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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-6話 鑑定結果

 光月歴 一〇〇〇年 十月


 月の女神シャーレンと出会ってから一週間後、ルーセントがベッドから起き上がる。両手を挙げて身体を伸ばしていると、無意識のうちに左の手首を見た。

 パジャマがずり落ちた手首には、黒い線が走っていた。


「ん? なんだこれ?」ルーセントが不思議な顔で手首の内側と外を見る。


 そこには黒い文様が現れていた。


 二本のツタが交互に交わって手首を一周している。それは手首の内から外につながっていて、上面に描かれた天秤(てんびん)に絡みついていた。その片方の皿には一枚の鳥の羽が乗っていた。


「おお、やったぁ! ついに文様が現れたぞ!」


 待望の文様がついに現れた。そのうれしさにテンションが上がるルーセント。床の上を飛びはねて「うおー」と叫んで喜びを爆発させていた。


 ルーセントはすぐに父親に知らせようと、ニコニコした笑みを浮かべながら道場まで走っていった。

 稽古の準備をしていたバーチェルは、うれしそうに目を輝かせて興奮している息子に首をかしげる。


「朝から騒がしいな、どうかしたのか?」

「父上、見てください! やっと文様が現れましたよ!」ルーセントがパジャマの袖をめくって手首を見せた。


 バーチェルは、息子の腕に走る黒い文様を見て「おお!」と声をもらした。そして、感慨深そうにほほ笑む。


「ついに現れたか、これで一歩大人に近づいたな。昼ご飯を食べてから鑑定に行くか?」

「はい、きっと最上級ですよ」


 楽天的なルーセントは、尻尾があったら全力で振り回しているだろう、と思えるほどに楽しそうな笑顔を見せていた。


 守護者は中級のクラスが一番多く存在している。最上級ともなれば数百年で数人しか存在していない。歴史に名を残すほとんどの人物が上級ではあったが、中級に比べればはるかに少ない。

 バーチェルが笑みを浮かべつつも「ははは、それならめでたいが、よくて中級であろうよ」と浮ついている息子に現実的な言葉を送った。


「志は高く持て、といったのは父上ですよ」ルーセントがムッとする。

「おぉ、そうだったな。それならば今から王城に行く準備でもしておかなければならんな」


 バーチェルが言った何気ない一言に、常々自分が教えている言葉で返されてしまい、これは参ったな、と息子の喜ぶ姿に顔をほころばせた。しかし、いつまでも文様を愛おしそうに眺めている息子に「いつまで浮かれておるのだ。早く着替えてこい。さっさと稽古を始めるぞ」と気を引き締めさせた。

 しかし、この後もルーセントの顔から笑みが消えることはなかった。


 いつもと同じように鍛錬を始める二人。


 バーチェルが持つ守護者の恩恵もあるが、相変わらずルーセントは父親から一本が取れないでいた。

 雲の上の存在で師匠でもあるバーチェルに「剣術は一瞬の判断の積み重ねで決まる。恐れ、受ける暇があるなら斬れ」と、ことあるごとに言われていた。だが、ルーセントも頭ではわかっていても、身体は思い通りにはいかなかった。斬られそうになると、なぜか恐怖に身体が動かなくなってしまう。なぜ怖くなるのだろうか、とルーセントは時々考えるのだが、いつも身体が震えるほどの恐怖に襲われて考えることができなくなってしまうのであった。


 どうすればいいのか、とルーセントの悩みが尽きることはなかったが、バーチェルの厳しい特訓は午前中いっぱいまで続いた。



 昼食を済ませた後、午後はルーセントの守護者鑑定のために、バーチェルと一緒に町の鑑定士の館へと来ていた。

 守護者鑑定士は全員が国によって雇われる。そして、すべての町や都市に派遣されていく。鑑定自体は無料で行われていて、身分等に関係なく誰もが利用できる。


 二人は館に入るとエントランスで受付を済ませる。バーチェルとルーセントは鑑定士の準備が終わるまで待合室で待つことになった。


 しばらくして名前が呼ばれると、ルーセントは一人で鑑定士のうしろを歩いて部屋に入って行く。室内は、六メートルほどの広さがある四角い部屋だった。その中央に魔法陣が描かれていて、それ以外では部屋の奥に水晶が乗せられた質素なテーブルが置いてあるだけだった。

 ルーセントと鑑定士は、水晶が乗るテーブルを挟んで向かい合うように立っていた。

 鑑定士がルーセントに守護者解放の手順を説明していく。


「今回はおめでとうございます。まず初めに水晶を使って守護者の情報を解放させていただきます。ここでできるのは中級までですので、最上級、上級の守護者と判明した場合には、別室に移っていただきまして、領主様に報告と拝謁(はいえつ)の手続きを行わせていただきます」


 鑑定士が同意書を差し出すと、それにルーセントが署名する。それを見て、鑑定士が自身の手を水晶へと伸ばす。


「それではまず、こちらの水晶の上に左手を乗せてください」

「わかりました」ルーセントがうなずくと、丸い水晶の上に手を乗せた。


 鑑定士は左右から挟み込むように手を水晶にかざして魔力を流す。ぱちぱちっと音を立てて水晶に赤い稲妻が流れ始める。それが十秒ほど続いたところで、ルーセントの左手の上に小さな赤い魔法陣が出現した。

 魔法陣の上に文字が浮かび上がる。その文字には、戦闘特化の最上級守護者の名前と、その桁外れの能力が表示されていた。


「こ、これは」


 結果を見た鑑定士は、あまりの驚きに目を見開いたまま、固まってしまう。何度も浮かび上がる文字を読み直していた。そして、生まれて初めて見る“最上級”という文字に言葉を失う。鑑定士は震える手で紙に転写するとルーセントへと手渡した。


「おめでとうございます。鑑定した結果、最上級守護者と判明いたしました。守護者解放は王城にて、もう一度鑑定した後に行われます」鑑定士が震える声でルーセントに伝える。


 落ち着きを取り戻しつつあった鑑定士だったが、自身でも初めての出来事に興奮を抑えきれなかった。無意識のうちにルーセントの手を握りしめると満面な笑みを浮かべた。

「まさか最上級守護者を持つ人に会えるなんて、私はなんて幸運なんでしょうか! それにしても、生きているうちに会えるなんて思ってもいませんでしたよ」


 鑑定士が最後に「長生きはするものですね」と、ルーセントにほほ笑みかけた。

 ルーセントは鑑定士とは対照的に、いまだに信じられないのか、目をぱちぱちと動かしてはまばたきを繰り返していた。


「お、おぉ……」どうしたものかと戸惑うルーセント。


「おめでとうございます、ルーセント様。私は準備がありますので、別室に移る前に一度控室までお戻りください」


 戸惑うルーセントをよそに、鑑定士はあらためて祝辞を送った。

 ルーセントは部屋を出る鑑定士のうしろを離れず歩く。そして何度も何度も、鑑定結果の紙を見ながらニヤついていた。

 毎日女神さまに祈っていた甲斐(かい)があった、と最上級守護者をもらえたことに喜んでいた。

 そのあまりのうれしさに、鑑定士のうしろで静かに、だけど力強く、何度も小さなガッツポーズを繰り返していた。

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