2-13話 授業の開始
バトルフィールドシミュレーター体験から二週間が経過して本格的に授業が始まった。
授業内容は振り分けられる科によって変わる。
王立べラム訓練学校では、神聖科、戦闘教練科、製造技術科、錬金科、商業科、芸術科と七つの科がある。
ルーセントとパックスは戦闘教練科、フェリシアは神聖科に所属していた。
戦闘教練科を卒業する者は、兵士として国王の正規軍で部隊を指揮するか、国内の領主によりスカウトされてそこで兵士として所属する者、または予備兵登録をしてハンター兼冒険者になる者が多い。
フェリシアが所属する神聖科の大部分の生徒は、卒業後には女神を信仰する宗教国『永世中立国 パトロデルメス教皇国』が展開する教会に所属することになる。
そのため、そこで必要な教典などの習得、教会が運営する診療所で必要な医療についての授業が行われる。
戦争が起これば後方支援として軍と行軍するために、戦闘教練科とともに軍事訓練も行っている。
基本的に朝の八時から始まり、午前中は戦闘技術や体力作りの軍事訓練に充てられていた。
ルーセント、パックス、フェリシアの三人は授業のため学校の敷地内の大外、一周が十八キロメートルもある道を走っていた。
「パックスは、さすがに無理かな?」
集団の先頭を息一つ乱さず走るルーセントが、隣を走るフェリシアに話しかけた。
フェリシアは一度だけうしろを振り替えると、ルーセントに顔を向ける。
「私たちと稽古し始めてまだ二週間だもんキツいよ。私だって結構ギリギリだったもん」
「だよね。僕も最初はあんな感じだったからな」ルーセントが昔の自分を思い出すようにクスッと笑った。
ルーセントがベシジャウドの森へ行く前、初めて狩りをしに森へ行こうと準備を整えたものの、その荷物が重すぎて動けずに、体力をつけるためにバーチェルから砂浜を十キロメートルと、十五キログラムの重りを背負ってのジョギングをさせられていたことを思い出していた。
「まぁでも、僕みたいに十五キロの重りを背負って走らされているわけでもないし、優しいとは思うけどね」
「なにか悪いことでもしたの?」
「ううん。初めて森に行こうとしたときに荷物が重すぎて動けなかったんだよ。それで、体力作りのために父上に一カ月の間、走らされてたの」
「そ、そう。おじ様は優しそうだったのに、容赦ないのね」
フェリシアの中でのバーチェルは、子煩悩な優しい父親といった感じであったが、ルーセントから聞くバーチェルのイメージは、容赦のない厳しい父親だった。それでこんなに強くなれるのね、とルーセントに同情しながらも、どこか納得がいったのであった。
外周も半分を越えたとき、フェリシアがもう一度うしろを向いて、はるか後方にいるパックスを探していた。
「そういえば、初めてパックスと会ったときは面白かったね。私の顔を見て“げっ!”ていって固まってたもんね」
「ははは、それは仕方ないよ。一般人が伯爵令嬢と関わることなんてないし、伯爵なんて王様の次に怖い存在だからね」
「そうなのかな? 優しいのに。じゃあ、ルーセントもそうだったの?」
「まぁ、ね」ルーセントは少し戸惑ったように笑った。
パックスがルーセントと朝の鍛練をするようになったのは、バトルフィールドシミュレーターの施設を出てきた時だった。
寮の近くまで来るとパックスがルーセントを呼び止めた。
「なあ、ルーセント。おれに剣を教えてくれないか?」
真剣な表情で頼むパックスに、ルーセントも真剣な表情を返す。
「どうしたの、急に。僕だってまだ教えるほど強くないよ?」
「そんなことねぇよ。おれさ、ここで生活してれば勝手に強くなってくて思ってたんだよ。でも、今日あそこで戦ってみて情けなくてさ。ただの足手まといで邪魔してただけだった。今のままじゃダメなんだよ。どうしても、もっと強くなりたいんだ」
うつむきかげんに両手を力一杯に握りしめるパックス。
たしかに、パックスの戦闘を見ていたルーセントの目にも、でたらめに剣を振るうだけで技術も何もない攻撃に映った。それゆえに強くなりたい、と思うのも理解できたが、ただあまりにも必死なその様子に他にもなにか理由があるのではないか、と着替えの時に見えたパックスの胸にある傷を思い出していた。
「どうしてそんなに強くなりたいの? 胸の傷が関係あるの? それ、斬られた傷だよね」
「言わないと駄目か?」
「言いたくないなら聞かないよ。だけど覚えておいて、復讐のためとかなら憎しみだけじゃ解決しない。必ず向けた刃は自分に返る。それを受ける覚悟がないならやめた方がいいよ」
パックスはルーセントの言葉に一度大きく深呼吸をすると、どこか哀しみが混じったようにほほ笑む。
「なんか勘違いしてないか? おれは守りたいんだ。もう二度と失いたくないんだよ」
パックスの言葉にルーセントが一瞬だけ目を見開く、自分と同じ願いを持つ友に。
「分かった、いいよ。朝早いけど起きられる?」
パックスは「余裕だ!」と笑みを浮かべて答えた。
この日、ルーセントに弟子の第一号ができた。
こうしてルーセント、フェリシア、パックスの三人の朝の鍛練が始まった。
――持久走が終わると、各々がグラウンドに移っていく。ここで十五キログラムの重りが入ったリュックを背負っての障害物競走が始まった。
一キロメートル四方のグラウンドの中には悪路でも移動できるように、と全長二百メートルある浅い沼地が最初に出迎え体力を奪っていく。
次に現れるのは直径一メートル、深さが二メートルもある穴が二百メートルに渡って何個も続く地帯だった。その都度穴を飛び降りては昇りを繰り返す。ここで一気に腕力と脚力を奪っていく。
次に高さが六メートルもあるハシゴを登っていく。二百メートルも続く細い幅の高台を走って再び降りていく。ここで握力と精神力をごっそりと奪われしまう。
さらに次に訪れるのは、百メートルに渡って続く高さが異なる横倒しにされた丸太の群れ。低い丸太は六十センチメートル、高いのは一メートルほどあって低い方は匍匐前進で潜り抜ける。高い方は丸太の上を飛び越えていく。いずれも足元はぬかるんでいて水溜まりができている状態だった。
そして最後には、水深十メートル、長さが二百メートルもある池を泳いで渡っていく。それらを三周し順位を競う。そして下位の十パーセントのメンバーには、もう一周のペナルティが与えられていた。
各ステージのいたるところでは、複数いる教官に罵声を浴びせられながら、怒鳴られながらこなさなければならなかった。
この訓練では、いつもダントツでルーセントが一着、フェリシアが二着を確保していた。
しかしルーセント、フェリシアの二人をもってしても疲労は隠せなかった。
ちなみにパックスはペナルティの常連で、口癖が「おれもう死ぬ」である。
これが終わると筋トレや綱のぼり、剣術や槍術、格闘術などの訓練が行われて午前中の授業が終了する。
昼休憩を挟んだ午後からは、それぞれの科に別れてクラス別にて座学が行われる。
ルーセントのクラスでは、軍を指揮して優位に戦うために部隊を展開する八陣法の授業が行われていた。
「いいか。お前らは、戦争が起きた際には部隊を指揮することになる。八陣法は基礎中の基礎だ! 死んでも頭に叩き込め、いいな!」
担当教官が強めの口調で告げると、黒板に部隊構成から書き記していった。
「まず、五人一組で伍となり、それが十組、つまり五十人が集まり十伍となって一隊となる。ここに軍旗を持った五人のリーダーが入る」
教官が描く流れるような白いチョークの軌跡を生徒たちは必死な形相で写していった。
教官が区切りのいいところで手を止めると生徒を見回す。そして、書き終わった頃を見計らって再びチョークを走らせる。
「次に八隊が一陣となって全部で四四〇人。これが八陣で一部となり全部で三五二〇人、六十四隊。これに騎馬隊の遊兵二十四隊が加わり機能することになる。これを“小成”と呼ぶ」
教官はその後も、『中成』『大成』と人数が増えた場合の人数構成を説明していった。
そして教官が黒板をたたいて注目を集める。
「それと、これは絶対に覚えておけ! 八陣のうしろに構える“遊兵部隊”これがなければ八陣法はまともに機能しない。伏兵に襲われたときの対処や陣の兵士の補充にもなる重要なポジションだ。いいか、お前らの中には将来、出世をして部隊を編成するやつもいるかもしれない。だが、これだけは絶対に忘れるな! お前たちの背中には何千、何万もの命がのし掛かる。適当にこなせばいいというものでは決してない! それを忘れるな」
教官が念を押して大事な部分を強調していく。
そのけんまくに、その場の全員が呑まれる。さらにそのあとには、八陣法の基本隊形から八陣の計九陣形が説明されて陣の形から移動方法までを習っていった。
ルーセントは夕飯を済ませると部屋にこもる。今日習った八陣法の復習をしていた。
「えーと、二対一体で一つの陣になるから、基本隊形から洞陣と中陣、龍陣と虎陣、連陣と握陣、折陣と鳥陣か。名前だけならまだしも、陣形と動き方まで覚えないといけないのか。覚えられるかなぁ」
ルーセントは授業でもらった八陣図と、その動き方を記された紙を見て必死になって学んでいた。
この日から初めての軍事演習までの間、ほぼ全員の生徒が夕飯を終えると部屋に引きこもっては血眼になって頭にたたき込んでいった。




