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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-30話 ベシジャウドの森

 二人がうっそうとした草木が生い茂る森へと足を踏み入れる。その瞬間からバーチェルの瞳に鋭さが増していく。ゆっくりと歩くその姿は、波風の立たない湖面のように静かで、それでいて心の内では燃え盛る炎のように殺気をたぎらせていた。そこに一切の隙もない。


 対するルーセントはというと、まるで遠足にでも来たかのようにのんびりと、そして目に入る見慣れないものに興味を取られて周囲をきょろきょろしている。そこにはなんの警戒心もなかった。


 ときどき遅れて付いてくるルーセントに、バーチェルが立ち止まって振り向く。


「いつまでへらへらしているつもりだ。ここから先は生きるか死ぬかの世界だ。さっさと刀を抜いて警戒をしろ、馬鹿者が!」


 バーチェルが低い声で周囲に警戒を張り巡らせたまま息子に注意する。ルーセントは、今まで見たことのない父親の姿に、おどろきと恐怖を抱いた。慌てて刀を引き抜いて警戒を始めるが、実戦経験の乏しさのせいか、どこか真剣みに欠けていた。


「よいかルーセント。魔物ははるか昔、絶望が生み出した化け物たちが人以外のものと融合して進化した結果だと伝えられておる。ゆえに、やつらは人を見つけると全力で襲ってくる。たとえどんなに小さかろうが、弱かろうが、絶対に最後まで油断するな」

「わかりました」


 ルーセントは、バーチェルの言葉を胸に歩みを進めるが、やはりどこかふわふわと浮ついたまま、薄い霧が立ち込める森のさらに奥へと進んでいった――。



「グウオオオオオ!」

「うわあああああああ」


 森へ立ち入って十分ほどがたったとき、茂みの中から魔物が飛び出してきた。

 炎のように赤く短い毛並みに、細まる鋭い赤い目、そしてルーセントをかみちぎろうとむき出しになった尖った牙からは、唾液がしたたり落ちている。この森に多く生息するこのベシジャウドウルフは今にでも飛び掛からんと、百五十センチほどもある体躯を深く沈みこませた。


 尻もちをついて叫び声をあげるのが精いっぱいのルーセントに、バーチェルが一瞬で駆け寄ると、次の瞬間にはウルフの頭は切り落とされていた。

 行き場をなくした血が勢いよくルーセントに降りかかる。「うわっ」と声をあげたときには銀色の少年は、赤い少年へと変わっていた。


「うぅ、気持ち悪い」肌をぬらす生暖かい感触に、ルーセントが嫌悪感を示す。

「さっさと立て! 次が来るぞ!」


 いつまでも起き上がらない息子にバーチェルの怒号が飛ぶ。ベシジャウドウルフが一頭で行動することはない。ルーセントが立って刀を構えたときには、すでに七頭の魔物に囲まれていた。

 バーチェルとルーセントが背中合わせに立つ。


「よく聞け、こいつらの動きは直線的だ。足を止めることなく、動きを見極めて落ち着いて対処しろ。たとえ斬り損じても追撃はするな。先に倒すべきはこちらの足を狙ってくるやつらだ。転ばされたら一斉に襲い掛かってくるぞ」


 ルーセントが震える声で「はい」と答えると、握る刀を目の前の魔物へと向ける。その瞬間、刃先を向けられた魔物が咆哮(ほうこう)をあげた。


「来るぞ! こいつらに魔法もあることを忘れるな!」


 うなずくだけが精いっぱいのルーセントは、正面にいるウルフの動きを見て右へと動く。その動きを察知してバーチェルも右へと動いた。

 ルーセントは、動くと同時に右手側にいた魔物へと斬りつける。しかし、太く頑丈な毛皮に守られて、少年の一撃はダメージを与えられなかった。それでも、ルーセントの力に抗いきれずに魔物が吹き飛ばされる。一瞬だけ動きが止まるルーセント、そこを狙ってもう一頭のウルフがルーセントの足を狙ってきた。

 少年は右足を軸に左足を下げると、刀を地面に突き刺して魔物の進行を止める。ウルフは刃にかみつくと、そのままかみ砕こうと刀を解放することはなかった。


 残る魔物が銀色の獲物に向けて攻撃姿勢を強める。いまにも飛び掛かってきそうな状態に、ルーセントは腰からナイフを引き出して左手に持ち替えると、刀を支柱に空転して刃にかみついているウルフに乗りかかった。そのままナイフを首に突き刺して引き裂くと、前肢の付け根の辺りにある心臓をめがけて突き刺した。首から血を垂れ流す魔物の身体がビクンと何度かはねて痙攣(けいれん)すると、その動きを止めた。


 ルーセントがけん制しようと、残る魔物に視線を向ける。しかし視界に入ってきたのは、魔物の口から炎があふれている映像だった。ルーセントが地面に右手をつけると同時に、魔物の口から炎の塊がはき出された。


 高速で襲い来る炎の熱気が少年に迫る。


 炎があと数十センチでルーセントを焼き付けようというところで、魔物の魔法とは別に青白い炎の壁が現れた。なんとか間に合ったルーセントの魔法と魔物の炎がぶつかる。魔法はその場で爆発を引き起こして両者の魔法をかき消した。


 吹き抜ける爆風が堆積していた大量の落ち葉と腐葉土を巻き上げる。消え去る視界に、少年がとっさに逆手で持っていたナイフを純手に戻すと、力強く一歩踏み込んだ。そこに風塵をかいくぐって一頭の魔物が飛び込んでくる。

 ルーセントは魔物の胸前にナイフを突き刺すと、雷をまとわせた右手で巨大な体躯を殴り飛ばした。少年がすぐさま刀を地面から引き抜くと、飛び掛かってきたもう一頭の魔物の軌道から自身の身体をずらして刀を振り下ろした。

 今度はきれいに魔物の体躯を斬り裂く。しかし、そこでルーセントは動きを止めてしまった。


 そこに「止まるな! 動け!」とバーチェルの声が響く。とっさに振り向いたルーセントの目には、牙をむきだして襲い来るベシジャウドウルフがいた。

 ルーセントは両腕で自分の身体をかばう行動しかとれなかった。魔物が腕ごとかみちぎろうと銀髪の少年へと迫る。あと頭一個分というところで、風をまとわせた轟音を立てる刀が飛来した。刀は魔物の首に深く突き刺さるとともに、そのまま吹き飛ばして樹木の幹に突き刺さった。

 腰を抜かして地面にへたり込む少年が周囲を見渡すと、残りの魔物はバーチェルによってすでに討伐されていた。


 魔物の中では、ベシジャウドウルフはそれほど強くはない。しかし、ルーセントはそれを知っていたにもかかわらず危機的状況をむかえた上に、父親がいなければきっと死んでいた、と自分の未熟さをたたきつけられてしまった。


 弱い魔物相手にさえ劣る自分に落ち込む少年。


「これでわかったか、いまのお前の立ち位置を。あれほど油断はするなと言ったであろう」


 黙ったまま、悔しそうに地面を握りしめるルーセント。


「いつまでそこで落ち込んでいるつもりだ? お前は何のためにここへ来た。遠足にでも来たつもりか?」

「違います。強くなるために、みんなを守るために……」

「だったら、さっさと立て。座っていても強くはなれんぞ」


 バーチェルの厳しい言葉に、ゆっくりとルーセントが立ち上がる。意気消沈した血だらけの息子を見て、バーチェルが息をはき出した。


「だがまぁ、初めてにしては上出来ではないか。とりあえずその血をなんとかせねばな。この先に湖がある。そこまで行くぞ」


 よくやった、と頭をなでるバーチェルに、ルーセントが軽くうなずく。刀を鞘に納めると、変わらず落ち込んではいたが、その目には先ほどまでの甘ったれた様子はなかった。凛とした表情に、金色の特徴的な瞳には、強い意志が宿っていた。



 一年後、ルーセントは一人で森に来るようになっていた。森に数日滞在しては、コリドールに戻って報告を済ませる。魔物の解体も、最初のうちは胃の中のものをはき出すほどに苦手としていたが、それもいつの間にか慣れてしまい、今では難なくこなしている。


 キャンプ地は初めてバーチェルと訪れた滝のある湖だった。滝から湖の対岸側が二十から三十メートルほどの切り立った岩山に面している。その岩肌にはコケや木々が生い茂っていて、地肌を直接見ることはできないほどだった。

 滝の近くには、ルーセントがバーチェルと作り上げた土と木でできた家がある。二方向が岩と湖にふさがれていて、守りやすくはあったが逃げづらい場所でもあった。


 この日も森に滞在して数日が経過していた。そろそろコリドールの街まで帰ろうと、少したくましくなった少年が最後の狩りに出かける。たまには違うルートで狩りをしようと不慣れな場所を歩いていると、そこに森に似つかわしくない建造物らしきものを見つける。それは九割以上が植物に飲み込まれていた。


 ルーセントが刀で植物を斬って払いのけていくと、そこに黒い金属でできた扉のようなものが現れた。ルーセントはしばらくの間、一度報告のために戻ろうか、と悩んでいたが、押し寄せる好奇心には勝てなかった。力づくで扉を横に引くと、謎の建物の中へと入っていった。


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