2-19話 地獄の行軍3
生徒や教官からの怒号、数多く発生する魔法の爆発音が途切れることなく鳴り響いては、森の中でし烈な戦いが続いていた。
木々が乱立していたその場所も、魔物や魔法の攻撃で広い空間が生まれていた。所々で倒れた木が燃えていて消火にあたる生徒も多かった。
また負傷者も多く、傷つき倒れれば後方へと下げられて神聖科の治療を受けている。
ジュラミーベアと戦う生徒たちはいくつかの小隊に分かれて二重、三重と円を描くように布陣する。大盾を持つ生徒がゆっくりと近付き敵の攻撃を防ぐと、そのうしろにいる槍などの長柄武器を持つ生徒が攻撃を仕掛けていた。
しかし強化種の魔物の力は予想以上に強く、上級の守護者を持つ生徒たちであっても耐えることは難しい。強靭な爪で盾を切り裂かれては簡単に吹き飛ばされていた。
さらには、挟撃するために全員で攻撃を加えようとすれば、強力な風の魔法攻撃が全部隊へと襲いかかるため、それも難しかった。
負傷者が出ればすぐに後方の部隊から補充が入って対処はしていたが、少しずつ劣勢に陥り始めていた。
「くそっ! 何なんだあいつは、強化種って言っても限度があるだろうが! まるでエンペラー種じゃねぇか」
教官の一人が愚痴をこぼすと、もう一人の教官がにらみ付ける。
「不吉なこと言うんじゃねぇよ! あれがエンペラー種なら今頃とっくに全滅してんだろうが。それにしても、あいつさっきからこっちばかり狙ってきやがるな。おい、あいつの知り合いがこの中にいるなら、さっさとハチミツを渡して丁重にお帰りいただいてこい」
軽口をたたく教官の言葉に反応してか、魔物が立ち上がって空に向かって咆哮を上げる。そのまま四足歩行に戻ると銀髪の少年を目指すように突進を開始した。
「突っ込んでくるぞ! 盾はしっかりしのぎきれ! 他のやつも盾を支えて突破させるな!」
教官の指示に、盾を持つ生徒のうしろにいる攻撃部隊が槍を盾に添える。その身体で前の生徒を支えた。
二重、三重と生徒が身体を支え合って他の者たちは武器を構えて攻撃態勢に入った。
速度を上げて突進するジュラミーベアの身体の周りには、風の渦がまとわり付いて巻き上げる葉っぱや小枝を木っ端みじんに切り刻む。教官が両翼にいる部隊に魔法攻撃の指示を出した。
しかし、ジュラミーベアを包み込む風の渦が高速で飛翔する数々の魔法を相殺し消滅させていく。魔物が頭を下げて盾へとぶつかった。
大きな衝突音が森の中に響き渡る。
その圧倒的な力に、数十人いる生徒たちが押し込まれて足を地面に滑らす。ずるずると後退していく前衛の盾に槍を添えていた生徒たちが反撃に転じる。目の前の灰色の巨体にその長柄武器を突き刺した。
走る痛みに頭を、身体を左右に振って声を上げる魔物。
初めてのまともなダメージに生徒が追撃しようと槍を引き抜こうとしたが、風の渦によって柄を切断されてその役目を終えた。
ジュラミーベアが立ち上がって強靭な爪を振るう。
正面にいた生徒の盾が爪に引き裂かれて、その強大な力に抗えず弾き飛ばされてしまった。ぽっかりと空いた穴を埋めるように、他の盾を持つ生徒たちが魔物に盾を押し付けて動きを封じる。
しかし、ジュラミーベアは咆哮一つで小規模の竜巻を発生させると、周囲にいる生徒もろとも吹き飛ばした。風の刃が混じる竜巻に、立ち上がれる生徒は少なかった。
残る数人の生徒を残して魔物とルーセントの動線がつながる。再び風の渦をまとった魔物がルーセントへと向かっていった。
ルーセントは刀を納めると、落ちていた槍を右足で蹴り上げつかみ構える。右手で持つ刃側を後方に、左手で持つ石突き側を前方に向けると槍全体に炎をまとわせた。
突進してくる魔物が数メートルまで近付いたとき、弧を描くように槍を振るって刃先が地面を切り裂いた。それと同時に、二メートルほどの高さがある炎の壁を作り出していた。
ジュラミーベアは一瞬だけ視界が遮られるも、止まることなく燃え盛る壁に突っ込んでいく。
しかし、すでにルーセントは魔物の左側へと移動していて、ジュラミーベアが炎の壁を打ち破ったときには誰もいなかった。
目標を失った魔物が止まった時、ルーセントが弾けるように飛び出して左前肢の後方、心臓がある場所を目掛けて槍を突き出した。
ところが、穂先が刺さろうかというところで気配を察知したジュラミーベアが立ち上がると、右の爪でルーセントを切り裂こうと腕を振り下ろした。
「チッ!」
とっさに攻撃をやめて回避行動をとるルーセントが舌打ちをする。そのまま突き出した槍を素早く引き戻すと、穂先側を左手でつかんだ。再び少年を魔物の爪が襲う。ルーセントは、頭上に槍を上げながらそれを回転させて再び右手に持ち替えると頭を下げた。上半身を折り曲げると背中に柄をくっつけた。
魔物の爪がギリギリのところで柄をなぞり、その身体に重圧がのし掛かる。穂先から石突きまで鋼で作られた槍が不快な音を奏でて火花を飛び散らせる。
魔物の一撃に、その力に抗えずルーセントの右膝が地面に付いた。そして、爪の一部が制服を引き裂くと、その下に身に付けていた鎧の一部に傷をつけた。
爪が通りすぎ身体が軽くなると、ルーセントはすぐに反撃に出る。
右手で持つ槍は穂先が後方にあり、逆手で持っている形になっていた。そのまま右腕を振り上げつつ左手も槍をつかむと、切先がジュラミーベアの身体を切り裂いた。しかし、力の入りづらい体勢からの一撃では、致命傷を与えるには至らなかった。
ルーセントはすぐに距離を取って武器を構え直す。
左足を前に右足をうしろに下げる。左手は穂先側に、右手は石突き側を持っていた。
低い声でうなる強化種の魔物の動きに合わせてルーセントもゆっくり動いて間合いを図っていた。
森の中、ルーセントたち訓練生が激闘を繰り広げていたその時、離れた場所から観察している集団がいた。
「さすがは世界最強の軍隊の卵どもだな。すぐに終わると思ったが、なかなかしぶといじゃないか」
「ですが、さすがに苦戦しているようですね。これなら行けるのでは?」
「さあ、どうだかな」
二十人ほどの集団の中で会話をしている二人の元へ、一人の黒装束の男が慌てて戻ってきた。
「報告します。北西の街道より、ディフィニクスの軍がこちらへ向かってきております」
「ディフィニクスだ? 何であいつがこんなところにいる?」
報告に跪く男に聞き返すと、先ほど話していた男が割り込んできた。
「アクティール様、恐らく天門関の警備を終えて戻ってきたのではないでしょうか?」
「チッ、ついてねぇな」
観察していた黒装束の集団は、ラーゼンのコピーを解いていたアクティールを含む部下たちであった。クドラを乗っ取るルーインから賜った魔力血石の魔物を、そしてルーセントの最後を見届けようと集まっていた。
アゴに手を当てて考え込んでいたアクティールに、部下が意見を催促する。
「アクティール様、このままではディフィニクスの軍に討伐されるのは時間の問題です。いかがいたしますか?」
「どうすっかね」答えを濁すアクティール。報告に来た部下に再び視線を向けた。
「おい、ディフィニクス軍の数はどれくらいだ?」
「天門関の警備の帰りだと思われますので、全体では二万人ほどになるかと思われます。しかし、森に侵入してきたのは百人ほどかと」
「偵察ってところか。邪魔をされてもつまらん、この人数なら時間稼ぎくらいはできるだろ」
アクティールたちは様子を見に来たディフィニクス軍の斥候を相手にするため、首に巻いていた黒い布を鼻まで隠して動き出した。




