2-2話 寮と友達と
ルーセントが一階へ降りてくると、フロアを一周してどんな店があるのか確かめる。店の名前には、それぞれの大陸の名前が添えられていた。
寮に居ながらにして、世界中の料理を堪能できる仕組みとなっているようだった。
曇り始めた空に、それぞれのフロアに浮かぶクリスタル型ペルドロッスライトの光が降り注いでルーセントを照らす。
適当な席に座るルーセント、香ばしい香りや甘い匂いが漂う空間で、きゅうちゃんと一緒にメニューを眺めていた。
フロアには、先に入寮していた訓練生たちでにぎやかさを増していく。
「おい、ルーセント!」
名前の持ち主が呼ばれた方向を振り向くと、そこには荷物を抱えたパックスが立っていた。
「やあ、パックス。遅かったね」ルーセントがのんきに答える。
「いや“遅かったね”じゃねぇよ。なんであんな大貴族様と仲が良いんだよ。お前、本当に平民なんだよな」
「そうだよ。伯爵たちとはいろいろあって仲良くなっただけだよ」
「いろいろってなんだよ。まあいいや。とりあえず、ご飯はこれからなんだろ? ちょっと待っててくれよ。荷物置いたらすぐに戻ってくるからさ、一緒に食おうぜ」
「分かった。メニューを見ながら待ってるよ」
まだ少し疑いが残るパックスであったが、ルーセントの言葉に表情を明るくする。銀髪の少年に手を挙げると、駆け足でエレベーターへと向かっていった――。
時を同じくして、ルーセントと同じE棟に足を踏み入れる者がいた。それは、伯爵の馬車に乗り込むルーセントをにらんでいた少年であった。
ルーセントがバスタルドを倒した数カ月後、レフィアータ帝国からアンゲルヴェルク王国に、褐色の肌に短い黒髪をきれいに整えた少年が呼ばれた。
その少年は、とある民家に私服を着て椅子に座るアクティールといた。
アクティールは、目の前に立つ少年を値踏みするかのように、頭から足まで視線を動かす。
「お前は上級守護者を持っていたな」
「はい、アクティール様。戦闘に特化しています」
「今は見ての通り別人に成り変わっている。今後はその名を呼ぶな。これから私のことはラーゼンと呼べ。いいな」
「かしこまりました」少年が左手を胸に当てて頭を下げた。
「話を戻すが、守護者はまだ解放をしてはいないな?」
少年は黒い文様を見せながら「まだです」と答えた。
「それならいい。お前にバスタルドの仇を取る機会を与えてやろう」
「本当ですか!」少年が一瞬だけ驚き目を見開く。
ラーゼンにふんするアクティールの言葉に、黒い炎が心にともる。鋭い目付きでアクティールを見返す少年のその手は、憎き相手を握りつぶすかのごとく、力一杯に握りしめられ震えていた。
――少年がバスタルドと出会ったのは、まだ五歳のときだった。母親の再婚相手から虐待を受ける日々、その虐待に耐えきれなくなった少年が逃げ出したときにぶつかった男、それがバスタルドだった。
少年のボロボロの姿を見たバスタルドは、その昔、自分と同じ境遇だった少年を憐れんで気まぐれに助けた。それ以降の少年は、バスタルドを親のように、兄のように慕って過ごした。
そんなある日、バスタルドがアンゲルヴェルク王国で殺されたことを告げられる。怒りと悲しみに飲み込まれた少年は、いつか必ず、と復讐を誓ったのであった。
アクティールは、敵討ちに燃える少年の心地よい殺気に口を歪ませる。
「ああ、本当だ。おとなしくしていろ、とは言われているが、せっかくの好機を見逃す手はない」
そういって、アクティールがルーセントの調査書を少年に差し出した。
受け取る少年がそこに貼られていた写真を見て怪訝な顔を浮かべる。
「失礼ですがラーゼン様。この写真はたしかですか? 自分と歳が変わらないように見えますが?」
「間違ってはいない。そいつが、バスタルドを跡形もなく消し飛ばした。この目で俺も見たからな」
少年が再び写真に目を落とす。
しかし、そこに写る純朴そうなルーセントの顔に、本当に人殺しができるのか、と信じることができなかった。
「あり得ません。本当にバスタルドさんが、こんなやつに殺されたのですか?」
「俺がうそをついているとでも言いたいのか?」アクティールが顔をしかめて少年を威圧する。
「そ、それは……、申し訳ありません。しかし、まだ自分と同じ子供ですよ」
少年が憧れる誰よりも強かった男が、同じ年の子供に負けて殺されたとは信じたくなかった。
故に、アクティールに抗い不興を買ってしまう。
少年が恐怖に視線を床に落とす。
アクティールは、テーブルに置かれたカゴの中にある小さなリンゴを手に取って遊びだした。
「そいつは、小さい頃より父親から剣術を習っている。腕はたしかだ。それと……、いや、何でもない」
アクティールは、ルーセントが持つ謎の力にも言及しようとしたが余計なことだな、と言葉を濁した。
少年は再び写真に目を落とす。そこで陽気に笑うルーセントの顔をにらみ付けた。
「こいつが……。やらせてくださいラーゼン様。刺し違えてでもこいつを殺して見せます!」
「ならば今日からこの国、この家で暮らせ。親代わりとして俺の部下が後から来る。今からお前の名前は、ティベリウス・ブラックフォードだ」
「かしこまりました」
「まずは訓練学校に入るまでの二年間、俺の部下から暗殺技術を学べ。剣はバスタルドから習っていたんだろ?」
「はい。必ずや極めて見せます」
「まあ、そう力むな。もっと肩の力を抜いて適度に頑張れ。ほら、小遣いをくれてやるから、まずは街を散策してこい。お前は、伯爵領の北東にあるバルバトール男爵領から引っ越してきたことになっている。不慣れでも不自然ではないが、怪しまれない程度には慣れておけ」
「分かりました。ありがとうございます」
アクティールは懐から小さな布袋を取り出す。それをティベリウスに渡すと、何度か手を振って家から出ていくように示した。
布袋を手にするティベリウスは、もらった小遣いに子供らしい笑みをこぼした。笑顔を浮かべる少年は頭を下げて家を出ていった。
「誰かいるか?」
「こちらに」
アクティールの呼び掛けに、家の奥から街人の格好をした男が一人現れた。
「もし、あいつが俺とのつながりを口にするようなら、殺せ。それ以外のことについては、その時に決める」
「かしこまりました」
「下がれ」
男は再び家の奥へと消えていった。
アクティールは手にするリンゴをかじりながら、室内に飾られていた田舎の風景画を見てつぶやく。
「死んででも、と言うやつは勇敢ではあるが、深い考えがない。だから必死なやつは殺せ、か。ベイン先生も面白いことを言うな。まぁ、使える間は生かしておいてやるが……。将軍の必死は軍をつぶす過ちでもあり、災い、だったかな? しょせんは都合の良い捨て駒にしかなれないってことか」
しばらく絵を眺めていたアクティールであったが、ニヤリとほくそ笑むと席を立って家から去っていった――。
ルーセントとパックスはご飯を食べ終えて、ルーセントの部屋へと来ていた。
「しかし部屋まで隣とか、なんか縁でもあるんかね?」
「かもね。それより、説明を見ようよ」
「そうだな」
ルーセントは手慣れたように、机に備えられた端末を開くと電源を入れた。その様子を見てパックスがつぶやく。
「使いなれてるな。ルーセントの町には普通にあるのか? 機械の端末って」
「ううん、なかったよ。似たやつがギルドにあったくらいかな」
「だよな。ってか、もうギルドに登録してるのか?」
「うん。ずっとベシジャウドの森で狩りしてたからね。一年の四分の三は森にいた気がする」
「おいおい、森で生活してたとかどこの民族だよ。よく無事でいられるもんだな」
「慣れれば大したことないよ?」
「あのな、それができたら冒険者やハンターなんて必要ないんだぞ」
その後も会話を続ける二人は、立ち上がった端末に目を移す。
ルーセントは机の上に置いてあった説明書を見ながら操作していく。
「……あった。これだ」
「おお! 画面を触るだけで反応するのかよ、どうなってんだこれ?」
ルーセントが『入学案内』という項目を見つける。タッチパネルに触れると、入寮後の説明と予定が書かれていた。
<入学案内>
授業の開始は光月暦 一〇〇三年 四月一日からとする。
四月一日の朝八時に寮の東にある校舎へ向かい、それぞれの教官の指示に従うこと。
それまでは自由行動として、校内施設の使用と通行を許可する。
寮の一階にある食堂での飲食は、中等部の間は無料で利用ができる。
洗濯は自室の洗濯乾燥機を使うか、グラウンド横のシャワールームに設置してあるクリーニングボックスに入れること。
また、寮の外に出る場合は必ず制服を着用すること。
制服はクローゼットに用途別に用意されている。
損傷等により新品が必要な時は、この端末の学生部にある制服申請より申請すること。
また、校外でのアルバイトなどをする場合も学生部より就労申請をすること。
校規は別項目にて掲載している。なお、校規は絶対に尊守すること。
<軍事演習について>
演習は授業を開始してから半年後に始まる。
二週間に一度、土曜日に軍事演習が行われるため、前日から外出は禁止とする。
以上をもって入学案内を終了する。
不明瞭なことがある場合は、担当教官に聞くこと。
なお、寮一棟五十人が自己のクラス(一隊)となる。
入学案内を見終わったパックスは目が疲れたのか、両目を押さえる。
「いろいろと細かそうだな。授業開始までまだ二週間もあるから、明日はそこらへん見て回ろうぜ」
「面白そうだね。あ、制服を着ていかないと駄目なんだよね」
ルーセントは机を離れてクローゼットへと向った。
「あ、あった。でも、二種類入ってるけど、どっちを着たら良いんだろう?」
クローゼットの中には、白と赤を基調とした制服と、赤と黒を基調とした二種類の制服が掛けてあった。
「なんか書いてないの?」
「ん~、あ! 黒の方は演習用みたい、普段は白い方だね」
ルーセントは白い制服を取り出した。
他にも足首までカバーするタクティカルブーツが三足、置かれていた。
ルーセントが手にするハンガーには、ワインレッドのカーゴパンツに、馬の蹄鉄の形をしたバックルがついた焦げ茶色の皮のベルトが掛けてあった。その上に白いワイシャツ、黒革のベストに、裾が三つに分かれたロングコートのような上着があった。
上着の上腕部分には黄色のラインが引かれている。
「へぇー、かっこいいじゃん」
「きゅう! きゅう!」
パックスは一目で気に入り感想を漏らす。
きゅうちゃんもパックスに賛同するように鳴いた。
ルーセントも気に入ったようでしばらく眺めていた。
「よし、じゃあ明日また来るわ」
「うん、わかった。また明日」
その日の夜、ルーセントは次の日を楽しみに眠りについた。




