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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
2 王立べラム訓練学校 中等部
41/134

2-9話 ルーインの暗躍1

 光月暦 一〇〇三年 三月


 皇太子クドラ・レフィアータを乗っ取る邪竜王ルーインは、帝都メイスタリーから北に三十キロメートルほど離れた森の中にいた。

 冬になれば豪雪地帯となるこの地域は、三月ともなれば落ち着くが、それでも森の中には六十センチメートル近い雪が堆積(たいせき)している。

 しかし、ルーインたちがいるその場所は広範囲に切り開かれていて雪は溶かされていた。

 ルーインが魔物の血が着いた刀を振り払う。


「つまらんな。ここの魔物どもじゃ役不足だ」

「随分と強くなられましたからな。この時期に出てくる魔物は強いものばかりとは言えど、足りないようですな。もはやそれがしどもでは相手も務まりますまい」


 ルーインに話しかけたのは特殊戦術部隊エクリプス、第一特殊部隊長のバレット・デイだった。

 髪の毛のない茶色い肌に、アゴには無精ヒゲを生やしていた。

 ルーインによって倒された魔物をバレットの大きく鋭いつり目が見下ろす。身に付ける金細工が施されている漆黒の鎧の肩に、魔物の血が滴る剣を担いでいた。

 そんな武骨で百九十センチメートルもある長身の男の横を、一緒に連れてきていた部下の三人が横切る。

 そして二人が倒した魔物の解体を始めた。


「どうされますか、クドラ様。城へ戻るには少し早いかと思われますが」

「そうだな。いや、少し待て。試したいことがある」

「何をするおつもりか?」

「まぁ、黙って見ていろ。そこのお前、ナイフをよこせ」


 ルーインが答えを濁すと、近くにいたバレットの部下からナイフを受け取る。右手に持つ刀を地面に突き刺すと、その手にナイフを持ち直した。

 ルーインは皆から離れるとナイフの刃先を左手で握りしめた。そして、刃物を一気に引き抜いて己の手を深く切り裂いた。身体に走る痛みに顔をしかめる。


「チッ、痛覚が邪魔だな。あとで弱めておくか」


 ルーインは流れ出る血をそのままに左腕を伸ばす。

 バレットは突然の出来事にあっけに取られると壊れたおもちゃのようにたたずんでいた。

 しかし、状況を飲み込むとクドラの元へ慌てて駆け寄った。


「急に何をなさるか! 早くポーションをお使いくだされ!」

「下がれ! 我は黙って見ていろと言ったはずだ」


 突如として膨れ上がる殺気にバレットが足を止めた。分厚い壁に押しつぶされるかのような感覚に身体が震える。身体から流れ出る汗を止めることができなかった。

 バレットが一歩、また一歩と後ずさり元の位置へと戻る。

 それを見たルーインが詠唱を始めた。


「竜王が命じる」

 ルーインを中心に黒と紫色が混じった魔法陣が展開する。


「この世の(ことわり)を崩せ」

 ルーインの正面、魔法陣の外縁に三個の小さい魔法陣が現れた。


「すべての光を打ち砕き」

 渦巻く風が巻き起こると魔法陣に幾筋の稲妻が(ほとば)しった。


「闇夜に染めよ」

 黒い霧が辺りを包み込んで周囲一帯を夜へと変える。


「無限の牢獄、奈落の絶望」

 走る稲妻が黒霧を伝い宙空へと放電し続ける。


「闇より生まれ、我に仕えよ」


 ルーインが詠唱を終えると、三個ある小さい魔法陣から黒が混じった紫色の光があふれ出した。

 光とともに現れたのは、内側に湾曲する白銀の短刀の手が二本。

 這い上がるように出てきたのは、ほとんど黒に近い紫色のローブを身にまとう存在であった。

 そのローブは引き裂かれた羽のようにボロボロで、異形の存在は人の形をしていた。

 深々としたフードで隠れる顔には、紅く光る瞳以外は黒い金属に覆われていて見ることができなかった。

 首回りにはアーマーを止める三本の細い革のベルトが巻かれている。さらにその首には、紫色に淡く光る拳大の黒い石のネックレスを垂らしていた。

 その身体に足は存在せず、黒と紫色の魔力の霧が(うごめ)き宙に浮いていた。

 二百十センチメートルの高さから見下ろされる威圧感と恐怖心に、バレットとその部下は顔を引きつらせる。

 魔物の召喚を終えたルーインは、疲労からか首を前にたらして片膝を地面に付けていた。

 肩を上下に激しく揺らしながら呼吸を荒げる。

 魔物を解体しながら見ていた部下たちは、異形の恐怖に腰を抜かす者と、圧倒されて人形のように動きを止めるかのどちらかであった。

 バレットも気圧されるが、苦しそうなクドラの姿を視界に捉えると急いでポーションを手に駆け寄った。


「クドラ様!」


 三体の魔物がバレットに反応する。ルーインを守るように囲むとバレットに対して攻撃体勢に入った。

 殺気を感じ取ったバレットが足を止めると、剣を手に構える。


「どけ! 化け物ども!」


 対峙する屈強な男と魔物の間に数秒の静寂が流れる。


「ここに、いる者は、構わん。好きにさせよ」


 ルーインが息を荒げたまま魔物に命じる。

 すると、魔物の王をじっと見つめる三体が一度だけバレットに顔を向けると進路を開けた。

 魔物の敵意が消えたことを確認したバレットは、剣を鞘に納めるとクドラの元へと急いだ。


「クドラ様、早くポーションを」

「済まないな、どうやら三体が限界のようだ。我も落ちぶれたものだ」


 ルーインはバレットから魔力と傷を治すポーションを受け取ると一気に飲み干した。

 淡い光を放つと手の傷がすぐに消えた。ついで魔力も回復すると立ち上がれるまでになっていた。

 クドラの無事にほっとするバレットは、立ち誇る魔物をあらためて見上げる。


「クドラ様、この者たちは一体何なのであるか?」

「こいつらは我が造り出した魔物だ。封印さえされていなければ幾らでも造り出せるんだがな」


 ルーインは忌々しそうに自身の左手を見下ろすと、力強く握り締めた。そして、そのまま右腕を左から右へ払うと「散れ」と、魔物に命じる。

 魔物はルーインを中心に、扇状に位置を取ると身構えた。


「まさか、この者らと戦うおつもりか?」

「他に何がある? ここの魔物どもじゃ弱すぎて役に立たん。こいつらでちょうどいい」

「しかし……」


 バレットがなにかを言いよどんで魔物を値踏みするかのように眺める。

 ルーインはそれを見て笑みを浮かべると、余興を一つ思い付く。


「バレットよ、こいつらが使えるかどうか試してみるか? もしも三体すべてに勝てたのなら“天上の宴”をくれてやろう」

「なんと! あの、一本三百万ガルドもする名酒を、でありますか!」

「そうだ。バレットが勝ったらお前たちにもくれてやろう」


 ルーインはバレットには勝てないと考えて最高級酒を部下にも提供すると約束する。

 バレットの部下の三人は歓声をあげるとともに口々にバレットを応援し始めた。


「バレット様、絶対に勝ってください! 信じてますよ」

「バレット様なら、こんなやつら楽勝ですよ!」

「今日は朝まで名酒で飲み明かしましょう」

「フハハ、現金なやつらよ。申し訳ないが、クドラ様の出番はありませんぞ」


 自信に満ちあふれるバレットは、再び剣を鞘から引き抜いて最初の相手に刃を向けた。

 バレットが攻撃を仕掛けようと一歩距離を詰めたとき、魔物は霧が晴れるかのように姿を消してしまった。


「なんと厄介な……」


 しぶしぶ動きを止めるバレット。

 周囲に視線を巡らせた次の瞬間、目の前に魔物が現れた。すでに振り上げられていた右手が歴戦の戦士の首を狙う。

 しかし、バレットは長年に渡る戦闘経験のおかげで、とっさに反応するとなんとか剣で防いだ。

 だがしかし、休む間もなく魔物の左手がバレットの右脇腹を刺そうと動いていた。

 バレットは右手を剣から離すと、身体に刺さる手前で相手の前腕部をつかむ。

 お互いが両腕を封じられたままにらみ合いが続く。

 進退が極まったバレットは、相手を制止したまま魔法を放った。身体から炎が弾けると、上空の四方から多数の炎の刃が魔物を狙って降り注ぐ。

 しかし、燃え盛る刃が魔物に触れるその瞬間、人形(ひとがた)の存在は再び霧状となり目の前から消えてしまった。


「ふん、姿を消されてはどうにもならぬな。まったくもって戦いづらい相手よ。だが、そう何度も思い通りにいくと思うなよ。化け物め!」


 再び姿を現した魔物にバレットが突進する。

 魔物は近付けまいと再び姿を消した。


「同じ手が何度も通じると思うな、愚か者め! 蛍火!」


 バレットが叫ぶ魔法の名が周囲の木々の間を駆け抜け響き渡る。その表情には笑みが浮かんでいた。

 小さな青白い炎が周囲を無数に漂う。その内の一つが何かに触れて爆発を引き起こした。

 現れたのは姿を消していた魔物だった。

 しかし、炎の攻撃はこれだけでは終わらなかった。発生した一つの爆発がきっかけとなって、漂う炎が次から次へと魔物に吸い込まれるかのように向かっていく。

 魔物が回避しようと消えても、先ほどと同じように炎に触れては爆発を繰り返していた。

 蛍火の残りが少なくなったとき、バレットが剣でとどめを刺そうと爆発する炎の中へと飛び込む。最短距離で伸びる剣先が隙をさらす魔物を捉えた。

 ところが、あと少しで相手に届くと思った矢先、爆発に紛れて魔物の手であった短刀が射出された。

 爆炎を抜けて突然現れた刃、完璧に決まった不意打ちに、さすがのバレットも反応することができなかった。

 短刀が漆黒の鎧の左肩に深々と突き刺さる。

 バレットは「ぐおっ!」と突然襲った苦痛に短い呻き声を上げて体勢を崩してしまった。だが、すぐに刺さった刃を引き抜いて剣を持ち直す。そのまま刺し違える覚悟で剣を魔物に向かって突き出した。

 しかし無念にも、魔物の残った片方の短刀によって阻まれてしまう。むなしくも金属の打ち合う音が澄みきった空に溶けていく。

 バレットが地面に倒れそうになる身体を必死でこらえると、距離を取るために全速力で離れた。

 しかし離れようとしたバレットの足を、地面を走る黒い霧でできた手がつかんでうつぶせの状態で地面に引きずり倒した。

 あせるバレットが身体を反転させて振り返ったとき、すでに身体中から紫色のモヤをあふれ出していた魔物が右腕を振り下ろしている所だった。

 硬直するバレットに白銀の短刀が首を刈り取ろうと迫る。


「そこまでだ!」


 バレットの首まであと数十センチメートル。

 そこにルーインの低い声が森に響いた。

 ルーインの声に反応した魔物は、バレットの首の少し手前でその手を止める。

 そして、攻撃体勢を解除した魔物が元いた場所へと戻っていく。

 負けたバレットは、部下からポーションを受け取ると両肩を支えられて起こされていた。

 ルーインがバレットに歩み寄っていく。


「残念であったな。なかなかいい戦いはしていたが、あとひとつ足りなかった」

「申し訳ありません。まだまだ精進が足りぬようです。こんな体たらくでは、この国で一番の精鋭など絵空事」

「そうだな。だが、幸いにも今の実力が知れて良かったではないか。高みを知らなければ登ることさえできない。今後はこいつらを使って訓練しようではないか。ちょうど三体もいることだ、我とお前で一体ずつ、お前たちでもう一体を使うといい」


 ルーインはバレットとの戦いを見て、一人ですべての相手をするのはさすがに無理であろう、と思い直すとバレットとその部下の相手として残りを与えた。

 それに驚いたのはバレットの部下たちであった。

 一人の男が勇気を出してルーインに陳情する。


「お言葉ですがクドラ様、上級守護者を持つバレット様でさえ難儀する相手です。中級守護者しか持たぬ我々がいくら束になろうと……」


 ルーインは部下の言葉を静かに聞いていたが、始めからやる気を見せない姿勢にうんざりしていた。

 そして右手をあげて兵士の言葉をさえぎった。


「数十年前の記録によれば、一人の男が闘技場の頂点に二年間立っていた。バーチェルとかいう名のその男は中級守護者しか持っていなかったが、上級守護者を持つ者どもを難なく倒していたそうだぞ」

「中級守護者! その話はまことですか、信じられません」


 兵士たちが互いに目を見やる。そして口々に感想をのべていた。


「だろうな。まあ、ある日突然失踪したらしくてそれ以上の記録は残ってはいないがな。中級守護者とてこれほどの者がいる。お前たちは自分で限界を決めて逃げているだけではないのか? 才能を嘆くほど成すべきことを成したのか?」

「そ、それは……」


 言葉をなくしてうつ向く三人。自分を甘やかしていた事に気づいて武人として己を恥じた。

 悔しさで震える身体をバレットがたたく。


「フハハ、良かったではないか。これでそれがしと同じように己を知ることがきたのだ。のびしろは十分にある。これから強くなっていけばよいのだ」


 バレットの言葉に三人の部下がルーインに(ひざまず)いた。


「クドラ様のおかげで目が覚めました。我々は必ず今より強くなってクドラ様のお役に立って見せます。感謝いたします」

「立つがよい、今の言葉を決して忘れるな」


 立ち上がった三人はルーインに向かって深々と頭を下げた。三人の態度に満足したようにほほ笑むバレットは腰につけたポーチから時計を取り出した。


「クドラ様、申し訳ありません。そろそろ時間です」

「そうか、仕方ないな」


 ルーインは気にした様子もなく手にする刀の汚れを布で拭き取ると鞘に納めた。三人の部下も帰り準備を始める。

 バレットは召喚された魔物を見ながらクドラに問いかけた。


「ところでクドラ様、あの魔物たちはどうするのですか? さすがにこのまま城まで連れては行けませんぞ」

「あぁ、問題ない。戻れ!」


 ルーインは三体の魔物に左手を向けると指を一回鳴らした。その瞬間、三体の魔物が霧へと変わると紫色の光の珠となってルーインの手に収まった。

 光が消えた手の上には、赤黒い石が三個並ぶ一つのネックレスになっていた。


「これは?」

「我の血と魔力を合わせて作った魔力血石(まりょくけっせき)だ。この石が砕けぬ限りは存在し続ける」


 ルーインがネックレスを首にかけると森を抜けていった。


 森から無事に戻ってきたルーインは、帝都メイスタリーの通りを馬に乗って通過していた。

 路肩に目を移せば、道端に生気の抜けた若者から中年に差し掛かる者たちがいることに気付いた。それを不思議に眺めている。


「バレットよ、前から気になっていたんだが、さっきから道端に座り込んでいるあの薄汚い者たちはなんだ?」

「ああ、あの者たちは仕事と住む場所を追われた者たちでありましょう。下級守護者を持つものの末路とも言えますな」

「なぜだ? 景気が悪いとは聞いてはおらぬぞ」


 理解に苦しむルーインが顔をしかめると、バレットがほほ笑んだ。


「それは女神様の恩恵の影響でしょうな。雇うものとしては能力の高い中級や上級を優遇してしまうのは無理からぬもの。どうしても下級は低賃金、重労働ばかりが回ってきてしまいます。それに耐えられぬ者があのような境遇になるのでしょうな」


 バレットの説明を耳に、ルーインは馬に揺られながら浮浪者を眺め続ける。そして何かを閃くと再びバレットに問いかけた。


「バレットよ。あの者たちはずいぶんと国に恨みを持っているのであろうな」

「なりませんぞクドラ様! あやつらを弾圧すれば民衆が暴動を起こしかねません」

「早とちりをするな。我が考えていたのは、あの者たちを雇い入れて反乱軍を作り出すことだ。それを世界中にばらまく。どうだ? この国でこの有り様なら他国とてたいして変わらぬであろうからな。やつらの不満を煽れば簡単であろう」

「なるほど、それはいい考えですな。一度、軍師殿に相談してみてはいかがか?」

「ベインか。そうだな、他にも考えていることもある、そうするとしよう」


 ルーインは帝都の大きな通りの先に視線を戻すと城へと急いだ。

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