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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-21話 道化と帰還

 “パキン”と暖炉のマキのはぜる音だけが部屋に響く。ラーゼンは自室にて、ソファーに座ってぼーっとしていた。王都から見上げた巨大な火柱、ルーセントが最後に放った魔法が、その目に焼き付いて離れなかったからだ。


 ラーゼンが現場に着いた時には、バスタルドやその仲間の姿すらなかった。


 伯爵からアイゼンに伝わった報告を聞けば、ルーセントの放った魔法によって灰に変わったということだけであった。

 たしかに自分が面倒を見た少年は、守護者を解放したばかりのひよっこであった。それが、あんなにも強大な魔法を使って、その降りかかる火の粉を払うとは、と最上級守護者の桁外れな能力を認識するとともに、なんて厄介な相手に手を出してしまったのだろうか、と気だるそうに天井を見上げた。


 そこに、窓の先にあるテラスの止まり木に、一羽の鷹が止まった。


「ん? 使いの鷹か」


 ラーゼンが大きな窓を開けてテラスに出ると、三十センチほどの鳥をその腕に移動させる。ラーゼンの腕をつかむその足には、十センチほどの金属の筒が取り付けられていた。

 ラーゼンがその筒を引き抜くと、ふたたび鷹を止まり木へと戻す。筒から出るでっぱりを引っ張ると、巻き付けられていた紙が伸びて、そこに文字が書き込まれていた。

 読み終えたラーゼンがため息をつくと、紙を取り外して暖炉へと放り投げた。


「あれじゃあ、仕方ないか。まあ、計画には支障がないし、のんびりやるさ」


 ラーゼンが返書をしたためると、金属の筒を鷹に戻して飛び立たせた。


「さてと、もうひとつの方も片付けてくるか」


 ラーゼンが両手を上げて身体を伸ばすと、面倒くさそうに重い足取りで部屋を出ていった。



 国王の寝室の前、若き騎士が扉の前に立つ同僚に王に呼ばれたことを告げる。警備に立つ兵士が室内に入っていくと入室許可が下りた。

 国王はラーゼンの顔を見るなりにらみつける。当初の計画を失敗させたにもかかわらず、これといった反省を見せない青年に怒りをにじませていた。


「いったいどうなっている! 計画と違うではないか。危うくルーセントを死なせるところだったのだぞ!」


 国王が両手でラーゼンの襟につかみかかる。しかし、ラーゼンは微動だにすることもなく、その手を取った。


「陛下、どうか落ち着いてください。途中までは問題なく進んでおりました。おそらくは何者かが介入してきたものと思われます」

「バカを申すな! 余の臣下に裏切り者がいるとでもいうのか。そもそもが、余とお前しか、この作戦を知るものがおらぬだろうが!」

「たしかに、私と陛下のみが知る作戦ではありますが、人の口に戸は立てられぬもの。文官の目と耳ほど厄介なものはございません。偶然にもどこかで探り当てたのでしょう。そして陛下の計画を逆手にとって、今回の事件を起こしたに違いありません。関わりのあったカインドスカーク男爵は、以前よりレフィアータ帝国とのつながりが、うわさされております。今回はうまく利用されたのでしょう」


 国王も以前からカインドスカーク男爵のうわさを耳にしていた。実際に密偵を放って調査もさせている。しかし、この時には何の証拠も出なかった。


 国王はすぐに男爵に尋問を行おうと人を呼ぼうとしたが、それをラーゼンが遮った。


「お待ちください。ここで男爵を問い詰めれば、後をなくした黒幕がまたルーセントを狙うかもしれません。ここは反逆罪として処刑し、内密に調査をした方がよろしいかと思います。どのみち、黒いうわさの絶えぬ男です。ここで処理したところでだれも異論を唱えるものはいないでしょう。もし、かばうものがあれば……」

「そやつもつながりがある、ということか」国王がラーゼンの言葉を遮って、後を引き継いだ。


 うなずくラーゼンがさらに続ける。


「仮に関わりがなかったとしても、何かしらの享受を受けているはずです。ここで不正を一掃すれば、民衆への陛下の威光も高まるというもの」


 国王がうなずき目を閉じる。


「なるほどな、正体が分らぬうちはおとなしくしておいた方が賢明か。今回はそなたの言うとおりにしておこう。だが、事件を起こした黒幕を放っておく気はない。ラーゼンよ、ルーセントを狙った愚か者を必ず探し出せ」

「それでは、陛下の密偵をお貸しいただけますでしょうか。私個人ではできることも限られますので」

「かまわぬ。あとで令牌を届けさせよう。必ず探し出せ」

「仰せのままに」ラーゼンが上半身を折り曲げて答えると部屋を出ていった。


 廊下を歩くラーゼンの顔が、たくらみを持ってニヤリとゆがむ「いったい、どちらが愚か者か」とつぶやいて――。



「ルーセント、起きなさい」


 優しく誰かに声をかけられて、眠り続けていた少年がゆっくりと目を開ける。その目に飛び込んできたものは真っ白な空間だった。不思議な浮遊感に左右を見れば、その身体は宙に浮いていた。


「ルーセント、こっちです」


 ふたたび呼ばれる名前、聞き覚えのある声にルーセントが頭の上の方に視線を向ける。

 そこには女神シャーレンが立っていた。


「あ、女神様」ルーセントがシャーレンに声をかけると、身体が自然と起き上がって床に降り立った。

 ぼんやりとした頭で「今日はどうしたのですか?」とたずねる。

「今回はあなたに会わせたい者がおります。その者をここに呼びました」

「だれですか?」まったくもって心当たりのないルーセントが首をかしげる。


 女神が両手を組んで祈ると、白い空間はひび割れて砕け散る。そこにはいつか見た景色、淡く光る草原と幻想的な夜空が広がっていた。

 ひとつだけ違うのは、前回にはなかった巨大な神殿が姿を現していたことだった。


「これは?」ルーセントがますます困惑する。


 戸惑う少年に、女神は聞き覚えのある名前を呼ぶ。


「ヴァン、出てきなさい」


 女神の少し冷めた声を聞いて現れたのは、金の眼を持った白い虎だった。力強い足取りで威風堂々と神殿の階段を下りてくる。馬ほども大きいその虎が、ルーセントの前で頭を下げた。


「主よ、この度はすまなかった」


 ルーセントは急に現れた白い虎にも、いきなり謝られたことにも理解ができずに眉をひそめて女神を見た。


「この者はヴァンシエル、あなたの守護者です。この者がバスタルドなる者を倒す際に、あなたの意思の確認もせずにその身体を乗っ取って、本来であれば使えないはずの魔法を無理やり行使してしまいました。その負荷たるや絶大なるもの、それを謝らせるために呼びました」

「あの、それのなにが問題なのでしょうか? おかげでフェリシアも助けることができてありがたかったのですが」


 守護者の行動に感謝はすれど、恨みなどなかったルーセントは、目をぱちぱちと瞬いてきょとんとしていた。


「下手をすれば、あなたは死んでいたかもしれないのですよ?」女神があきれた顔を作った。

「ん~、でもあのまま何もなかったら、どのみち殺されてましたよね?」


 シャーレンが答えに詰まって息をはく。


「まあ、いいでしょう。とりあえず、今回の現象は守護者の干渉で起きた出来事です」

「かんしょうって何ですか?」ルーセントが聞きなれない言葉に首をかしげる。

「そうですね、わかりやすく言えば召喚魔法に近い現象です。本来であれば、守護者から干渉することは、できないはずで、す、が」語尾を強めた女神が白き虎をにらみつける。


 ヴァンシエルはその圧力に耐えきれずにそっぽを向いてしまった。

 ルーセントが助け舟を出すように「それの何が問題なんですか?」と、見た目よりも小さく見える相棒のために話を振った。


 いまいち、事の重大さに気づいていない様子の少年に、女神が守護者についての説明を始めた。


「守護者について少し話しましょう。まず第一に、守護者にレベルや身体能力の強化、覚醒レベルがあるのは、太古の昔に魔力を封じられているあなたたちの身体では、いきなり召喚魔法を使うには、その負荷に耐えきれずに崩壊してしまうからなのです。なので、その身体を守るために恩恵を与えるのと同時に制限をかけているのです。今回はそのレベルも満たさずに、しかも魔力も空の状態で強制的に使用してしまいました。本来ならあり得ないことなのです。そこで、足りなくなった魔力を補うために生命力を犠牲にしたのです」

「生命力って寿命ってことですか? どれくらい使ったのでしょうか?」


 ルーセントは、生命力を使ったと聞いて、さすがに不安の色を隠せなかった。

 女神がルーセントの目を探るようにじっと見つめる。


「そうですね、およそ三十年というところでしたが、エリクサーの摂取があったおかげで五年ほどでしょうか」


 失った寿命が五年と聞いて、ルーセントの顔が明るくなった。


「だったら大丈夫ですよ。たった五年で命を救えたんですから、安いものです」ルーセントは、問題ないとニコっと笑う。

「ふははは、それでこそ我が主よ! 我に間違いなどない! ルーインの匂いを漂わすあんな凡愚など、我らの敵ではないわ。がはははは」


 いっさいの反省のない白虎を見て、女神の目が凍てつく波動のようにヴァンシエルを貫く。


「ヴァン! あなたには反省が足りません、この愚か者が! 身の程を知りなさい!」


 ヴァンシエルの悪びれた様子がないことに、とうとう女神の怒りが爆発した。

 たくましくもきれいな白虎の身体に巨大な黒い雷が大音量とともに落ちる。

 その音に負けずとも劣らぬ大絶叫とともに、白い身体が勢いよく倒れた。


「あ、主よ、我が悪かった……」


 最後にヴァンシエルが謝ると、ピクピクしたまま動かなくなった。


「ふぅ、それではルーセント、あとのことは頼みましたよ」女神は何もなかったかのように、おどろきに目を見開いて固まっている少年に笑顔を見せた。

「は、はい。がんばります」ルーセントは、恐怖で詰まる声を絞り出して答えた。


 こうして、女神の怒りに気圧されたルーセントの返事とともに少年の視界は闇に包まれて消えていった――。



 いまだに目を覚まさぬルーセントの手をにぎるフェリシアが、心配そうに座っている。


「私も戦えていたら、きっとこんなことにならなかったのに」


 自分の弱さに後悔するフェリシアが手を強くにぎったとき、その手がピクリと動いて強くにぎり返してきた。


「ルーセント?」フェリシアがルーセントの顔をのぞく。


 ゆっくりと目を開くルーセントが、フェリシアの顔を見てほほ笑む。


「おはよう、フェリシア」


 もう一度聞きたかった声に、罪悪感に苛まれていた少女の目から涙がこぼれ落ちた。


「おかえり」フェリシアの顔に笑顔が浮かぶ。

「ただいま。腹へったね」


 ルーセントが軽口をたたくと、近くにいた使用人が笑みを浮かべて「なにかお持ちいたします」といって出ていった。

 使用人が出て行って数分後、部屋の中に皆が集まる。最初にバーチェルが飛び込んできた。


「よく無事に戻ってきたな、ルーセント。よく頑張った」


 バーチェルはうるんだ瞳で息子の身体を抱きしめた。

 次いで穏やかな笑みとともに伯爵が現れる。


「大丈夫そうだな。今回はよく娘を守ってくれた。礼を言う」

「いえ、当然のことをしたまでです」ルーセントが照れて頭をかく。

「ところでルーセント、あの火柱の魔法はなんだったのだ?」


 伯爵が疑問を解消しようと、すぐに本題に入る。そこにフェリシアも「そうよ。あの時のルーセントは、まるで別人みたいだったわよ」と同調した。


「あぁ、あれは……」答えるルーセントが苦笑いを浮かべる。


 少しだけはにかむ少年は、眠っている間に会った女神との会話を思い出していた。

 ルーセントの口からつづられる言葉に、全員が驚きの表情をしていた。しかし、それと同時に納得のいった顔ものぞかせる。


「まさかあれが最上級守護者の力とはな、よく無事であったものだ。アイゼンが持っていたエリクサーがなければ死んでいたかもしれんのだ、感謝するのだぞ」

「はい、いつか会ったときにお礼を言いたいと思います」

「ああ、私からも伝えておこう。しかし、やつらはいったいどこでルーセントの情報を手に入れたのか」

「それは、守護者のヴァンシエルが、ルーインの匂いがする者と言っていました。なので……」

「ルーイン? ああ、たしか絶望の名前だったな。だとするならば、お前の情報はすでに相手にバレていることになる」伯爵が腕を組むと、眉をひそめて表情を曇らせた。


 そこに「いったいどこで情報を抜かれたのでしょうな?」と眉間にシワを寄せるバーチェルが加わった。


「そうだな。今回はルーセントが守護者を解放してからすぐに起きた。当然ながら、王城で知ったのであれば、他国へとその情報を伝える時間などなかったであろう」

「ということは、ワシらがここに来る前ということになりますな」

「そうなるが、ことはそんなに単純ではない。どこぞの密偵に探られただけであれば、誘拐までされたりはしないだろう。ましてや綿密な計画を立てたうえで、カインドスカークさえ自由に動かせる人物がいるとなると……。確実に、この国の高官として紛れ込んでいる間者がいることになる」

「まさか!」


 伯爵の言葉に、バーチェルだけではなく全員が絶句する。それはルーセントのことだけではなく、この国のすべての情報が筒抜けとなっていることを意味していた。不安に刈られる面々に、伯爵が笑みを落とす。


「そんなに心配しなくともよい。陛下にも密書を送っているうえに、すでに調べさせている。近衛騎士の方でも警戒を強めているはずだ。だが、いいか二人とも。相手も当分はおとなしくしているであろうが、けっして油断はするな」


 ルーセントとフェリシアが真剣なまなざしでうなずく。バーチェルも命に賭けても息子を守ろうと決意を固めてこぶしを握りしめた。



 二日後、ルーセントは動けるまでに回復する。滞在期間と領主への報告もあって、ルーセントとバーチェルの二人がヒールガーデンへと帰ることになった。


「それじゃあね、フェリシア。今度は二年後だね」馬車を前に手を振るルーセント。

「うん、私も強くなるから」フェリシアが強いまなざしで答えた。

「お互いに頑張ろう」


 二人が笑顔で別れると、バーチェル親子はヒールガーデンへと帰っていった。

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