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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
2 王立べラム訓練学校 中等部
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2-17話 地獄の行軍1

 秋豊祭も無事に終わって行軍訓練の日を迎える。

 風は少しだけ涼しさを増して身体を動かすにはちょうどいい季節となっていた。街や外に生える木々の葉も赤やオレンジ色に色づき始めている。時おり吹く風に擦れる葉の音には乾いた音が混じり始めていた。

 行軍訓練は中等部、高等部の学年単位で行われる。実施する曜日はそれぞれで分かれているためにかぶることはない。

 ルーセントの学年では、戦闘教練科から八クラスの四百人、神聖科からは二クラスの参加で百人、総勢五百人が参加している。

 この行軍ルートには二種類がある。

 一つは王都の西側の山岳ルート、もう一つは東側の森林地帯に向かうルートがある。



 ルーセントのクラスを含む四クラスと、フェリシアのクラスは東ルートの森林地帯に向っていた。

 隊列には教官が一人、道順を外れないように先頭を歩いていた。しかし、その速度は早歩きに近く、のんびりしていたら置いていかれてしまうほどだった。

 おまけに進む場所も整備された道を外れて、背丈が一メートルにもなるパンパスグラスが生い茂る草原のデコボコの地面を歩かされた。教官を含む先頭グループが武器で草を刈りながら後続が踏み固めて行軍していく。

 戦闘教練科で学年一位の成績を持つルーセントが教官のうしろで草を刈っていた。

 その隣では、違う班に属しているパックスが草を懸命に刈り取っていた。そんな少年を見て教官が振り向く。


「おいブービー、今からそんなに張り切って大丈夫か?」


 障害物訓練でいつも最後尾にいるパックスは、教官から“ブービー”と呼ばれていた。

 刀で草を刈りつつも、困惑した表情で顔だけ教官に向ける。


「ブービーって……、勘弁してくださいよ教官」

「他にどんな呼び方がある? 仮にお前がトップになることがあっても俺の中じゃ、ずっとブービーだからな」

「うへぇ。戦闘教練科、パックス・ハンバーは教官に名称の変更を求めます」パックスは左手を右肩に添えて敬礼をする。


 しかし、教官は即答で「却下だ」と告げた。

 落ち込みうなだれるパックスに、ルーセントは同情するように肩を叩いた。


「まぁまぁ、確かに体力はないけど、その分魔法がすごいから」

「おう、確かに魔法ならクラスでも上位だな。動いてるやつにも器用に当てるからな」


 教官はルーセントの言葉を引き継いで感心したように褒める。


「それなら、ブービーは取り消してくれてもいいんですよ」

「魔法だけよくてもな、体力がないならお荷物だろ。無理だな」


 教官はパックスを軽くあしらい笑っていると、不意に右手を挙げて進軍を止める。同時にルーセントも歩みを止めて戦闘態勢に入った。


「なんか来る!」


 一帯に緊張が走る。

 伝播する伝令で行軍もすぐに止まる。

 辺りを沈黙が支配した。

 遠方から地響きが近づいてくる。

 ルーセントが何気なく空を見上げると、そこには両翼の長さを合わせると四メートルにもなる“マウントロックコンドル”が三羽飛んでいた。

 漆黒の身体を持つ巨鳥は、死肉を好んで食べる様子から“蒼天の死神”と異名を付けられていた。


「教官、上を見てください」


 ルーセントが教官に上を見るように伝えると、それを見た教官は顔色を変えた。


「まずいな。あいつらが飛んでいるってことは、この地響きの正体は“グリーングラスディア”の群れだな」

「それの何がまずいんですか? 草食のデッカイ鹿ですよね」


 ルーセントの疑問に教官が声を落として答える。


「グリーングラスディアだけなら問題はない。だが、死神とセットって言うのがまずい。あいつらは基本的に死肉を食べる。まず生きてるやつは襲わない。言ってる意味が分かるか?」


 教官の言葉に少しだけ考え込んだルーセントは、答えにたどり着くとはっとした表情を浮かべた。


「そうか! もうすぐグリーングラスディアが死肉になるのが分かってるから追いかけてるのか」

「そうだ、恐らく鹿どもはなにかに追いかけられて逃げてるんだ。ここであいつらを追いかけると言ったら、たぶん“アイツァークジャガー”だな」


 雷光の名を付けられた猛獣の魔物、アイツァークジャガー。

 頭から二本の角を生やしたその身体は、全長が二メートルにもおよび、しなやかな筋肉から繰り出されるスピードは時速二百キロメートルを超える。

 まさに雷光の名に相応しい魔物だった。

 三匹程度の群れで動くアイツァークジャガーは、獲物をもてあそんで囲いながら徐々に仕留めていく。その姿に“草原の虐殺者(ぎゃくさつしゃ)”とも呼ばれていた。

 ルーセントが「戦いますか?」と教官に聞く。


「いや、幸いここは風下だ。空を飛んでるやつら以外には気付かれてはいないだろう。距離も離れてるからこのままやり過ごすぞ。だが、いつでも戦えるようにはしておけ」


 教官の言葉に全員が身を屈めていつでも動けるように戦闘態勢を維持したまま待機する。

 パックスは気分をまぎらわせるようと誰に話しかけるでもなくつぶやいた。


「それにしてもあの鳥、あのデカさでどうやって飛んでんだ?」

「あいつらの翼はスカスカでな、意外と軽いんだ。それと常に風魔法を使って飛んでんだよ」


 パックスの言葉に反応した教官が答えたその時、離れた場所から遠吠えのような咆哮(ほうこう)が響き渡った。それと同時に、マウントロックコンドルが方向転換をすると、ルーセントたちの方へと向かってきた。


「くそ! バレたか。全員ただちに迎え撃つぞ! 盾持ちは円形に並べ! 他の奴らは円の中で分隊ごとに分かれて構えろ!」


 大声で叫ぶ教官の言葉に、生徒たちは一斉に動いて陣を作りあげていく。数十秒で陣を組み上げると、全員が緊張を顔に浮かべていた。

 ルーセントただ一人を除いて。


「おい、ルーセント。何だそれ?」


 ルーセントは刀を納めると、腰に着けていた弓を取り出していた。


「これですか? 弓ですよ」

「弓って、折れてんじゃねぇか。そんなもんどうすんだよ」


 折り畳まれた弓を見て教官がツッコミを入れると、ルーセントは苦笑いを浮かべながら答える。


「これは折れてるんじゃなくて、折り畳み式なんですよ」


 そう言ってルーセントが弓を組み立てると矢をつがえて獲物がやって来るのを待った。


「デカイな、ひょっとしてそれ全部金属でできてんのか? 初めて見たぞ、そんな弓」教官は興味津々にルーセントが持つ弓を眺めていた。

「とある場所で拾ったんです。僕の秘密兵器です」


 教官とルーセントのやり取りが一段落すると「来るぞ!」と、パックスが上空のコンドルを見て叫んだ。

 それと同時にルーセントが弓を引き絞る。

 少ししてパンパスグラスを掻き分けた茶色の体躯に黒い斑点模様(はんてんもよう)が入ったアイツァークジャガーが現れた。

 草原の虐殺者は盾を持つ訓練生に向かって、口から抱きかかえられそうなほどの大きさの火球を打ち出す。

 そのすぐあとには、風の刃を無数に生み出して縦横無尽に訓練生を襲った。

 最初の火球で盾を持つ訓練生の一部を吹き飛ばして陣形に穴を開ける。そして休む暇を与えずに風の刃が訓練生に追撃を加えた。

 突然の急襲に対応が追い付かず、混乱を招いた集団は次々と負傷者を増やしていった。


 そしてアイツァークジャガーは、崩れた陣形の中心にたたずむ銀髪の少年に狙いを定める。一気に加速して盾を飛び越そうと空高く跳躍(ちょうやく)する。

 銀髪の少年と獣の目が合う。

 しかしルーセントは危機的状況にも動じることなく、弓を構えたまま動かなかった。

 ルーセントの周囲を風の刃が駆け抜けて制服の一部を、頬の一部を裂いた。

 傷口から血が伝う。

 そして、細かく切り裂かれるパンパスグラスが宙を舞った。

 その時、教官の叫ぶ声が響く。


「くそ、全員回避! 何やってんだルーセント、早く離れろ!」


 必死に怒鳴る教官の声にルーセントは微動だにしなかった。

 魔物の牙が届くまで残り五メートル。

 二本角のジャガーの頭に狙いを定める。

 まったく動く気配を見せないルーセントに、教官とパックスが瞬時に魔法を放つ。

 残り三メートル、矢を握る右手が力を解放する。

 “ヒュッ”と軽い弦の音とともに唸りをあげた矢は、見事にアイツァークジャガーの下アゴを貫通して頭を貫いた。

 空中で体勢を崩した魔物は、パックスと教官の魔法を受けると、弓を構えたままのルーセントの横を(かす)めて地面に激突した。

 魔物は、ルーセントが射ぬいたその一撃で絶命していた。


「よし!」

「よし! じゃねぇーよ、このバカ! 何考えてんだお前!」


 明るい表情でつぶやいたルーセントの言葉に、教官は怒りを爆発させた。

 突然の怒声に驚くルーセント。

 しかし「計算通り、問題ありません」と平然として答えた。あきれた教官がため息を漏らすが、周りを見渡し切り替える。


「まだ二匹いるぞ! 盾はしっかりしのげ! 空いた穴は他のやつが埋めろ。中にいるやつは魔法で牽制(けんせい)しろ!」


 他の二匹は別々の場所を襲撃していた。

 強靭な体躯から生み出される力の突撃に、盾持ちは簡単に吹き飛ばされては穴が開く。しかし別の生徒がそこへ魔法を撃ち込んで引き剥がしていた。

 しかし、何とか抵抗は続けていたが、崩壊するのは時間の問題だった。

 数回に渡り突撃を繰り返されるとフォローに遅れが生じ始めた。それだけではなく、魔物のその俊敏な身のこなしにより魔法も交わされ始めていた。

 その場の全員がもう駄目だと諦めかけたとき、一人の少女がアイツァークジャガーの前に立ちはだかった。


「私だって戦えるんだからね! もう誰も失ったりなんかしない」


 その少女は赤みの強い茶色の瞳を輝かせ、栗毛の髪を風になびかせるフェリシアだった。

 刃長が九十センチメートルほどのロングソードを構えてアイツァークジャガーと対峙する。

 先に動く魔物が一瞬だけ真横に飛ぶと、そのまま踏み込んで右前肢の鋭い爪で首を狙った。

 最初のフェイントに騙されたフェリシアは、反応が少しだけ遅れるも何とか交わす。そして、相手の動きが止まったところを狙って斬りつけた。

 しかし、フェリシアの剣は魔物の分厚い毛皮と強靭な筋肉のせいで斬ることができなかった。


「ダメ! 毛皮のせいで刃が入らない。どうしよう」


 狼狽(うろた)えるフェリシアは思考が停止してしまう。その隙をアイツァークジャガーは見逃さなかった。

 魔物は再度、フェリシアの首を狙って飛びかかる。

 フェリシアはどうすることもできずに恐怖で左腕で顔を覆ってしまう。

 完全に無防備な体勢。

 しかし、魔物の牙が届くその手前で、風を切り裂く甲高い音を奏でる金属の矢がその肩を突き刺した。魔物は勢いそのままに吹き飛ばされる。身を屈め、痛みに暴れる草原の虐殺者。口で矢を抜こうとするが、深々と刺ささる矢が抜けることはなかった。

 暴れるアイツァークジャガー、その身体にさらに追い打ちがかかる。高速で飛来する氷の槍が魔物の周囲を凍らせて大きな氷柱を突き上げる。必死に回避する魔物のその身体はすっかり氷の柱で閉じ込められていた。

 ルーセントとパックスがフェリシアに駆け寄る。


「フェリシア、大丈夫? パックスが支援に入るからフェリシアはあいつの目を狙って。できる?」


 力強くうなずくフェリシアに、ルーセントがほほ笑んだ。


「じゃ、よろしく。僕はもう一匹の方に行ってくるよ」

「うん、任せて」


 ルーセントの背中を見送るフェリシア、その目には燃え盛る炎のような意思を宿していた。

 パックスは、暴れるアイツァークジャガーに氷の雨を降らせている。

 フェリシアは大声を出してパックスに魔法のタイミングを伝えると、剣を顔の横で突き出すように構えた。

 痛みで我を忘れるアイツァークジャガーが姿勢を低く身構える。

 チャンスは一度、フェリシアに恐れはなかった。

 アイツァークジャガーが疾駆する。

 フェリシアはパックスを信じて動かない。

 距離は五メートル、まだ遠い。

 四メートル、三メートル巨体が間近に迫る。


「今よ!」フェリシアが大声で叫んだ。


 パックスがその合図に反応して魔法を放つ。それはアイツァークジャガーの前肢と大地を凍りつかせた。

 魔物がバランスを崩した勢いで氷が砕け散る。草原の虐殺者がとっさに体勢を建て直したその距離は一メートル。

 フェリシアは神経を研ぎ澄ましてうなるアイツァークジャガーの目に向かって剣を突き出した。

 剣は吸い込まれるように敵の目を貫く。その瞬間、魔物の身体が一度だけ大きく跳ね上がった。激突するフェリシアとアイツァークジャガー、その勢いを殺せずフェリシアの身体が魔物とともに後方に滑る。一人と一匹の動きが止まったとき、魔物の息は止まっていた。


「やった、やったああああ」

「よっしゃあああああ」


 手を取り合い喜ぶ二人、残りの一匹の方へ視線を移すと、黒い刀が一太刀でアイツァークジャガーの首を斬り落としていた。


「やっぱりあいつは化け物だな」パックスが呆れたようにつぶやいた。

「まだまだ遠いな。あの隣に立つのは」


 圧倒的な実力差を見せつけられるフェリシアだったが、強敵を倒した自信からか、どこか晴れやかな気持ちでルーセントを見ていた。

 その表情には、昔のように悲観にくれた姿はなかった。

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