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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
3 王立べラム訓練学校 高等部1
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3-1話 第三の英雄ティア・ロード

 光月暦 一〇〇六年 三月


 ルーセントたちは無事に高等部一年に進級し、新しく割り当てられた寮に行くため、荷物を抱え移動していた。


「ルーセント、荷物はそれで全部か?」

「いや、もう一回往復しないとダメかな」

「だよな、三年間だけでも荷物って結構増えるもんだな」

「そんなに買ってるつもりはないんだけどね」


 ルーセントとパックスは両手に荷物を持ち、背中には大きなバックパックを背負い、薄紫の花びらが舞うチェリーフィオーレの木が連なる並木道を歩いていた。

 陽射しは金色に輝き、木漏れ日が二人を包み込む。

 柔らかなそよ風は、花びらを舞い上げ甘い香りと共に吹き抜けていった。


「そう言えば、今年から実習が始まるんだったよな」

「うん、砦の警備だったり、傭兵(ようへい)派遣とかギルドの依頼達成とかって言ってたね」

「メンバー登録もしないといけなかったよな」

「フェリシアとパックスは決まりだから、他は誰にしようかな?」


 歩く二人が残りのメンバーを誰にしようかと悩んでいると、パックスが「あ!」と何かを思い出したように声をあげた。


「どうしたの?」ルーセントはパックスに顔向けて首をかしげる。

「いや、高等部になるとさ、行軍訓練も普通の訓練も地獄になるって聞いたからさ、ルーセントにも教えておいてやろうと思って」

「聞きたくないんだけど……」あからさまに嫌な顔をするルーセント。

「でも、心構えは大事だろ。前から知ってるのと、急に知らされるのじゃ、全然違うだろ?」

「まあ、ね。で? どんなことさせられるの?」

「おう、覚悟して聞けよ。高等部になると座学がなくなって通常訓練は一日十五時間、ほとんどは外での訓練で、ご飯は一日二回の携帯食糧のみ! 休みは週に一日だけ。行軍訓練にいたっては、たしか月に二回、隔週でやらされるらしいんだけど、五日の間ずっと眠ることを許されないらしいんだよ。それに、飲み食いもほとんどできない状態で破壊工作訓練や、砂地での五十キロ近くある重さの丸太を担がされての行軍、水中訓練、陸上での戦闘訓練をやらされるんだとよ」


 パックスは、言葉の内容がどれほどつらく厳しいかを知るよしもなく、嬉々とした表情で楽しそうに語る。


「なにその拷問みたいなやつ。行軍訓練なんて何のためにやるの?」


 ルーセントは、すでに顔を歪めて全身からやりたくない、とオーラを発揮していた。


「なんて言ってたっけなぁ。あ! そうそう、なんでも、三日も眠らないと幻覚を見るようになるんだって。で、それを続けた結果、寝ているときでも常に訓練態勢になってるらしくてな、寝ている間に襲撃されたときや、急な戦闘とか、どんなにつらい状況でも身体が勝手に動くようになるんだと。さらには、戦場での飢えや疲労のなかでも規律を維持して動けるように、とかなんとか言ってた」

「戦争なんて、なくなればいいのに」

「ははは、無理だな。お偉いさんたちは、常に戦ってないと死んじまうからな」


 新しい寮へと向かう足取りが重くなるルーセント。そんなうなだれているルーセントに、パックスが「そういえば」と話しかけた。


「今度は、なに?」とルーセントが死んだような目でパックスを見る。

「いや、ティベリウスだけど、まだ見つからないらしいな」

「うん、……らしいね」複雑な心境で地面に視線を落とすルーセント。

「もう何カ月もたっているのに、生きてるのか、死んでるのかも分からないなんてな。普通に考えたら、間違いなく死んでるとは思うけど……」

「オレは、生きてると思う。いつかきっと勝負をつける日がくるはず」

「どれだけ探しても、死体のひとつも見つかってないもんな……。ん? ちょっと待った。いま“オレ”っていったか?」

「そうだけど、なに?」ルーセントは恥ずかしそうに、パックスに指摘されて顔を赤くする。

「いや~、ついにルーセントも“僕”を卒業したのかぁ」パックスは、ニヤけた顔でルーセントの肩に腕を回した。

「うるさいよ、ブービー!」ルーセントが肩にかかる腕を外しながらいう。

「おい、ブービーって言うな!」


 木の上をかけていたきゅうちゃんが「きゅう!」と、ルーセントを援護するように『パックスのくせに調子に乗るな』と、言いたげに鳴いた。


「お前もかよ!」


 パックスが木を駆けるきゅうちゃんを捕まえようと、チェリーフィオーレの木によじ登ろうとしたとき、呼び出しの校内放送がかかった。


『高等部一年の戦闘教練科、ルーセント・スノーと神聖科のフェリシア・エアハートは至急、校長室までお越しください。繰り返します……』


 突然の呼び出しに驚くルーセントは、フェリシアの名前も呼ばれたことで守護者関連だと察知し、パックスに話しかける。


「ごめん、パックス。呼び出しくらっちゃったから先に行くよ」

「おう、それより何したんだ? 呼び出しなんて珍しいな」

「うーん、何だろうね? 別に悪いことした覚えはないんだけどね」


 ルーセントはごまかすようにパックスに言葉を返すと、寮に荷物を置きに行くために駆け出した。


「きゅうちゃん、行くよ」

「きゅ!」


 チェリーフィオーレの上で、虫を追いかけていたきゅうちゃんを呼び戻すと、荷物を寮に置き校長室まで急いだ。


 校長室の中には見なれぬ少女が一人、メストヴォード伯爵と校長がソファーに座って待っていた。

 フェリシアとは途中で一緒になり、ルーセントの隣に立っていた。

 部屋に入り先に声を出したのは、驚いた表情のフェリシアだった。


「お父様? どうされたのですか?」

「おお、久しいな。会わないうちにずいぶんと大人っぽくなったな」


 久しぶりの娘との対面に顔をほころばす伯爵に、白髪が多くなった黒髪をオールバックにする校長が、にこやかな笑みを浮かべる。


「ほっほ、伯爵でもそんな顔をするときがあるんですな。長生きはするもんだのう」

「私とて人の親だ。久しぶりに娘と会えば喜びもするさ。日頃の私はそんなに無愛想か?」

「めったに会うことはありませんが、見かけたときはいつも厳しい表情をしていましたな」


 普段は自分の領で仕事をこなしている伯爵だが、数カ月に何回かは国王への報告のため王都にやって来る。

 伯爵は、報告と雑務をこなすだけで笑うことはなかったな、と思い返していると校長が話しかけてきた。


「さて、私は席を外した方がよいですかな?」

「ああ、すまないな。しばらく部屋を借りるぞ」

「構いません、私は校内を巡察でもしてきます。終わりましたら、気にせずお帰りください」


 校長は一つ礼をすると、そのまま部屋を出ていった。

 伯爵は校長が出ていったことを確認すると、ルーセントとフェリシアをソファーに促し、隣に座る少女について話し始めた。


「早速だが、この子は“ティア・ロード”最上級守護者を持つ三人目だ」


 伯爵から紹介された少女は、黒に近い茶色の髪をアゴ下まで伸ばしたショートボブで、丸顔の顔にはパッチリとした大きな目を持っていた。

 背の高さは百五十センチメートルあるかどうかといった小柄の女の子であった。

 伯爵の紹介を受けて、ティアは自己紹介を始める。


「初めまして、ティア・ロードです。パトロデルメス教皇国の指揮下にある国、レギスタン聖騎士教会から来ました。よろしくお願いします」

「と言うことだ。グラッセの作品を捜索させているときに情報をつかんでな、長いこと交渉を続けてやっと呼ぶことに成功した。今後はここで生活していくことになる。二人とも頼んだぞ」


 ティアの自己紹介のあとに、伯爵から大体のあらましを聞き、互いの顔を見つめるルーセントとフェリシア。

 先に口を開いたのはルーセントだった。


「よろしくティア。オレはルーセント・スノー、魂の審判者ヴァンシエルを従えてる」


 ルーセントがヴァンシエルの名前を出したとき、ティアが口を開く。


「知っていますよ。女神様から聞きました。ルーインを唯一、倒せる守護者ですよね」

「うん。ってことは、最上級守護者を持つ人はみんな、オレのこと知ってるのかな?」

「恐らくですが、知らされているはずです。この国にいることも分かっていると思いますよ」


 伯爵はティアの言葉に一言うなると、少し思案するように手でアゴに触れると口を挟んできた。


「と言うことは、だ。いずれこの国に最上級守護者を持つものが集まると言うことか」

「だったらもう探さなくても平気ではないのですか? そのうち全員が集まるんですよね」


 ルーセントの楽天的な言葉に、伯爵は首を横に降る。


「いや、実際にはそう簡単にはいかないだろうな。いいかルーセント、お前たちは国家的人材、国の存亡に関わるほどの力を持っている。そんな容易(たやす)く口外もしなければ、明け渡すことなどしない。ティアでさえ、女神の神託により、なんとか教皇の許可が得られて連れてこられた。今回は運が良かっただけだ。陛下を丸め込めるのにも苦労したがな」


 伯爵の言葉に、がっくりとうなだれるルーセントを見て、今度はフェリシアがティアに自己紹介を始める。


「ティア、私はフェリシア・エアハートよろしくね。福音の聖女アンジールを従えてるわ。回復魔法が使えるから、ケガをしたらいつでもいってね。すぐ治してあげるから」

「おお! あなたがフェリシアですか。ふっふっふ、私がシティーガールになる日も近いですね」

「シ、シティーガール?……、ま、まぁいいわ。それにしても、世界の命運が掛かっているって言うのにもどかしいですね。お父様」


 軽い自己紹介を済ませ、ティアの口から飛び出した謎の単語をスルーしつつも、フェリシアは伯爵に顔を向け思ったことを口にした。


「仕方がないな。ルーインの驚異が迫っているとはいえ、いまだ何も起きてはいない。信じろと言う方が難しいだろう。引き続き捜索は続けるが、お前たちは少しでも守護者のレベルを上げてくれ。ところで、今レベルはどれくらいあるんだ?」


 伯爵の質問に最初に答えたのはフェリシア、次いでティアが答え、最後にルーセントが答える。


「私は今三十になったばかりです」

「私もレギスタン聖騎士団で鍛え続けていたので三十二はあります」

「オレは三十八になりました」

「三十八か、ずいぶんと伸びたな」伯爵が驚いた顔をする。

「はい、ヴァンシエルは特殊技能で成長が早いですから」

「それにしても凄まじいな。ここの教官連中の平均でも四十だと聞いたぞ。これは私も負けてはいられんな」


 伯爵は、一瞬だけ捕食者のような好戦的な目をルーセントに向ける。

 ルーセントは「ひっ」と短い声を上げ、その恐怖に震え上がった。

 それを見たフェリシアが呆れたように(いさ)める。


「お父様! 大人げないですよ」

「ははは、すまんな。つい血が騒いでな。ところで、ティアの守護者の能力はどうなっているんだ?」


 娘の言葉に冷静さを取り戻すと、最上級守護者の能力に興味を抱いている伯爵が、ティアにその能力を聞いた。

 ティアは伯爵の質問に答えようと、どこからともなく一枚の紙を取りだしテーブルの上に置いた。

 その場にいたティア以外の人間が、突然空中から現れた紙に驚きを示した。

 最初に反応したのは伯爵だった。

 納得いかないと言わんばかりに、ティアの周辺をキョロキョロと視線を動かし確認しながら話しかけた。


「今、その紙をどこから取り出した? 突然、空中から出てきたように見えたぞ?」


 ティアは、イタズラが成功した子供のように笑みを浮かべると紙を指さし、先程の現象の答えを示した。

 全員がティアの指さす紙に視線を移す。鑑定結果の紙を食い入るように眺めると、特殊技能の欄で目が止まる。


「時空収納?」


 偶然に三人の声が重なり読み上げた。


「はい、これがさっきの現象の正体です」


 ティアは『どうだ!』と言わんばかりになだらかな胸を張った。そして、次から次へと空中から荷物を取り出してはしまい、出してはしまいと曲芸のように続ける。

 一同が言葉を失い、ぼんやりと眺めていた伯爵が最初に正気に戻った。


「驚いたな、世の中にはこんな便利な技能があるんだな。これで兵糧を運べたら相当に有利に働くだろう」


 伯爵がティアの広げた時空の穴に手を伸ばすが、触れること叶わず空を切るだけだった。

 それを見たルーセントが眉間にシワを寄せ、不思議そうに手を伸ばす。


「なんだこれ? ここにあるのに、つかもうとするとすり抜けちゃう」

「私しか使えないみたいです。だから兵糧を入れても効率が悪いと思いますよ」

「そうか、それは残念だな。おっと、もうこんな時間か、少し長居しすぎたな。これから陛下のところに行かなければならん。悪いがこれで失礼する。三人とも頼んだぞ」


 全員が立ち上がり、伯爵に向かって一礼しながら「お任せください」と返事を返した。

 伯爵はその言葉に満足すると、軽くうなずいて校長室をあとにした。


「ところで、ティアはどこの寮に行くか知ってるの?」


 ルーセントは話題に上がらなかったために気にしていなかったが、いざ寮に戻ろうとしたとき、自分の部屋が分からなかったら大変だろうと思いティアに聞いた。


「それなら大丈夫です。二人が来る前に聞きましたから。私の部屋はルーセントと同じ棟の五階の女子部屋ですよ」

「だったら案内するよ。フェリシアも一緒にいこうよ」

「そうね、じゃあ今日はルーセントのところでご飯を食べようかな」

「いいね、じゃあ今日はオレが、ごちそうするよ。いっぱい食べていいよ」


「やったぁ!」と手を取り喜ぶフェリシアとティア、三人は校長室をあとにすると、ルーセントの寮へと向かっていった。

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