表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
5/134

1-5話 守護者解放 聖女アンジール

 無事に国王の許可が下りて、いよいよ守護者開放の作業に入る。


 フェリシアは、今度は伯爵と一緒に部屋の中へと入っていく。広い部屋のなか、守護者解放用の魔法陣の真ん中にフェリシアは立っていた。


 この空間は十二メートル四方の大きさがある。入ってすぐには五段の階段、それを上りきると階段状に切れ上がる三メートルの大理石の床があった。その中央からは一メートル幅の通路が伸びる。そこが中心にある円形の舞台へとつながっていた。

 魔法陣はそこに描かれている。



 四本の支柱に支えられた舞台の上、フェリシアは初めて来たこの部屋に、これからのことを思うと、心に不安が支配し始めた。

 フェリシアは頻繁に顔を左右にきょろきょろとさせる。そして、はらはらとした面持ちで開放をひたすらに待っていた。しかし、そんな少女の心に反して、天井を彩るステンドグラスからは、色づく光の筋が降りてきて少女を幻想的に照らす。フェリシアは今か今かと自分に手をかざしている人物を見る。

 鑑定士が守護者解放のための詠唱を紡ぎだす。


「我らは求む。この世の光にして万物の希望、女神の眷属(けんぞく)にして守護の神、(いにしえ)の盟約により、ここに顕現(けんげん)せよ」


 詠唱が終わると同時に魔法陣全体が淡い光を放つ。次いで白い光が立ち昇った。

 フェリシアの手からは青い光が渦巻くようにあふれ出てくる。その光のまぶしさに少女が目を閉じると、周りの音が引き波のように消えていった――。



「待っていましたよ、フェリシア。私の名はシャーレン、月の女神です。本来であれば、アンジールに任せたいところなのですが、まだ現れることができないので、こうして私がやってきました」


 フェリシアが自分を呼ぶ声で目を開ける。そこには、真っ白な空間に桜色の髪を腰まで伸ばした女性が優しくほほ笑んでいた。


「今は時間がないので手短に説明します。千年前に封じられた絶望が一人の少年を乗っ取って、再びこの世に現れました。このまま野放しにすれば、人類は必ずや滅んでしまうことでしょう。そこであなたには“福音の聖女 アンジール”を授けます。どうか仲間とともに、いにしえの絶望を倒してください」


 守護者を解放しに来ただけの少女に、突然現れた人物に世界の趨勢(すうせい)にかかわる大事を任される。フェリシアは意味も分からずに戸惑い、困惑してしまった。


「ちょっと待てください。そんなこと急に言われても困ります」


 自分には無理だ、とフェリシアは当然ながら拒絶する。

 シャーレンも予想していた答えに毅然(きぜん)とした態度を変えることはなかった。千年以上の時をともに歩んだ親友が選んだ相手ならば、と女神はあきらめることなく願った。


「急に言われて理解も納得ができないのもわかります。突然に巻き込んでしまって申し訳ないとも思います。ですが、助けてはいただけないでしょうか。このままではいつか必ず破滅を迎えます」


 心の底から助けてほしい、と願うシャーレンの言葉を、フェリシアは見捨てることができなかった。しかし、受けるにしても十歳の少女の心には大きな不安が広がる。


「倒すといってもどうすればいいのでしょうか、私は武器すら触ったことがないのですよ?」


 今まで貴族の生活しかしてこなかったフェリシアに、急に“戦え”と言われても無理な出来事だった。

 しかし、女神はほほ笑みを崩すことなくアンジールの守護者の特性を伝える。


「いずれは嫌でも戦いの場に身を置くことになるでしょう。今すぐにどうこうなるわけではありません。技術を身に着ける時間は十分にあります。それに、このアンジールは回復魔法がメインの支援型です。絶望にたどり着くまでには何度も傷つき倒れることもあるでしょう。フェリシアにはその時に仲間を助けて支えてあげてほしいのです」


 女神の言葉に、少女の顔が幾分か和らぐ。シャーレンがその様子を見てさらに話しを続ける。


「特に、絶望を唯一消滅させられる守護者を持つものがいます。その者の助けになってあげてほしいのです」


 シャーレンがそれだけを言うと、祈るように手を組んだ。

 その瞬間、白い空間にヒビが入って甲高い音とともに砕け散る。次の瞬間には、身体が空に浮かんでいた。眼下には大きな噴水のある広場があった。

 突然変わった風景に、フェリシアがきょろきょろと周囲を、足元を見て慌てる。


「え? なにこれ? どうなっているの?」

「心配ありませんよ。これは私の力で映し出している風景です」


 女神は戸惑うフェリシアを落ち着かせるために優しく声をかけた。

 シャーレンが作り出した景色だと知るとフェリシアの顔が安堵(あんど)に満ちていく。

 しかし、なぜこの風景を見せたのか分からず「ここがどうかしたのですか?」とフェリシアは女神の顔を見た。


「ここはヒールガーデンと言って、ここから遠く西にある町です。ここに先ほど話した少年がいます」


 シャーレンは噴水から視線を外すことなくフェリシアに答える。フェリシアも女神につられて黙って噴水を眺めた。

 しばらくすると、銀色の髪をした少年が数本の串焼きを持って現れた。

 それを確認するとシャーレンが再び口を開いた。


「この少年がその人物、ルーセント・スノーです。とはいえ、いまだ文様は現れてはいませんが」


 フェリシアは少年のきれいな銀髪に目を引かれたが、さらにキラキラと輝く金色の瞳に見入っていた。


「きれいな目……」


 ルーセントに見とれているフェリシアを、シャーレンがほほ笑ましく眺めていた。

 そして、いま一度ルーセントに視線を戻すと最上級守護者について語りだした。


「最上級守護者とは、もともとは私の友人だったり、臣下だったり、付き従う者たちでした。私たちが月で絶望を倒し損ねると、この地上へと降りて来てしまいました。あとはおとぎ話の通りになるのですが、私たちは彼の力により地上へと降り立つことができなくなってしまいます。そこで月の住人たちを守護者へと変えて絶望に対抗しうる力へと変えたのです。その中でも最上級守護者とは、絶望を倒すためだけに私が特別の力を与えた存在です。そして、この最上級守護者自体が、ともに歩む相手を選ぶのです。私はそれを聞き届けて守護者の書き換えを行っています」

「じゃあ、私もそのアンジールって人に選ばれたってことですか?」

「そうです。あなたなら相応しいと、立派に務めを果たしてみんなを支えてくれるに違いない、とアンジールが選んだのです」


 聖女に選ばれた、と聞いてうれしそうな顔を浮かべるフェリシアがこぶしを握りしめた。


「わかりました。うまくできるかはわかりませんが、きっと務めを果たして見せます」


 自信満々に瞳を輝かせるフェリシアに、女神が安堵(あんど)にほほ笑む。


「話したいことはまだまだありますが、もう時間です。詳しいことは、このルーセントから聞くとよいでしょう。それではフェリシア、頼みましたよ」


 シャーレンがフェリシアに慈愛に満ちた笑みを贈る。それを境にフェリシアの視界が真っ暗になった。



 フェリシアの視界が戻ると、そこは魔法陣の上だった。光が収まると鑑定士と父親が目の前に立っていた。


「フェリシア様、お体の具合はいかがですか? いつもより光が強く長引いていたので心配しておりました」先に鑑定士が不安げに声をかけた。


 フェリシアが少し身体を動かして確認すると「平気よ」と伝える。


「本当に大丈夫なのだな。やはり最上級ともなると普通とは違うのだな」アマデウスが興味深そうに、それでいて娘の状態を気遣った。


 部屋を出たところで近衛騎士の一人が立っていた。


「失礼いたします。メストヴォード伯爵とフェリシア様に陛下が謁見を所望しております」

「まぁ、当然であろうな。フェリシア、よいな」

「はい、問題ありません。あ、それとお父様、あとで話したいことがあります」

「ん? そうか、ならば屋敷に戻った後に聞こう」


 近衛騎士に連れられて玉座のある部屋まで行くと、国王との謁見が始まった。



 国王との謁見を終えた二人は、屋敷へと戻ってきていた。


「陛下はずいぶんとお喜びであったな。あんなに機嫌のいい陛下を見たのは久しぶりだ」


 アマデウスは国王のめったに見られない笑顔を思い出していた。それと同時にフェリシアの言葉も思い出す。


「そういえばフェリシア、なにか話したいことがあるといっていたな。何だったのだ?」

「それは、ですね……」


 フェリシアは解放時に女神と会ったこと、話したことのすべてを、眉をひそめて聞いている伯爵に伝えた。


「なるほどな。にわかには信じられないが、お前がうそをつくとも思えん。それに長時間、光が収まらなかったことにも説明がつく。しかし、何度聞いても信じがたいな。おとぎ話の絶望の復活か。王城にある封印のクリスタルに何かあったとは聞いてはいないがな」


 フェリシアは次いで女神と眺めた銀髪金眼の少年についても話した。

 娘の口から語られる女神の言葉に、伯爵が長く息をはきだす。


「詳しいことは、そのルーセントなる少年に聞け、か。その少年が持つ守護者が唯一、絶望を倒せる守護者だと言っていたんだな」

「はい、銀の髪に金の瞳をした人でした」

「銀髪に金の眼か。それはわかりやすくて助かるな」

「ふふ、そうですね。ヒールガーデンと言っていたので、そのうち王都に来ると思いますよ」

「ヒールガーデンか。……たしかウエストアルデのところだったな」

「子爵様ですか?」

「ああ、やつの首都では年に何回か魔物の大群が攻めてくると難儀していたな」

「大変ですね、ルーセントは大丈夫なんでしょうか?」

「あそこは首都からだいぶ離れているから問題はないだろう。それに、不思議とあそこにはほとんどの魔物は近づかないらしい。とりあえず、何をするにしてもルーセントに会ってからだな。王都に来た暁には屋敷に招待しよう。それと、事情が事情だ、お前も少しでも多くレベルを上げておいた方がいい。教会に話を通しておくから、手伝いでもしてくるといいだろう」


 フェリシアは父親の提案を了承すると軽くお辞儀をして部屋を出て行った。

 この三カ月後、ルーセントは最初の仲間となるフェリシアと出会うことになる。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ