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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
2 王立べラム訓練学校 中等部
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2-23話 地獄の行軍7

 ディフィニクスが率いる部隊が周囲を警戒しつつ歩みを進めていると、魔物の咆哮(ほうこう)や戦闘音が聞こえてきた。周囲の木々は折れ曲がり、枝や倒木も多く散乱していて足を取られることも多くなった。

 前将軍が見上げる視線の先、前方に広い空間が広がっているのか、木々の間から見える景色が開けてくる。その時「パックス!」と聞き覚えのある少年の声がディフィニクスの耳に届いた。

 前将軍の記憶を掠める銀髪金眼の少年の姿に、その表情が険しく変わる。手にする偃月刀(えんげつとう)を振り上げて地面を切り裂きながら手前にある倒木を切断した。


「先に行く! お前たちはそのまま進め!」


 それだけを部下に告げると、ディフィニクスが走り出した。

 障害物を飛び越え、木々をすり抜け、邪魔な物は炎をまとう偃月刀により切断されていった。

 ディフィニクスが森を抜けて開けた空間に飛び出したとき、視界をまばゆい光が襲った。まぶしさに耐えられず目を閉じて身構える。

 光が収まったときには、灰色の体毛に大型の熊の魔物、ジュラミーベアの後方に刀を振り抜いたままの姿勢で止まっていた銀髪の少年がいた。

 その少年が刀を支えに地面に膝をついたとき、ディフィニクスがその名を呼んだ。


「ルーセント!」ディフィニクス前将軍がまっすぐにルーセントに駆け寄っていく。


 視線を魔物に向けると、崩れ落ちるその巨体が魔力の霧となって消えていった。それを見てディフィニクスが怪訝(けげん)な表情を浮かべたが、脅威の消失にルーセントの元へと急いだ。


「ルーセント、無事か?」

「えっ! ディフィニクス将軍、どうしてここに?」


 名前を呼ばれて振り向くルーセントの顔が驚きに固まる。いるはずのない人物に、その疑問が自然と口からこぼれていた。

 対するディフィニクスは「天門関から王都に戻る途中だった」と、ルーセントの無事な様子に安堵(あんど)すると、腰のポーチから二本のポーションを取り出した。

 ルーセントが受け取ったポーションは、普段の物よりも色が濃く、中等級の回復と魔力のポーションであった。


「ありがとうございました。僕の方はもう大丈夫です。でも、他のみんなが……」ルーセントが頭を下げて礼を言うと周囲を見渡す。


 つられてディフィニクスも周囲を見渡す。

 その凄惨(せいさん)な状況に眉をひそめた。


「ひどいな、だが心配するな。すぐに俺の部隊が来る。なんとかなるだろう。それにしても、あの魔物は……」ディフィニクスが再び魔物がいた場所に視線を移す。


 その時、森の中から前将軍を追いかけてきた部隊が到着した。ディフィニクスがすぐに指示を出す。


「医療部隊は重傷者から手当てを始めよ! 回復魔法を使えるものは重篤者を回れ! 絶対に死なせるな! 戦闘部隊は周囲の警戒、魔物一匹ここに通すな!」


 反射的に部隊の全員が返事を返してそれぞれが与えられた指示をこなすため散らばっていく。

 地面がえぐれ、落ち葉もなくなり、吹き飛ばされたであろう木々の跡地に喧騒が響きだした。

 そこに治療を終えた教官たちがやって来て、前将軍にひざまずく。


「ディフィニクス将軍、お力添え感謝いたします」

「気にするな、立て」前将軍が右手で“立て”と手ぶりを交える。

「恐れ入ります」教官たちが頭を軽く下げて立ち上がる。


 ディフィニクスがもう一度だけ周囲を見渡して教官に顔を向けた。


「あの魔物、死体も残さず消えたと言うことは、準エンペラー種といっても過言ではないな。よく倒せたものだ」

「恐れ入ります。私が下見にきたときには、あんな魔物はいなかったのですが……」教官は、どこか申し訳なさそうに答える。

「おそらくは、向こうの山から降りてきたのだろう。それにしても、よくぞ訓練生たちをここまで育てたな。生徒らも含め、王都に戻った際には陛下に伝えておこう」

「ありがとうございます」

「このあとも行軍訓練を続ける気か?」

「いえ、今回は被害が大きすぎるため、このまま王都に戻ろうかと思います」

「それがいいだろうな。治療が終わって落ち着いたら俺の軍が護衛に入ろう」

「何から何まで、配慮痛み入ります」


 ディフィニクスは軽く手を挙げて下がれと命じる。

 教官たちは頭を下げて事態の収集へと戻っていった。

 前将軍が再びルーセントへと向き直る。


「最後の魔法、見てたぞ。雷とはずいぶん珍しい魔法を使うな。それに、威力も申し分ない。これは将来が楽しみだな」ディフィニクスが笑みを浮かべる。


 ルーセントは、王国最強とも言われる武将に褒められて照れていた。


「ありがとうございます。もう必死で」

「そうか。だが、あいつを倒せたなら、俺ともいい勝負ができそうだな」ディフィニクスが獰猛(どうもう)な獣のような視線を送る。

「ぼ、僕なんか、まだまだですよ。あいつだって、みんなで倒したようなものなので」

「謙遜するな。いつでも相手になってやるぞ」


 顔を引きつらせているルーセントに、ディフィニクスはからかいつつ笑顔を浮かべていた。

 その時、前将軍の顔が険しいものに戻る。その視界は遠くにある岩山の崖をにらみつけていた。



「おっと、見つかったな。まさか、ディフィニクス本人が来るとはなぁ」アクティールが後頭部をかく。

「どうしますか?」

「撤退するに決まってるだろ? あんな化けもん、相手になんてできるか。大体、あの数は無理だろ。何人いると思ってるんだ?」


 アクティールは、森を囲うように警戒している兵士の数を見て首を左右に振る。

 隣に立つ部下が身体の前で拳を握りしめて親指を動かす。その視線は眼下を見下ろしていた。


「口惜しいですね。あの状態なら始末するのは造作もなくできたのですが……。それに、あの裏切り者さえ余計なことをしなければ今ごろ……」

「まぁ、終わったことを言ってもしょうがねぇな。あいつに関しては、まだいい。だが、覚えておこう。さっさと帰るぞ」


 アクティールは、離れた場所にいるディフィニクスに向かって左手を胸に、右手を軽く広げておどけたように礼をすると立ち去っていった。

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