2-21話 地獄の行軍5
森の中央付近、アクティールの集団とディフィニクス軍の戦闘が続いていた。
人数で劣るアクティール側は常に距離をとりつつも、中距離から近距離と入れ代わり立ち代わりに攻撃を繰り出していた。一人が近接攻撃を仕掛ければ、もう一人が後方より魔法や投げナイフで援護に入る。
しかし、数で劣るアクティールたちは次第に劣勢となっていった。逆に、所々で苦戦を強いられていたモーリスとルード将軍たちが優勢に立って追い込み始めていた。
激しくなる攻勢にアクティールの顔から余裕が消えかけたとき、森の中を強風が吹き抜けた。その風は木々を激しく揺らす。森の中が急に暗くなると雨も降りだした。風で勢いを増した滴が針で刺されたような痛みを、その場の全員に与える。
さらにそれだけではなく、轟音をたてて渦巻く風は葉っぱや小枝をも吹き飛ばしていた。どんどんと強くなる黒い風に立つのも難しくなってしまった。
結局、戦うどころではなくなり戦闘が停止する。
その時、一人の兵士がモーリスに異常を知らせた。
「モーリス将軍、あれを!」
モーリスが兵士の方に振り向くと、空に向かって指を指していた。
その場の全員が指先の方へと視線を動かす。
木々の間からのぞく空には、いつの間にかどす黒い雲が支配していた。そして、それは渦を巻いて降りてくるところだった。
二つの勢力がいる場所にも暴風が届くと、さきほどよりも強い風に、しゃがまなくては耐えられないほどになっていた。
木を支えに立つアクティールが「こっちも予想外だな。これならあいつも……。そろそろ潮時か」とつぶやくとモーリスへと顔を向けた。
「おい! 将軍さんよ! この状態じゃ戦うのは無理だろ! ここは仲良く停戦といこうじゃねぇか! あれがこっちに向かってきたら、お互いに全滅するだけだぞ! 悪いが、俺たちはこれで帰らせてもらうからな!」
風の音に掻き消されそうな状況に、アクティールが声を張り上げる。
モーリスはあと少しで賊どもを捕らえられる、と確信していた矢先の出来事に舌打ちをした。強風が吹き荒れるいまの状態では、碌に戦うこともできず敵の言う通りにするしかなかった。
悔しさに顔をしかめるモーリスが黒衣の男に叫ぶ。
「いつか貴様らを捕らえてやる! 覚悟しておけ!」
「こっちは二度とゴメンだ! じゃ~なぁ~」
アクティールは最後まで相手をからかうように言葉を返す。そして、背中を向けると大きく手を振りながら立ち去っていった。
残された二人の将軍と兵士たち、ルードがモーリスへと近寄る。
「どうする、あいつらを追うにもこの状態じゃ無理だぞ。あれが魔法だって言うなら、そのうち消えるだろ? それを待ってこのまま進むか?」
「待て、あいつらの仲間がどれだけいるのかもわからん。それに、あいつら事態が囮の可能性もある。ここは一度戻って前将軍の指示を仰ごう」
「分かった。それにしてもあんな魔法、どんなやつが使ってんだ? 俺らにだって無理だぞ」
二人は再び竜巻に視線を移すとため息をつく。
「まったくだ。前将軍にだって使えるかどうかくらいだろ、あんなの。とにかく早く戻るぞ!」
モーリスとルードは、伏兵の可能性と竜巻に驚異を感じて撤退を始める。残りの兵士たちは、傷ついた仲間を担いで森の外へと急いだ。
街道から森を見ていたディフィニクスは、突然現れた特大の竜巻に異常性を感じ取って最大の警戒を示した。
すぐに街道沿いに広がる草原と丘陵地に陣を展開させる。
縦に二列、ひとつの隊で二陣ずつ、互い違いに三部隊、計六陣を展開させた。
それぞれの陣形に遊兵隊の騎馬が囲っている。
ディフィニクスがさらに指示を飛ばす。
「ウォルビス、お前が全部隊を指揮しろ。俺が直接あそこに行く。森から出てくるものは誰一人として逃がすな」
「分かった。気を付けろよ、兄貴」
「任せろ」
ディフィニクスは、全部隊からおよそ三千五百人を選りすぐって治療部隊の三分の一を従軍させる。
ディフィニクスを中心に八つの部隊に分けて横一列に展開させていたとき、森からモーリスたちが戻ってきた。
ディフィニクスが、兵士に担がれている負傷者や恐らくは死んでいるであろう兵士を見て顔をしかめる。
モーリスとルードが前将軍の前で跪礼する。
「ただいま戻りました」
「立て」
「恐れ入ります」
「何があった?」
「はい、一キロほど先に進んだとき、黒衣を着た男たちの奇襲を受けて戦闘になりましたが、途中であの竜巻の影響で捕らえることができずに戻りました」
奇襲を受けたと聞いて、より一層の険しい表情を浮かべるディフィニクスが「そいつらは何者だ?」と聞き返すも、モーリスが「申し訳ありません。死体は何体かありますが、詳しいことはなにも。それにまだ伏兵がいる可能性もあります」と答えた。
それを聞いたディフィニクスは、先ほど横に並べた部隊を前後に四隊ずつに分けて左右と後方警戒に当てる。
そして、数人の将軍を伴い森へと侵入していった。
竜巻が消失したその場所では、痛みに耐えて呼吸を荒げているルーセントに魔物がゆっくりと近づいていく。
右の拳を握りしめて懸命に立ち上がろうとするルーセント。しかし、左腕だけではなく右足の骨も折れていて動くことが叶わなかった。
傷だらけのジュラミーベアが五歩のところまで近づくとうなる。
ゆっくりと顔をあげるルーセントの金色の瞳に、唾液を垂らして牙をむき出しにしている魔物が映った。
たった一匹で、二百人近くもいた上級守護者を持つ生徒たちを壊滅近くまで追い込んだジュラミーベアが、銀色の頭を噛み砕こうとさらに大きく口を開けた。
ルーセントは魔法を放とうとしたが、先に放った魔法、失敗したアンチマテリアル・ブレードのおかげで、ほぼすべての魔力を消費していたために使えずにいた。
なおも魔物をにらみつづけるルーセント。
一歩、また一歩と近づくジュラミーベアがあと二歩のところまでくると、突然顔を後方へと向けた。
その瞬間、灰色の魔物の身体に炎の矢が突き刺さって燃え上がった。熱さと痛みで暴れ吠えるジュラミーベアの視線の先には、ティベリウスが剣を手に立っていた。どれほどの葛藤があったのだろうか、握りしめられた拳からは血が滴り落ちていた。
「そいつを倒すのは、お前じゃなくて俺だ」
ティベリウスは、アクティールの命令に背いて怒れる魔物に刃を向けた。
魔物からすればアクティールだけではなく、ルーインすらも裏切る行為に、その怒りを爆発させて咆哮をあげる。
この瞬間から、血にまみれて焼け焦げた傷だらけの灰色の巨体の攻撃目標がティベリウスへと変わった。
四足歩行で走って接近するジュラミーベア。
ティベリウスが剣の切先を水平に寝かせ構えた。
近づく魔物が立ち上がると右の前肢を振り下ろす。
鋼鉄のごとく爪が襲いかかった。
迎え撃つティベリウス。
爪と剣がぶつかる。
鈍い音をたてて拮抗したのは一瞬だった。
その強靭な体躯から生み出される力に屈してティベリウスの剣が弾かれてしまう。手を離れた剣が地面に突き刺さる。
そして、勢いの止まらない爪が制服に組み込まれていた肩のアーマーを破壊して、そのまま左肩を深々と切り裂いた。
傷口からは血があふれだし、その痛みに顔を歪めるティベリウスは、よろけながら敵に背を向けてしまった。
しかし、すぐに炎の壁を発動させると距離をとった。
苦悶にうめく声とともに、顔からは汗が滴る。
腰のポーチから回復ポーションを取り出して飲み干すと容器を投げ捨てた。支給されるポーションでは完治まではしないものの、動かすには問題がないところまで回復した。
ティベリウスは一度だけ自分の剣に視線を送るが、剣ではあの力に抗えない、と落ちていた槍を拾った。
石突きから穂先までが鋼でできた槍、それを数回振り回すといま一度構え直した。
それと同時に、魔物が放った風の刃が炎の壁を掻き消して襲いかかる。
ティベリウスが武器に炎をまとわせると、石突きを振り上げて最初の一撃を相殺する。すぐに穂先を振り下ろすと二撃目をやり過ごした。そのまま襲い来る最後の一発を、両手で槍を大きく振り回しながら右手だけで持ち直すと、そのまま斬り裂き消失させた。
左手を前に伸ばして槍をうしろに構える。
ティベリウスがニヤリ、とほくそ笑むと「お返しだ」と炎の矢を十五本ほど生み出して射出させた。
光跡が尾を引いてジュラミーベアへと向かっていく。
今度は受ける立場となったジュラミーベアは、身体に風をまとって迎撃する。
炎の矢と風の刃がぶつかる度に爆発を引き起こす。
あふれ出すように現れた黒っぽい爆煙が、砂煙も巻き込んで二人の視界をふさいでいった。
その瞬間を狙ってティベリウスが動いた。
一気に間合いを埋めると武器を突き出す。
槍が煙に飲み込まれると、そこに魔物の咆哮が響いた。
ジュラミーベアが身体にまとった風を放出すると、爆煙を吹き飛ばす。視界がクリアになると、魔物の視線の先には肩に突き刺さる槍があった。
ティベリウスが武器を引き抜くと再び構え直す。
槍を持つ少年をにらみつけて怒り狂うジュラミーベアが猛攻を開始する。風の刃を伴いながら腕を振るい続けた。
ティベリウスは魔物の攻勢に余裕をなくして苦闘に顔を歪ませる。それでもなおギリギリの所で身を翻しては槍を振るって対処していった。
ティベリウスが魔物と戦いを続けている最中、パックスとフェリシアがルーセントを探していた。
パックスが倒れたまま動かないルーセントを見つけると、その痛々しい姿に視線をそらした。そしてすぐさま大声でフェリシアを呼んだ。
「いたぞ! フェリシア、こっちだ! 早く来い!」
「待って、すぐ行く!」
フェリシアは、絶望的な状況に顔を青ざめさせていたが、ルーセントの微かに動く身体に安堵の表情を浮かべる。しかし、予断を許さない状況には変わりなく、誰よりも早く駆け出した。
フェリシアがルーセントを見下ろす。
制服はボロボロで、ほとんど原型をとどめていない。
鎧に関しても傷だらけで、破損も多く用をなしていなかった。
きゅうちゃんがフェリシアの肩からルーセントの頭に飛び移ると、反応の薄い相棒の頭の上で飛び続けて鳴き続けた。
フェリシアがすぐに回復魔法をかける。
左腕は内出血により変色していて、骨折のせいか二倍近くに腫れていた。右足はあらぬ方向を向いていて、誰が見ても折れているのは明白だった。
フェリシアが全力で回復魔法を使う。
短く弱かった呼吸が徐々に穏やかになると重度のケガも治っていった。
少しして動けるまでに回復すると、ルーセントは気だるそうに起き上がる。
身体の各部位を動かし状態を確認するルーセント。
視線を降ろして役目を終えた装備を外すと刀を引き抜いた。
ルーセントがフェリシアに笑みを送る。
「これだけ治れば十分だよ。ありがとう。本当に回復魔法ってすごいね」
「よかった、間に合って。もう少し遅かったら危なかったのよ」フェリシアがホッとしたように身体の力を抜く。
全回復とはいかなかったが、戦うには十分な状態に、ルーセントがフェリシアに背を向けると「終わらせてくる」とつぶやいた。




