1-28話 強くなるために1
光月暦一〇〇〇年 十二月
ルーセントとバーチェルが無事に戻ってきたことを領主に報告すると、ルーセントは大事を取ってもう一度、領主でもあるウエストアルデ子爵が抱える太医によって検査を受けることとなった。最新の設備が整っている治療院にて、一週間ほど入院する。検査の結果は、全体的に臓器が弱ってはいるものの、それ以外ではどこにも異常は見られなかった。
ルーセントは二週間の間、魔力、魔法の使用を禁じられてしまう。それ以外にも、さらに一カ月の間は激しい運動の禁止を言い渡された。
ルーセントは治療師から言われたことを守って、年が変わるまでは軽い運動をこなしつつも自身の身体の回復に努めた。
年が変わって一週間ほどがたつと、ルーセントの身体は無事に完治する。やっとまとも動ける、と困難をはねのけてきた少年が鍛錬を開始するが、その運動量は今までの比ではなかった。
苦痛に顔をゆがめて、素振りから型の練習まで、まるで水をかぶったかのような汗を流している。それを毎日、立てなくなるまで続けていた。なんども休憩を挟んでは、また立てなくなるまで鍛錬を続ける。バーチェルが見かねて息子に近づくと、振り上げようとしていたルーセントの木刀をつかんで止めた。
「治ったからといって、そんなに動けば身体に障る。少しは自分の体をいたわらんか。だいたい、毎日立てなくなるまでやったとて、すぐに強くはなれん」
バーチェルが見下ろす息子の手は、すでに力の限界を迎えていたのか、だれが見てもわかるほどに小刻みに震えていた。それでもなお、バーチェルの力に抗おうと、指先が白くなるほどに木刀を強く握りしめていた。その顔はバスタルドのことを思い出していたのか、悔しさにあふれていた。
「もっと強くなりたいんです。あの日、あの男と戦ったとき、僕はずっと劣勢で勝つことができませんでした。それどころか、あいつは本気さえ出していないようにも見えました。助けると、守ると調子よく言ったって、守護者が助けてくれなければ、確実に負けてたんです。だから、だからもっと……」
ひょっとしたら勝てるかもしれない、と少しだけ思っていたルーセントの自信を粉々に砕いたバスタルドに自分の弱さを突きつけられた現実を、それを突き破ろうと新たな壁に挑む少年。その姿を見て、バーチェルは若いころの自分と重ねていた。
「気持ちはわかるが、自分の弱点もわからず、何が足りないのかもわからずに、ただやみくもに剣を振るうだけでは役には立たぬ。努力も方向を間違えば、それはただの暴走と変わらない。暴走であれば、それは努力でも何でもなく、ただの自己満足だ。そんなもので身につくものはない。意味はないし、時間の無駄だ」
「じゃあ、どうすれば……」
木刀の先をじっと見つめてうつむく少年に、バーチェルが肩をたたく。
「ワシもなにか考えておこう。とにかく今日はもう上がれ。今後はこれ以上、無理をすることは許さん。いいな」
ルーセントは、うつむいたまま「はい」と答えると歩くのもつらそうに、ふらつきながら道場を出ていった。
残されたバーチェルの顔は、ルーセントとは違ってうれしそうであった。しかしどこか悲しそうにも見えた。
「強くなりたいか。まだまだ教えることは多くあるが、どんどんとワシの手を離れていくな。これを喜ぶべきか、それとも悲しむべきか。とはいえどうしたものかの? フェリシア様が言うには、そこまで劣ってはいなかったと聞いている。身体能力の方は守護者のレベルを上げれば済むこととして、やはり一番の問題は実戦経験の少なさか」
バーチェルがルーセントと一緒にいられる時間は少ない。短い時間で強くさせるには、と思案するバーチェルの中で、ひとつの答えが浮かび上がった。
「またあそこの世話になるとは、世の中はわからんもんだな」
三日後、バーチェルは息子の体調が戻るのを待って、現状のルーセントが抱える弱点を伝える。
「よいかルーセント、まだ荒いところも多いが、お前の技術は高いところにある。これからもっと伸びてくるであろう。だが、こればかりは時間をかけて育てていくしかない。身体能力にしても最上級守護者の恩恵がある。レベルが上がればおのずと解決するであろう。それとは別にルーセント、お前には圧倒的に足りないものがある」
剣術の師匠でもある父親の言葉に、ルーセントは技術以外に何があるのか、と考えを巡らせるが思いつかなかった。悩ましい顔を父親へと向けた。
「そんなに思い悩むほどのことではない。単純に実戦経験が足りぬのだ」
「実戦経験ですか?」ルーセントは、父親の思いがけない言葉に、あぜんとした表情を向ける。
「そうだ、今までお前は型の中だけでしか戦ってはこなかった。だからそれ以外の攻撃が来た時には対処ができずに遅れてしまう」
ルーセントはバスタルドと戦っていたことを思い出していた。たしかに、何度も相手の攻撃に手を止めたことがあったなと。
バーチェルがうなずく息子を見てさらに続ける。
「さらにそれが原因で、なんとかしようとあせりが生まれて、動きも単調になっていく。それらが積み重なってさらに劣勢へと陥ってしまう。これをなんとかするには、いろいろな実戦を積んで引き出しを増やしていくしかない。これができたなら、お前はワシをも超える最高の剣士になるだろう」
「最高の……、でも、実戦経験なんてどうやって積めばいいんですか?」
ルーセントが最高の剣士になれると聞いて、一瞬だけ喜んだ顔をみせたが、すぐに真剣なまなざしを父親に向けた。
「たしかにそこが問題だ。実際に人を斬って歩き回るわけにもいかん。そこで、魔物を狩りに森へと行くことにする」
「魔物の狩り、ですか?」
「そうだ。実戦経験としては人間よりは劣るが、やつらからにも学ぶべきことは山のようにある。人ではできない動きもするからな、いい経験になるだろう。それに魔物の討伐をすれば、守護者のレベルも同時に上げられるのだ、これ以上のことはあるまいよ」
「いいですね。前から魔物狩りってしてみたかったんですよ」
「さすがに、一人で行かすわけにもいかんから、しばらくはワシもついていく。魔物狩りなど何年ぶりか、今から血が騒ぐわい」
ハンターでもあったむかしの記憶がそうさせるのか、ルーセントよりもバーチェルの方が心が逸っているようにも見えた。
「では出発は一週間後とするか、それまでは準備にあてるとしよう」
「準備といっても、何を用意すればいいのでしょうか?」
「そうだな、まずは保存のきく食糧と調味料、調理道具に着替え、ほかは医療品や錬金アイテムとかだな」
バーチェルがペンと紙を持ってくると、むかしを思い出して必要なものを書き足していく。そして、足りない物や買い替えた方がいいものを確認すると、空いた時間を利用して買い物へと出かけていった。
結局は、あれが足りない、これも必要ではないか、と最初の見積もりよりも荷物が増えていく。ここで二日ほどの時間を費やすと、バーチェルはルーセントを連れて鍛冶屋の前まで来ていた。
「お前の刀もずいぶんと酷使をしたからな、一度ガンツのやつに手入れを頼もう。見た目も性格も頑固なやつで扱いづらいが、腕前なら今まであったやつらの中ではだれよりもいい。それに、他にもそろえたい物があるからな」
「名工って言われているんですよね、ガンツさんって。ときどき会いますけど、優しい人ですよ。顔は怖いですけど」
「ほお、優しい面など一度も見たことがないが、子供好きとは知らんかったわい。まあ、腕だけなら世界一の鍛冶師、とまで言われておる。……きっと探し方が悪いんだろうな」
「そんなこと言ってたら、怒られちゃいますよ」
「用を済ませる前にそれはまずいな」
二人が店内へと進むと、カウンターで店番をしている若者の前に二本の刀を置いた。
「すまんが、この二振りの刀の手入れを頼みたいんだが、大丈夫かな?」
「あれ? バーチェルさんじゃないですか、二人で来るなんて珍しいっすね」
「ああ、久しぶりに狩りに行こうかと思ってな」
「さすがは有名だった元冒険者兼ハンターですね。むかしの血でも騒いだんすっか?」
「ははは、それもあるが、今回の目的はルーセントの鍛錬だな」
若者がルーセントの鍛錬と聞いて、おどろきに老人の隣にいる少年を見た。
「やあ、ルーセント。まだ十歳になったばかりだろ? 本当に魔物退治に行くのかい?」
「お久しぶりです、キールさん。本当ですよ、早く強くなるためには必要なんです」
キールと呼ばれた若者は、さすがはこの親の息子だな、とその好奇心旺盛な少年の目を見て止めることをあきらめた。
キールが置かれた刀に手を伸ばす。
「わかりました。それでは親方に聞いてくるっす。少々お待ちください」
キールが刀を抱えて店の奥にある工房へと消えていく。そこにバーチェルが声をかける。
「少し店の中を見させてもらうぞ」
「どうぞ、ごゆっくり」振り向くキールが、少し大きな声で答えた。
あらためて店の中を眺める二人、店の床は濃い茶色のフローリングで、壁は灰色や焦げ茶色のレンガ造りになっている。見上げる天井には、木の梁がむき出しで屋根を支えていた。
室内はいたるところでシーリングライトが輝いていて、柔らかい光が店内を明るく照らしていた。さらにショーケースの合間には、観葉植物が置かれていて、暗い色の店内に彩を添えていた。
店の主役である武器類は、すべてショーケースに入れられて展示されている。防具類はスタンドに飾られてむき出しのまま置かれていた。それらには購買意欲を刺激するためであろうか、上からライトが当てられていた。光り輝くその姿は、優雅できらびやかに、すべての商品を一段階上の上等なものに見せていた。
「相変わらずいい武器がそろっておるな。いい腕だ」バーチェルが展示物の商品を一つ一つ見るごとに感嘆の声をもらしていた。
「お前に褒められると、気持ちが悪いな」バーチェルに向けて大きな声が響いた。
「おお、ガンツか。久しいな、やはりおぬしも歳には勝てんか」
白くなった髪と増えたであろうシワに、バーチェルがしみじみと告げる。
しかし、ガンツの身体は歴戦の戦士のように鍛え上げられていて、その衰えは感じなかった。
太い首にそこから連なる顔は四角に近くて、武骨なイメージをさらに強めていた。
「ふん、相変わらず失礼なやつだな。さっきキールに聞いたが、ルーセントを魔物退治に連れていくらしいな、老いて気でも触れたか?」
十歳の少年を魔物だらけの場所に連れていく、その非常識さにガンツの眼光が鋭さを増していく。
「なに、ルーセントならば少し慣れれば問題はなかろう」
「もし、無理やりに連れてくのであれば、容赦はせんぞ」
「ははは。あの日、勝ったのはワシであろう。何度やっても同じこと」
バーチェルは、だれもが恐れるガンツの威圧をものともしない。それどころか、悪びれた様子もなく飄々と答えた。
あきれたガンツが今度はルーセントを見る。
「本当に、こいつに無理やり連れていかれるんじゃないだろうな」
「はい、むしろ僕から相談したようなものです」ルーセントが、キラキラとしたその瞳をガンツに向ける。
「これも血筋か? 親子そろってどうかしているな。ちゃんと生きて戻って来いよ」
「もちろんです!」
ガンツがルーセントの笑顔につられて笑みをこぼす。そして、ふたたび視線をバーチェルへと戻した。
「ところで、こっちの短い方はルーセントの刀で合っているか?」ガンツが手に持っていた短い刀を鞘から引き抜いて、バーチェルにたずねた。
「あ、はい。それは僕の刀です」答えたのはルーセントだった。
「いったいどんな使い方をしたら、ここまで刃が消耗するんだ? ちゃんと手入れはしていたんだろうな?」
ガンツが刃を光にあてて再度、刃の状態を確認する。
ぱっと見は普通の状態のようにも見えるが、ガンツから見るとずいぶんと消耗しているようだった。
「そんなに、ひどいですか? 刀に魔法をまとわせて使ったんですけど」
「おいおい、どんな魔法を使ったらここまで劣化するんだよ。ディフィニクスのやつが百回使ったってこうはならんぞ」
ガンツは、アンゲルヴェルク王国が世界に誇る軍神とまで言われる最強の将軍の名を引き合いに出してまで、その異常性を伝える。ルーセントは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「信じられんだろうが、本当だ。詳しいことが知りたければ、お前が大嫌いな国王に聞くとよい」バーチェルが、困る息子の顔を見て話しに割り込んだ。
「チッ、国王だと? あいつに知られたのか? 厄介なことに巻き込まれてるんじゃないだろうな? あのレプリカ野郎に」
「大した言い草だな。いくらお前でも、いまのは擁護できんぞ」
「かまわん。貴様の擁護など、へどが出る。だいたい、あいつのしたことに比べたら、これくらいはどうということはない。……あいつの話はもういい。こいつのことだが、すぐにどうこうなるわけではないが、使い続けるには厳しいぞ」
ふたたび渋い表情で刃を見るガンツを見て、バーチェルは刀が寿命であることを悟る。
「そうか、だが時間もない。一応手入れを頼む。ついでに太刀を一振りもらえるか?」
「ああ、あとで俺も見よう。こいつについては、少し時間を寄こせ。できる限りのことはしておくが、これではな……。期待はするなよ」
ガンツがルーセントの刀を鞘にしまうと、キールを呼んで工房へと運ばせた。
「で、太刀だったな。今あるのだと……、ああ、あそこにあるやつがいい」
ガンツがふたたび親子に向き直ると、二人を刀が並ぶショーケースへと案内する。ケースから幾本かの太刀を取り出して一本ずつルーセントに手渡す。
「振ってみろ」ガンツがルーセントに指示を出す。
何回か素振りをするルーセントを見て「少し短いか」とガンツがつぶやく。今度は別の太刀を渡す。
「それなら長さもバランスもよさそうだの。だが、少し細いな。もう少し身幅が広いやつはないか? もう数センチほど長ければ理想的ではあるが」今度はバーチェルが答えると、新たな注文をガンツに伝える。
「これも身幅ならそれなりにあるが、これ以上で長さ的には六十五センチ辺りか。ここには置いてないな。蔵を見てくるから少し待て」
ふたたび戻ってきたガンツの手には、二振りの刀が握られていた。もう一度比べる三人によって一本の太刀が選ばれた。
「こいつは、いくらになるかの?」
ルーセントが新しい刀にうれしさを爆発させている横で、バーチェルが恐る恐る値段を聞く。
「そうだな。まぁ、八十万リーフといったところか」
「もう少し安くはならんか?」バーチェルが眉間にシワを寄せて渋い顔を作った。
「おい、俺の店で値切るやつなんて、せいぜいお前くらいだぞ。まったく、これでも安く見積もってやってるんだぞ」
「もう一声なんとかならんかの?」
ガンツが視線をずらすと、買えないのか、としょんぼりした顔をした少年が視界に入った。
「しょうがないな、七十でどうだ。これ以上はたたき出すぞ」
「すまんな、金は今度でいいか?」
バーチェルが、すんなりと値引きが成功したことにおどろくと、気が変わらぬうちに、と話しをまとめる。
「ああ、かまわん。で、他にも何かあるか?」
「解体用のナイフを一本だけ都合してくれぬか。それと、ルーセントの防具も見繕ってくれ」
「防具は、さすがに作らないとないな。ナイフなら、あそこの隅に置いてあるやつがある。刀と防具を買ってくれるなら、一本くらいサービスしてやる。好きなのを持ってこい」
さすがに子供が身に着ける防具は作っておらず、特注品となってしまう。サイズを計り終えて手渡された見積もりに、出費のかさむバーチェルが短くため息をついた。
次の日、ルーセントが目的地へと持っていく荷物を大型のバックパックに詰め込んでいたが、ついでにバックパックを背負ったところ、とても重大なことに気がついた。
「ち、父上、重くて動けません」
まとめた荷物の重さが三十五キロほどになっていた。守護者の恩恵があるとはいえ、小さな子供の身体には重すぎた。これにはバーチェルも額に手を当てて顔を覆った。
「これは、盲点であったな。どうしたものか」
狩りいけないのか、と涙目で父親を見るルーセント。
「そんな目で見るな。幸いにも、防具が出来上がるまでには時間がかかる。そうだな、一カ月でも訓練すればなんとかなるだろう」
バーチェルの言葉に、ルーセントの顔がぱっと明るくなる。その顔には満面な笑みが浮かんでいた。
「わかりました。絶対に動けるようになってみせます」
しかし、やる気があふれるルーセントに対して告げられた訓練内容は、その心を折るには十分だった。
「ではまず、明日から一カ月の間、砂浜で十キロのマラソンと、十五キロの重さのある荷物を背負って、一番高い丘までのジョギングを毎日することだ。もちろんだが、剣術の鍛錬も忘れるでないぞ」
まるで軍人並みの訓練内容に、ルーセントの顔が引きつると時間が止まる。
「それ以外にはないんですか?」ルーセントのさっきまでの勢いが、うそのようにしぼんでいく。
「どのみち、これくらいできなければ狩りになど行けぬ。あきらめるか?」
「嫌です! 強くなるためだったら、これくらいのことやり遂げてみせます」
こうして、負けず嫌いのルーセントのやる気によって、地獄の一カ月が始まった。




