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月影の砂  作者: 鷹岩良帝
1 動き出す光と伏す竜
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1-20話 終息と疑惑

 魔法が消滅すると、ルーセントが力なく地面に崩れ落ちる。両膝を地面につけて、うしろにゆっくりと倒れていった。その様子を見たフェリシアが急いで駆け寄ると、倒れる身体を抱き止めた。

 そのままルーセントの頭を自分の膝の上に乗せると「ルーセント、目を開けて!」と、青白い顔をした少年の肩をたたきながら声をかけ続けたが、ルーセントがその声に反応することはなかった。


 フェリシアの手に残るべったりと付いた赤い血を見て、傷だらけの少年の身体に回復魔法をかけたが、傷が治ったところでルーセントの意識は戻らない。それでもフェリシアは、あきらめることなく何度も、何度も、少年に声をかけながら、回復魔法をかけ続けていた。そんな必死なフェリシアのもとに一人の男が近づいてくる。


「お、お嬢様、ご無事で、なによりです」


 バスタルドに斬られた伯爵の密偵の一人が、いまにも倒れそうなほどに弱々しい足取りで、フェリシアのもとへと歩いてきた。


「無事だったのね! ケガは?」


 男はフェリシアの心配に、苦しさをにじませつつも「平気です」と笑顔で返した。


「つらかったら、すぐに言ってね。回復魔法で治すから」

「ありがとうございます。それよりも、ルーセント様の状態はどうですか?」

「それが……、ケガは治ったのに、いつまでたっても意識が戻らないの」


 密偵の男は、フェリシアの沈痛な表情を見て、その目をルーセントへと走らせた。

 風に銀髪を揺らしている少年は、まるで人形にでもなったかのように、精気が抜けた青白い顔をしている。呼吸さえも、よく見なければしているのかどうかもわからないほどに弱々しかった。

 伯爵の命令は守れそうにはないな、と絶望的な状況に男が顔を曇らせたが、フェリシアの魔法を受けるたびに、少年の顔にわずかではあるが血の気が戻っていく。その様子を見て、男がフェリシアを見た。


「フェリシア様。絶対に、その回復魔法を切らさないでください。少しずつですが、好転しているように見えます。守護者を解放したばかりで、あれほどの魔法を使ったのです。おそらくは、足りない分の魔力を体力から補ったのかもしれません。もともとの消耗も激しかったはずです。その魔法を切らせてしまえば、きっと命にかかわります」

「ほ、本当に私の魔法で大丈夫なの?」


 不安をにじませるフェリシアの手は、自分の裁量ひとつで、命がけで助けてくれた少年の命を奪うかもしれない、とその恐怖と不安で震えていた。


「安心してください。いま、ルーセント様の体力の低下を防いでいるのは、その回復魔法です」

「わかったわ。ルーセント、お願いだから死なないで」


 懇願に近い言葉を投げるフェリシアに、密偵が思い出したように腰につけたホルダーから、象牙を加工したような円筒形の容器を取り出した。


「お嬢様、これは体力と魔力を回復させる薬です。どこまで効果があるか、はわかりませんが、これも使いましょう」


 密偵が手にする回復薬。装飾が施されているフタ部分と、白っぽい部分に分かれているそれをつかむとへし折った。

 男が深緑色をしている液体を、ルーセントの口にゆっくりと流し込んでいく。ルーセントは、意識はなくとも口に入ってきた液体を、無意識のうちに飲み込んでいった。


 この薬のおかげか、ルーセントの呼吸に力が戻ってきた。


 密偵の男がもう一つの容器を取り出すと、そっとフェリシアに手渡す。


「お嬢様、これは魔力を回復させる薬です。状況を見てお飲みください」


 フェリシアが「ありがとう」といって受け取ると、離れた場所から地響きのような音が近づいてきた。


「今度はなに?」と、心配そうな少女の顔に、密偵の男が小さな二人を守るように立ちはだかる。警戒する二人が、その音の正体を視界にとらえると、見慣れた格好をした男を見て安心した様子で警戒を解いた。


 馬に乗って現れた大柄の男が「そなたたちは何者か?」と、馬を降りると剣の柄に手をかけてゆっくりと近づいてくる。その男は、近衛騎士の団長であるアイゼンであった。

 王国最強の一角でもあるその男の落ち着いた低い声は、二人に安心感を与えた。


 密偵の男がアイゼンに深く頭を下げる。


「我々は、メストヴォード伯爵家の者です」

「伯爵の……、ん? そこにいるのはフェリシア様ではないか?」


 密偵の声に合わせてうしろを振り向いた少女の横顔に見覚えのあったアイゼンは、確かめるようにその名を呼んだ。


「はい。いまは手が離せないので、このままで失礼します」


 フェリシアが視界の片隅にアイゼンをとらえると、ルーセントに魔法をかけ続けたまま答えた。

 アイゼンが警戒を解いて近づくと、横たわっている少年に目を移す。血のにじむボロボロの服を着て目を閉じているその少年を見て、アイゼンの顔がゆがんだ。


「ルーセントではないか! 一体、何があったのだ!」


 国王の勅命を受けて探していた相手が、生きているのか死んでいるのかもわからない状態で横たわっている姿に、さすがのアイゼンも少し動揺していた。

 フェリシアが誘拐されてから今までのことを話すと、アイゼンの驚きは先ほどの比ではなかった。


「バカな! 守護者を解放してからまだ一週間とたっていないではないか。それであんな魔法を使えるわけがない」


 ルーセントが使った魔法は、王国の将軍クラスの中でも上位に位置する人物であろうが、使えるものではなかった。


「ですが、実際に使って見せたのです。そのおかげで私たちは助かりましたが、その代償として、このようにひどく衰弱しております。いまは、お嬢様の回復魔法のおかげで、なんとか持ってはいますが、まだ油断はできません」


 密偵が見たままの事実を述べるが、どれほど優秀な武将であっても使えぬであろう魔法に、多くの武将をその目で見てきた近衛騎士の団長は、いまだに信じることができない様子だった。


 しかし「何度聞いても信じられそうにないが、そうも言ってはおれんな」と首元に手を添えた。そのまま、ネックレスであろう金の鎖をつかむと、丸みを帯びた矢じりのような形をしている純金製の容器を取り出した。


「これを飲ませよ。これは我が家に伝わる聖薬エリクサーだ。これであればルーセントの命も助かるであろう」


 アイゼンが手にするエリクサーは、錬金術の最上級守護者を持つ者しか作り方を知らない。現存する数は極めて少なかったが、シルウェアー家の何代か前の当主が、当時の国王を助けたときに下賜されたものであった。


 とてつもなく貴重なその存在は、一本数千万リーフから億ともいわれている。

 そんな貴重なものを容易く渡す男に、受け取る密偵の方が恐縮していた。


「よ、よろしいのですか?こんな貴重なものを」

「かまわぬ。これは我が先祖が当時の国王よりいただいたものだ。この少年を助けることは陛下の勅命でもある。今日この時のために、この薬は我が家に送られたのであろう。気にする必要はない」

「ありがとうございます。すぐに飲ませましょう」


 密偵が礼を述べると、神秘の霊薬はすぐさまルーセントの口の中へと流された。ルーセントが薄紅色の液体を飲み込むと、淡い光が身体を包んだ。光が消えると、ルーセントの血色は元に戻り、呼吸も穏やかに眠り続けていた。


「お嬢様。ここまで回復すれば、もう大丈夫です」密偵の男が、フェリシアの肩にそっと手を添えた。


 フェリシアは、なんとか救世主でもある少年の命を救えたことに安堵(あんど)すると、その身体を優しく抱きしめた。


 そこに一人の近衛騎士が「どけ! 道を開けろ!」と声を荒げて現れた。


「何があった!」アイゼンが顔をしかめて、現れた近衛騎士に目を移す。

「報告します! メストヴォード伯爵とお連れの方が参られました」


 騎士は、アイゼンの前でひざまずいて報告を済ませると、すぐさま離れる。


「伯爵が参られた。全員いますぐに道を開けよ!」報告を聞いたアイゼンが大声を響かせた。


 周囲の警戒を行っていた騎士たちが団長の命令に反応する。そこには、まるで来訪者を出迎えるように一本の道が出来上がっていた。

 やがて騎士の作った道の真ん中に、数人のお供を連れた伯爵とバーチェルが、馬に乗って砂煙を上げながら現れた。


 二人が馬を飛び降りると、すぐさまルーセントとフェリシアのもとへと向かう。

 バーチェルはボロボロの姿で横たわっているルーセントを見て顔を青ざめさせていた。


「フェリシア様、ルーセントは……」


 バーチェルは息子の顔に手を添えると、その目はすぐにフェリシアへと向けられていた。

 フェリシアはバーチェルを安心させようと穏やかな表情を向ける。


「心配ありませんよ、バーチェル様。アイゼン様がくださったエリクサーで、なんとか一命をとりとめることができました」

「アイゼン様?」バーチェルが聞いたことのない名前に首をかしげた。

「私がアイゼン・シルウェアーだ。近衛騎士の団長をしている」

「おお、あなたが。シルウェアーということは、ラーゼン様はあなたの……」

「ああ、それは私の息子だ。世話になったな」

「いえいえ、こちらこそ大変助かりました。今回も息子を助けていただき、なんとお礼を言ったらよいか」

「気にするな。私は陛下の勅命をこなしただけのこと、なにか縁があるのだろう」


 バーチェルが深々と腰を折り曲げて礼を述べると、伯爵が驚いた様子で団長へと近づいて行った。


「お前がエリクサーを持っていたとは、おどろいたな」

「私の先祖が国王よりいただいたものです。今日のためにあったのでしょう」

「そうか、私からも礼を言おう。お前のおかげで助かった」

「もったいないお言葉、我が誇りとなりましょう」

「大げさなやつだ」


 伯爵が笑みを浮かべてアイゼンと話し込んでいると、ラーゼンが遅れてやってきた。慌てるラーゼンが父親の元に駆け寄る。


「父上、ルーセントは! いったい何が起こったのですか!」

「控えよ! 伯爵の前であるぞ、身分をわきまえよ!」


 ラーゼンは父親に言われて初めて伯爵がいることに気が付く。


「も、申し訳ありません、伯爵」ラーゼンが慌てて頭を下げた。

「気にするな。ルーセントは無事だ」


 伯爵の言葉を聞いたラーゼンは、一度だけ目を泳がせる。その顔には驚きが張り付いていた。

 伯爵が軽くほほ笑むとアイゼンを見た。


「アイゼンよ。我々はこのままルーセントを連れて屋敷へと戻る。今回のことは、後日そなたと陛下に報告させよう。あとのことは頼んだぞ」

「かしこまりました。あとはお任せください」


 アイゼンが軽く頭を下げると、すぐさま部下を動かす。伯爵一行は、バスタルドらが乗ってきた馬車にルーセントを乗せると、屋敷へと戻っていった。



 二日が経過した。

 国王から伯爵の屋敷へと太医が送られ手当てを受けていたが、いまだにルーセントの意識は戻らずに眠ったままだった。フェリシアはその間もずっとルーセントの看病を続けている。使用人がいくら休むように言っても、まったく聞く耳を持たなかった。


 見かねた伯爵が部屋に訪れる。


「フェリシア、いい加減に休め。ルーセントは寝ているだけだ。この者が目を覚ました時に、お前が倒れていては意味がないだろう」


 伯爵の言葉を聞いても動こうとしないフェリシアに、伯爵は「連れていけ」と使用人に命じた。

 二人の使用人につかまれて出ていく後姿を見て、伯爵が息をはく。


「困った娘だ。あの頑固さは誰に似たのか」


 伯爵がルーセントの顔を見た後、窓際へと歩いて外を眺める。そこに一人の男が入ってきた。


「旦那様、いまよろしいですか?」

「レイズか、体調はもういいのか?」

「はい、おかげさまで」


 レイズは最後まで生き残った密偵であり、当時の状況を説明するためにやってきた。

「そうか、それで? あの日は何があった」

「はい、あの日は……」レイズは誘拐があった日のことを詳しく語る。


 二人が廃屋に連れていかれた後に、突如として現れた黒服の男たちが国王の密偵をあっけなく暗殺したこと。それだけではなく、潜んでいた自分たちにまで襲撃してきたことを話した。

 それから、黒服たちがルーセントを追いかけ始めたので、報告もする間もなく追跡するしかなかった状況を報告する。


 ここで黙って聞いていた伯爵が口を開く。


「陛下の密偵を軽く暗殺する者か。そいつらも気になるが、バスタルドなるものを誰が雇ったかが問題だな。今回の計画に陛下が関わっていることは確かだ。だが、殺そうとするのはあり得ない。捜索に近衛騎士を使うほどだ、陛下も騙されたのであろう」

「あれほどの者を雇えるものなど、誰がおりましょうか?」

「すぐには思いつかんな。だがお前の説明によれば、バスタルドどもはフェリシアのことを知らなかったように見えるが、確かか?」

「はい。旦那様の言うとおりです。最後まで誰かは知らなかったでしょう」


 伯爵がアゴに手を添えて考え込む。そして、ゆっくりと部屋の中を歩き出した。


「相手は陛下から命を受けて実行したはずだ。状況を何も知らないものに頼んだなら、殺そうとはしないはず。ルーセントが最上級だと知って邪魔になる人物。かつ、私の娘のことも最上級だということも知らぬもの、か」

「あの黒服どもは国王の密偵を暗殺できるほどです。私たちも監視されていることにすら気づきませんでした。あれほどの者たちを従えられる人物はそう多くはないでしょう」


 レイズの言葉に伯爵が立ち止まる。そして、ふたたびルーセントの顔を見た。


「ほかの貴族どもの仕業とも考えづらいな。殺すより味方に引き入れた方が、はるかに有益だ。だとすれば、残る可能性はひとつか。いるな、国の中枢に他国の間者が。それも、陛下の信任を得られるほどの人物が」

「まさか! しかし、もしそうであるならば、いかがいたしますか?」

「そうだな。あの日、ルーセントが守護者の開放の時にいた人物をリストアップしておく。慎重に調べよ」

「かしこまりました。必ずや見つけ出して見せます」


 レイズが伯爵の命令を受けると、音もたてずに部屋を出ていった。

 伯爵は、ふたたび窓際まで戻るとそこに手をかけた。そして外をにらみつける。


「ルーセントを知り、フェリシアを知らぬものか……。必ず探し出す。この私を敵に回したこと、末代まで後悔させてやろう」


 陽光に照らされる伯爵の眼は、太陽の燃え盛る炎のごとく、怒りを秘めていた。


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