緊急時につき、乱文となることをお許しください。
陛下の勅命を受け、無事にリレーシャの街にたどり着きました。
しかし、その夜に部下の二人が露店街にて、県令の息子フィグリオが飲食代金を踏み倒している場面に遭遇いたしました。
それだけではなく、フィグリオは店主に剣を突き付け脅すどころか、店主の娘を無理やりに連れていこうとしていたため、先の二人が割り込み県令の息子から助け出したのです。ところが、突如として現れた県尉によって捕らえられると、こちらの事情を一切取り合わずに、部下の二人が一方的に投獄されてしまいました。それだけではなく、県尉は騒ぎの元凶であるはずのフィグリオを解放してしまいました。
不審に思い調べさせたところ、写真にあるような場面に遭遇し、カメラに納めることに成功いたしました。
県尉に限ってはジャフール山賊との繋がりがあり、武器と兵糧の提供を行っていることも突き止めました。フィグリオにも、なにかしらの関係があるものと思われます』
国王は読み終えた書状を軍師ファンゲルに手渡すと、怒りを露に肘置きを叩きつけた。そして、近くにいた兵を呼び出し命を下す。
「すぐに尚書令を呼べ! 許さぬぞ、我が録を食みながら賊共と共謀するなど!」
「なるほど……、証拠としては少し弱いですが、もはや疑いようがありませんね」
ファンゲルは一度だけウォルビスに目を向けると、一瞬だけ笑みを浮かべ国王に同調した。
しばらくして尚書令が姿を表すと、国王は勅命書を書くように指示を出す。
「アルガンザ・レイオールド、余の息子を車騎将軍として、明日早朝にリレーシャの街へ進軍させよ。県令、県尉、ならびにその一族を全員捕らえよ。抵抗する者、逃げる者は容赦なく斬り殺せ。ウォルビスもともに軍に同行せよ」
「かしこまりました」
国王の勅命はすぐに行き渡り、進軍の準備が整えられていった。
夜が明け朝の六時、車騎将軍アルガンザ・レイオールド第一王子と、ウォルビス・ローグは正規軍五千八百二十名の兵士を引き連れ、リレーシャの街へと進軍していった。




