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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
2 王立べラム訓練学校 中等部
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2-22話 地獄の行軍6

 ルーセントがフェリシアから治療を受けている最中にも、ティベリウスと魔物の戦いは続いていた。

 ジュラミーベアから何度も降り下ろされる屈強なる前肢の攻撃をティベリウスはかろうじて、手に持つ武器で受け流していた。一撃を受けるごとに衝撃が腕を伝って全身に響く。そのケタ外れの腕力に両手がしびれ、握力も削がれ、握り続けるのもつらく小刻みに震えていた。


「くそっ! 馬鹿力め!」


 顔を伝う汗が、苦痛にゆがむ顔が、追い込まれつつあった少年をさらに焦らせていた。

 ジュラミーベアが一歩進めばティベリウスがその分だけ下がる。そして、隙が生まれれば反撃のために一歩踏み出し槍を振るう。そんな攻防が幾度と続いたとき、ティベリウスがえぐられた地面に片足を取られて体勢を大きく崩してしまった。

 自身の足元から魔物へと視線を動かすティベリウスの顔が絶望に染まる。

 そこに、ジュラミーベアが咆哮とともに牙を剥き出して立ち上がると、両手を高く空に挙げた。

 トドメを刺そうと、うなりをあげる剛腕がティベリウスの首を捕捉した。

 不測の事態にティベリウスの思考が停止する。目に映るゆっくりと振り下ろされる爪、残り二メートルの命に硬直していた身体から力が抜けていく。ところが、あと少し、というところで分厚い氷の壁が地面から生えてティベリウスを救った。


「まだまだ終わりじゃねぇぞ!」


 パックスが作り出した氷の魔法、魔物の爪に氷壁の三分の一が砕かれてしまったが、その落ちる氷から槍が生成されるとジュラミーベアの身体を狙った。

 自由自在に飛び回って次々と襲いくる大小さまざな氷の槍。それに耐えきれなくなった魔物が下がっていく。

 パックスは魔物に視線を送りつつも、ティベリウスの元へと駆けていった。


「危なかったな、無事か?」

「お前に助けられるとはな」


 全身を使って呼吸を荒げていたボロボロの仲間を見て、パックスが腰のポーチから金属ケースに入れられた回復ポーションを取り出して手渡した。


「ほら、早くこいつを飲め。もうすぐルーセントが戻ってくるはずだ。それまで時間を稼ぐぞ」

「あんなやつ、いなくても……」ティベリウスが心の底から嫌そうな顔を浮かべた。

「死にかけてたのはどいつだよ。大体なんでそんなにお前らは仲が悪いんだ?」


 パックスはティベリウスの言葉を遮り、日頃から感じていた疑問をこぼす。

 ティベリウスが槍を手にすると「お前には関係ない」と、再び立ち上がった。


 そして、そのままパックスに顔を向けると「うしろで援護でもしてろ。前に出てきても、あいつのディナーを豪華にするだけだ」と皮肉を交えて伝える。

「気が合うな、初めからそのつもりだ」


 パックスが笑みを送ると、ティベリウスは鼻で笑って駆け出した。

 パックスが魔物から十メートルほど離れると、憎たらしい相棒が見える位置に移動して魔法の発動体勢に入った。パックスの右腕が吹雪に包まれたように、無数の氷の結晶が渦巻き冷気を放っていた。


「よし、あいつに気を取られてるな。受け取れよ、あいさつ代わりだ」


 フロストショットと名付けられた魔法は、細かい氷の結晶となってパックスの手の周りを包み込んでいた。

 射出された無数の氷の結晶が(モリ)の先端部分の形を形成すると、そこに冷気が螺旋(らせん)状にまとわりついて飛んでいく。高速で移動する氷の群れが分厚く地面まで凍らせると、そこに氷の道を作り上げていった。


「まだまだ、これからが本番だぞクマ野郎!」


 器用に魔法を操作するパックスは、魔物を中心に円を描くように魔法を動かす。そして、ある程度の土台が出来上がると走り出した。パックスは、フロストショットに混ぜて氷の槍も放っていた。


 ティベリウスがジュラミーベアと間合いをとって槍を構える。そこに、パックスの魔法が魔物を襲った。氷の魔法はたいしたダメージを与えられなかったが、右肩を凍らせるとともに気を逸らせることに成功する。ジュラミーベアが走り回るパックスをにらむ。


「よそ見をしてる暇があるのか?」


 魔物がパックスに気を取られている隙にティベリウスが槍を突き出す。しかし、穂先は見事にジュラミーベアの胸元に刺さりはしたが、その分厚い筋肉の壁を突破することはできなかった。

 怒りに吠える魔物が槍を持つ少年を切り裂こうと左の前肢を振り下ろす。

 ティベリウスは瞬時に相手の左脇へと飛び出した。

 ジュラミーベアの腕が頭の近くをすり抜けると、褐色の顔がニヤける。右足を軸に回転するとともに右手に持つ槍を振り払う。遠心力を伴った穂先が、ついに魔物の脇腹を深々と切り裂いた。


 痛みに吠えるジュラミーベア。


 一度倒れて暴れると、ティベリウスに向かって腕を振るった。その先には風が渦巻いて巨大な風の刃を生み出した。ティベリウスが驚きに目を見開くが、とっさに槍を盾に前に突き出す。

 しかし、勢いを止めることができずに吹き飛ばされてしまった。風の刃をなんとか逸らせようと武器を傾けるが、その瞬間に金属でできた柄が切断されてしまう。止まらない風の刃がティベリウスの脇腹を切り裂いた。制服も防具も切り裂かれて血が吹き出す。


「があああああああああっぐがあっ!」


 血を撒き散らして回転しながら地面にたたきつけられるティベリウス。風の刃は、地面を大きく切り裂いて消滅した。

 激しい痛みに傷口を押さえてうずくまるティベリウス。

 ジュラミーベアが目を血走らせて呼吸を荒げる。そして、再びトドメを刺すため近づいていった。


 パックスは吹き飛ばされるティベリウスを見て「やべぇ!」とつぶやき、フロストショットを放っていく。

 しかし、ジュラミーベアの身体が凍りつくだけで大したダメージは与えられなかった。そのせいか、魔物は気にすることなく血まみれの少年へと歩いていった。


「くそっ! あと少しなのに」


 パックスは一度足を止めると、氷の槍を生み出して射出した。着弾する氷の槍が氷柱へと変わって空へと伸びる。さすがのジュラミーベアも、これには無視ができずに足を止めた。何本も襲いくる氷の魔法に苛立ちを隠せず標的をパックスへと変えた。


「よし! こっちに来たぞ。でも、それ以上は来るんじゃねぇぞ。……くそっ! あいつらよくこんなのまともに相手してたな。今すぐチビりそうだぜ」


 牙を剥くジュラミーベアに足を震わせるパックス、再び走り出すと仕上げとばかりにフロストショットを放っていった。

 最後の一発を放ったとき、そこにはクモの巣のような氷の道が出来上がっていた。


「よし! うまくいったぞ。あとは……」


 パックスが一本の氷の道に立つと、両方の靴の底に一本の氷のブレードを作り上げた。


「ついてこれるもんなら、ついてこいよ!」


 ゆっくりと滑り出すパックス、徐々に速度を上げると氷の槍を作り出して射出した。

 ジュラミーベアが前肢で砕くと風の刃を放つ。だが、パックスはすでにそこにはいなかった。

 不規則に氷の蜘蛛の巣を移動するパックスは、次々と氷の魔法を射出していった。

 灰色の巨体は、四方から不規則に飛んでくる氷の槍に身動きが取れずに防戦一方となってしまう。

 時おり反撃に風の刃を放つが、その場所にはパックスはすでにいなかった。魔物が相手の先を読んで風の刃を放つも、すぐに方向転換をしてしまうパックスには意味がなかった。

 しかし、パックスの方もじり貧となっていた。唯一ダメージを稼げる氷の槍は単発でしか放てず、それも簡単に防がれてしまう。おまけに魔力の消耗も激しかった。

 最初は余裕があったパックスの顔にも、今では焦りを浮かべていた。


「まずいな、このままじゃ持たねぇ。ちくしょう、あれしかないか。でも、近づくのなんて怖すぎるだろ」


 先ほどより間隔を開けて放たれる氷の槍、パックスの限界は近かった。奥の手を出そうか迷いつつも氷の上を滑っていた。



 ジュラミーベアもパックスの限界が近いことを悟り始めていた。移動範囲も凍る地面の上に限られて、それを維持するのにも魔力を消費する。おまけに氷の槍を放つのにもそれなりの魔力を使う。射出間隔も長くなり始めたことで、その終わりが近いと感じ取っていた。

 魔物が、うしろで倒れているティベリウスに視線を移す。動かないのを確認すると、再びパックスへと向けた。

 どんどん魔法を放つ間隔が開くパックスに、ジュラミーベアは誘導するように風の刃を放っていく。凍りつく地面を滑る少年は、それに気づかずに方向を変えていった。

 一歩、また一歩と魔物が歩みを進めて一方向へと向かっていく。自身の魔法の射程圏内まで歩みを進めると立ち止まった。最後に向かい来る氷の槍を前肢で砕くと、広範囲に向けて不規則に風の刃を大量に放つ。

 突然、荒れ狂ったように放出された風の刃に、パックスが顔をひきつらせた。


「なんじゃこりゃああああぁぁぁぁ!」


 無尽蔵に襲いくる風にパックスが身を屈め、方向を変えて、と必死の形相でかい潜る。誘い込まれているとは知らないパックスが気づいたときには、魔物が目の前にいた。

 手足を地面につけた状態のジュラミーベアの身体の上下に風の渦が生まれる。空には再び黒い雲が渦巻き始めていた。

 訓練生をほぼ全滅に導いた悪魔の魔法。

 パックスの顔から血の気が引いていく。

 しかし、パックスにもひとつだけ反撃の魔法が残っていた。

 徐々に強くなる風、先ほどとは違い小規模の竜巻が少しずつ姿を表し始めたとき、パックスがすべての魔力を注ぎ込んでその名を叫んだ。


氷嵐(ひょうらん)!」


 氷の結晶がパックスをも包み込んでジュラミーベアの周囲を猛吹雪が吹き荒れた。空気すらも凍りつかせて徐々に地面を凍らせていく。

 竜巻も負けずと威力を強めていった。

 空中で竜巻と氷のつぶがぶつかり合って稲妻が無数に走る。そして次々と氷のつぶを消滅させていった。

 しかし、竜巻もすべての氷を処理することはできなかった。吹き荒れる結晶がジュラミーベアの身体を傷つけていく。その傷口はすぐに凍りついて凍傷を生み出していた。さらには地面を歩く魔物の四本の脚が、すでに半分近くまで凍りついていた。

 魔物が苛立ち咆哮をあげる。

 パックスも同時に「貫け!」と声を張り上げた。

 ジュラミーベアの足元から、先端のとがった氷のトゲが何本も突き上がる。数本がジュラミーベアの身体に突き刺さったが、そこまでだった。

 空から雲が降り立つ。

 完成した竜巻が氷もろとも消失させると、パックスを飲み込んだ。

 すぐに弾き飛ばされたパックスは、身体中が切り刻まれた状態で血を撒き散らしながら地面を何度も転がってうつ伏せに倒れた。


「パックス!」


 フェリシアの治療を終えていたルーセントが駆け出す。追撃に放たれた極大の風の刃の前に立ちはだかると、刀に炎と雷をまとわせて真横に振り抜いた。走り出す剣線が風切り音を発生させながら、襲い来る自分の背よりも高い風の刃とぶつかった。

 一瞬の膠着(こうちゃく)の後に大爆発を引き起こす。戦場に強風が吹き抜けた。

 立ち尽くしているルーセントの身体からは、いたるところから血が流れ出していた。

 しかし、怒りに痛みを忘れているルーセントは、動じることなく腰のポーチから最後の魔力回復ポーションを取り出して飲み干した。

 刀を右手にゆっくりとジュラミーベアへと近づいていく。怒るルーセントが生み出す殺気と圧倒的な威圧感。

 ジュラミーベアが初めて恐怖に怖じ気づいて下がる。

 そして、苦し紛れに風のトゲを作り出せるだけ生み出した。空中に浮かぶ無数のトゲ、一本でも当たれば身体が千切れかねないほどの大きさがあった。

 ルーセントが刀に雷をまとわせる。

 そこに、倒れていたパックスが傷つく身体に走る激痛に耐えて、苦しさがにじむ声を絞りだした。


「ルー、セント、あとは、任せた」


 歩みを止めるルーセントが、少しだけパックスの方に顔を傾ける。


「うん、休んでていいよ」ルーセントの口元が少し笑った。


 ジュラミーベアとの距離が十メートルほどに近づいたとき、風のトゲが次々と射出された。高速で迫る風のトゲ、ルーセントは臆することなく刀を上げて身体の正面に振り下ろした。

 小さな雷が頭上より降り注ぐ。


 迅雷風烈(じんらいふうれつ)と名付けられた魔法がその最初の姿を現した。


 風のトゲが、あと一メートルのところまで迫ったとき、極大な雷が目の前に落ちた。それに続いて小さな雷が何本も走ると魔物が放った魔法を消滅させていった。

 そして、大きな雷は消えることなくジュラミーベアに向かって走っていく。それと同時に、ルーセントの身体から稲妻が放出される。それと同時に、視認できないほどの早さで飛び出した。足が地面に着く度に放電する。それ以外にルーセントの姿を確認する方法はなかった。


 極大な雷がジュラミーベアを貫くと、次の瞬間にはルーセントの刀が魔物の皮膚を、筋肉を、骨を断ち切り、心臓をも斬り裂いた。

 ルーセントはそのまま魔物とすれ違うと背中にジュラミーベアを置いた。次の瞬間、雷が上空からジュラミーベアを貫いた。

 周囲を強力な光と音が支配する。

 すべての魔力を使いきったルーセントが刀を杖に片膝を着くと、倒れたジュラミーベアが魔力の塊となって霧散していった。

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