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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
2 王立べラム訓練学校 中等部
39/134

2-7話 バスタルドの影4

 ティベリウスが両手で剣の柄をつかんで肩に担いだ格好で金色の瞳をにらみつける。

 ルーセントは、なぜこんなにも殺気立たれているのか、と戸惑っていた。

 そして、いつもより間合いを空けて刀を正面に構えた。

 周囲では無数の剣戟音(けんげきおん)が響く。

 そこにはすでに陣形は存在していなかった。

 互いに倒し倒されてダメージを蓄積させていた。

 一瞬の油断も許さぬ緊迫した状況が続く。

 先ほどティベリウスに倒された味方にルーセントが視線を送る。

 悔しそうに自陣へと戻るうしろ姿、決して弱くはなかった上級生の痛々しい姿に、ルーセントはティベリウスへと視線を戻した。

 そして一度だけ目を閉じると、大きく息をはいて刀を握り直した。

 鋭い金の瞳がティベリウスを射抜く。

 ティベリウスが左足を前に出して前傾姿勢へと変わった。


「お前が本当に……。まあいい、試せば済む」

「試す? 何のこと?」

「さあ?」


 ティベリウスが目の前の少年を小バカにしたように小首をかしげる。そして、本当にバスタルドを倒したのがルーセントなのか、といまだにアクティールを疑っていた。

 数年前であろうと、今であろうと、少年に変わりのない銀髪の少年に、誰よりも強く尊敬していたバスタルドが倒されるはずがないと信じられないでいた。

 もし、本当に目の前の少年が倒したのなら、自分では敵わないはずだ、とルーセントの質問を濁して瞬時に動いた。

 うしろに残す右足で地面を蹴る。

 落ち葉と腐葉土が宙に舞った。

 その葉が落ちるまもなく、広く空いた間合いを一気に埋める。そのまま左足を軸に踏み出す右足とともに剣が憎き少年の首を狙った。

 ティベリウスの剣は炎に包まれていた。

 燃え盛る剣が金の瞳に映る。

 生かすことを微塵も考えていない一撃に、ルーセントの瞳が脅威で見開く。しかし、それでも冷静に対処するルーセントは、迫りくる刃に合わせるように左足を下げて刀をぶつけた。

 ルーセントの刀もまた炎をまとっていた。

 ぶつかり合う炎の剣と刀、放射状に吹き荒れる熱を伴った風が周囲を駆け巡った。

 互いに武器を押し付けたままそのままにらみ合う二人。その顔は、二人が生み出した炎で赤く染まっていた。

 刃を合わせたまま続くにらみ合いから先に動いたのはルーセントだった。

 ティベリウスの剣を潜り抜けるように上体を屈めて刀を寝かせて滑らし落とす。そのまま左足を踏み込むと同時に上段から右手首を狙った。


「チッ!」


 面倒くさそうに舌打ちをするティベリウスが右手を剣から離して瞬時にうしろへと飛び退いた。さらに追撃を加えるルーセントは刀を右手に持って自身の身体の左に流して走り出す。

 ティベリウスは気圧されつつ、さらに何歩か下がって剣を両手で握り直した。

 その瞬間、銀髪を揺らす身体から刀が右上へ切り上げられた。

 受けるティベリウスが右足を下げて迫りくる刃を足元で受け止め弾く。炎をまとう武器が再び風を巻き起した。

 しかし、ティベリウスに攻撃を受け止められても、ルーセントは攻撃をやめなかった。

 弾かれた刀は、その勢いを利用して小刻みに縦に回転させた。そして、そのままティベリウスの左肩を狙う。

 止まらない連撃にあせりを浮かべるティベリウス。

 ギリギリのところで切先に左手を添えると剣を寝かせて受け止めた。

 一瞬だけ二人の動きが止まると、今度は復讐に染まる少年が反撃に出た。寝かせていた剣を立てると左手で自分の剣もろともルーセントの刀をつかんだ。

 触れる炎にティベリウスのセンサーが反応する。

 痛みに顔を歪めるも、そこからさらに刃を滑らせ一気に間合いを詰めると柄頭で喉元を突いた。


「ごはっ!」


 予想外の攻撃にルーセントが咳き込む。そのまま苦しそうに左手で喉元を押さえると、よろめきながらうしろに下がった。

 ティベリウスにルーセントを倒す絶好の機会が訪れた。

 完全に隙をさらしてしまったルーセントに、ティベリウスの追撃が迫る。

 ニヤリとゆがむティベリウスの口元、振り下ろされる剣が銀髪の首を狙った。

 苦しんでいるだけのルーセントに避ける術はなかったが、それでもとっさに左腕を出して手甲で受け止めた。しかし、当然ながらすべてを()なすことはできなかった。

 踏み込まれて打たれた一撃に、手甲以外にも剣先が肩にぶつかる。その衝撃は、防具を通じて波のように広がっていった。

 しかし、ダメージはそれだけではなった。ティベリウスの剣にまとっていた炎が爆発して、ルーセントを吹き飛ばした。

 その瞬間、ルーセントのセンサーが反応する。

 全身に痛みと重力負荷が加わり苦痛に顔がゆがむ。

 ルーセントはなんとか受け身をとって起き上がるも、地面に刀を刺して片膝をついた。

 ティベリウスが自身の剣に視線を向けてからルーセントを見る。その顔には怪訝(けげん)な表情が浮かんでいた。


「多少はできるようだが、この程度であの人が負けるなんてあり得ない。やっぱり、アクティール様が見間違えたんじゃないのか?」


 ティベリウスは吹き抜ける風に掻き消されるほどに小さな声でささやいた。

 再び剣を肩に担いで一歩、また一歩とゆっくりとルーセントに近づいていく。

 その距離が十歩まで近づいたとき、アルファチームの左翼にいた生徒が割り込んできた。


「やるな新入生、退屈しないで済みそうだ」

「こっちはもう準備運動は終わってるんですけど?」

「てめぇ」


 生意気な年下に、上級生が不敵な笑みを浮かべてにらんだ。

 ティベリウスが左足を前に、剣先をうしろに向けて構えた。対する生徒は剣を上段に構えて間合いを取った。

 二人が同時に動く。

 生徒が左肩を狙って剣を振り下ろす。

 ティベリウスはそれを切り上げ弾いた。

 甲高い金属音とともに二人がうしろに退くと、ティベリウスがそのまま剣を振り下ろして手首を狙った。

 しかし、すでに敵の生徒が間合いの外に逃げていたため空を切るだけで終わってしまう。

 再びタイミングを図る二人。

 ティベリウスは先ほどと同じ構えをとる。

 上級生は剣を正面に構えて刃先を地面に向けた。

 今度はティベリウスが先に動く。

 生徒の左肩を狙って剣を振り下ろした。

 受ける生徒は冷静に自身の剣を切り上げてティベリウスの刃を受け止める。

 なおも二人は止まることなかった。何度となく打ち合いを続けて間合いを詰めていく。

 互いに刃をぶつけるといがみ合う。

 武器を押し付けたまま力のせめぎ合いが続いた。

 しかし、ティベリウスが上級生の力強さに抗うことかなわずに押し込まれ始める。だが、ティベリウスが相手の勢いを利用して、思いっきり両腕を頭上に上げた。

 その瞬間、二人が同時に左腕を伸ばしてつかみ合いになった。

 ここに力の駆け引きが始まる。

 互いに剣を片手に持ったまま押したり引いたりが何度か続くと、一瞬の隙をついてティベリウスが生徒を投げ飛ばした。


「くっ!」


 地面にたたきつけられた上級生の口からくぐもった声がもれた。

 ティベリウスはすぐに剣を持ち直すと、倒れた上級生に追撃を加えようと瞬時に詰め寄った。

 しかし、相手もタダでやられる気はなかった。敵の生徒がとっさの判断でティベリウスに魔法を放った。

 しかし、なんとか魔法を退けたティベリウスが距離をとる。上級生は土を払いながらも新入生から視線を外すことはなく、そのままゆっくりと起き上がった。

 再びにらみ合いが続いた。

 劣勢であったはずの敵の生徒が楽しそうに顔をゆがめる。


「驚いたな。これは楽しめそうだ」

「準備運動は終わりました? そろそろ本気を出してくれません? かったるいんで」


 煽るティベリウスに上級生の顔色が変わる。


「くそ生意気な小僧だな。だったら骨の二・三本は覚悟しろよ」


 新入りに煽られて怒りに顔を歪ませる上級生が一瞬で間合いを埋めると、首の左側を狙って斬りつけた。

 迫る刃に、ティベリウスはうしろに下がって剣を受け止め弾いた。

 しかし、次の瞬間には首の右側を狙った一撃がティベリウスを捉えていた。

 鈍く光る銀閃をなんとか弾くも、生意気な少年の顔は苦痛に歪んでいた。

 なおも上級生の攻撃は止まらない。

 今度は左足を狙って剣を薙ぐ。

 ティベリウスが再びうしろに下がりながらも相手の攻撃を受け止めると、二人の剣から火花が散った。

 手首を返してティベリウスが相手の剣を大きく巻き上げようとしていたが、上級生は一度動きを止めて剣を引くと同時に突きを出した。


 ティベリウスがすぐにうしろに下がろうとしたが、そこには大木があった。そのおかげで動きを封じられてしまったが、それでも右足を大きく下げて身をそらした。

 相手の剣を左から当てると右側へ軌道を反らした。それと同時に、左手を剣から離して相手の剣を持つ両手の下へと当てた。

 そこからは、少しだけ押し込まれたものの左手を自身の左側へと払いのけた。

 上級生はうしろに下がりつつも体勢を崩されるのを嫌って剣から左手を離した。その離した左手はすぐにティベリウスの右腕をつかんでいた。

 それと同時にティベリウスの払う左手によって剣を弾き飛ばされてしまうが、とっさに空いた右手でティベリウスの左手首付近をつかむ。


 二人の動きが止まって力くらべが始まった。


 押し込み、引き込み、どちらも譲らなかったが、上級生が右手でティベリウスの首をつかむと大木へ押し付けようと動き出した。

 ティベリウスも首をつかまれるのを嫌って引き離そうとうしろへ下がっていく。そこに上級生が自身の左手をひねりティベリウスの関節を取った。

 力の入らなくなったティベリウスの右手から剣がこぼれ落ちる。さらには、大木に押し付けられて首を絞められてしまった。苦しさに顔をしかめる。

 上級生が優位に立つと目の前の少年に見下した笑みを向けた。


「おいおい、さっきまでの勢いはどうした? 泣いて謝るなら許してやるぞ」

「さっきから、ワンワン鳴いてるのはそっちだろう。吠えていないと怖いのか?」

「貴様ぁ!」


 ティベリウスは窮地に追い込まれながらも、余裕を見せて上級生を煽った。

 怒りに燃える生徒が首をつかむ右手に思いっきり力を込める。


「ぐっ、クソッ!」


 苦しそうにくぐもった声を漏らすティベリウス。

 しかし次の瞬間には、口元を歪ませほくそ笑んだ。

 体重を右側に預けて上半身をねじりながら倒すと同時に、首をつかむ生徒の右腕の外側から左手を内側にねじ込んでそのまま外に向かって押し出した。

 上級生の右手が新入生の首を解放する。

 ティベリウスはなおも止まらずに上半身を倒したままの状態から右手に圧縮した魔力を作り出した。そして、それを上級生の身体に叩きつける。

 短いうめき声を上げた生徒は数メートルを吹き飛び地面に転がった。

 ティベリウスは右肩をクルクルと回していた。


「くそ、これをやると肩に来るんだよな」


 跳ね返る衝撃を肩に受ける。しかし、痛みに顔をゆがませるティベリウスは、平然とした顔で落ちた剣を拾うと走り出した。

 生徒もまたすぐに起き上がると、腹部に響く鈍痛を我慢して走り出す。途中で自分の剣を拾った。

 ティベリウスが突きを出して相手の胸を狙う。

 生徒は弾こうと右上に切り上げた。

 しかし、刃がぶつかることはなかった。

 ティベリウスが、生徒の剣と触れる瞬間に身体の動きだけではなく剣も止めて引き戻していた。

 上級生の剣が受け手不在でむなしく空を切る。

 伸びきる身体が完全なる死に体に変わった。

 そこへティベリウスの剣が襲いかかった。

 上級生の左肩に振り下ろされる銀色に輝く刃。

 身に付けていたアーマーが不快な音を立てて右の脇腹へと抜ける。

 激しい衝撃と痛み。

 のし掛かる重さに生徒が顔を下に向けて恐怖に顔を染める。そしてただ過ぎていく光景に身を任せた。

 痛みと不快な音から解放されて上級生が正面を向いたとき、すでにそこには誰も居なかった。

 次の瞬間、上級生の腹部に激しい痛みが走る。

 ティベリウスが左側に抜けつつも腹部に一撃を入れていた。上級生が痛みに耐えきれず地面に膝をつくとセンサーが赤く光って敗北を知らせた。


 立ち直ったルーセントがその光景を見て目を見開く。見覚えのある攻撃に身体が一瞬だけ硬直していた。刀を持つ手はだらりと垂れ下がる。

 数年前に一度だけ経験した剣技。後にも先にもそれ以外で見ることがなかった技に、ルーセントの脳裏にバスタルドの姿が掠めた。

 いまだに恐怖の象徴としてルーセントの心に居座るバスタルドの記憶。

 なぜあの少年が使っているのか、ルーセントの頭は軽く混乱していた。呼吸はいつの間にか荒くなり、手が小刻みに震えていた。

 上級生を倒して意気揚々とルーセントに近付いていくティベリウスは、強張った表情で立ち尽くしたまま動かないルーセントを見て顔をしかめた。


案山子(かかし)をリスペクトしてるのか? ここは畑でも田んぼでもないぞ」

「最後の技……どこで?」ルーセントが震える声で絞り出す。

「最後?」ティベリウスがそうつぶやいてから表情を変えた。目を細めてルーセントをにらみ付ける。


 ティベリウスが最後に使った技は、その昔バスタルドから教わった物だった。

 ティベリウスの頭の中で、過去のやり取りが蘇る。


『――いいか、この技は俺が編み出した。だから、世界中でもこの技を使うやつは俺しかいない。今から教えてやるからよく覚えておけよ。これさえ使えれば誰にも負けることはないぞ』


 得意気に、そしてにこやかに自分の技を教えるバスタルド。その顔がティベリウスの頭に(よぎ)った。

 やはりアクティールの言ったことは間違っていなかったのだ、とティベリウスの身体からは殺気があふれ出す。

 握りしめる剣が怒りで震えていた。


「この技を知ってるのか?」

「そ、それは……」

「答えろ。どこで見た? それとも、受けたのか?」


『受けたのか?』ティベリウスのその言葉で、ルーセントの身体がビクッと反応する。

 その反応を見て、ティベリウスがすべてを悟った。

 ルーセントもまた目の前の少年がバスタルドと関わり合いがある人物なのだ、と悟る。


「お前がっ!」ティベリウスが剣を逆手に持ち変えて地面に投げ放った。


 勢いよく地面に刺さる剣。

 その剣から炎が走って半径数メートルを囲った。炎の高さは二メートル近くもあった。


「構えろ。お前だけは許さない」

「くっ」


 全方位を炎に包まれてしまったルーセントは、完全に逃げ道を封じられてしまった。

 こうして銀髪の少年と復讐に燃える少年の戦いが強制的に始まる。

 刀を正面に構えるルーセントの手は、まだ震えていた。

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