1-29話 強くなるために2
光月暦一〇〇〇年 三月
ルーセントが魔物討伐に行くためのトレーニングは毎日続く。最初の方こそ、筋肉痛や体力が足りずにバテバテで苦しんではいたが、日々順調に進んでいた。
大きく重そうな荷物を背負いながら、銀色の髪を揺らして走る少年が道場に戻ってきた。
「父上、戻りました」ルーセントが顔に流れる汗をソデで拭う。
少年は少し息を荒げているだけでケロッとしている。そして、道場にいる父親にメニューを消化したことを伝えた。その様子を見るバーチェルが満足げにうなずく。
「もう余裕だな。これならば問題はないだろう。そこで少し待っておれ」
息子を待たせたままバーチェルが道場を出ていく。しばらくして戻ってきたときには、一カ月前にルーセントが持ち上げられなかったバックパックを片方の肩に担いで戻ってきた。
「もう一度こいつを背負ってみろ」
床に下ろされた荷物にルーセントが手を伸ばす。その深緑色の大きなバックパックを背負うと、砂利の敷かれた庭を歩き回った。
「父上! ちょっと重いですけど、これなら平気そうです」自信に満ちた輝く瞳をバーチェルに向ける。
「おお、見違えたな。これなら森に入っても問題なかろう。それでは、今より二日間は身体を休めるのに充てて、そのあとに出発するか」
いよいよだ、とルーセントの胸がドキドキと高鳴る。二日後、無事にすべての準備を終えた二人が、魔物がうずめく森へと旅立っていった。
二人が馬車に揺られている。目的地は森の近くにあるハンターの街、コリドールを目指していた。
「父上、森まではどれくらいかかるのですか?」
「そうだな、ヒールガーデンから最初の目的地であるコリドールまでは、だいたい三日から四日ってところか。で、そこから森までは何もなければ半日とかからず着くだろう」
「父上は森にはよく行ってたんですか?」
「まあ、冒険者として大した依頼がない時は、仲間と一緒によく来ていたな。あそこは特に魔物が多くいる場所でな、広い森には数えきれないほどいるらしい。むかし聞いたところでは南北に四十キロ、東西の一番長いところで二十五キロもある森らしい」
「すごい広いですね。迷ったりしないんですか?」
純粋な少年の素朴な疑問に、バーチェルが過去を思い出して鼻で笑う。
「いやいや、初めのころはよく迷っておったよ。あそこは一年中にわたって常に霧に覆われておる。それに樹木ばかりで大して景色も変わらんしな。おかげで土や木、葉っぱを使って家を建てられるようになったわい」
「すごいですね、僕もできるようになりますか?」
土と木で作る家に興味を持った少年が、自分も作りたい、と目を輝かせる。
「まずは狩りになれるところからだが、慣れてきたら教えてやろう。今後、一人で来るときには役に立つかもしれんからな」
「がんばりますよ!」
「ははは。だが、張り切りすぎて落ちるなよ。あそこは高低差もかなりあってな。最大で二百メートルほどの落差がある。茂った森を歩いていると、突然に深い谷が出てくるから用心して歩くのだぞ」
「それは怖いですね。気をつけます」
「ああ、気をつけることと言えばもう一つ、魔物や昆虫の一部は大型な物ばかりでわかりやすいが、小さい昆虫もいる。これが厄介でな、寝ている間に刺されたりするからたちが悪い。同時に防虫方法も教えてやるから忘れるでないぞ。まあ、そもそもお前には、守護者の恩恵で毒が利かないらしいから問題はないとは思うがな。うらやましいものよ」
「女神さまに感謝しなければいけませんね」
「そうだな」
ほほ笑ましい親子の会話をよそに馬車が最初の目的地へとのんびりと進んでいく。途中で何度か宿場町で身体を休めると、出発してから三日後に目的地であるコリドールへと到着した。
コリドールは、コロント河の支流であるゆったり流れる大きな川沿いに造られている。森と川に囲まれた風光明媚な景観にあった。しかし街は魔物の巣窟から近いとあって、八メートルほどの高さの防御壁によって川の部分をのぞいて囲まれている。領主が派遣する兵士たちが何部隊にも分かれて巡回に努めていた。
それ以外にも、街の中は魔物を狙ってやってくるハンターや、採取、魔物の卵などを狙ったトレジャーハンターなど、多くの冒険者たちの安全な前哨基地として機能している。さらには、それらの人を狙って商売をしに来る商人たちも多く、王都にも負けないにぎわいを見せていた。
二人が昼食を済ませながら、露店巡りをしていると、バーチェルが突然「あ!」と声を上げた。
「ルーセント、すっかり忘れておったわい。今からギルドに行くぞ」
「おお、ついに魔物退治ですね」
「いやいや、その前にしなければならぬことがある。お前をギルドの会員として登録せねばならん」
「僕もついに冒険者ですね!」興奮を隠せないルーセントの顔に自然と笑みがこぼれる。
「せっかく魔物狩りに行くのだから、登録をしておいて損はないだろう。依頼も受ければいい稼ぎになろう」そう言ってバーチェルが、ルーセントを連れてギルドへと向かっていった。
しばらく歩くと、ルーセントが巨大な建物を見上げる。
「大きいですね」
「買い取った素材も保管する倉庫もついておるからな。どこもギルドの事務所より倉庫の方が何倍も大きいぞ」
「それでギルドは大きいんですね」
「そうだな。では早速、中に入ろう」
コリドールのギルドは、民家の三倍はあるであろう三階建ての建物と、その五倍近くある五階建ての倉庫がくっついて造られていた。
親子は、大きなはめ殺し窓になっている一階の事務所へと足を運んだ。厚いガラスの自動扉を進むと、入ってすぐの左側に二基の魔導エレベーターが設置されている。その隣に受付の窓口が五カ所並んでいた。
受付に向かう二人。歩くルーセントが足元に視線を落とすと、フローリングでできた床は、少し泥で汚れていた。さらにはお昼時とあってか、中に人はまばらにしかいなかった。
二人が空いた受付へと進んで備え付けのイスに座る。
「いらっしゃいませ。本日はどういった用件でしょうか?」職員である女性が柔らかい笑みを親子に向けた。
「息子のギルド登録をしたいのだが、いまは大丈夫かな?」
「ありがとうございます。もちろん可能ですが、登録をするには守護者の開放が条件となっておりますが、そちらは問題ないでしょうか?」
受付に言われて、ルーセントが左腕を見せる。それと同時にバーチェルが住民登録証と、守護者証明書を提示した。
「これでよいかな?」
「ありがとうございます。確認をさせていただきました。それでは、こちらの用紙に必要事項を書いて、ふたたびこちらのカウンターまでお越しください」
受付の女性が身分証を返すとともに、登録申請書をバーチェルに差し出した。
二人は受付の向かいにある待機用のテーブルセットに向かうと、備え付けのペンを取って記入していく。すべてを書き終えると、ふたたび身分証とともに受付へと提出した。
担当員が記入の確認をすると、その紙と身分情報を端末へ通す。鳴り響く機械音に端末の画面を確認すると、担当員が穏やかな笑みをルーセントへと向けた。
「いまこちらの端末で、身分情報と紐づけてギルドカードを作成しておりますので、しばらくお待ちください。その間に、ギルドの説明をさせていただきます」
「お願いします」ルーセントが楽しそうにも少し緊張気味に答えた。
「それでは説明をさせていただきます。まず、ここを含めて国内に複数あるギルドは、いまから三代前の国王が、それまでに多かった下級守護者を持つ方々の重労働、低賃金、就職難などの階級差別を解消するために作られた組織です。ですので、これから渡すギルド証は国内のみに限っての利用が可能です。ですが、このギルド証につきましては、公式な身分証としては使えませんので、ご注意ください」
ルーセントが説明を受けている間も、興味深く説明とギルドの内部を見回している。担当員はスッと注意事項が書かれた紙を瞳を輝かせている少年に差し出した。
「それでは、こちらをご覧ください。先ほども確認させていただきましたが、ギルドでは十歳になり、なおかつ守護者を解放している方であれば、だれもが登録できます。そして受ける依頼についてですが、一部に下級守護者専用の依頼があるものの、基本的に制限はありません。依頼にはお使い程度のものから採取、個人商店や工房、工場からの人材募集、または魔物討伐まで、幅広い依頼を紹介しています。ご自身の能力に合った依頼をお受けください」
「へぇ。てことは、いきなり報酬のいい依頼もこなせるんですね」
ルーセントが、受付の女性から依頼を受けるのに制限はない、と聞くと、脳内ではたくさんの難解な依頼をこなしての一攫千金の夢を見ていた。それを見ていた担当員がほほ笑ましい笑みを浮かべる。
「もちろん、それも可能ですが、注意していただきたいことがあります。もし、無理な依頼を受けて失敗するようであれば、違約金の支払い義務が発生してしまいます。基本的に違約金は、依頼料の倍額です。なので、ご自身のできる範囲で受けた方がよろしいかと思います。ただし、下級専用の依頼においては、このペナルティは発生いたしません。しかしルーセント様の場合、登録申請書を見る限りでは下級守護者の所有者ではありませんので、こちらの専用依頼は受けることができません。そこはご了承ください」
「無理してもいいことないんですね、気を付けないと」
「そうですね。少しずつ経験を積んでいって、上位の依頼をこなしていけばよろしいかと思います。そして、注意事項はまだあります。ギルド証を発行したときから、合計で受けた依頼を五回、失敗させると、三年の間ギルド証をはく奪されて一切のサービスを受けられなくなってしまいますので、お気を付けください。ちなみに、下級守護者専用の依頼であれば、この限りではありません。さらに依頼に関してですが、依頼者の方が個人に対して指名依頼を行える制度がございます。こちらは、一年間で下級守護者の専用依頼を一定回数以上、出した方限定で行うことができる仕組みです。こちらに関しては、もし失敗したとしても、ペナルティーは発生いたしませんので、ご安心ください。そして、指名依頼達成の際には、依頼料とは別にギルドからボーナスが支払われます」
「へぇ、それじゃあ指名を受けた方がお得なんですね。でも、どうやって指名を受けるんですか?」
興味深い制度にクリクリとした金色の瞳を輝かせる少年、担当員がほほ笑ましい笑みを絶やすことなく別の紙を少年の前に差し出した。
「今度はこちらをご覧ください。ギルド証にはその都度、受けた依頼の分野ごとに数や達成度、こちらでランク分けされている依頼の難易度等の情報が記録されていきます。それらが一年の最後に集計をされて、その上位百人がリストアップされます。これらは年の始まりから終わりまでの一年間の成績をもとに算出されます。なので、その年によって選ばれたり、そうでなかったりします。そして、先ほどにも話しましたが、指名依頼を出せる依頼者の方に限定で、商談を行うときにリストをお渡しして、指名を行うかどうかを決めていただきます」
ルーセントはおとなしく、そして楽しそうに聞いている。しかしその頭の中では、ギルドに入るなり指名依頼を抱えたギルド職員に追われている自分の姿を想像していた。
受付の女性は、楽しそうに自分の説明を聞いてくれている少年に気分を良くして、さらに話を続けていく。
「では、これからは依頼の受け方の説明をさせていただきます。まず、こちらの受付があるフロアの隣の部屋に専用の端末が置いてあります。一階層に端末は三十台、これが三階まであります。使い方については、各端末ごとに説明を載せてありますので、そちらをご覧ください。そして、そこから依頼を受けると、端末から依頼書が発行されます。依頼については、各支部ごとに独自の依頼を載せています。そのためこちらの依頼に納得いくものがなければ、ほかの支部に行かれることで解決することがあるかもしれません。そして、発行された依頼書は、こちらの受付までお持ちください。ここで受理がされれば、依頼の開始です。なお、依頼はリアルタイムで更新がされているために、だれかが依頼書を発行した時点で同じ依頼は受けられなくなってしまうのでご理解ください。それとこれは珍しいのですが、各ギルドの支部では、ときどき魔物討伐に関して懸賞金を懸けることがございます。強化種や魔物が異常発生したときには、全支部に依頼が通達されるので、余裕があればそちらにも参加していただけますと幸いです」
「おお、それは楽しそうですね。報酬はいいんですか?」
「もちろんです。これらは国や各領主の方々が依頼を出しているので、普段よりは報酬がよくなっております。特に強化種に至っては、通常の五倍から十倍の報酬とボーナスが支払われます。この時に依頼者の討伐許可証をもって、依頼達成となるのでご了承ください。さらに昆虫種などの異常発生には、通常の報酬と足して一匹いくら、とボーナスが支払われる仕組みとなっています。ただし、異常発生時の依頼に関しては期限がありますので、併せてご注意ください」
「だいたいはわかりましたが、質問いいですか?」
「ええ、なんでしょうか?」
「依頼を受けて、魔物を倒すじゃないですか? それはどうやって自分が倒した、と確認をするんですか? 異常発生の時とかほかの人と一緒になったりしないんですか?」
「そこは我々も苦慮している所ですが、基本的にはギルド証の裏側に魔導装置が組み込まれているので、そこで判断しています。倒した後はそこに魔物の血をたらしてください。装置は、一定の鮮度がある血であれば、その遺伝子を解析して日付と時間とともに情報を記録できます。それをこちらで受け取るときに過去の情報と照合をかけます。そして、同じものがなければ達成とみなして受理されます。異常発生等で複数の方が討伐を行った際には、討伐数を参加人数で割って平等に分配する仕組みを取っております。パーティを組んでの依頼では、代表者の方だけ情報を取ってください。達成時にほかの方にも討伐記録として処理させていただきます」
「すごいですね。そんなすごい装置がついてるなんて」
「ありがとうございます。それでは、こちらでの説明は以上です。討伐品の買取については、こちらで言えば三階に買取フロアーがありますので、そちらで詳しい説明を受けてください」
担当員の説明が終わるころには、近くで動いていた機械はすでにおとなしくなっていた。女性が機械からカード上のものを取り出す。厚みのある十センチほどのカードを確認すると、ルーセントへと手渡された。
「お待たせいたしました。こちらがルーセント様のギルド証です。効力を発揮するのは日付が変わった明日からです。それでは、依頼の受付と達成を心よりお待ちしております」
受付の女性が座ったまま、きれいなお辞儀をすると、カードをキラキラとした目で眺め続けるルーセントが立ち上がった。
「ありがとうございました」ルーセントが目の前の女性に頭を下げた。
「よかったな、これでお前も立派な冒険者だ」バーチェルが息子の背中に手を添える。
「ふふふ、明日からがんばりますよ」
「これで、今日の大事な用事はすんだな。あとは明日の準備をするだけだ」
「早く行きましょう」
急かされるバーチェルは、無事に初日を潜り抜けられるか少しの不安はありつつも、次の日のための準備にかかっていった。
次の日、無事にすべての準備を終わらせると、依頼を受けてから魔物が渦巻くベシジャウドの森へと向かっていった。




